学位論文要旨



No 112377
著者(漢字) 出渕,卓
著者(英字)
著者(カナ) イズブチ,タク
標題(和) モンテカルロ法による3及び4次元における動的単体分割模型の研究
標題(洋) Monte Carlo Study on 3 and 4 Dimensional Model of Dynamical Triangulation
報告番号 112377
報告番号 甲12377
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3157号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 助教授 早野,龍五
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨

 我々の住む4次元において重力を量子化することは、全ての相互作用を統一的かつ根元的に理解するという理論物理の一貫性を目指すためにも、また、ブラックホール等強い重力が働いている天体現象や宇宙が生成される量子理論に基づく機構等を理解するためにも必要な試みである。

 4次元量子重力理論は摂動論では紫外発散を繰り込む事が出来ず理論の予言可能性を失いかねないという困難を持っている。しかし、摂動的には繰り込めない理論でも非摂動の効果をとりいれ、構成論的に理論を定義する事が可能な理論として非線型シグマモデル等が知られており、量子重力も非摂動論的には定義できる可能性がある。格子量子色力学理論の解析をすることによってクォークの閉じこめやハドロンの物理が理解されたように、格子理論によって、高次元量子重力の連続理論の可能性と格子模型の性質を調べる事がこの論文の主題である。

 重力に対応する格子上の模型は、正単体を張り合わせて重力場の曲率を表現する動的単体分割と考えられる。二次元においてはLiouville理論と呼ばれる連続理論を構成的に定義する事に成功している動的単体分割は高次元においては解析的な手法が開発されていない。この論文では、計算機上のモンテカルロシミュレーションを用いて単体の張り合わせ方を次々に生成し、格子理論の振る舞いを調べた。

 格子理論から連続理論を定義するためには格子のサイズを小さくしていった極限で相関長が発散することが必要であるが、これは、格子理論を統計系とみる立場では2次相転移が存在するということと同値である。

 N0,NDを対象とする単体複体の頂点とD次元単体の数としたとき動的単体分割模型の正準作用は

 

 という簡単な形で定義される。

相転移

 動的単体分割模型の相転移は、4次元では2次相転移であると長く信じられて来た。ところが最近実は1次相転移なのではないかという報告がなされ、2次相転移点近傍での相関距離発散に基づく連続理論の可能性が危ぶまれている。本論文ではこの報告に対応して、相転移近傍の統計的性質を詳しく調べるための2つの技術的方法を開発した。

 今までの同様の計算はカノニカル集団をモンテカルロ法によって生成するという方法が基礎となっていたが、このカノニカル集団を正準作用を変更する事によって拡張し、性質の良いマルチカノニカル集団についての単体複体の列を生成するマルチカノニカルモンテカルロ法を単体分割模型に応用した。

 次に小正準温度の逆数K(N0)という物理量を考え、K(N0)が極小点をもつことと一次相転移点の特徴であるエネルギー分布にピークが2つ出現することの同値性を使うことによって、相転移の次数を調べる事を試みた。K(N0)はパラメータ0によらない系の組合せ論的な統計量であるのでパラメータの微細な調整なしに相転移の次数と有限サイズ効果を調べる事が可能である。

 これらの技術を用いて始めて3次元格子重力の相転移の詳細を調べ、相転移の次数が1と無矛盾であることを示した。

特異な頂点への単体集中

 D次元の格子重力理論において、重力定数Gの逆数という意味をもつ格子上の結合定数0を変化させたときに相転移が存在するという事は以前から報告されていたが、その相転移の物理的な理解は乏しいものだった。

 この論文では、まず、頂点に付いているD-単体の数である頂点のオーダーo()に注目し、0が小さい強結合領域ではo()〜N4という特異的に大きな頂点のオーダーを持つ頂点が2個存在する事を数値的に示し0を大きくするとo()が平均的に小さくならざるをえないため、この特異的な2個の大きなvertex orderの集中が解消されることが相転移の機構であるという説明を行った。

 また、同時にD次元の格子重力理論ではD>3の時に、D-2個の特異的なD-単体の集中が起こることも示した。単体集中の存在と解消と理解できる相転移上の物理量の振る舞いを詳細に調べた結果、系のサイズと共に集中の度合いが大きくなり単体集中は連続理論をとる上での障害になるものと考えられる。

 動的単体分割模型の相転移の理解を深めると期待されるこの単体集中の現象はその後Catterallらによってその定性的理由が説明された。

正準作用の変更

 3次元4次元の模型は1次相転移を示すので、このままでは連続理論を引き出す事はできない。また、単体集中も幾何学的になめらかな連続極限を阻害するものと考えられる。有限格子間隔の格子理論ではしばしば正常な連続理論を定義するために正準作用を格子間隔程度だけ変更する必要がある。弱結合強結合両方で単体集中を解消でき、同時に問題となっている1次相転移を2次に動かすような正準作用として、(1)式に

