内容要旨 | | 高密度プラズマとは,互いにクーロン相互作用を及ぼしながら動きまわる荷電粒子の統計力学的集合体である.これらプラズマを形成する電子,イオン,および中性原子・分子などの間に働く強い相関が,金属-非金属転移などの相転移現象や,エネルギー輸送・核融合反応など素過程の生起確率に及ぼす影響を明らかにすることは,物性物理や天体物理に関わる重要な最先端の課題である.本論文では凝縮プラズマ物理の立場から,高密度プラズマの状態方程式,電気・熱伝導度,および核融合反応率を解析・定式化し,地上の超高圧液体金属や巨大惑星内部の高密水素物質,縮退星内部の高Zプラズマなどに応用する. 第一章では,量子論的電子-イオン2成分プラズマ液相の状態式を,(i)グリーン関数モンテカルロ法による強結合フェルミ液体の基底エネルギー計算値,(ii)乱雑位相近似を超えたクーロン相関を局所場補正で取り入れたHNC-MCA積分方程式計算に基づく水素プラズマの相互作用エネルギー計算値,といった既存の結果をもとに構築する.その際,HNC-MCA計算結果に見い出された,金属-絶縁体転移近傍での電子-イオン間強結合効果を「前兆的束縛状態(IRS)」の描像を導入して記述する. 第二章では,得られた状態式を液体金属水素に適用し,水素物質の金属転移を解析する.水素は宇宙の主な構成要素を成す基本物質であり,Mbar台の超高圧下で予期される金属転移の本質を解明することは,巨大惑星や褐色矮星の構造および熱進化を決定する上で重要である.原子液体・分子液体および分子固体水素の状態式を,既存の実験データ(高圧下の密度-圧力曲線,分子内部振動数の圧力依存性,気相-液相転移線,液相-固相転移線)を満足する形で導出し,与えられた密度と温度において,中性原子・分子・プラズマ(陽子・自由電子)から成る混合物質の全自由エネルギーの表式を求めた.これを電離度・分子解離度に関して最小化することによって系の状態を定め,水素物質の総括的な相図を導出した(図1).その結果,金属転移は,大きなクーロン相関エネルギーに伴う凝縮のため,密度やエントロピーの不連続なとびを伴った一次転移となること,その臨界点は密度1.4×10-3g/cm3,温度2.2×104K,圧力2.1kbarとなることがわかった.分子や原子は,密度の十分高いプラズマ中に置かれた場合,プラズマ電子による遮蔽効果を受け,束縛が弱まり不安定化するため,圧力電離過程において部分電離状態は結果として実現されないことが見い出された.木星内部の水素物質が金属相から絶縁相へ一次転移する際に解放される潜熱は,観測されている木星の赤外過剰放射エネルギーの約20%を説明し得ることがわかった. 図1密度m-温度Tに対する水素物質の相図.CIM,CGLはそれぞれ金属-非金属転移,気相-液相転移の臨界点.<Z>は電離度,は解離度,Pは圧力. 第三章では,イオン電荷数Z≧1の高密度プラズマ物質中での電気・熱伝導度の解析表式を導出する.その際,イオン球ポテンシャル中の電子-イオン量子散乱断面積の位相シフト計算値を通じて,強結合プラズマのイオン間相関効果や散乱断面積のZ-依存性を考慮する.また,金属-非金属転移の近傍では電子-イオン間の強結合に伴うボルン近似を超えた散乱効果が無視できないが,これをIRSの描像にしたがって取り入れる.得られた解析式は高密度電子縮退領域から弱結合古典領域にわたって輸送方程式の数値解を精度良く再現するのみならず,その物理的理解を大きく深めるものである.また,高密プラズマ中では電子はプラズマ全体と緊密な熱平衡状態にあるため,電子の熱輸送効率は,系全体の比熱によって大きく左右されることを示した.得られた表式を縮退星内のヘリウム,炭素,鉄のプラズマに適用し,他の理論と比較した. 