学位論文要旨



No 112393
著者(漢字) 齋藤,芳隆
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヨシタカ
標題(和) ASCAによるミリ秒パルサーやガンマ線パルサーからのX線パルスの探索
標題(洋) Search for X-ray Pulsation from Millisecond and Gamma-ray Pulsars with ASCA
報告番号 112393
報告番号 甲12393
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3173号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 永野,元彦
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 教授 石原,正泰
内容要旨

 パルサーは強い磁場を持った高速で自転する中性子星である。パルサーの放射のエネルギー源は回転エネルギーであり、それが磁場と作用し粒子加速を通じて電磁波を放出していることは間違いないが、具体的な放射機構はいまだ未解明のままである。これは、検出感度の問題で観測できる天体が少ないこと、回転軸と自転軸の傾きといった個々の特性による影響を強く受けることによって統一的な評価ができなかったためである。この解決のためには、パルス放射のうち大部分のエネルギー放射を行なっている、X線からガンマ線領域での観測結果を増やし、様々なパラメーターを持つパルサーの観測が不可欠である。

 本論文は、ミリ秒周期のパルサーやガンマ線領域でパルス放射を行なっているパルサーを、2-10keVのX線領域において過去最高感度を持つX線天文衛星ASCAによって観測し、パルス放射をパルス波形、エネルギースペクトルという観点から解析し、その放射機構について研究したものである。本研究の特徴はパルサーの基本的パラメーターである、周期と周期変化率が異なるパルサーを数多く観測し相互に比較することで個々の特性を相殺し、放射機構の根本を探ったことにある。特にミリ秒パルサーからのパルス探索は、多くのパルサーにくらべ、回転周期がミリ秒のオーダーと1-2桁早く、磁場が109Gと3-4桁小さい古い天体であるため、放射領域における種々のパラメーターが異なり、極めて重要な意味を持つ。

表1:本論文に登場するパルサーの特性a論文中で解析を行なったパルサーについて「有」を記した。

 本論文で取り扱ったパルサーの特性を表1にまとめた。本論文では八つのパルサーを独自に解析し、個々の興味についてそれぞれまとめるとともに、ASCAで観測され結果が発表されている天体を含めてパルサー全体に共通する特性を引き出すという二段構えの構成となっている。

 観測に用いたASCA衛星は、4つの多重薄板X線望遠鏡(XRT)を搭載しており、その内の2つの焦点面にはX線CCDカメラ(SIS)が、残りの2つの焦点面には撮像型蛍光比例計数管(GIS)が、それぞれ搭載されている。GISは10keVまでの広いエネルギー領域にわたって高い感度を実現しており、パルサーからの高エネルギーX線の観測に適している。また、GISは1ms以下という高い時間分解能を合わせ持っているため、パルサーからのX線パルスを検出する能力は十分である。一方、SISの時間分解能は4秒とパルサー解析には不十分であるが、SISの感度は0.6keVまでの低エネルギーX線に対して十分に高いため、GISと相補的に広いエネルギー領域でのパルサー観測を可能にしている。

 個々の特性に関して観測し、解析した八つのパルサーから、それぞれ以下のようなことが新たにわかった。

 ・ミリ秒パルサーPSR B1821-24からはミリ秒パルサーからはじめて磁気圏起源のパルスが明らかに検出された。そのパルス幅は〜100secと非常に狭く、エネルギースペクトルは非熱的であった(図1参照)。

 ・ミリ秒パルサーPSR J0437-4715からの放射は1.5keV程度で折れ曲がっていることがわかり、巾型の放射であったとしても2keV以上には延びないことがわかった。

 ・VelaパルサーからはCrabパルサーよりも硬い(巾1.67±0.02)pulsar nebulaの精密なスペクトルが得られた。

 ・Velaと周期、周期変化率が似たパルサーPSR B1706-44を観測したところ、距離の違いによるscalingだけで放射量、周囲のパルサー雲の大きさなどが説明できることがわかり、Velaと同様の放射機構が働いていることが示唆された。

