No | 112395 | |
著者(漢字) | 佐藤,勇二 | |
著者(英字) | Sato,Yuji | |
著者(カナ) | サトウ,ユウジ | |
標題(和) | 三次元量子ブラックホールの研究 | |
標題(洋) | Study of Three Dimensional Quantum Black Holes | |
報告番号 | 112395 | |
報告番号 | 甲12395 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3175号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 重力の量子論の探求は今日の物理学に於ける重要かつ興味深いテーマの一つである。この量子重力の研究に於いてブラックホールは重要な役割を果たしてきた。ブラックホールは量子論的な効果が重要になると思われる重力の強結合領域を含んでいる上、物理的描像を描くことも容易であるためである。さらに、ブラックホール熱力学の半古典的解析を通して、ブラックホールと量子論の密接な関係も議論されてきている。一方、弦理論は量子重力理論の最も有力な候補と考えられており、ブラックホールの量子論に関わる問題を解決し得ると期待される。しかし、弦理論に於けるブラックホールについて明確な議論をするためには、ストリングテンションによる摂動展開を越えた解析をする必要がある。この論文に於いて我々は、Banadosらによって発見された3次元ブラックホールの量子論的な解析を通して、量子重力に対する理解を深めることを目指す。この3次元ブラックホールは、局所的には3次元のAnti-de Siter時空であるため非常に簡単な物理系になっている。さらに4次元カーブラックホールの多くの特性を備えており、ブラックホールの性質を調べる上で非常に有用なモデルである。また、3次元ブラックホールは弦理論の厳密な背景時空でもあるため、摂動展開を越えた解析ができる可能性がある。時間も曲がった非自明な時空中の弦理論の理解は進んでいないため、このような観点からもこのモデルは興味深い。具体的には、次の二つの主題を議論する。一つは、3次元ブラックホール背景中の量子場の熱力学である。もう一つは、3次元ブラックホール背景中の弦理論である。 シュバルツシルトブラックホール時空はブラックホール質量が無限大の極限でリンドラー時空に近づく。この極限に於いて最近次のような興味深い議論がなされている。(i)ブラックホール背景中の量子場のエントロピーは量子論的に計算可能であり、古典的なブラックホールのエントロピーと同様にホライズンの面積に比例する。(ii)前者は後者の量子補正を与える。(iii)この量子場のエントロピーはホライズンの寄与により発散するが、重力定数の繰り込みにより発散は吸収できる。(iv)このエントロピーの発散のため、ブラックホールは無限の情報を蓄える可能性がある。しかしながら、これらの議論は本質的に平坦な時空での議論であり、真に曲がった時空での妥当性は明らかではない。また、様々な計算方法の間の関係、量子場の境界条件、発散の正則化の処方等の問題も明確ではない。ブラックホールの量子論に関する議論では、このような困難は常に存在し、結局議論がうやむやになってしまうことがある。そこで我々は、3次元ブラックホール背景中のスカラー場の熱力学を調べ、真に曲がったブラックホール時空に於いて境界条件、正則化等の曖昧さなしに熱力学量が得られることを示した。具体的には我々は(i)モード展開、(ii)Hartle-Hawkingグリーン関数、を用いた二通りの方法で熱力学量を計算した。 モード展開を用いる方法では、まずブラックホール背景中のKlein-Gordon方程式を解き、モード関数の表式を得た。物理量の境界条件依存性を調べる為、(1-a)原点と無限遠点で正則、(ii)無限遠点とホライズンで正則、の二つの境界条件を考察した。そして、これらのモード関数を用いて状態和を計算し、スカラー場の自由エネルギー、エントロピーを求めた。後者の境界条件を用いた計算は前述のリンドラー極限での議論に使われた計算法の一つに対応している。結果は、どちらの境界条件でもエントロピーはホライズンの面積に比例しないことがわかった。また、エントロピーの発散は後者ではホライズンの寄与に依るものであるが、前者ではホライズンとは無関係であった。 