学位論文要旨



No 112389
著者(漢字) 木村,敬
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,タカシ
標題(和) 偶奇本梯子系における超伝導の理論的研究
標題(洋) Theoretical study of superconductivity in ladder systems with even and odd number of legs
報告番号 112389
報告番号 甲12389
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3169号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高田,康民
 東京大学 助教授 今田,正俊
 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 教授 毛利,信男
内容要旨

 従来の超伝導体は、電子と格子振動との結合を媒介とした、電子間の引力相互作用が重要な役割を果たすというBCS理論の枠組みで理解された。しかし、特に銅酸化物高温超伝導体の発見以降、電子間斥力が重要な役割を果たす超伝導のメカニズムが様々な角度から研究されている。

 現在の理解では、高温超伝導体がその転移温度の高さの他に従来のBCS超伝導体と決定的に異なる点は、電気抵抗率、光学伝導度、ホール係数、また核磁気共鳴などにみられる常磁性金属相の「異常な」振る舞いにあるとされている。また、その異常金属相に重大な役割を果たしているのは、電子のスピン自由度の励起に存在するギャップ(スピンギャップ)の存在であると考えられている。これらの性質は、高温超伝導体の母体であるCuO2平面上の大きな電子間の斥力相互作用に起因する可能性があり、この電子間相互作用の効果を理解することが、スピンギャップまたは異常金属相の理解、ひいては超伝導機構そのものの理解につながると期待されている。

 一方、一次元系では、少なくとも低エネルギースケールではかなりの程度ユニバーサルなことがモデルハミルトニアンによらず期待されており、朝永ラッティンジャー液体論で記述されている。また、その一次元鎖を2本、3本と並んだ構造を持ったラダー(梯子)系も理論的、およびCuO2のネットワークからなる準一次元的な構造において、実験的にも盛んに研究されている。梯子系は、キャリアドープされていない場合(ハーフフィルド)には高温超伝導体の場合と同様に強い電子間斥力のため電子が各格子点上に一つずつ局在するモット絶縁体となっており、S=1/2のスピン系とみなされる。Schulzは、半整数(整数)スピンの一次元鎖の励起にはギャップがなく(あり)、反強磁性相関は冪(指数)的に減少するという現在はほぼ確実視されているHaldane系とS=1/2スピン鎖が奇数(偶数)個並んだ系との同等性をすでに1986年の時点で推論していた。1993年に、Riceらも同様の推論を行っている。特にRiceらの推論以降、このスピン梯子系の問題が理論的にも実験的にも幅広く研究されており、最近ではSchulzとRiceのハーフフィルドでのスピンギャップの有無に関する偶奇予測の正当性が理論的にも実験的にもも確認されている。

 キャリアドープされた系に関しては、Riceらが前述の推論と同時に、鎖数の偶奇にまつわるある推論を行っている。すなわち、「偶数本鎖系では、スピンギャップがキャリアドープされた系でも残り、それによって超伝導が現れる」という推論である。実際、ごく最近、2本鎖の物質(Sr0.4Ca13.6Cu24O41.84)において超伝導転移が確認されている。

 Riceらは、ドープされた奇数本鎖に関しては、特にはっきりとは言及していないが、ハーフフィルドでのスピンギャップの有無が、超伝導と単純に結び付いているのであれば、奇数本鎖では超伝導転移はないように思われるが、それが正しいかは検証の必要がある。

 本研究では、数値的あるいは解析的な方法により、偶数本鎖(2本鎖)及び奇数本鎖(3本鎖)のハバード梯子系の超伝導相関を研究した。特に、単純な直観に反し、奇数本鎖(3本鎖)の系でも超伝導相関が、支配的になりうることを示した。

 CuO2平面を理解するために、様々なモデルハミルトニアンが提唱されているが、その代表的なものに、t-J模型やハバード模型などがある。

 ハバード模型ではサイトi上でスピンをもつ電子がホッピングパラメータtの確率で隣のサイトj上に飛び移り、同一サイトに上向きスピンと下向きスピンの両方が存在するときにはUという相互作用を感ずる模型である。CuO2面との対応関係においては、ハバード模型は酸素を近似的に扱ったことに対応しており、その近似がよいかどうかは明確ではない。しかしながら、ハバード模型は遷移金属の磁性の模型としてHubbard等により1960年代から、盛んに研究されている強相関電子系を表す代表的な模型の一つであり、基礎論的にも興味深い。よって、本研究ではハバード模型を研究対象とする。

