核反応の実験は、最近まで安定核どうしの反応に限られていたが、現在は、不安定核を含む反応についても可能になってきている。このような反応は、不安定核の構造から大きな影響を受ける。例えば、中性子スキンをもつ不安定核の反応では、中性子スキンが反応に大きな影響を与えるものと思われる。 中性子スキンが核反応に与える影響として、一般的に考えられているのは、中性子移行及び融合断面積の増大である。そこで、本論文では、このような中性子スキンをもつ不安定核と安定核との反応について、16,28O+40Ca及び、16O+16,28O反応を例として、核子移行及び融合反応に焦点をしぼって考察した。計算は、軸対称性を仮定した2次元の時間依存Hartree-Fock法(TDHF)及び、軸対称性を仮定しない3次元のTDHFを、Skyrme相互作用(SIII、SLy4d)を用いて行った。この場合、28Oは中性子スキン原子核である。 中性子過剰核は、一般的に安定核とは違った性質をもつ。例えば、16Oと28OのHartree-Fockポテンシャル及びFermiエネルギーを比べてみる。安定核である16Oの場合、クーロン力の寄与の分だけ陽子の方が中性子に比べて高い以外は陽子と中性子の間でほとんど違いはない。これは、安定核一般に言えることであり、40Caの場合も同様である。そして、40Caと16OのFermiエネルギーを比べると、陽子も中性子もそれぞれ極めて近い値を示している。 それに対して、中性子過剰核28Oの場合、陽子-陽子及び中性子-中性子相互作用に比べて陽子-中性子相互作用の方が強いことから、ポテンシャルが、安定核の場合に比べて陽子に対しては深くなり、中性子に対しては浅くなる。その結果、陽子は非常に深く束縛され、逆に中性子の束縛は緩くなる。そして、原子核の外側の領域では陽子の分布が減り、中性子が拡がり、中性子スキンと呼ばれる領域が生じる。又、ポテンシャルの変化により、安定核の場合に比べて陽子のFermiエネルギーは下がり、逆に中性子では上がる。その結果、Fermiエネルギーを見てみると、安定核ではクーロン力の分だけ陽子の方がわずかに数MeV高かったのであるが、中性子スキンをもつ原子核では逆に中性子の方が陽子に比べて非常に高く(28Oでは約30MeV)なる。 そこで、2次元TDHF計算により、中性子スキンをもつ原子核と安定核との間の反応の一つである28O+40Ca反応と、安定核どうしの16O+40Ca反応とを比べてみる。まず、核子移行反応を考える。この場合、16O+40Caでは、核子の移行はほとんどみられないが、28O+40Caでは、広範囲にわたって核子の移行がみられる。例えば、重心間の運動エネルギーを固定して衝突径数を充分大きな値から小さくしていくと、16O+40Caでは、弾性衝突の領域(つまり核子の移行がみられない領域)から融合領域へと変わる。ところが、28O+40Caでは、弾性衝突の領域からまず核子移行反応の領域へと変化する。この領域では、中性子が中性子過剰核28Oから安定核40Caへ、そして陽子が安定核40Caから中性子過剰核28Oへ同時に移行する。特筆すべきなのは、中性子に比べると数はやや少ないものの、陽子の移行もみられることである。そして、移行核子数は衝突径数を小さくしていくにつれ増加する。さらに衝突径数を小さくしていくと、ついには融合領域に入る。同様に、衝突径数を0に保って重心間の運動エネルギーを下げていくと、16O+40Caでは融合領域をすぎると弾性衝突の領域に入るのに対して、28O+40Caでは核子移行領域が存在する。 一般的には、中性子スキンをもつ原子核を含む反応での中性子移行の増大についてはある程度予想されていたものの、陽子の移行については予想されていなかった。むしろ、中性子に比べて陽子の移行はほとんど起こらないという議論もなされている。そこで、このような核子移行のメカニズムを、上述した安定核と中性子スキン原子核との間のポテンシャル及びFermiエネルギーの違いによって、以下のように説明する。 2つの原子核が近づくと、2つのポテンシャルはつながり、それぞれのsingle-particle wave functionは他方の核へと拡がる。そして、衝突が起こると、2つのポテンシャルの間の障壁は充分下がり、それらのsingle-particle wave functionは混ざりあう。ここでまず、中性子移行について考える。28O+40Caの場合、中性子のFermiエネルギーは40Caに比べて28Oの方が高いので、それぞれのsingle-particle wave functionが他方の原子核に入り込むと、28OのFermi levelの近くの中性子は40Caのより低いunoccupied levelに移行し、衝突の後もそのまま残ることができる。