RCo系合金(R:希土類原子)は伝導電子が磁性を担う磁性体で、その特有の性質は磁性を担う3d電子のバンド的描像で理解されている。近年C15型ラーベス相金属間化合物YCo2,LuCo2等の常磁性体において、約70Tで遍歴電子メタ磁性を示すことが超強磁場下の実験で明らかにされた。この現象は磁場誘起の常磁性から強磁性への相転移(P-F)であり、バンド計算の結果から、これらの物質においてはフェルミ準位が状態密度の鋭いピークの谷間に存在し、外場によりup spinバンドとdown spinバンドを分極させることにより、容易にフェルミ準位を、状態密度曲線上においてStonerの強磁性出現条件を満たす位置に移動させることが出来るためであると理解された。さらにこれらの系の有限温度における振る舞いについてもYamadaらにより理論的アプローチがなされ、転移磁場とスピンの揺らぎの間には密接な関係があることも指摘された。ところが近年、Gotoらにより遍歴電子強磁性体であるYCo3において63T及び87T(以下、Hc1、Hc2と呼ぶ)で2段階の磁場誘起相転移が発見された。Gotoらはこれを弱い強磁性状態から強い強磁性状態への遍歴電子メタ磁性(F-F)であると考え、さらにその転移が結晶学的に異なるサイト(3b,6c,18h)で別々に起こっているというモデルを考えた。 本研究の目的は、YCo3における2つの転移がどのようなメカニズムで起こっているか、またその磁気的な振る舞いはP-Fの転移とどのような点で異なっているかを実験的に明らかにしていくことである。F-Fの転移は、今まであまり報告例が無く、Sc0.25Ti0.75Fe2等の混晶で報告されているくらいである。本研究では遍歴電子強磁性体Y1-xNdxCo3,,Y1-xGdxCo3,,Y(Co1-xFex)3およびY(Co0.92Al0.08)2の遍歴電子メタ磁性体について超強磁場下における磁化測定を中心とした実験を行い、以下のような結果を得た。 (1)Y1-xNdxCo3 本研究ではRCo3(R:磁性希土類原子)においてCoモーメントがRの分子場によりほぼ飽和した値をとっていることに注目し、転移磁場を減少させることをねらってYサイトを部分的にNdで置換した試料を作成した。その結果この系では磁性希土類原子からの分子場によりHc1、Hc2がともに濃度にほぼ比例して減少し、さらに自発磁化にはそれぞれの転移が消失するところで急激な増加が認められ、Nd置換と磁場の印加とがほぼ同じ効果を示すことが分かった。これにより転移磁場が超強磁場領域から、40T以下のロングパルスマグネットで観察可能な領域にシフトして、より精密な測定ができるようになった。この磁場領域でメタ磁性が観察できる試料について体積磁歪(V/V=)の測定を行ったところ、10-3程度の巨大なの増加が観察できた。とくにHc1、Hc2に対応する磁場で急激に体積が増大し、はM2に比例する傾向を示したことから、この2つの転移が遍歴電子メタ磁性であると断定した。また、転移磁場の減少のx依存性からNd-Co間に働く相互作用定数を見積もった。この方法は相互作用定数を見積もるのにもっとも直接的な方法である。またこれらの試料について、最近、NMRの測定結果が報告されており、Hc1が消失する濃度では3bおよび6cサイトの磁気モーメントが、Hc2が消失する濃度では18hサイトの磁気モーメントが急激に増大していることが明らかにされ、異なるサイトでメタ磁性転移が起こる系であることが確認されている。 (2)Y1-xGdxCo3 Y1-xGdxCo3はY1-xNdxCo3の場合と異なりGd-Co間にフェリ磁性的相互作用が働くが、単位胞あたりのCoのモーメントがGdのそれより大きいxの範囲ではCoモーメントが磁場の方に向くためNdの場合と同様の効果が期待できる。Gdからの分子場によりHc2はxに比例して減少するが、Hc1は低濃度で消失してしまう。また、自発磁化はHc2が消失する濃度で急激に増加する傾向が見られるが、Y1-xNdxCo3で見られたような2段階の増加は見られない。この系でも、NMRの測定によるCoモーメントのGd濃度依存性が報告されており、その結果から3種類のサイトはHc2が消失する濃度で急激に増加することが明らかになった。このようにNdの場合と異なる結果となった原因は各サイトでR-Co間相互作用定数が異なることなどが考えられる。またこの系では、Gdが異方性を持たないためCoの異方性だけを反映した一軸異方性を示す。この系の異方性エネルギーK1を見積もるとHc2が消失する濃度近傍で最小値をとる。YCo3について、3b,6c,18hのそれぞれの異方性を点電荷近似による計算から独立に求めた結果が報告されており、それによると3bサイトは、他のサイトではc軸が磁化容易軸になっているのに対して、c面内が容易方向になっている。K1がCoのモーメントの3乗に比例すると仮定すると、NMRによって求められたモーメントから、異方性の濃度変化をうまく説明することができ、最小値の存在は3bサイトのCoモーメントの急激な飽和によるもので、その後6c,18hサイトが増加するために異方性が回復すると断定した。