次に我々は、3次元のAnti-de Sitter時空でのグリーン関数を利用し、鏡像法によりブラックホール時空でのスカラー場の厳密なグリーン関数を構成した。これは、既に知られていたconformally coupled masslessスカラー場の場合の拡張になっている。この場合の議論をさらに拡張し、このグリーン関数の境界条件を調べたところ、ブラックホールの量子論で重要なHartle-Hawking型の境界条件を持つことがわかった。また、ユークリッド化したグリーン関数を用いて自由エネルギーが厳密に計算できることも示した。 エントロピーを計算するためには、虚時間方向の周期が元のユークリッドグリーン関数とずれたグリーン関数が必要になる。同様な問題は熱方程式などの場合に既に考察されている。この結果を応用し、我々は虚時間方向に任意の周期を持つユークリッドグリーン関数の積分表式を得た。さらに、このグリーン関数を利用し量子場のエントロピーの厳密な表式も求めた。その結果、(i)エントロピーはホライズンの面積には比例しないこと、(ii)発散の仕方は正則化の方法に依存し、ホライズンの寄与あるいは通上の紫外発散のいずれかとみなされることを示した。 このように、ブラックホール背景中の量子場の理論という範囲で、スカラー場の熱力学が曖昧さなく、厳密に議論できることを我々は示した。ブラックホールの量子論的側面を明確に議論できたという点で、これは有意義な結果である。我々の結果は、前述のリンドラー極限の結果と異なっていたが、この理由としては、3次元ブラックホールの特殊性など様々なことが考えられる。また、我々の結果は、境界条件、正則化などの理論の精密な取り扱い、あるいは曲率の効果の重要性を示しており、これらの問題の正しい理解なしにはブラックホールの熱力学に対して明確な議論はでなきいことを意味している。これらの成果は、今後の議論のための信頼できる基礎になると言えよう。 続いて、我々は3次元ブラックホール時空上の弦理論を共形場理論の立場から議論した。弦理論に於いては、3次元ブラックホールはSL(2,R)WZW(Wess-Zumino-Witten)モデルのある種のorbifoldとして記述される。これは、SL(2,R)多様体と3次元Anti-de Sitter時空が同じものであることに起因する。このように、比較的単純なモデルでブラックホールを表す厳密な背景時空が得られるにも拘わらず、弦理論としての詳しい解析はなされていない。また、時間方向にも曲がった時空中での弦理論については物理的に無矛盾なモデルは殆ど知られておらず、このモデルについても様々な無矛盾条件を調べる必要がある。そこで我々は、この弦理論を詳しく解析し、スペクトラム、ゴースト(ユニタリティー)問題、タキオン・ターゲット時空の性質を議論した。 まず、我々はこれまでに調べられているSL(2,R)/U(1)ブラックホールやSU(2)/Zn orbifoldの弦理論に於ける議論を応用し、ツイストを表す演算子、理論のvertex operatorを構成した。また、これらのoperatorに対するlevel maching条件を解くことにより理論のスペクトラムを議論し、winding modesを求めた。 orbifoldingを行わないSL(2,R)上の弦理論には負のノルムを持つ物理的状態(ゴースト)が存在することが知られている。そこで、我々は物理的状態の条件を調べた後、SL(2,R)の場合の議論を踏まえ物理的状態のノルムを計算した。その結果、SL(2,R)上の弦理論の場合のゴーストは存在しない代わりに、winding modesの影響ににより別のタイプのゴーストが現れることがわかった。 ゴーストの存在はさらに理論のスペクトラムを議論すべきことを意味しているが、次に我々はスペクトラムの詳細には依らないタキオン、ターゲット時空の性質を議論した。まず、我々はプライマリー場を表すSL(2,R)の表現行列と通常のブラックホール時空上のKlein-Gordon場の関係を明らかにした。また、このタキオン場(粒子極限の波動関数)には、球面波のように振る舞うモードとブラックホール近傍に局在しているモードがあることを示した。さらに、弦理論特有のT-dual変換によりブラックホール質量がもとの逆数になる新たなブラックホール時空が得られることを示した。 さらに我々はゴースト問題以外の、弦理論としての無矛盾条件を簡潔に議論した。