近年の急速な計算機の発達は乱流という非線形複雑現象を数値解析によって研究することを可能にしてきた。特に、流れの支配方程式であるNavier-Stokes方程式を直接数値的に解析を行うDirect Numerical Simulation(DNS)やフィルターをかけることで計算格子スケールより小さな運動にのみモデルを導入し計算するLarge Eddy Simulation(LES)は乱流数値解析研究の分野で非常に重要な位置を占めるようになってきた。しかし、これらの手法を高レイノルズ数の流れや複雑境界等を有する流れに適用することは解析格子数や計算精度の制限から今日でも非常に困難である。そのため、速度揺らぎu’iから構成されるレイノルズ応力Rij(≡-〈u’iu’j〉)等をモデル化し、平均場Uiのみを解析するアンサンブル平均型モデルは自然科学、工学の両分野において非常に重要である。代表的なアンサンブル平均型モデルの一つに渦粘性近似 がある。ここでvTは渦粘性率であり、乱流エネルギーKとその散逸率を用いて と表される。(このモデルは通常K-モデルと呼ばれ、は平行平板間流等で0.09と最適化されている定数である。) この渦粘性近似(1)は簡便であるため様々な乱流場の解析に広く利用されてきたが、近年このモデルを数種類の基本的な流れに適用した結果、破綻が生じることが確認されてきた。 (a)非等方的効果を渦粘性近似(1)では表現できていないため、方形管流において主流に垂直な方向に生じる2次流が再現できない。 (b)渦粘性率の表現(2)が流れの非定常からの寄与を適切に再現できないため、一様剪断流において乱流エネルギーやレイノルズ応力の時間変化を過大評価する。 (c)式(1)、(2)では回転の効果が直接入らないため、コリオリ力の寄与する流れ場を適切に評価できない。 (d)浮力が働いている安定成層流において、温度フラックスHj(≡-<’u’j>)に渦拡散近似を適用すると浮力特有の効果がないため逆勾配拡散現象を再現できない。 これらの問題点を改善するため、より一般的な流れ場に適用可能な乱流モデルを構築することは重要な意義を持っている。 本研究ではこれらの問題点を物理的に考察するため、乱流統計理論の一つとして吉澤により提案された2スケール直接相関近似(Two-Scale Direct-Interaction Approximation:TSDIA)を用いて、剪断流、剛体回転する一様減衰流、浮力流れに対して展開高次まで考慮した理論解析を実行した。TSDIAの概略は以下のようになる。 1)速度、圧力、温度を比較的緩やかに変化する平均成分と速く変動する揺らぎ成分にスケールパラメータを導入して分離し、揺らぎ場の方程式をそのパラメータを利用して摂動展開する。 2)展開された速度と温度の最低次の方程式にKraichnanのオイラー的描像での直接相関近似(Direct-Interaction Approximation:DIA)を適用し、慣性領域においてエネルギーおよび温度強度スペクトルが波数の-5/3乗に比例するKolmogoroffスペクトルに適合する2体相関関数と伝播関数を求める。 3)2)で求まった最低次の2体相関関数と伝播関数を用いて平均剪断や外力の影響を反映している高次項までレイノルズ応力、温度フラックス等のモデル表現を導出する。 1)の展開には半場により提案された、展開高次項まで厳密に質量保存則を満足する取り扱いを採用した。また、3)でのモデル導出の際に外力の効果を含むエネルギーおよび温度強度スペクトルが導かれるため、本研究ではそのスペクトルに関しても考察を行った。それぞれに関する結果は次の通りである。 ○剪断乱流に関する研究 剪断乱流の研究ではまずK-モデルにおいてレイノルズ応力のモデル化と同様に重要な役割を果たす散逸率のモデル方程式 (D/Dtはラグランジェ時間微分、PKは乱流エネルギーの生成項、右辺第3項はの拡散項を意味する。)を導出した。2次の解析で現れる項を繰り込むことで、(3)式のモデル定数は=1.33、=1.71と見積られた。これらの値は低次のTSDIA解析や繰り込み群理論(Renormalization Group Theory:RNG)の結果と比べ、平行平板間流等で最適化された現象論的モデルの値=1.45、=1.94に近い結果となった。