学位論文要旨



No 112406
著者(漢字) 二瓶,武史
著者(英字)
著者(カナ) ニヘイ,タケシ
標題(和) 超重力模型とCPの破れ
標題(洋) Supergravity model and CP violation
報告番号 112406
報告番号 甲12406
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3186号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 西川,公一郎
 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 助教授 森,俊則
内容要旨 第1章.Introduction

 超対称理論は、標準模型を越える新しい理論の最も有望な候補の一つである。超対称性は、スカラー粒子(ヒッグス)の質量に対する2次発散を、超対称パートナーの導入により相殺し、基本的なスカラー粒子の存在する理論を自然なものにする。また、ミニマル超対称標準理論において電弱対称性を輻射的に破るためには、重いトップクォークが必要だが、実験的に発見されたトップクォークのイベントから、トップクォークが非常に重いことも確かめられた。

 ミニマル超重力模型は、宇宙項を小さく取れるほか、ユニバーサルスカラー質量を生み出す枠組みを持っているなど、超対称模型を現象論に適用するために必要不可欠な概念である。このような境界条件のもとでパラメーターについての1ループレベルの繰り込み群方程式を解き、低エネルギーでの値を求めるが、その際、2つのヒッグス場の真空期待値の比「tan 」が大きい場合の解析も念頭に置き、湯川結合行列やスクォークの質量行列の非対角要素を無視せずに、繰り込み群方程式を数値的に解いた。

 この理論に登場する超対称粒子は未だ一つも検出されていないため、質量はかなり大きいと思われるが、これらの粒子は、輻射補正を通してフレイバーの変化するプロセスやCP不変性の破れなどの低エネルギーの現象に対して、観測可能な寄与を与えうる。この論文では、特にB-B混合の質量行列およびK-K混合におけるCPの破れのパラメーター「」が、標準模型の予言値からどの程度変わりうるかを数値的に解析した。

 また、超重力模型が小林・益川行列の複素位相以外に、この模型に特有なCPを破る複素位相をもつ可能性を議論する。中性子と電子の電気双極子能率の実験から、その位相がどのような制限を受けるかを解析した。また、この位相がB-B混合の質量行列の位相にもたらす影響について調べた。

第2章.ミニマル超重力模型2.1節低エネルギー(プランクスケールより下)での有効理論

 ミニマル超重力模型の対称性が隠れたセクターにおいて破れ、プランクスケールより下のエネルギースケールにおいて、ユニバーサルなソフトな超対称性の破れを導くと仮定する。そのモデルを繰り込み群の方法で扱うことにより、電弱スケール以下での低エネルギー現象を扱う。

2.2節数値解析の方法

 電弱スケールでの実験的な情報と「tan 」をインプットし、さらに「ユニバーサルスケール」での3つの超対称理論のパラメーターを与えて、繰り込み群方程式を数値的に解いた。超対称性を導入したことによる未知のパラメーターについては、適当な領域をスキャンした。その際、現在のLEP、CDF、CLEO等の実験からくる制限および電弱対称性の輻射的破れが起こる条件などを考慮した。

第3章.ミニマル超重力模型におけるB-B混合およびの計算3.1節B-B混合

 ミニマル超重力模型におけるB-B混合およびK-K混合行列の非対角要素は、ボックスダイヤグラムと呼ばれるグラフを評価して求めることができる。この量に対する寄与は、大きく分けると、Wボソンの寄与(標準模型の寄与)、荷電ヒッグスの寄与、チャージーノの寄与、グルイーノの寄与、ニュートラリーノの寄与、の5つになる。このうち、ニュートラリーノの寄与は小さいので、無視した。また、チャージーノおよびグルイーノの寄与を計算する際には、クォーク・スクォーク間のフレイバー混合が重要となるが、これは、1ループの繰り込み群方程式を数値的に解いてスクォークの質量行列を求め、それを対角化することによって評価する。第2章において述べた処方せんにより、許されるパラメーター領域について、B-B混合の行列要素を計算した。

