学位論文要旨



No 112383
著者(漢字) 岡本,正芳
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,マサヨシ
標題(和) 統計手法を用いた外力下の乱流モデルに関する理論的研究
標題(洋) Theoretical Investigation of Turbulence Modelling under External Forces Using a Statistical Approach
報告番号 112383
報告番号 甲12383
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3163号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 半場,藤弘
 東京大学 教授 鈴木,増雄
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 助教授 須藤,靖
内容要旨

 近年の急速な計算機の発達は乱流という非線形複雑現象を数値解析によって研究することを可能にしてきた。特に、流れの支配方程式であるNavier-Stokes方程式を直接数値的に解析を行うDirect Numerical Simulation(DNS)やフィルターをかけることで計算格子スケールより小さな運動にのみモデルを導入し計算するLarge Eddy Simulation(LES)は乱流数値解析研究の分野で非常に重要な位置を占めるようになってきた。しかし、これらの手法を高レイノルズ数の流れや複雑境界等を有する流れに適用することは解析格子数や計算精度の制限から今日でも非常に困難である。そのため、速度揺らぎu’iから構成されるレイノルズ応力Rij(≡-〈u’iu’j〉)等をモデル化し、平均場Uiのみを解析するアンサンブル平均型モデルは自然科学、工学の両分野において非常に重要である。代表的なアンサンブル平均型モデルの一つに渦粘性近似

 

 がある。ここでvTは渦粘性率であり、乱流エネルギーKとその散逸率を用いて

 

 と表される。(このモデルは通常K-モデルと呼ばれ、は平行平板間流等で0.09と最適化されている定数である。)

 この渦粘性近似(1)は簡便であるため様々な乱流場の解析に広く利用されてきたが、近年このモデルを数種類の基本的な流れに適用した結果、破綻が生じることが確認されてきた。

 (a)非等方的効果を渦粘性近似(1)では表現できていないため、方形管流において主流に垂直な方向に生じる2次流が再現できない。

 (b)渦粘性率の表現(2)が流れの非定常からの寄与を適切に再現できないため、一様剪断流において乱流エネルギーやレイノルズ応力の時間変化を過大評価する。

 (c)式(1)、(2)では回転の効果が直接入らないため、コリオリ力の寄与する流れ場を適切に評価できない。

 (d)浮力が働いている安定成層流において、温度フラックスHj(≡-<’u’j>)に渦拡散近似を適用すると浮力特有の効果がないため逆勾配拡散現象を再現できない。

 これらの問題点を改善するため、より一般的な流れ場に適用可能な乱流モデルを構築することは重要な意義を持っている。

 本研究ではこれらの問題点を物理的に考察するため、乱流統計理論の一つとして吉澤により提案された2スケール直接相関近似(Two-Scale Direct-Interaction Approximation:TSDIA)を用いて、剪断流、剛体回転する一様減衰流、浮力流れに対して展開高次まで考慮した理論解析を実行した。TSDIAの概略は以下のようになる。

 1)速度、圧力、温度を比較的緩やかに変化する平均成分と速く変動する揺らぎ成分にスケールパラメータを導入して分離し、揺らぎ場の方程式をそのパラメータを利用して摂動展開する。

 2)展開された速度と温度の最低次の方程式にKraichnanのオイラー的描像での直接相関近似(Direct-Interaction Approximation:DIA)を適用し、慣性領域においてエネルギーおよび温度強度スペクトルが波数の-5/3乗に比例するKolmogoroffスペクトルに適合する2体相関関数と伝播関数を求める。

 3)2)で求まった最低次の2体相関関数と伝播関数を用いて平均剪断や外力の影響を反映している高次項までレイノルズ応力、温度フラックス等のモデル表現を導出する。

 1)の展開には半場により提案された、展開高次項まで厳密に質量保存則を満足する取り扱いを採用した。また、3)でのモデル導出の際に外力の効果を含むエネルギーおよび温度強度スペクトルが導かれるため、本研究ではそのスペクトルに関しても考察を行った。それぞれに関する結果は次の通りである。

○剪断乱流に関する研究

 剪断乱流の研究ではまずK-モデルにおいてレイノルズ応力のモデル化と同様に重要な役割を果たす散逸率のモデル方程式

 

