我々の住む4次元において重力を量子化することは、全ての相互作用を統一的かつ根元的に理解するという理論物理の一貫性を目指すためにも、また、ブラックホール等強い重力が働いている天体現象や宇宙が生成される量子理論に基づく機構等を理解するためにも必要な試みである。 4次元量子重力理論は摂動論では紫外発散を繰り込む事が出来ず理論の予言可能性を失いかねないという困難を持っている。しかし、摂動的には繰り込めない理論でも非摂動の効果をとりいれ、構成論的に理論を定義する事が可能な理論として非線型シグマモデル等が知られており、量子重力も非摂動論的には定義できる可能性がある。格子量子色力学理論の解析をすることによってクォークの閉じこめやハドロンの物理が理解されたように、格子理論によって、高次元量子重力の連続理論の可能性と格子模型の性質を調べる事がこの論文の主題である。 重力に対応する格子上の模型は、正単体を張り合わせて重力場の曲率を表現する動的単体分割と考えられる。二次元においてはLiouville理論と呼ばれる連続理論を構成的に定義する事に成功している動的単体分割は高次元においては解析的な手法が開発されていない。この論文では、計算機上のモンテカルロシミュレーションを用いて単体の張り合わせ方を次々に生成し、格子理論の振る舞いを調べた。 格子理論から連続理論を定義するためには格子のサイズを小さくしていった極限で相関長が発散することが必要であるが、これは、格子理論を統計系とみる立場では2次相転移が存在するということと同値である。 N0,NDを対象とする単体複体の頂点とD次元単体の数としたとき動的単体分割模型の正準作用は という簡単な形で定義される。 相転移 動的単体分割模型の相転移は、4次元では2次相転移であると長く信じられて来た。ところが最近実は1次相転移なのではないかという報告がなされ、2次相転移点近傍での相関距離発散に基づく連続理論の可能性が危ぶまれている。本論文ではこの報告に対応して、相転移近傍の統計的性質を詳しく調べるための2つの技術的方法を開発した。 今までの同様の計算はカノニカル集団をモンテカルロ法によって生成するという方法が基礎となっていたが、このカノニカル集団を正準作用を変更する事によって拡張し、性質の良いマルチカノニカル集団についての単体複体の列を生成するマルチカノニカルモンテカルロ法を単体分割模型に応用した。 次に小正準温度の逆数K(N0)という物理量を考え、K(N0)が極小点をもつことと一次相転移点の特徴であるエネルギー分布にピークが2つ出現することの同値性を使うことによって、相転移の次数を調べる事を試みた。K(N0)はパラメータ0によらない系の組合せ論的な統計量であるのでパラメータの微細な調整なしに相転移の次数と有限サイズ効果を調べる事が可能である。 これらの技術を用いて始めて3次元格子重力の相転移の詳細を調べ、相転移の次数が1と無矛盾であることを示した。 特異な頂点への単体集中 D次元の格子重力理論において、重力定数Gの逆数という意味をもつ格子上の結合定数0を変化させたときに相転移が存在するという事は以前から報告されていたが、その相転移の物理的な理解は乏しいものだった。 この論文では、まず、頂点に付いているD-単体の数である頂点のオーダーo()に注目し、0が小さい強結合領域ではo()〜N4という特異的に大きな頂点のオーダーを持つ頂点が2個存在する事を数値的に示し0を大きくするとo()が平均的に小さくならざるをえないため、この特異的な2個の大きなvertex orderの集中が解消されることが相転移の機構であるという説明を行った。 また、同時にD次元の格子重力理論ではD>3の時に、D-2個の特異的なD-単体の集中が起こることも示した。単体集中の存在と解消と理解できる相転移上の物理量の振る舞いを詳細に調べた結果、系のサイズと共に集中の度合いが大きくなり単体集中は連続理論をとる上での障害になるものと考えられる。 動的単体分割模型の相転移の理解を深めると期待されるこの単体集中の現象はその後Catterallらによってその定性的理由が説明された。 正準作用の変更 3次元4次元の模型は1次相転移を示すので、このままでは連続理論を引き出す事はできない。また、単体集中も幾何学的になめらかな連続極限を阻害するものと考えられる。有限格子間隔の格子理論ではしばしば正常な連続理論を定義するために正準作用を格子間隔程度だけ変更する必要がある。弱結合強結合両方で単体集中を解消でき、同時に問題となっている1次相転移を2次に動かすような正準作用として、(1)式に と という作用を加えその性質を調べた。 様々な強さで(2)を加えた正準作用について相転移の様子を調べた結果、u〜10-3では相転移がなくなり、フラクタル次元やベビーユニバース分布等調べることのできた全ての物理量が系のサイズによらなくなりクロスオーバーが起きているという興味深い現象を見た。 クロスオーバーは(2)の変更が強すぎる効果を系に与えている事を示唆しており、より弱い種類の変更である(3)の作用を加えた場合を3次元について調べた。その結果を負にすると、一次相転移が弱くなり、10,000単体の場合は丁度=-0.65にてK(N0)に極小点がなくなり連続相転移に変わっている事を示す結果を得た。 さらに大きな格子に付いてより詳細な研究が必要であるが、この一次相転移の端点において連続極限をとることによって、量子重力理論を構成的に定義出来るという可能性があるという事が結論である。 |