我々の銀河系の銀河面に沿って、正体不明の拡がったX線成分が存在することはよく知られた事実である。この銀河面X線放射はしばしばGalactic Ridge X-ray Emission(以後、略してGRXE)と呼ばれる。米国HEAO-1衛星によって、このGRXEが発見されて以来、その正体解明にさまざまな努力がなされてきた。とくに我が国の「てんま」衛星の観測によって、このGRXEからFe-Kラインが検出され、温度3〜10keVの高温プラズマからの輻射であることが立証された。そして、そのX線光度は2〜10keVで(1〜2)×1038erg/s程度と見積もられている。また、「ぎんが」衛星では鉄輝線を用いて、銀河面に沿った広域サーベイが行なわれ、この高温プラズマは銀緯方向に0.5°程度のscale heightをもち、銀河中心から少なくとも±60°付近まで天の川に沿って拡がっていることなどが確認された。さらには、GRXEスペクトルの高エネルギー側に熱的輻射モデルからの超過が見られ("hard tail")、GRXEのスペクトルが線スペクトルにまで滑らかにつながることが判明した。GRXEの起源については、弱い個々のX線天体が重なったもの、星に付随するコロナのような小規模ガス、あるいは大規模な星間ガスなどが候補として考えられるが、依然として明確な結論には至っていない。 1993年2月に我が国4番目のX線天文衛星「あすか」が打ち上げられた。この衛星には2種類のX線観測装置が搭載されている。一つはGIS(Gas Imaging Spectrometer)と呼ばれ、直径50分角程度の視野で広いエネルギー範囲(0.7-10keV)を比較的、高いエネルギー分解能でカバーし、とくに非X線バックグラウンドの非常に低いことが特長の一つである。またもう一つはSIS(Solid-state Imaging Spectrometer)と呼ばれ、有効面積は小さいが(最大視野がGISの4分の1程度)、非常に高いエネルギー分解能(E140eV FWHM@6keV)を有する検出器である。両検出器は2.5分角程度の位置分解能でX線画像を得ることが出来、互いの性能は全く相補的であると言えよう。GIS検出器に関しては筆者が所属する研究室を中心に開発がなされたものであり、筆者もその開発チームおよび打ち上げ後のキャリブレーションチームの一員である。とくに上記の性能は、幸いにもGRXEの研究にうってつけであるため、GISによって得られたX線データを中心に詳細な解析を進め、GRXEに関する広範囲な研究を行った。 図1:銀経l〜30°付近の12視野分を合成した、エネルギーバンド別のGIS画像。非X線バックグラウンドを差し引いており、各種補正を行なっている。また、=1.5’のGaussianでsmoothingしてある。 すでにこれまで、「あすか」衛星によって銀河面上のさまざまな領域が観測されてきている。その代表的な観測場所が銀経30度付近のScutum armであり(図1、X線画像)、長時間の複数点観測により、本論文では、まずGRXEのより細かな特質を追究している。とくに、得られたGRXEのX線スペクトルは見るからに複雑な格好をしており(図2a:GIS、図2b:SIS)、単純な1成分の熱輻射モデルでは、このスペクトルを再現できない。低電離(電離パラメータnt=109〜1010cm-3・s)で温度kT〜0.8keVの低温成分、および高電離(nt=1011cm-3・s)でkT〜7keVの高温成分からなる代表的な2成分のモデルを仮定すると、図2aのようにスペクトルの連続成分や元素ラインをかなり良く再現できることが分かった。過去の観測からもGRXEは完全電離には達していないのではないかということが指摘されていたが、「あすか」によって、GRXEは少なくとも2成分以上の多温度、多電離度のガスからの放射であるということがはっきりしてきたと言えよう。しかも、さまざまな角度から解析を進めた結果、GRXEは連続温度成分からなるというよりは、上述の2成分に片寄った温度分布をしているという描像に近いという結論に到達した。 次に視野を拡げて、銀緯方向、および、より大規模な銀経方向のスペクトル変化の特徴を調べた。