2本鎖梯子の量子モンテカルロ計算

 まず、2本鎖のハバード梯子について量子モンテカルロ法を用いて研究した。2本鎖のハバード梯子に関しては、相互作用に関する摂動的繰り込み群を、電子系のボゾン化と呼ばれる方法に組み合わせる弱結合理論というスタンダードな方法からのアプローチが既になされている。1本鎖(一次元)とは異なり、2本鎖から生じる2つのバンド間の対トンネル過程と2つのバンド内の電子間後方散乱に対応するカップリングが強結合に繰り込まれ、スピンギャップが生ずる結果、超伝導相関が支配的になることが示されている。しかしながら、この弱結合理論は電子の運動エネルギーに比べて十分小さい相互作用Uの大きさに対してしか原理的には適用されない。特に、2本鎖の様に強結合に繰り込まれる散乱過程が存在する場合には摂動の収束の問題はより深刻である。したがって、有限の相互作用をもったハバード模型を研究する必要があり、密度行列繰り込み群法や量子モンテカルロ法などによって、有限サイズの系を数値的に取り扱う計算が既に幾つかなされていたが、それらの幾つかの結果は弱結合理論と矛盾するものであった。

 本研究ではまず、相互作用のない場合のフェルミレベルを挟んだ一体のレベルをホッピングパラメターの調節等により近付け、スピンギャップに比べれば、有限系のレベル間隔の比を小さくすることにより無限系に近い状況(本来無限系ではレベル間隔0になる)を作り上げれば、超伝導相関が強められることを量子モンテカルロ法を用いて示した。取り扱った相互作用の値はU2tという中間的な値である。一方、キャリア濃度依存性としてはウムクラップ散乱が可能になる場合、すなわち全体がハーフフィルドの場合と結合バンドがハーフフィルドの場合も興味深い。本研究ではそれらのウムクラップ散乱の効果も調べた。その結果、対応するケースになされた以前の弱結合理論の結果と同様に、ウムクラップ過程が可能な場合には超伝導相関が強められないことが確かめられた。

3本鎖梯子の弱結合理論

 次に、奇数本鎖(3本鎖)に移る。3本梯子は、上記のドープされた系に関する「偶奇仮説」を問題にするにあたって、最も簡単な奇数本の場合であるので研究対象とした。3本鎖に関しては、Arrigoniが、摂動的繰り込み群の範囲で、繰り込みの過程で強結合に繰り込まれる散乱過程を求めていた。3本鎖には、3本のスピン波の自由度があるが、Arrigoniの結果によれば、ギャップのないスピン波の自由度が確かに3本鎖には存在しており、反強磁性的な相関が距離とともに指数的ではなく羃的に減衰するという一次元と同じ状況が期待される。しかしながら、反強磁性の羃的な減衰は、より支配的な羃相関をもつ他の相関が存在することを必ずしも否定するものではない。特に、3つのスピン波の自由度の内2つのスピン波の励起にはギャップが開いているのであるから、それらの効果も興味が持たれる。

 このような観点から、本研究では、Arrigoniの求めた繰り込みの固定点をもとに、キャリアドープされた場合の相関関数を計算した。その結果、確かに反強磁性相関は端の鎖上に羃的に残るが、支配的な相関は、中央の鎖と両端の鎖を挟んだoff-siteの超伝導ペアリングの相関であることがわかった。複数本あるスピンモードのうちギャップをもつモードの部分を「活かして」、丁度2本鎖の場合のようにペアリング相関を発達させたということが出来、複数のモードが存在するときには特有なことがあるかも知れないという予想が実現されている。

 実際、ペアリング相関の羃の弱結合極限(U→+0)での値も2本鎖の場合の1/2に等しい。また、反強磁性相関等の他のサブドミナントの相関の羃の弱結合極限での値も2本鎖の場合の2に等しい。ここで重要であったギャップをもつスピンモードをもたらしたのは、一番上のバンドと一番下のバンド間のペアトンネリングとそれらのバンド上の電子間後方散乱であり、2本鎖の場合と同様な散乱過程が重要な役割を果たしていることが分かる。

 結局、超伝導相関が支配的になり得るためには、スピンギャップが必ずしも全てのスピンモードの励起に存在する必要はなく、ギャップをもつモードが(ギャップレスモードの他に)存在すればよい、という例を例証したことになる。そのような観点からいえば、ドープされたより多数の奇数本梯子系でもペアリング相関が支配的になる可能性があると言える。なお、この3本鎖の問題については、Schulzが同様の結果を本研究とは独立に求めている。

3本梯子の量子モンテカルロ計算

 ところで、原理的には無限小の相互作用にしか正当性が保証されない弱結合理論がより大きな相互作用に対して成立するかどうかは、3本梯子に対しても重要な問題となる。そこで本研究では、上述の超伝導相関に関する弱結合理論の結果がより大きな相互作用に対して保たれるかを2本鎖の際と同様に、量子モンテカルロ法によって調べた。2本鎖の場合のように、フェルミレベル近傍での一体エネルギーのレベルに注意しながら計算を行った。その結果、ウムクラップ散乱が存在しないフィリングでは、弱結合理論の予測の通りに、超伝導相関が強められることが分かった。さらに、2本鎖の際と同様にウムクラップ散乱の効果も調べた。特に、支配的なペアリング(中央鎖と両端の鎖にまたがり、一体バンドでいえば一番上と一番下のバンドから成る)の秩序変数に含まれない中央のバンドがハーフフィルドである場合には、そのバンド上でのウムクラップ散乱がペアリング相関に無関係であるため、ペアリング相関は強められる続けることが分かった。

