ブレーザーは、電波から線までの広波長域で激しい強度変動を示す活動銀河核であり、中心には、巨大なブラックホールが存在すると考えられている。近年、線観測衛星により、線領域での放射エネルギーが他波長を圧倒するブレーザーが発見された。こうした線領域での放射は、高いエネルギーまで粒子が加速されていることを示唆する。この加速は、一般的にはジェットによるものと考えられており、ブレーザーからの非熱的放射は、ジェットが視線方向に向いていることによる、ビーミング効果に起因するとする議論が多くなされている。しかし、広い波長域にわたる放射機構や粒子の加速機構は解明されていない。 我々は、X線天文衛星ASCA(あすか)によるブレーザー天体の観測を行ない、系統的に解析した。さらに、CGRO衛星に搭載されたGeV線検出器EGRETとの同時観測を解析し、これらの結果を含んだ電波から線までの広波長域スペクトルの解析結果に基づいて、ブレーザーの放射機構についての研究を行なった。 ASCA衛星は、0.5keVから10keVのX線領域で、これまでにない高い検出感度を有しており、天体のスペクトルや変動を精度良く知ることができる。我々は、11個のブレーザーに対してEGRET検出器を含めた多波長同時観測を行なうとともに、全体で18個のブレーザーを観測した。変動を調べるために数日から数ヵ月の間隔をおいて同一天体を繰り返し観測し、1993年から1996年までの、のべ65回の観測を解析した。天体の内訳は、X線で選別されたBL Lac天体(XBL)が7つ、電波で選別されたBL Lac天体(RBL)が4つ、あとブレーザーに分類されているクェーサー(QHB)が7つである。 典型的なXBL天体であるMkn421は、線の放射がTeV領域まで伸びており、電波からTeV線までの17桁に及ぶ波長域でスペクトルを得ることのできる唯一の天体である。1994年には、ASCAを含めた多波長同時観測が行なわれX線とTeV線領域で同時にフレアが検出された。観測されたフラックスの変動は、X線、TeV線ともに、準静的レベルに比べて1桁であった。ASCAの観測中に、半日でX線強度が2倍変化し、低エネルギー側の変動が、高エネルギー側の変動から約1時間程度遅れる現象が顕著にみられた。こうした時間変動は、ブレーザー天体にとって共通の特徴であり、実際ASCAによる観測中に半数の天体から強度変動が検出された。X線スペクトルは、放射過程を知る上で大切であるが、XBL天体のスペクトルは上に凸であることが、ASCAの観測により明らかに示され、その傾きは強度変動と相関を持っていた。これに対し、QHB天体は、これまで報告されていたように、硬いスペクトルを持ち、その傾きは、強度が変化してもかわらなかった。RBL天体では、これら2つの中間的なスペクトルを示し、下に凸の精度良いスペクトルがASCAで初めて得られた。 ASCAと同時に行なわれたEGRETによる観測の解析から、QHB天体やRBL天体では、線の放射エネルギーが、X線領域に比べて1桁大きく(図1:右)、XBL天体では同程度であることが(図1:左)、同時観測を含めた結果として初めて示された。これまで非同時観測の結果を用いて、X線領域と線領域でのスペクトルのべき指数に、負の相関があることが報告されていたが、我々は、同時観測の結果を含めてこの相関があることを示し、XBL天体、RBL天体、QHB天体とで違いがあることが分かった。 図1.多波長スペクトル(電波〜TeV線)(左図)XBL天体Mkn421,(右図)QHB天体PKS0528+134。 我々は、ASCAで観測した18個のブレーザーに対し、EGBETとASCAの観測結果を含めた電波から線までの多波長スペクトルを作成した。ブレーザーの多波長スペクトルに共通した特徴として、電波から紫外、軟X線に滑らかにつながる成分と、硬X線から線へとつながる成分に分かれることがあげられるが、我々は、それぞれの成分の放射エネルギーのピークエネルギー、およびピークとなる周波数を求めた。その結果、これまで報告されていたように、電波から軟X線までの成分は、QHB、RBL、XBL天体の順に、ピークとなる周波数が高くなり、全体として4桁にわたって広く分布していた。硬X線から線までの成分について見てみると、XBL天体ではTeV領域で、QHB天体ではMeV領域、RBL天体ではGeV領域にピークがあることが、同時観測データを含めた結果として明らかに示された。またこれら2つの成分の放射エネルギーのピーク比は、QHB天体では1桁以上大きく、XBL天体では同程度であることがわかった(図1)。X線スペクトルは、XBL天体では電波からつながる低いエネルギー成分に、QHB天体ではガンマ線へつながる高いエネルギー成分に属し、RBL天体ではこれら2つの成分が混ざっていると考えられる形を示した。 ブレーザーは、電波や可視光で高い偏光を示すこと、フラットなスペクトルを持つことから、電波や可視光の放射はシンクロトロン放射であると考えられている。多波長スペクトルを見ると、XBL天体では、電波からのスペクトルが滑らかにX線領域まで伸びていることから、X線領域の放射も、シンクロトロン放射であると考えられている。