標準模型を越えて、素粒子の相互作用の統一に対する現象論的な証拠を探ることは現在の素粒子論の最も重要な課題の一つである。理論的な観点からは、標準模型を越えて進むためのいくつかの指針的な原理が提案されている。まず、重力を除く基本相互作用のゲージ群を統一するいわゆる大統一理論、ゲージ場と物質場を統一して繰り込みの自然さ(Naturalness)を説明する超対称性(supersymmetry(SUSY))、等である。重力を含めてこれらの諸原理を包含するものとして考えれているのが超重力の理論であり、さらに超重力理論をプランクスケール以下での有効理論として含むような首尾一環した量子重力理論の構築をめざす超弦理論の研究が進展している。 本論文の主要目的は、このような状況をふまえて、超重力理論を背景に仮定することにより、標準模型を越えた有効場の理論の枠組みを設定したうえで、現在知られている現象論的な制限条件を取り入れCP対称性の破れの効果を詳細に分析することである。 本論文の構成は以下の通りである。まず第1章では、上に述べた本研究の目的と位置づけを、特に超重力理論をもとにした分析の意味について強調しつつ述べている。第2章では、本論文で仮定される有効作用の基礎付けとして、最も簡単な超重力理論(minimal supergravity model)の内容に関して簡潔なレビューを与えた後、有効作用関数を規定するパラメタの説明、特に、量子色力学の角がゼロであるとの仮定のもとで,CPの破れのパラメタの同定を行っている。また、本論文で用いる数値的解析法の概略の説明が与えられている。要点は、低エネルギー領域におけるパラメタと超重力有効理論のパラメタの関係を、エネルギースケールの変化によるパラメタの変化を繰り込み群方程式を数値的に解くことにより解析するというものである。この方法にもとづき、第3章ではCabibbo-小林-益川(CKM)の質量行列要素の複素位相因子に起因するCP対称性の破れを調べるため、-混合(ただし、〜)、およびK0-混合の分析が行われている。従来の分析では、湯川結合定数行列の非対角成分が無視されていたが、本論文ではすべての非対角要素を含めて解析を行っている。-混合質量行列の位相因子に対する結果は、2個のヒッグス場の真空期待値の比が大きく超重力理論にもとづいた有効作用の性質が標準模型と大きく異なるような領域でも、標準模型からの計算とよく一致することを示している。これは超重力理論を背景とする有効理論の枠内では、-混合パラメタの測定により、標準理論に含まれるパラメタ以外の多くのパラメタの存在により生ずることが予想される不確定さなしにCKM質量行列のパラメタを決定できることを示している。一方、-混合による質量差およびK0-混合におけるKパラメタにたいする結果は、超重力有効模型では標準模型に比べて10%から20%程度の余計な寄与を与えることを示している。このような結果は、従来も超対称クオーク質量行列に簡単な形を仮定した場合には知られていたことであるが、本論文ではそのような仮定をおかず一般的な解析を行うことにより示している。第4章では、ソフトな超対称性の破れのパラメタの複素位相因子によるCP対称性の破れへの影響を調べるため、電気的2重極能率の解析を行い、現在までの実験との比較により、ソフトな超対称性の破れのパラメタの許容範囲を決定した。破れのパラメタの複素位相因子は、電気的2重極に対する実験から許される上限を課したとしても、かなりの大きさになりうることを指摘している。この章では、さらに第3章で小さいとして無視したこれらの破れのパラメタの-混合への影響について解析し、それが実際に無視できることも確かめている。最後の第5章ではこれらすべての結果が要約されている。 以上のように、本論文では、従来に比べてより一般的な有効作用を用いて、超重力理論を背景とする有効場の理論のCP対称性の破れに関して詳細な解析を行い、いくつかの実験的に観測可能なパラメタにつき、標準理論の結果が有効な範囲を決定したうえに、超重力理論が予言する標準理論からのずれの大きさに関して明確な結論を得ている。これらの結果は、標準理論を越えて素粒子相互作用の理論的模型を探究する上で、有意義な新知見を与えたものである。なお、本論文の第3章は、岡田安弘、後藤亨との共同研究にもとづいているが論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査委員全員により博士論文として合格と判定した。 |