その結果、他の非自明な背景中の弦理論と同様な困難があることを指摘した。最後に、ゴースト問題等を解決する可能性についていくつかの議論与えた。SL(2,R)の弦理論では最近modified currentsを用いることでゴースト問題を解決できるという提案がなされている。この議論をそのまま我々の場合に適用することはできないが、基本的な考え方は有効である可能性に特に触れた。 このように、3次元のブラックホールに関しては、背景中の量子場の理論、弦理論共に明確な議論が可能であり、様々な問題を具体的に解析できることを示した。全ての問題を解決することはできなかったが、今後の研究に対する有用な基礎を与えることができたと考えている。 | |
審査要旨 | この論文の研究テーマは3次元ブラックホールの物理の量子論的解析である。アインシュタイン方程式の3次元ブラックホール解は1992年にBanados,Teitelboim,Zanelliによって発見された。3次元ブラックホール解はAnti-De Sitter空間を離散群で割って構成されるため比較的簡単な数学的構造を持つが、質量・角運動量などを持ちまた特異点がホライゾンに包まれているため4次元のブラックホールと良く似た性質を持っており興味深い。その量子論的研究な詳しい研究はまだ行われていない。 ブラックホールなど強結合の重力場においては重力場の非線形性を無視した近似計算は信頼性が低く、非線型性を取り入れた厳密な分析に価値がある。3次元ブラックホールは数学的構造が比較的簡単なため解析が容易であり非線型性を保った厳密な取り扱いが可能である。このため信頼性の高い結果が得られる事が期待される。 (1)論文提出者はまずブラックホールのエントロピーの量子論的補正を種々の計算方法を用いて行った。ブラックホールのエントロピーは現在ブラックホールの物理の中でも最も関心を集めているテーマである。ブラックホールはホライゾンの中に外側からは観測不可能な情報量を蓄えておりこのため有限のエントロピーを持つと考えられる。その古典的な値はBekenstein-Hawkingエントロピーと呼ばれブラックホールのホライゾンの面積に比例する事が知られている。したがってその量子的補正が 1.有限になるか、または発散するか?発散する場合には重力定数の繰り込みに吸収できるか? 2.ホライゾンの面積に比例するか? などが興味ある問題となる。 (i)論文提出者はAnti-De Sitter空間でのモード展開の方法、(ii)Green関数の方法を用いて3次元ブラックホールのエントロピーの最低次の補正を正確に計算した。その結果 1.エントロピーの補正は場の揺らぎを量子化する際の境界条件や正則化法に強く依存する事、 2.このためエントロピーの補正の発散は一般には重力定数の繰り込みに吸収出来ない事が示された。 3.また、エントロピーの補正はホライゾンの存在に影響を受けない部分を持つ場合があり一般にはホライゾンの面積に比例しない事が示された。 論文提出者は次に3次元ブラックホールの時空を量子論的に記述する共形場の理論を構成しその性質を調べた。3次元ブラックホールに対応する共形場の模型は群SL(2,R)の対称性をもつWZWモデルを離散的な群で割って得られる。共形場を用いる記述は半古典近似を越えて厳密に量子論的な取り扱いを与える点で重要であり2次元ブラックホールの共形場の理論による分析はよく知られている。 論文提出者は共形場の模型のスペクトルを調べ、3次元ブラックホールの時空を伝搬する自由度を群SL(2,R)の表現論を用いて同定した。また、ホライゾン付近に局在する状態も見いだした。しかし、同時に理論の状態空間の中に負のノルムを持つ状態が現われる事を示し、このままでは理論の物理的解釈に困難があることを指摘した。論文提出者はこの困難の克服の可能性を議論している。 論文提出者による3次元ブラックホールの取り扱いは近似を用いない厳密なものでその結果には信頼性があり、ブラックホールの量子論に関する様々な推測や予想をテストする事ができる。このため今後のブラックホールの力学の研究に有意義な知見をつけ加えるものと考えられる。審査委員一同この論文を博士論文にふさわしいものと認めた。 なお本論文第三章は一瀬郁夫氏との共同研究にもとずくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54557 |