過去のX線観測で示唆されていた、低エネルギー側の変動が、高エネルギー側の変動から遅れるという現象は、高いエネルギーの電子ほど磁場中での寿命が短いというシンクロトロン・クーリング効果で説明できるが、はっきりとは観測されていなかった。我々は、この変動の遅れをASCAによるMkn421天体の観測ではっきりと示すことができた。変動の遅れを放射冷却によるものとして、X線の放射領域の磁場の大きさを導出したところ、0.2ガウスになった。この磁場の値を用いると、X線を放射している電子のローレンツ因子は、約106となる。一方、ブレーザーの線の放射機構については、高エネルギー電子が軟光子をたたきあげる逆コンプトン放射で説明する試みがなされてきたが、光子の起源についてはわかっていない。Mkn421天体の観測中に、X線・TeV線領域で同時フレアが観測されたが、これら以外の波長では変動が検出されなかったという結果から(図1:左)、高いエネルギーを持った同一の電子が、X線、TeV線領域の両方の放射に関与し、電波からX線領域までがシンクロトロン放射、GeV,TeV線での放射は逆コンプトン散乱によるものと考えられる。X線領域にシンクロトン放射している電子が、X線をコンプトン散乱してTeV線を作っているとすると、TeV領域の強度変動の大きさは、X線領域の変動の2乗になるが、観測されたTeV領域の変動はX線領域の変動と同じであり、TeV領域に逆コンプトンされる種光子がX線ではないと考えられる。ASCAの観測から求められたローレンツ因子を使って、TeV領域の種光子のエネルギーを求めると、eVとなる。つまり、eVバンドの光子数がほぼ一定で、ローレンツ因子106の電子数が1桁増加したため、TeV領域にコンプトン散乱された光子数も1桁増加したと解釈することができる。 我々は、多波長スペクトルの解析から得られた2つの放射ピークのエネルギーと周波数を用いて、ブレーザーの放射機構について考察した。まず、線領域にコンプトン散乱される光子がシンクロトロン光子のみである(Synchrotron-Self-Compton;SSC成分)と仮定した場合のビーミング因子と呼ばれる量を見積もった。その結果、幾つかのQHB天体やRBL天体は、電波の観測から得られているビーミング因子に矛盾する値を示した。これは、SSC成分以外の成分が線の放射ピークを作っていることを示唆する。さらに、幾つかのQHB天体の線スペクトルがX線スペクトルの延長上にはなく、数百keV付近で折れ曲がりが見られることや、電波から伸びているシンクロトロン成分が紫外線領域でカットオフしていることを考えあわせると、QHB天体のX線領域はSSC成分であり、線領域はSSC成分と別の成分の重ね合わせであると考えられる。我々は、このSSC成分の放射ピークをASCAのX線スペクトルを使って推定し、SSC成分とシンクロトロン放射の強度差は、QHB天体でもXBL天体でも1桁以内であることを系統的に示した。またQHB天体では、F()空間での線の放射ピークの高さが、SSC成分に比べて1桁大きいことが分かったが、これは、線領域にコンプトン散乱されている光子の多くが、シンクロトロン光子とは別の起源をもつ光子であることを示す。この光子の寄与は、3C279のような限られた数の天体スペクトルの解析から提唱されていたが、同時観測のデータを用いて多くの天体に対して系統的に示されたのは初めてである。 導出したシンクロトロン放射強度とSSC強度から磁場の大きさを見積もった。その結果、およそ0.1から1ガウスとなる。この磁場の大きさと、シンクロトロン成分の高エネルギー側のカットオフ周波数から、電子のローレンツ因子の最大値を推定すると、QHB天体で104、XBL天体で106〜107となる。磁場のエネルギー密度とコンプトン散乱される光子のエネルギー密度を比べると、XBL天体ではほぼ同じであるが、QHB天体では光子のエネルギー密度が磁場のエネルギー密度に比べて1桁大きいことが示された。 多波長スペクトルを見ると、シンクロトロン放射強度がピークとなる周波数が、XBL、RBL、QHB天体の順に低くなり、最大で4桁違うことが報告されている。シンクロトロン放射のピーク周波数は、磁場と電子のローレンツ因子、および相対論的効果によるビーミング因子の掛け合わせで決まる。ピーク周波数の違いは、これらの物理量の違いを反映するが、ビーミング因子の違いは、電波と線での観測から4倍以内であることが示唆されている。上の考察から、磁場の違いは1桁程度であり、電子のローレンツ因子の違いが、ピーク周波数の違いに大きく反映することが初めて示された。つまり、QHB天体は、XBL天体に比べて、シンクロトロン光子以外の光子密度が大きいために、電子加速がXBL天体ほどに高いエネルギーまで行われない、従ってシンクロトロン放射のピーク周波数が低くなることが明らかにされた。 本研究により、次のことが明らかになった。ブレーザーのX線領域の放射成分は、主にシンクロトロン放射であるもの(XBL天体)、コンプトン放射であると考えられるもの(QHB天体)、これら2つが重なったもの(RBL天体)がある。シンクロトロン成分とSSC成分の強度比から推定される磁場は、0.1〜1ガウスである。線領域の放射は、SSCと考えられるものとSSCだけでは説明できないものがあり、線の放射強度が大きいブレーザーほど、電子のローレンツ因子が小さく、シンクロトロン成分のピーク周波数が低くなる。 |