まず、銀河面に垂直な方向であるが、「てんま」などで観測されているFe-Kラインを強く出す銀河面プラズマからの輻射以外に、より大きいスケールハイト(銀緯2°〜5°)で拡がった、Fe-Kラインをほとんど出さないハードなX線超過成分が存在するという観測結果が得られた。これは、上述の"hard tail"と同一のものである可能性が高いと思われる。 図2:(a)GISと、(b)SISで得られたGRXEの代表的なスペクトル。GISスペクトルに関しては、2温度電離非平衡モデルによってフィッティングを行った結果を示してある。破線は、個々のモデル成分の寄与を示し、そのうち最も低いレベルのものは、銀河面で吸収を受けたCXBの成分である。図3:2温度電離非平衡モデルによって得られた、(a)低温成分と、(b)高温成分の輻射強度分布。 また、銀河面に沿った大規模な観測に関しては現在、ASCAチームプロジェクトとして銀河面サーベイ観測が行なわれており、本論文ではこれによって得られたデータを含め、銀河面近傍の入手可能な全X線データを用いて解析を行った。GRXEの場所による違いなどを詳しく調べた結果、低温成分/高温成分の温度や電離度といったGRXEの基本的なプラズマ物理量はほとんど変化しないことがわかった。ただし、低温成分のX線表面輝度だけは、図3に見られるように、銀経に沿って大きなスケールの変動を示している。従来からその存在が知られていた高温成分のみならず、低温成分についても、Armのようなローカルな領域にとどまらず、銀河面に広く一様に存在しているようである。 なお本論文中において、代表的な領域のスペクトルについては、銀河面星間ガスによる連続吸収体を仮定したモデル解析も行なわれており、このような複雑かつより現実的なスペクトルモデルを用いて、GRXEスペクトルを詳細に解析することが可能になったのも「あすか」が初めてと言えよう。 そもそもGRXEの起源は何なのであろうか?大局的には、その起源として、銀河内の多くの弱いX線点源の集まりか、あるいは大規模な高温星間ガスによるX線放射かの2つの可能性に分かれる。すなわちdiscrete起源かdiffuse起源かということである。本論文では、さまざまな空間スケールで、X線表面輝度の揺らぎ解析を行うと同時に、GRXEスペクトルから得られたプラズマ物理量を考察することで、低温成分はSNR起源である可能性が高く、一方、高温成分がdiscrete起源である可能性は非常に低いとの結論を得た。とくにGRXE〜7keV成分については従来からSNR起源説が有力であったが、本論文ではこの可能性を棄却している。 ところが、もしGRXEが拡がった大規模プラズマからの放射だとする解釈が事実であるとすると、星間空間についての従来の理解では解決できない、さまざまな問題点が生じてくる。その温度は我々の銀河系の重力ポテンシャルをはるかに越えているうえに、そのプラズマ密度はn〜10-3cm-3と推定されるので、その圧力は典型的な星間ガス成分の圧力を数十倍も上回る。とくに、GRXE高温プラズマの熱源およびその閉じ込め機構が議論の的になるのだが、「あすか」解析結果より得られた事実をつなぎあわせると、これらの問題を解決する有力な候補として銀河面磁場の存在が必然的に浮かびあがってくる。すなわち、銀河面近傍では局所的に〜20Gにまで強められた磁場の磁気圧によってある程度プラズマが閉じ込められ、銀河の回転エネルギーが乱流磁場を通して散逸されることによって磁気ループ内ガスの加熱を引き起こしていると解釈するわけである。このような磁気ループの存在はMHDシュミレーションから予想されており、そのfilling factorが〜0.1ならば観測された平均磁場の強さ(〜3G)と矛盾しない。 さらに、GRXEのX線スペクトルは硬X線からガンマ線領域までなめらかにつながる可能性が指摘されているが、磁気再結合によって加熱と電子加速を同時に起こすことは可能であるので、磁場との関連を仮定することで矛盾なくこれを説明付けることができる。さらには、「あすか」で得られた2温度成分共存という奇妙な現象も、磁場の存在によって熱伝導が抑えられていると解釈することで説明できる。 |