3.2節の計算

 3.1節とほぼ同じ手法でK-K混合におけるCPの破れのパラメーターの計算を行った。

3.3節数値解析の結果1)B-B混合の位相について

 小林・益川行列の行列要素を適当に固定して、ミニマル超重力模型におけるB-B混合行列要素を計算したところ、その位相は、標準模型の場合とほぼ一致することが示された。これは、「tan 」が小さい場合にトップクォーク以外の湯川結合定数を無視して繰り込み群方程式を半解析的に解いた場合の結果としては既に知られていたが、我々は、それが「tan 」の値に依らずに成り立つことを確かめた。

2)B-Bの質量差について

 B-Bの質量差はB-B混合行列要素の大きさで与えらえる。現在のLEP、CDF、CLEO等の実験からくる制限を考慮した上で、ミニマル超重力模型におけるB-Bの質量差が標準模型の予言値からどの程度変わりうるかを調べた結果、標準模型に比べておおよそ10%〜20%程度大きくなることがわかった。

3)について

 K-K混合の行列要素から、K-K混合におけるCP不変性の破れの大きさを表すパラメーター「」が与えられる。ミニマル超重力模型における「」が標準模型の予言値からどの程度変わりうるかを調べた結果、B-B混合の場合と同様、標準模型に比べておおよそ10%〜20%程度大きくなることがわかった。

第4章.超重力模型におけるCPを破る複素位相による電気双極子能率4.1節電気双極子能率とCPの破れ

 超重力模型が小林・益川行列の複素位相以外に、この模型に特有なCPを破る複素位相をもつ可能性を議論した。中性子と電子の電気双極子能率の計算を行っている。

4.2節B-B混合と超重力模型におけるCPを破る複索位相

 右巻クォークも考慮した場合のB-B混合行列の表式を考察した。その際、QCD補正にも注意を払った。

4.3節数値解析の結果

 起重力模型が小林・益川行列の複素位相以外に、この模型に特有なCPを破る複素位相をもつ場合に、中性子と電子の電気双極子能率の実験から、その位相がどのような制限を受けるかを繰り込み群を用いて解析した。超対称ヒッグス質量の位相は実験からほとんど許されないのに対して、「A」というパラメーターは、「ユニバーサルスケール」において大きな位相を持つ可能性があることが示された。また、この位相がB-B混合の質量行列の位相にもたらす影響について調べた結果、この位相は、「A」というパラメーターの位相からの影響を受けないことが、数値的に示された。

第5章.結論

 3.3節において、小林・益川行列の行列要素を適当に固定して、ミニマル超重力模型におけるB-B混合行列要素を計算したところ、その位相は、標準模型の場合とほぼ一致することが示された。このことは、ミニマル超重力模型でのB-B混合の位相が小林・益川行列のみで決まっており、ミニマル超重力模型特有の未知のパラメーターには依存していないことを意味している。したがって、ミニマル超重力模型の枠組みを仮定した場合でも、Bファクトリーでの実験で測定したB-B混合の位相から、小林・益川行列の位相が直接決定されることになる。

 また、ミニマル超重力模型におけるB-Bの質量差とが標準模型の予言値からどの程度変わりうるかを調べた結果、標準模型に比べておおよそ10%〜20%程度大きくなることがわかった。このことから、近い将来、Bファクトリーでの実験により小林・益川行列の行列要素が十分精度良く決定されれば、B-Bの質量差は、ミニマル超重力模型のパラメーターに対する強い制限を与えることがわかる。

 4.3節で、超重力模型が小林・益川行列の複素位相以外に、この模型に特有なCPを破るパラメーターが複素位相をもつことができることを示したが、この位相はB-B混合の質量行列の位相にほとんど影響しないことがわかった。したがって、ミニマル超重力模型がこの模型に特有なCPを破る位相をもつ場合でも、Bファクトリーでの実験で測定したB-B混合の位相から、小林・益川行列の位相が直接決定されることが数値的に示された。