 ・やはり、Velaと周期、周期変化率が似たパルサーPSR B1046-58をX線領域ではじめて観測したところ、ベキ型の放射が観測され、こちらもVela pulsarと同様の放射機構が働いていることが示唆された。ただし、パルサー雲の大きさは非常に大きく、これが周辺の環境による影響を大きく受けることがわかった。

 ・PSR B1509-58を観測したところ、これまでの観測と同様の一つ山のパルスが検出され、0.7keVから10keVに至るまでパルス波形の変化はなく、エネルギースペクトルをこれまでの観測と比較することにより、高いエネルギーに向かってゆるやかに傾きが急になっていることがわかった。

 ・距離が近く(〜250pc)古い(〜106yr)パルサーPSR B1929-10を観測したところ、低エネルギー側の検出器で観測されていたのと同様のパルスが検出された。pulsar nebulaによる放射は高エネルギーまで巾型で延びていることがわかった。

 ・やはり距離が近く(〜120pc)古い(〜107yr)PSR B0950+08を観測したところ、これほど古く、回転エネルギーの放出量が少なくなってても依然X線放射を行なっていことがわかった。

 次にパルサー全体としての特性をみるため、本論文で解析したパルサーに加え、解析結果の知られているパルサーを含めて2-10keVのX線領域におけるパルス放射量(LX(pulse))と、回転エネルギー放出量(Lspin)の関係を調べたのが図2である。これにより、ミリ秒パルサーを含めてLX(pulse)に近い相関を持つことがわかった。これは、GeVガンマ線パルス成分が、(pulse)に近い依存性を持つことと対照的である。これまでパルサーのパラメーターにどう依存するかは全く不明であり、この発見はエネルギー放射機構を考察する上で極めて貴重な情報である。

図1:B1821-24パルス波形。図2:観測された光度と回転エネルギー放出量の関係。

 また、パルサーからのX線はすべての観測天体から観測した。その放射量(L2-10)が河合らによって指摘されているLXの関係に乗るものの、柴田らによる説明では解釈できない天体があることを見い出した。

 これらを元にパルサーの放射機構を推定した。ミリ秒パルサーのパルス幅は位相でみると他の周期の長いパルサーのものと大きな相違はない。これは、X線の放射領域がパルサーごとに相似な形をしていることを示唆する。X線放射領域は、中性子星の磁極付近か、より遠くにありパルサーの磁気圏の大きさであるパルサーと共回転したときに光速度となる「光円柱」程度の距離にある場合とが考えられる。パルス幅は、前者の場合、中性子表面に投影した放射領域の大きさできまるのに対して、後者の場合、動径方向の長さで決まることになる。放射領域の位置や大きさは磁力線の形によって決定されると考えられるが、その場合、後者では周期の変化に対して相似的に変化することを自然に説明できるのに対して、前者ではそれが難しいため、ミリ秒パルサーを含めたX線パルスの相似性は後者を支持する。これは、放射領域の位置、大きさが光円柱の大きさでスケールしていることと等しい。これに加え、さらに、「パルス放射がシンクロトロン放射でつくられている」こと、「放射を担う粒子のエネルギー分布がLspinによらず一定である」ことを仮定をすると、LX(pulse)という関係を説明することができた。

審査要旨

 本論文は、ミリ秒の周期を持つパルサーを含む8つのパルサーを、2-10keV領域で過去最高感度を持つX線天文衛星「あすか」によって観測し、そのデータの詳しい解析結果に基づきX線領域におけるパルス放射機構について考察したものである。