第二章で得られた水素物質の状態式・相図を電気伝導度表式と組み合わせて,水素物質の衝撃圧縮実験における圧力-電気抵抗測定データを解析し,実験結果の示す圧力1.4Mbar付近での電気抵抗の減少が,水素物質の絶縁体から金属への一次転移で矛盾なく説明できることを示した.この実験結果は半導体エネルギーキャップの消失に伴う連続的な金属化で説明できるというのが従来の解釈であったが,その際の解析には(i)金属転移近傍での電子-イオン間強結合効果が電気抵抗に及ぼす効果,(ii)金属化に伴う熱力学量の変化,がまったく考慮されていなかったことが問題点である.今回の解析ではこの二点を考慮し,特に,金属化過程が吸熱反応であり,温度・エントロピー・エンタルピーの増大や圧力の減少を伴うことを考慮した点が重要である. 第四章で,高密物質中の核融合反応率について述べた後,第五章で,固化点近傍の超高圧液体金属水素系での冷核反応による核融合エネルギー解放の可能性を理論的に検討する.ここでの冷核反応とは,伝導電子が原子核間クーロン斥力を強く遮蔽する結果引き起こされる核融合反応であり,その反応率は密度とともに急激に増大し温度にほぼ無関係である.さらにこの冷核反応率に対して,超新星過程などで予期されている,核間多体相関に伴う数十桁もの核反応率の増大(高密増倍因子)が期待される.これらの核融合過程がもたらすエネルギー出力の解析は,「超新星を地上に」と呼び得る新しい核融合エネルギー開発技術の可能性を検討する上で重要である. 問題とする核反応は2H(p,)3He,3H(d,n)4He,7Li(p,)4Heである.反応が始まると,反応で生成された荷電核(3He,4He)は阻止能の効果で運動エネルギーを残存核燃料に与えて加熱し,核反応の高密増倍因子および全核反応率の値を急激に減少させる.生成荷電核が燃料を十分高い温度まで加熱できる場合,さらに熱核反応が再点火する可能性がある.高温になった核燃料は熱放射によってその光学的厚さに応じた割合で冷え,熱・流体膨張を起こし熱核反応率を減少させる.これらの物理効果を総合的に取り入れて核融合過程の時間発展を解析し,与えられた初期状態からどのような核融合出力が得られるかを調べた.p-d反応について得られたエネルギーゲインG(G=核反応出力エネルギー/入力エネルギー)の計算結果を図2に示す.曲線G=1とs=170(近似的な固化曲線)の間の狭い領域で,入力エネルギーを上回る核融合エネルギーが予期される.例として,密度10g/cm3,温度900K,圧力130Mbar,体積7.3×10-5cm3の初期状態(入力エネルギー=1kJ)の場合,冷核反応は約10-3fsの間持続し,その間約8.5%の核燃料が燃え,約一万倍のゲインが得られる.最終温度は約4×105Kと低いため,熱核融合反応による新たなゲインは得られない. 図2p-d系で密度m・温度Tの初期状態から得られる核融合エネルギーゲインGのコントア.s=(e2/akBT)×exp(-a/Ds)はイオン間の実効クーロン結合係数,aは平均イオン間距離,Dsは電子遮蔽長. 次に,d-t反応で,密度104g/cm3,温度16100K,圧力107Mbarの初期状態(入力エネルギー=1kJ)の場合,冷核反応は約10-3fsの後に停止し,約24倍のエネルギーゲインが得られる.生成荷電粒子4He(運動エネルギー=3.5MeV)は残存核燃料を温度約4×107Kにまで加熱し,熱核融合の再点火が起こり,合計で約90倍ものエネルギーゲインが得られる. d-t反応や7Li-p反応では,同じゲインを得るのに必要な圧力がp-d反応に比べて大きい.すなわち,p-d反応が最も実現に有利であり,そこで必要な加圧は慣性核融合の場合の約千分の一である.また,固化点近傍の超高圧金属系は,慣性核融合の超高温プラズマに比べ,熱・流体力学的動特性がはるかに安定であるという利点を持つ. |