 

 と

 

 という作用を加えその性質を調べた。

 様々な強さで(2)を加えた正準作用について相転移の様子を調べた結果、u〜10-3では相転移がなくなり、フラクタル次元やベビーユニバース分布等調べることのできた全ての物理量が系のサイズによらなくなりクロスオーバーが起きているという興味深い現象を見た。

 クロスオーバーは(2)の変更が強すぎる効果を系に与えている事を示唆しており、より弱い種類の変更である(3)の作用を加えた場合を3次元について調べた。その結果を負にすると、一次相転移が弱くなり、10,000単体の場合は丁度=-0.65にてK(N0)に極小点がなくなり連続相転移に変わっている事を示す結果を得た。

 さらに大きな格子に付いてより詳細な研究が必要であるが、この一次相転移の端点において連続極限をとることによって、量子重力理論を構成的に定義出来るという可能性があるという事が結論である。

審査要旨

 本論文は重力の量子論を構成するための手法のひとつとして知られている動的単体分割(Dynamical Triangulation)模型を、モンテカルロ法に基いて考察したものである。特に3及び4次元模型における相転移現象の性質を吟味し、単体分割模型から連続理論への極限操作の可能性を探ることが主題となっている。内容は5章から成り、第一章は序文、第二章は単体分割模型の構成、第三章は本研究で用いられた数値計算法の詳細、第四章は数値計算の結果と相転移現象の性質の考察、そして第六章では結論と展望が述べられている。

 重力理論に対応する格子理論としては、正単体を張り合わせて重力場の強さを表現する動的単体分割模型が現在有力視されている。この模型は2次元では格子間隔をゼロにするある種の連続極限が存在し、量子論としてLiouville理論と呼ばれる正しい重力理論に移行することが知られている。しかしこのようなことがより高い次元、特に現実的な4次元で成立するかどうかはまだよく知られておらず、従って重力の量子論を構成する上でのこの動的単体分割模型のアプローチの有効性はこの点の解明にかかっていると言える。連続極限が存在するためには格子間隔をゼロにした極限で相関長が無限大になることが必要であるが、これは格子理論を統計系とみなした場合、その系に2次相転移が存在することに相当する。動的単体分割模型の計算機上のモンテカルロシミュレーションでは、従来この相転移は3次元では1次であるが4次元では2次であると考えられてきた。ところが最近この両者ともに1次相転移ではないかという報告がなされて、連続理論への移行の可能性が危ぶまれている。しかし、格子上の結合定数を変化させた時にみられる相転移現象の物理的に明快な理解や、可能な古典的作用を変更を行った時の相転移の性質の変化などに関してはこれまでの研究は極めて不十分であり、上記の結論も決定的なものではない。

 これらの状況を改善するために、論文提出者はまず相転移点近傍を詳細に調べる方法を開発した。これは各格子の頂点に付いている単体数に注目する方法で、これを用いて、4次元では単体数が強結合領域において他に比べて特異的に大きくなる頂点が2個存在することを数値的に発見した。さらに、結合定数を大きくすると平均単体数が小さくなることによって単体数の集中が抑えられ、その結果この特異性が解消することが相転移のメカニズムであると解釈できることを示した。またD>3次元でも同様であって、一般に特異的な単体集中の起こるD-2個の頂点が存在し得ることを明らかにし、その現象の定性的理解の方法を与えている。同時に、相転移そのものの性質も詳しく分析し、格子の有限サイズ効果を調べることによって従来の3次元の模型ではやはり1次相転移であることを示した。単体集中の発生は単体分割模型の連続極限をとるための障害となるものと考えられ、これを解消することが1次ではなく2次の相転移点をもつ格子模型を構成するための条件となる。この見地から論文提出者は、古典的作用に格子間隔程度の変更を行ったある種の模型を考察し、実際に単体集中の発生を解消させることが可能であることを実証している。

 本論文はまず第一章の序文でこの研究の動機と目的が述べられ、第二章で動的単体分割模型の概要、そして第三章では本研究で使用された数値計算の詳細が記述されている。第四章では論文提出者らによって開発された相転移点近傍を調べる方法と、その方法による解析結果、特に3次元における格子の有限サイズ効果の分析が詳述せられ、上記の結論に至る議論がなされている。さらに、変更された古典的作用をもちいた場合の考察と検討がされている。最後の第五章は、結論とともに今後の単体分割模型による重力の量子論の構成への展望に当てられている。本論文は動的単体分割模型における連続極限の意味を精密化させ、このアプローチによる4次元量子重力理論の構成へのひとつの可能な道筋を示したものである。この論文は西村淳、藤津明および堀田智洋の各氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体となって数値計算を実行しその分析や検討にあたったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって理学博士学位請求論文として十分な水準に達しているとみなし、審査委員一同、本論文を合格と判定した。

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