以上のように、この系の性質は各サイトのCoのモーメントが独立にメタ磁性転移すると考えることによってほぼ理解することができる。 (3)Y(Co1-xFex)3(0x0.15) FeはCoより3d電子が1つ少ないため、CoサイトをFeで置き換えるとフェルミ準位を移動させることが出来る。その結果、自発磁化および転移磁場は移動先の状態密度を反映して変化する。自発磁化はFeのわずかな置換で急激に増大し、x=0.15付近でほぼ飽和する。これはこの系が典型的な遍歴電子磁性体であることを示している。また、Hc2はFeの濃度に比例して減少することからFeの置換は磁場の印可と類似の効果があると期待できるのに対して、Hc1は比較的低濃度で消失してしまう。系が理想的なリジットバンドモデルで考えられて、FeとCoが同じモーメントを持つと仮定して、この自発磁化の変化をサイトごとに追跡するためにメスバウアー分光の測定を行った。結晶学的に異なるCoサイト(3b,6c,18h)が3種類存在することから、3組の吸収スペクトルで解析することができた。各々のサイトの内部磁場はFeの濃度と共に上昇するが、この上昇の度合いはサイト間でほば一様であり、高磁場側のメタ磁性転移が消失する濃度に対応して急激に増加する。しかしながら、この内部磁場がCoモーメントに比例するとして、Coモーメントの濃度変化を求めると高濃度側にいくほどずれが大きくなり、急激な増加傾向は観察できても、高濃度側では値はほとんど一致しない。これは、FeとCoのモーメントが異なっているためであると考えられる。また、Feの濃度によって超微細相互作用定数が異なっている可能性もある。また、高濃度に移るに従って吸収線は幅が大きくなるがこれは系の不均一性を意味すると考えられ、この不均一性によるブロードニングのために低磁場側の転移が比較的低濃度でも見えなくなると考えられる。 この系でも、Y1-xGdxCo3と同様に、磁場中で配向した試料を用いて異方性エネルギーの測定を行った。YCo3はc軸、YFe3は面内が磁気容易方向になっているがFeの濃度が比較的薄いこの系は全てc軸が容易軸となっている。K1は高磁場側のメタ磁性転移が消失する濃度近傍まで急激に異方性が弱くなり、それより高濃度では急激に回復する。この傾向はY1-xGdxCo3の場合と類似している。前述の異方性エネルギーの計算結果を適用して、メスバウアー分光から求められらたモーメントを用いて異方性エネルギーの濃度依存性を導くと、メタ磁性転移が消失する濃度まではほとんど異方性が変わらず、その後急速に増加する傾向が示された。配向試科による測定で見られた急激な減少を完全に説明できてはいないが、これは、前に述べたように、内部磁場から正確にモーメントを導出することが出来なかったためであると考えられる。したがって、実際のモーメント変化はY1-xGdxCo3の場合と同様に、3bサイトが最も早く増大してその後6c,18hサイトが増大しているものと思われる。x=0.15について磁化過程の圧力効果の測定を行うと、圧力の増大に伴い、モーメントが急速に減少し、それにつれて異方性も急速に減少する。これは3bが安定で6c,18hサイトのほうが圧力効果が大きいことを示しており、上述のことを支持している。また、各サイトの異方性が転移磁場にどう影響するかを見るために配向試料の超強磁場磁化測定を行った。YCo3ではメタ磁性転移はHc1,Hc2共にc面内に磁場を印加した方がc軸方向より低磁場側に観察される。磁化容易方向のほうが転移が低磁場で起こると考えると、Hc1に関係するのは3bサイトであると考えられるが、これはx=0.15の試料に関する圧力効果の結果と一致している。Hc2の転移には3b以外のサイトが寄与していると考えられるが、これらのサイトの磁化容易方向はc軸であるからメタ磁性転移も磁化容易方向で低磁場側に観察されるはずである。しかし、この転移にはHc1の転移による分子場の急激な増大が不可欠であることから、結局、より低磁場で3bサイトの分子場の影響が得られる面内方向に磁場を印加した方が低磁場側に観察できると考えられる。c軸に平行に磁場をかけたときにはHc1,Hc2がほぼ重なって起きることも、Hc2では3bサイトからの分子場の寄与が不可欠であることを示唆している。 (4)メタ磁性転移の温度変化 この系に見られるF-Fの転移をP-Fの転移の場合と比較するためにメタ磁性転移の温度変化を超強磁場下で測定した。測定は、配向していない粉末試料について行っているので転移磁場は軸に対する平均を観測している。転移磁場は温度に対してわずかに減少しながら150Kほどでブロードになり消滅する。一般にP-Fの転移の場合、転移磁場は温度上昇によるスピン揺らぎの増加により温度の2乗に比例して増加することが多くの物質で確認されているが、この系の場合はもともと強磁性であり、スピン揺らぎが小さく転移前後のエントロピーの変化が小さいためであると考えられる。 |