審査要旨

 標準模型を越えて、素粒子の相互作用の統一に対する現象論的な証拠を探ることは現在の素粒子論の最も重要な課題の一つである。理論的な観点からは、標準模型を越えて進むためのいくつかの指針的な原理が提案されている。まず、重力を除く基本相互作用のゲージ群を統一するいわゆる大統一理論、ゲージ場と物質場を統一して繰り込みの自然さ(Naturalness)を説明する超対称性(supersymmetry(SUSY))、等である。重力を含めてこれらの諸原理を包含するものとして考えれているのが超重力の理論であり、さらに超重力理論をプランクスケール以下での有効理論として含むような首尾一環した量子重力理論の構築をめざす超弦理論の研究が進展している。

 本論文の主要目的は、このような状況をふまえて、超重力理論を背景に仮定することにより、標準模型を越えた有効場の理論の枠組みを設定したうえで、現在知られている現象論的な制限条件を取り入れCP対称性の破れの効果を詳細に分析することである。

 本論文の構成は以下の通りである。まず第1章では、上に述べた本研究の目的と位置づけを、特に超重力理論をもとにした分析の意味について強調しつつ述べている。第2章では、本論文で仮定される有効作用の基礎付けとして、最も簡単な超重力理論(minimal supergravity model)の内容に関して簡潔なレビューを与えた後、有効作用関数を規定するパラメタの説明、特に、量子色力学の角がゼロであるとの仮定のもとで,CPの破れのパラメタの同定を行っている。また、本論文で用いる数値的解析法の概略の説明が与えられている。要点は、低エネルギー領域におけるパラメタと超重力有効理論のパラメタの関係を、エネルギースケールの変化によるパラメタの変化を繰り込み群方程式を数値的に解くことにより解析するというものである。この方法にもとづき、第3章ではCabibbo-小林-益川(CKM)の質量行列要素の複素位相因子に起因するCP対称性の破れを調べるため、-混合(ただし、)、およびK0-混合の分析が行われている。従来の分析では、湯川結合定数行列の非対角成分が無視されていたが、本論文ではすべての非対角要素を含めて解析を行っている。-混合質量行列の位相因子に対する結果は、2個のヒッグス場の真空期待値の比が大きく超重力理論にもとづいた有効作用の性質が標準模型と大きく異なるような領域でも、標準模型からの計算とよく一致することを示している。これは超重力理論を背景とする有効理論の枠内では、-混合パラメタの測定により、標準理論に含まれるパラメタ以外の多くのパラメタの存在により生ずることが予想される不確定さなしにCKM質量行列のパラメタを決定できることを示している。一方、-混合による質量差およびK0-混合におけるKパラメタにたいする結果は、超重力有効模型では標準模型に比べて10%から20%程度の余計な寄与を与えることを示している。このような結果は、従来も超対称クオーク質量行列に簡単な形を仮定した場合には知られていたことであるが、本論文ではそのような仮定をおかず一般的な解析を行うことにより示している。第4章では、ソフトな超対称性の破れのパラメタの複素位相因子によるCP対称性の破れへの影響を調べるため、電気的2重極能率の解析を行い、現在までの実験との比較により、ソフトな超対称性の破れのパラメタの許容範囲を決定した。破れのパラメタの複素位相因子は、電気的2重極に対する実験から許される上限を課したとしても、かなりの大きさになりうることを指摘している。この章では、さらに第3章で小さいとして無視したこれらの破れのパラメタの-混合への影響について解析し、それが実際に無視できることも確かめている。最後の第5章ではこれらすべての結果が要約されている。

 以上のように、本論文では、従来に比べてより一般的な有効作用を用いて、超重力理論を背景とする有効場の理論のCP対称性の破れに関して詳細な解析を行い、いくつかの実験的に観測可能なパラメタにつき、標準理論の結果が有効な範囲を決定したうえに、超重力理論が予言する標準理論からのずれの大きさに関して明確な結論を得ている。これらの結果は、標準理論を越えて素粒子相互作用の理論的模型を探究する上で、有意義な新知見を与えたものである。なお、本論文の第3章は、岡田安弘、後藤亨との共同研究にもとづいているが論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査委員全員により博士論文として合格と判定した。

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