このように方程式を精度良く再現できることは渦粘性型モデル導出に高次のTSDIA解析が適することを示唆している。 次に非等方効果を表すレイノルズ応力の非線形表現 を導いた。ここで歪みテンソルSijと渦度テンソルWijの定義は で、モデル定数はそれぞれと=0.09、1=-0.119、2=0.0490、3=0なった。従来のTSDIA解析ではもっとも重要な不変性であるGalilei変換不変性は保たれていたが、Rijの非線形項と関連する座標変換不変性(3=0)は満されていなかった。このような不変性を満たすことはより一般性の高いモデル表現にとって不可欠である。厳密に質量保存則を満足させた本解析の結果は座標変換不変性を満足することが確認された。 一様剪断乱流での渦粘性近似(1)による乱流エネルギー等の過大評価を改善するモデルとしては、既に吉澤と西島により渦粘性率(2)に非定常性の効果(非平衡効果)を導入した非平衡モデルが提案されてきた。本解析は最高3次までの展開を考慮しているためRijの非線形項に関しても非平衡効果を調べることができた。解析の結果は、 となり、どの非線形項に対する非平衡効果の寄与もほぼ数値を含めて同一な形式であり、渦粘性項の非平衡効果の2倍で作用することが確認された。またこの効果を検証するために、TavoularisとCorrsinの一様剪断流に関する実験を使ってこのモデルによる数値計算を行った。その結果、以前から指摘されているように渦粘性項の非平衡効果は標準渦粘性型モデル(1)の過剰生成を改善することが確認された。さらに、非線形項での影響を検出するため垂直応力の比較も行った。本来負定値であるはずの垂直応力が非平衡効果を有さない非線形モデルの計算では正の値を取る場合も生じるが、非線形項に適用した非平衡効果はその問題点を適切に改善することが確認できた。 ○回転一様減衰流に関する研究 剛体回転する一様減衰流の実験やDNSによる研究から、回転効果が寄与すると乱流エネルギーの減衰が抑えられるという現象が指摘されていた。しかし、乱流エネルギーの方程式は回転の効果を陽に含まず、平均速度勾配がなくRijの寄与もないため、この問題点を改善するためには方程式に回転効果を導入する必要性がある。そこで、本研究ではまずの変化により直接影響を受けるエネルギースペクトルに対する回転の寄与に着目した。その結果、慣性領域の低波数側でエネルギースペクトルがKolmogoroffスペクトルからずり上がり、この上昇分が回転によるエネルギー減衰の緩和と対応することを示した。またその際、減衰により生じる時間的非定常性が重要になることを指摘した。この効果を反映した方程式は となる。(0は系の回転角速度である。)このモデルは下村により現象論的に提案されてきたモデルと同じ形式のため、強い回転の流れ場に対しても右辺第2項の分母が抑制効果として働くため適用可能である。さらに、モデル(8)を数種類の回転角速度の流れ場に適用してその有効性を確認した。 ○浮力流れに関する研究 近年の実験から不安定成層乱流において温度強度スペクトルが波数kの-3乗に比例する浮力領域の存在が確認され、安定成層乱流での-1乗のスペクトルとの対比が議論されてきた。本研究ではTSDIA理論により (は温度強度の散逸率、は体膨張率、gjは重力加速度を意味する。)という実験結果に適合するスペクトルの導出した。 さらに、浮力影響下での乱流モデルを導出した。Violletは温度混合層流の実験データを利用して浮力下の方程式を提案してきたが、この方程式は安定成層時に浮力効果を含まないという特徴があった。本研究から導出された方程式も一様温度剪断流においては非定常性の効果から同様な傾向を示した。 一方、温度場のモデル化で重要な量となる温度フラックスHjは と表現され、右辺第2項の渦拡散近似の他に重力に関連した項が必要になることを指摘した。渦拡散近似では安定成層時において低温領域から高温領域への逆方向の熱の輸送が生じる逆勾配拡散の現象を再現できないが、この重力項はこの欠陥を適切に改善することを実験との数値計算による比較から明らかにした。 |