 (D/Dtはラグランジェ時間微分、PKは乱流エネルギーの生成項、右辺第3項はの拡散項を意味する。)を導出した。2次の解析で現れる項を繰り込むことで、(3)式のモデル定数は=1.33、=1.71と見積られた。これらの値は低次のTSDIA解析や繰り込み群理論(Renormalization Group Theory:RNG)の結果と比べ、平行平板間流等で最適化された現象論的モデルの値=1.45、=1.94に近い結果となった。このように方程式を精度良く再現できることは渦粘性型モデル導出に高次のTSDIA解析が適することを示唆している。

 次に非等方効果を表すレイノルズ応力の非線形表現

 

 を導いた。ここで歪みテンソルSijと渦度テンソルWijの定義は

 

 で、モデル定数はそれぞれと=0.09、1=-0.119、2=0.0490、3=0なった。従来のTSDIA解析ではもっとも重要な不変性であるGalilei変換不変性は保たれていたが、Rijの非線形項と関連する座標変換不変性(3=0)は満されていなかった。このような不変性を満たすことはより一般性の高いモデル表現にとって不可欠である。厳密に質量保存則を満足させた本解析の結果は座標変換不変性を満足することが確認された。

 一様剪断乱流での渦粘性近似(1)による乱流エネルギー等の過大評価を改善するモデルとしては、既に吉澤と西島により渦粘性率(2)に非定常性の効果(非平衡効果)を導入した非平衡モデルが提案されてきた。本解析は最高3次までの展開を考慮しているためRijの非線形項に関しても非平衡効果を調べることができた。解析の結果は、

 

 

 となり、どの非線形項に対する非平衡効果の寄与もほぼ数値を含めて同一な形式であり、渦粘性項の非平衡効果の2倍で作用することが確認された。またこの効果を検証するために、TavoularisとCorrsinの一様剪断流に関する実験を使ってこのモデルによる数値計算を行った。その結果、以前から指摘されているように渦粘性項の非平衡効果は標準渦粘性型モデル(1)の過剰生成を改善することが確認された。さらに、非線形項での影響を検出するため垂直応力の比較も行った。本来負定値であるはずの垂直応力が非平衡効果を有さない非線形モデルの計算では正の値を取る場合も生じるが、非線形項に適用した非平衡効果はその問題点を適切に改善することが確認できた。

○回転一様減衰流に関する研究

 剛体回転する一様減衰流の実験やDNSによる研究から、回転効果が寄与すると乱流エネルギーの減衰が抑えられるという現象が指摘されていた。しかし、乱流エネルギーの方程式は回転の効果を陽に含まず、平均速度勾配がなくRijの寄与もないため、この問題点を改善するためには方程式に回転効果を導入する必要性がある。そこで、本研究ではまずの変化により直接影響を受けるエネルギースペクトルに対する回転の寄与に着目した。その結果、慣性領域の低波数側でエネルギースペクトルがKolmogoroffスペクトルからずり上がり、この上昇分が回転によるエネルギー減衰の緩和と対応することを示した。またその際、減衰により生じる時間的非定常性が重要になることを指摘した。この効果を反映した方程式は

 

 となる。(0は系の回転角速度である。)このモデルは下村により現象論的に提案されてきたモデルと同じ形式のため、強い回転の流れ場に対しても右辺第2項の分母が抑制効果として働くため適用可能である。さらに、モデル(8)を数種類の回転角速度の流れ場に適用してその有効性を確認した。

○浮力流れに関する研究

 近年の実験から不安定成層乱流において温度強度スペクトルが波数kの-3乗に比例する浮力領域の存在が確認され、安定成層乱流での-1乗のスペクトルとの対比が議論されてきた。本研究ではTSDIA理論により

 

 (は温度強度の散逸率、は体膨張率、gjは重力加速度を意味する。)という実験結果に適合するスペクトルの導出した。

 さらに、浮力影響下での乱流モデルを導出した。Violletは温度混合層流の実験データを利用して浮力下の方程式を提案してきたが、この方程式は安定成層時に浮力効果を含まないという特徴があった。本研究から導出された方程式も一様温度剪断流においては非定常性の効果から同様な傾向を示した。

