双対性を発端としたこの数年における超弦理論の新展開は、重力を含む無矛盾な統一理論の唯一の候補としての超弦理論に全く新しい視点と定式化を迫り、単に拡がりを持つ対象を従来の量子力学的方法によって取り扱うことを越えて、量子論の発見以来の新しいパラダイムへの移行を予感させている。これらの研究において(少なくとも現時点の定式化において)重要な役割を果しているのが、D(-irichlet)-braneである。 D-braneは、一般に拡がりを持つ力学的オブジェクトで、stringと結合することができる。特にclosed stringのRamond-Ramondゲージ場と結合することが重要な意味を持ち、BPS状態とよばれる量子的補正を受けない安定なソリトンとしての性質をもっている。弦理論の枠組みの中では、stringの端点が束縛される超平面として記述される。弦理論の非摂動的なふるまいを解明するためには、当然D-braneそのものも量子化して取り扱う必要がある。しかしながら、これ迄の解析では、バックグラウンドとしてのD-braneからの小さな揺らぎ、あるいはD-braneが小さな速度で動く近似のもとでしか扱えていなかった。 本論文では、D-braneのうち点粒子的な構造を持つD-particleについてきちんと量子効果を取り入れていく方法を提起し、さらに例としてD-particleの軌跡の曲率が小さい近似のもとでD-particleとclosed string stateとの散乱振幅に応用した。 論文の構成としては、第1章では研究の背景と動機付けを、第2章ではD-braneの定義と基本的性質およびいくつかのこれ迄の定式化についてまとめている。第3・4章が本論で、第5章が議論とまとめである。 基本的な定式化と計算は第3章において実行される。まず任意の軌跡のD-particleのもとでのbosonics tringのdisk amplitudeを、軌跡の曲率の小さい側からの展開を基準座標展開を用いることによりあたえる。その際現れる発散によりD-particleの軌跡を表す関数が繰り込みを受けることを指摘している。次にそれをD-particleのBorn-Infeld作用による重みで経路積分する。これによってD-particleの量子化が実行される。さらに具体的例としてD-particleとclosed bosonic stringのtachyon stateとの2体散乱振幅を計算し、その結果これ迄知られていなかったs-channelのpole構造を見出した。この新しいpole構造はD-particleの量子的励起を解明する上で今後重要な手掛かりとなると思われる。 第4章では前章の結果を用いてclosed stringのoperator形式におけるD-particleとの散乱を記述する境界状態を構成し、BRS不変性との関係を論じている。この結果は既に知られていた近似的結果と整合している。 このように本研究は、D-braneの量子化にむけての第一歩とも言える研究であり、定式化と物理的結果の両面において新しい知見を与えており、今後の発展が期待される重要な仕事であると言える。 なお、第3・4章の内容は風間洋一氏との共同研究に基づくものであるが、計算及び解析において論文提出者の寄与が十分であると判断できる。 よって審査員一同は、本論文が博士論文として合格の評価をされるべき業績と判定した。 |