結論

 本研究では、梯子系の偶奇性に関して、奇数の場合もペアリング相関が支配的になり得ることを、弱結合理論及び中間的な相互作用に関する量子モンテカルロ法により示した。将来の問題としては、この状況がより大きな相互作用やt-J模型などの他の模型でどうなるか、またより多数の鎖数の梯子系ではどうなるか、あるいは現実系への適用性の解明などが挙げられる。

審査要旨

 最近,CuO2のネットワークでつくられた,お互いに電子のやり取りや相互作用がある複数の一次元鎖が並んだものとみなせる系(梯子系)が注目を浴びている.とりわけ,スピン励起に対するエネルギーギャップの有無や,それに関連して反強磁性相関と超伝導相関との競合の問題が系を構成する鎖の数の偶奇性によって支配されるというSchulzやRiceの推論を巡って,理論・実験両面にわたる多数の研究がなされている.修士(理学)木村敬提出の学位請求論文においては,梯子系に対する理論モデルとして,2鎖及び3鎖ハバード模型が採用され,摂動論的繰り込み群という解析的手法と量子モンテカルロ法という数値的手法の両者を用いて,その模型の電子状態が調べられ,この「偶奇性問題」に新たな視点が与えられた.

 英文で5つの章からなる本論文の第1章では,まず,銅酸化物高温超伝導体の超伝導機構解明の過程において,この梯子系を研究する意義,特に,そこにおける偶奇性問題の重要性が説かれる.ついで,この問題に関連して,これ迄なされた諸研究の纏めが記される.そして,偶奇性問題への寄与のためには,既に多くの研究がなされている2鎖系と同様に,3鎖系の研究が急務であることが述べられる.

 次に第2章では,始めに2鎖系の研究について,より詳しい纏めが記される.とりわけ,弱結合極限からの解析では期待される超伝導相関の存在が,これ迄のいろいろなグループによる数値実験では必ずしも肯定的に結論づけられていないことが問題点として指摘される.本論文では,この一見矛盾する全ての数値計算結果はclosed-shellの条件を満たす有限系での相互作用のない場合の最小の電子励起エネルギーというパラメーターを通して整理すると統一的に理解できることが主張される.すなわち,がある特性エネルギーよりも小さい場合,超伝導相関の存在を示唆する結果になるが,そうでない場合はその存在を否定する結果になることが,最大サイズ2×42の系などにおける量子モンテカルロ法を用いた計算結果を実例としながら,議論される.なお,この特性エネルギーがスピンギャップエネルギーを示すものか,あるいは,BCS的に考えた場合の温度ゼロでの超伝導ギャップエネルギーに対応するものなのかは,現段階では明らかではない.そもそも,このという量が何かバルクの重要な物理量に対応しているという確証もなく,実際,計算結果がに依存するということは単なるサイズ効果を見ているともいえなくもない.いずれにしても,これらの疑問は現在の計算機の使用条件の下では解決が難しいものであり,今後の計算機の発達とともに,将来,考え直すべき問題である.

 さて,第3章では,3鎖系での超伝導相関と各種のスピン密度波相関や電荷密度波相関などとの競合が,弱結合極限からの摂動論的繰り込み群を用いて議論される.そして,これ迄の偶奇性問題に対する直感的な推論とは異なり,ギャップレススピン励起モードのある3鎖系でも超伝導相関が支配的になりうることが示された.これは新しい重要な物理的成果であり,高く評価できる.

 第4章では,前章の弱結合理論での結論が中間的な強さの相互作用がある場合にも成り立つことをみるために,2鎖系の場合と全く同様に,量子モンテカルロ法を3鎖系に適用したときの結果が述べられる.前述したような「問題」がここでも存在するが,得られた結果は定性的には2鎖系の場合と全く同じである.これは,超伝導相関の存在に関する偶奇性問題という立場から見れば,少なくとも,鎖の本数の偶奇で超伝導の出現が大きく左右されることはないという本論文の主張を支持する結果ではある.

 最後に,本論文の第5章では,得られた結果を要約し,将来の問題を展望している.なお,本論文の末尾には2つの補遺が収録されているが,それらには,それぞれ,量子モンテカルロ法の概説と第3章の解析計算の詳細が記されている.

 以上、各章を紹介しながら,本論文の物理学への貢献点を解説した.実際,本論文はよくまとまっており,計算技法・結果ともに,学位論文として充分な水準にあることが審査員全員によって認められ,博士論文として合格であると判定された.尚、本論文の内容は黒木和彦氏や青木秀夫氏との共著として,一部(第3章の内容)はPhysical Review B誌1996年54巻のR9608ページに発表されており、残る部分も同誌に出版予定,もしくは,投稿中である.そして,これらの論文の第一著者である論文提出者が主体となって計算及び結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される.また,この件に関して,黒木氏や青木氏からの同意承諾書が提出されている.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53948