 一方、温度場のモデル化で重要な量となる温度フラックスHj

 

 と表現され、右辺第2項の渦拡散近似の他に重力に関連した項が必要になることを指摘した。渦拡散近似では安定成層時において低温領域から高温領域への逆方向の熱の輸送が生じる逆勾配拡散の現象を再現できないが、この重力項はこの欠陥を適切に改善することを実験との数値計算による比較から明らかにした。

審査要旨

 近年の計算機の発達によって乱流の数値解析が可能となってきた。特に流体の支配方程式であるナビエ・ストークス方程式をそのまま解く直接数値計算や、フィルターをかけて計算格子より小さな運動にのみモデルを導入するラージ・エディー・シミュレーションは主要な手法である。しかしこれらの手法は多大な計算量を必要とするので、高レイノルズ数や複雑境界を持つ流れに適用することは今日でも困難である。そのため速度揺らぎについてモデル化し平均速度場のみを解き比較的計算量の少ないアンサンブル平均型モデルは自然科学、工学の両分野において非常に重要である。代表的なアンサンブル平均型モデルの一つに渦粘性型モデルがある。このモデルは簡便であるため今まで様々な乱流場の解析に利用されてきたが、最近いくつかの基本的な流れ場の特徴をうまく再現できないことが指摘された。例えば一様剪断乱流において乱流エネルギーなどを過大評価する、回転の効果が入らないためコリオリ力の寄与する流れ場を適切に評価できない、浮力の働く安定成層流で温度フラックスに関する逆勾配拡散現象を再現できないなどである。そこで本研究では渦粘性型モデルの欠点を物理的に考察しモデルを改良するために、乱流の統計理論である2スケール直接相互作用近似(TSDIA)を用いて、スケールパラメーターの展開の高次まで理論解析を行った。

 まず第2章では一様剪断乱流の解析を行った。エネルギー散逸率のモデル方程式を導出し、低次のTSDIA解析や繰り込み群理論と比べて精度のよいモデル定数を得た。また、非等方効果を表すレイノルズ応力の高次項を導き、回転を含む座標変換の不変性を満たすことを示した。このような不変性を満たすことはより一般性の高いモデル表現にとって不可欠である。得られたレイノルズ応力の表式を用いて一様剪断乱流の数値計算を行い、実験値と比較した。その結果、既に指摘されているように渦粘性項の非定常効果は標準の渦粘性型モデルのエネルギー過剰生成を改善することが確認された。さらに従来のモデルには本来負定値である垂直応力が正の値をとりうるという欠点があるが、高次項に非定常性を導入することによってその欠点を改善することができた。

 次に第3章では回転系における一様減衰乱流について考察した。回転系では乱流エネルギーの減衰が抑えられるという現象が知られている。これを説明するためにまずエネルギースペクトルに対する回転の寄与を調べた。慣性領域の低波数側ではコルモゴロフのスペクトルに比べエネルギーが大きく、これがエネルギー減衰の緩和と対応することを示した。さらにこの結果を用いてエネルギー散逸率のモデル方程式を導出し、回転角速度に対する依存性を求めた。得られたモデル方程式を数種類の回転角速度の流れ場に適用してその有効性を確認した。

 第4章と第5章では浮力の働く成層流について解析を行った。まず温度強度スペクトルに波数の-3乗に比例する項が付け加わることを導き、不安定成層の実験値と適合することを示した。またエネルギー散逸率のモデル方程式を導出し、それが既存のモデルと同様に安定成層時に浮力効果が減る傾向にあることを指摘した。さらに温度フラックスのモデル式を求め、渦拡散近似の他に重力に関する項が必要であることを示した。安定成層流には低温領域から高温領域へ逆方向に熱が運ばれる領域があることが実験で知られている。得られた重力項によって安定成層流におけるこの逆勾配拡散現象を再現できることがわかった。

 以上、本論文では乱流の統計理論を用いて剪断乱流、回転系の乱流、浮力流れについて展開の高次まで解析を行った。渦粘性型モデルの欠点を物理的に考察し、既存の改良モデルに理論的根拠を与え、さらに新しいモデル項の導出を行った。直接数値計算や実験値と比較し、その有効性を示した。これらの成果は流体物理学に大きく貢献するものである。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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