ところが、16O+40Caでは、2つの原子核のFermiエネルギーがほぼ等しいので、そのようなunoccupied levelは存在しない。よって、中性子過剰核を含む反応では中性子が中性子過剰核から安定核に移行するのに対し、安定核どうしの反応ではそのような移行が起こらないと解釈される。陽子移行も同様に、中性子過剰核28Oの陽子のFermiエネルギーと安定核40Caのそれとの違いによって説明される。 つぎに、融合反応を考える。28O+40Caの融合断面積は16O+40Caの場合に比べて増大したが、それは、28Oと16Oとの通常の意味での半径の違いにより説明される程度の差であり、一般的に予想されていたほどの飛躍的な違いをもたらすにはいたらなかった。このような結果から、中性子スキン原子核と安定核との間の反応では、核子移行は増大するものの、融合反応は飛躍的には増大しないということがわかる。これは、核子移行の増大そのものが融合反応を阻害するというように理解することができる。 次に、このような核子移行及び融合反応が起こる様子を、系の密度分布の時間発展を追いながら調べる。すると、核子移行反応の場合、二つの原子核が最も近付いた時でも、その間の距離は10fmも離れていることが明らかになった。けれども、この場合においても、28O+40Caでは16O+40Caや28Si+40Caという安定核どうしの反応の場合に比べて、二つの原子核間の密度が非常に高くなり、また、強く変形している様子が明らかになった。つまり、中性子スキン原子核は変形に対してソフトであるということが言える。 このような2次元計算には、しかし、系の変形及び回転運動について近似がなされている。上述のように、中性子スキン原子核は変形に対してソフトである可能性が考えられるので、これらの近似が反応の計算結果に与える影響は無視できない。そこで、これらの近似を取り除き、より現実の系に近い計算を行うために、3次元TDHF計算のコードを開発した。コードの開発は、Boncheらによって作成された既存の3次元Hartree-Fock計算のコードを基に、Boncheとともに行われた。このコードでは、2次元計算では無視されたspin-orbit相互作用などの項もSkyrme相互作用に入れられ、また、回転運動に課されていた近似も取り除かれた。比較のため、2次元計算と同じSIIIの相互作用パラメターを用いて3次元計算を行うと、低エネルギーでの融合断面積が増える。これは、3次元計算により非軸対称変形が許されるようになったこと、及び、相互作用の取り扱いがよくなったことによるものと思われる。特に、非軸対称な変形は、エネルギーの散逸過程において重要な役割を果たすものであり、実際に、そのような変形によりもたらされると思われる融合断面積の増大も見られた。 このコードを用いて、相互作用パラメターSLy4dにより、16,28O+40Ca及び、16O+16,28O反応について調べたところ、いずれの場合も、SIIIでの計算結果よりも更に融合断面積が増大することが明らかになった。これは、低エネルギー領域での融合断面積のパラメター依存性からくるものと思われる。しかし、このような融合断面積の増大は、中性子スキンをもつ原子核と安定核との間の反応だけでなく、安定核どうしの反応にも見られるもので、この場合も、2次元計算の結果と同様に、中性子スキンによる融合断面積の飛躍的な増大は見られなかった。 このように、2次元・3次元のいずれの計算においても、中性子スキンが融合反応に与える効果は確認できなかった。非軸対称な変形による融合断面積の増大など、2次元計算に比べて計算の信頼性が高くなっているのは確かであり、28Oの反応では、従来の予想と異なり、中性子スキンによる融合断面積の飛躍的増大は見られないものと考えられる。これは、酸素のように軽い核では、中性子スキンにある中性子の数が少なく(28Oの場合4個)、それらのコアとの束縛も弱いことから、安定核どうしの反応に比べて、核子移行が起こりやすい反面、核子移行の効果が、直接、融合反応に反映されにくいのではないかと考えられる。しかし、より重い中性子過剰核では、中性子スキンにある中性子の数が増え、それらのコアとの束縛も軽い中性子過剰核に比べて強くなることから、異なる側面も期待される。よって、中性子スキンが核反応に与える効果を包括的に理解するためには、今後、より重い核を含む種々の不安定核について調べる必要がある。 |