 パルサーは、強い磁場を持った高速で自転する中性子星である。1967年の発見以来、主に電波領域で精力的な探索が行われてきており、これまでに600個近くの天体が発見されている。パルサー放射のエネルギー源は中性子星の回転だと考えられるが、パルス放射の機構については、これまで多くの理論的研究が行われてきているにもかかわらず、いまだ未解明のままである。しかし、近年のX線・ガンマ線観測の感度の向上に伴って、パルス放射の大部分はX線からガンマ線にわたる高エネルギー領域にあることが明らかとなり、パルス放射の種々の特徴がしだいにわかってきている。また、従来から観測されてきた多くのパルサーは数10ミリ秒から数秒程度の周期を持ち、中性子星表面磁場が1012-13ガウスのものであったが、近年、数ミリ秒の周期を持ち、中性子星表面磁場が108-9ガウスのミリ秒パルサーと呼ばれるパルサーがいくつも発見され、従来と違う新しいパラメーター空間でのパルス放射機構の研究が可能となった。

 このような背景のもとで、論文提出者は「あすか」の観測した8つのパルサーのデータ解析を行い、それらのすべてのパルサーからのX線放射を検出した。これらのうち、3つのパルサーからのX線検出は、今回がはじめてのものである。さらに、論文提出者は、これら8つのパルサーの観測データに対し、注意深くきめの細かい時系列解析を行い、3つのパルサーからX線領域でのパルスの検出に成功した。中でも、ミリ秒パルサーPSR B1821-24からのはじめてのX線パルスの検出と、そのパルスが幅100マイクロ秒以下のするどさを持っていることの発見は、[あすか」に搭載されている機上時計の性能を最大限に引き出すことによって得られたもので、大いに評価されるべきことである。

 論文提出者は、さらに、これら3つのパルサーからのX線パルス成分の解析結果に、他で解析されていた2つのパルサーからの「あすか」による観測結果を加え、2-10keVのパルス放射量は、パルス周期とその周期変比率から求められた回転エネルギー放出量の(3/2)乗に比例することを見い出した。ミリ秒パルサーを含むこれら5つのパルサーは2桁にわたる周期と6桁にわたる周期変化率のばらつきを持っている。それにもかかわらず、このような特別な関係が示されたことは非常に興味深いことで特筆に値する。

 これらの観測結果から、論文提出者はX線放射領域に対し次のような考察を行った。

 ミリ秒パルサーの100マイクロ秒以下のパルス幅は、位相の幅で見ると他の周期の長いパルサーのものと大きな相違は見られない。これは、X線の放射領域がパルサーごとに相似的な形をしていることを示唆する。X線放射領域は、中性子星表面の磁極部分か、中心磁気双極子の高速回転によってつくられた磁気圏の光円柱付近か、のどちらかと考えられるが、中性子星表面の磁極部分の大きさは、中性子星の回転の速さに応じて変わることが予想されるのに対し、光円柱で規格化された磁気圏全体の構造はすべてのパルサーで相似的と考えられる。ミリ秒パルサーを含むパルサー間のX線パルスの相似性は、パルサーのX線放射が光円柱で規格化された磁気圏全体の構造によっていることを示唆する。

 論文提出者は、さらに考察を進め、上で推察された「X線放射領域の位置や大きさの光円柱に対する割合は一定である」ことを仮定した上に、「X線放射を担う粒子のエネルギー分布は、パルサーによらず一定である」ことと「X線パルス放射はシンクロトロン放射によっている」ことを仮定すると、先に求められた「2-10keVのパルス放射量と、回転エネルギー放出量の(3/2)乗との比例間係」が導かれることを示した。

 この論文で得られた、「あすか」による8つのパルサー(特にミリ秒パルサー)の観測データの詳しい解析結果、それに基づいて得られた2-10keVのパルス放射量と回転エネルギー放出量との関係、さらには、それらの結果に基づくX線パルス放射機構に対する考察は、パルサーのパルス放射機構の解明に対し、新しく、かつ、重要な手がかりをもたらし、博士論文の価値は十分あると判断される。なお、本論文の主題となっている「あすか」によるパルサーの観測的研究は、何人かの研究者と共同で進められているものであるが、本論文における解析結果やその考察は、論文提出者が主体となって行ったものであり.論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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