本論文は5章からなり、第1章は序章として、観測的宇宙論において、宇宙の構造がどのように形成されるかを決定するパラメターとしてハッブル定数、密度定数、宇宙項が重要であること、それらを観測で決める際、非線形効果が問題になり、それを正しく評価するためには流体力学的なシミュレーションが必要になることが述べられている。 第2章では本論分で行う数値シミュレーションの解説が述べられている。シュミレーションはSmoothed Particle Hydrodynamics(SPH)と呼ばれる計算方法と輻射輸送を取り入れた流体計算の2通りで行い、それぞれについて具体的な計算コードの作り方の解説がなされている。 第3章からが論文提出者のオリジナルな研究に基づいた結果が述べられている。まず3章では、銀河団に対するSunyaev-Zeldovich効果とX線観測を組み合わせて推定したハッブル定数が他の光学的な経験式を用いた方法に比べると系統的に小さな値になっていることに注目し、銀河団の観測から推定されるハッブル定数の信頼性を調べるために数値シミュレーションを行った。その結果、系統的にハッブル定数の値が小さくなる原因として最大のものは温度分布と銀河団自身の速度分散であることが明らかになった。特に、Sunyaev-Zeldovich効果を使ったハッブル定数の値と他の方法で求めたハッブル定数の値との違いを説明するためには大きな速度分散が必要で、それは密度定数が大きな(すなわち密度の高い)宇宙で期待されるもので、つまり、ハッブル定数の観測の立場からみると、大きな密度定数が好ましいという結論が得られる。 第4章では銀河形成と銀河形成時に一様に分布しているガスとの関係が宇宙論的パラメターとの関わりにおいて調べられている。特に、最近QSOのスペクトルに発見されたヘリウムIIの吸収線に着目し、銀河間にヘリウムIIが存在するためにはヘリウムIIの電離エネルギーに相当する波長でUV景輻射が小さくなってなければならないことから、銀河を作りつつあるobjectからのUV射を考えた。UV射に寄与するものとしてヘリウムIIのライン冷却の際に放出されるUVが重要で、これは水素は電離できるがヘリウムIIは電離できないという好ましい特徴を持っている。このように銀河からのUV放射は従来UV源として考えられていたQSOにはない特徴を持ち、より観測に合うことが示された。また、銀河からのUV放射が大きな寄与をするためには大きな密度定数を持った宇宙であることが必要なことも明らかにされた。 第5章はそれ以前の章の結論がまとめられ、本論分で調べられた2つの場合(銀河団観測によるハッブル定数の決定、銀河からのUV射)ともに、宇宙の密度パラメターが大きいことを示唆しているという結論、今後の課題が議論されている。 以上、本論文は、観測的宇宙論のもっとも重要な問題である宇宙論的パラメターの決定の問題に関して、流体力学的シミュレーションを用いて、新しい成果をあげたものであり、博士論文として評価できるものである。なお、本論文第3章は杉原立史氏、須藤靖氏との共同研究、第4章は佐々木伸氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、この論文で示された幾つかの具体例を通じて論文提出者の研究に関する資質は十分であるものと判断し、(博士)理学の学位を受けるに値するものと考える。 |