現在、エネルギーが100GeV以下の現象を記述する理論としては標準理論があり、これまでの実験の結果を非常に良く説明することが知られている。しかし、標準理論には未解決の問題が多く含まれている。そのうちの一つが階層性の問題である. 標準理論はHiggs粒子を含んでいるが、この粒子はゲージ対称性SU(2)L×U(1)YをU(1)emに破るために必要とされる。この対称性の破れのスケールが100GeV程度であることから、Higgs粒子の質量も同じ程度であることが自然であると期待される。ところで、標準理論の自然なスケールはGUTあるいはPlanckスケールであって、Higgs粒子の質量はこれらに比べて非常に小さい。つまりほとんど零質量と見なせる。 階層性の問題とは、Higgs粒子のようなスカラー粒子については、零質量を保証する機構が一般には場の理論には存在しないことである。例えば、フェルミオン、ゲージ場についてはそれぞれchiral対称性、ゲージ対称性で質量が零であることが理解できる。一方、スカラー粒子の質量が零になっても何ら対称性が増えることはない。 この問題に対しては、超対称性を導入することにより、理論中のパラメータの微調節をすること無しにスカラー粒子の質量を零にすることが出来る。さらに、PlanckスケールとHiggs粒子の質量の比が非常に小さいことも、超対称性がダイナミカルに破れた事に起因するものであると考えれば非摂動効果として自然に理解できる。 この階層性の問題の他にも、標準理論には未解決の問題がある。異なる3つのゲージ結合定数、quarkとleptonの関係、世代の存在、電荷の量子化、フェルミオンの質量の由来などである。これらを説明するものとして大統一理論が提案された。そのうちでも特に超対称性を持つ大統一理論は近年のWeinberg角の精密測定の結果を正しく予言する。従って大統一理論は高エネルギーの現象を説明する上で非常に重要であると考えられる。 しかし、大統一理論には深刻な欠点が存在する。標準理論に含まれるHiggs粒子を低エネルギーで出すために、理論のパラメータを高い精度で微調整しなくてはならないのである。もちろん微調整は何ら理論の矛盾の存在を示すものではないが、不自然であることから満足できるものではない。これまでにもこの欠点を回避する様々な試みがなされてきたが、完全に満足できるものはなかった。 この論文ではこれらの問題を研究した。まず第一に、GUTスケールで強く相互作用しているゲージ理論を用いることで、何らパラメータの微調整なしに零質量のHiggs doubletが現われ、更に量子効果を考えても安定に存在することを示した。第二に、超対称性をダイナミカルに破りweakスケールを作り出すモデルを構成し、その現象論的帰結を解析した。 論文の前半では軽いHiggs doubletの問題を取り扱っている。 モデルはSU(5)超対称大統一理論に加えて、6個のquarkとantiquarkを持つSU(3)H×U(1)Hゲージ理論である。このquarkと、SU(5)を破るHiggs場ABのsuperpotentialは、対称性から許されるもっとも一般的なものとして である。 古典的な真空はD-termとF-termがそれぞれ0であるという条件から求められる。その中には、現象論的に許される、ゲージ群が標準模型のゲージ群に破れているものが存在する。 次に上の真空が量子補正を考えたときに安定であるかをみる。そのためには真空のゲージ不変な変数による記述が便利である。この真空では6つのうち2つのquarkが質量を持っていることから、低エネルギーでは4つの零質量のquarkが残る。この時、量子論的な真空は次のようなゲージ不変な変数で記述される。 ここでa,b=3,…,6。 一方、量子補正まで加えた厳密なsuperpotentialはtree levelのsuperpotential(1)にダイナミカルに生成される以下のものを加えれば得られる。 このsuperpotentia1を用いて量子論的真空を求めると、上で求めた古典的真空と同じものが得られる。このことは、このモデルのように零質量のquarkの数がカラーの数よりも一つ多いときには一般に成り立つ性質であることが示されており、ここでもそれが成立していることが確かめられた。 ここで重要なことは、この真空ではカラー3重項M6aとMa6が零質量で存在することである。これは量子補正まで加えてもなお安定にカラー3重項の質量が0に保たれることを示している。このカラー3重項をmissing partner mechanismに用いることでHiggs doubletが零質量で残ることを以下に示す。 SU(5)超対称大統一理論では、標準模型のHiggs場はSU(5)の基本表現5と5*として変換するHiggs場HA、(A=1,…,5)の一部として導入される。これらのHiggs場に次のようなU(1)A対称性HA→HA,→を課す。すると、対称性から許される可能なsuperpotentialは よってGUTスケールより十分低エネルギーのweakスケールでは、このsuperpotentialは次のような質量項を出す。 ここで、i=1,2;a=3,…,5。従って、Higgs場HA、のなかで、カラー3重項として変換する成分Ha、のみが質量をもち、Higgs doubletはM66の真空期待値が厳密に0であることから、質量を持たない。 以上により、このモデルではパラメータの不自然な微調節をすることなく、Higgs doubletの質量を零にすることができることが示された。更に超対称性を持つ理論では重要な働きをする非摂動効果をも含む量子補正に対しても、ここで得られた結果が安定であることがわかった。 このモデルは強い相互作用をするゲージ群を変えたり、semisimpleなゲージ群を使うなど様々な拡張が可能であり、それについては以降の章で解析されている。さらに、最近盛んに研究されているdualityを用いた解析も行った。 論文の後半ではダイナミカルな超対称性の破れを取り扱っている。 これまでは超対称性を破るモデルとしてchiralゲージ理論が使われてきた。このため超対称性の破れを標準理論のセクターに伝えるためだけに新たなゲージ相互作用を導入しなくてはならず、モデルが大変複雑なものになっていた。ここでは、最近発見されたvectorゲージ理論を用いた。そのためモデルがかなり簡単なものとなった。 超対称性を破るセクターとしては4個のchiral superfield Qiと6個のsinglet Zij=-Zji(i,j=1,…,4)を持つSU(2)ゲージ理論を考える。superpotentialは 全ての非摂動効果を取り入れた有効superpotentialはゲージ不変な変数Vij=-Vji〜QiQjを用いて である。これはO’Raifeartaigh型のsuperpotentialであるため、このモデルでは超対称性がダイナミカルに破れることがわかる。 以下では解析を簡単にするため理論にSP(4)F対称性を課す。するとsuperpotentialは次のようになる。 ここでVとZはSP(4)F singletで、VaとZaはSP(4)Fの5次元表現である。Zが小さい場合を考えると、このsuperpotentialは次のように近似できる。 上の超対称性の破れを標準理論に伝えるメッセンジャーセクターはchiral superfield Y,d,,l,を用いて である。 以上より、全superpotential から真空を探すと、〈d〉=〈〉=〈l〉=〈〉=0なる真空が存在する。そこでは確かに超対称性が破れていて、それは次の真空期待値で特徴づけられる。 この超対称性の破れは、メッセンジャーのquarkとleptonのloopを通じて標準理論のgauginoとsquark,sleptonに質量を与える。 ここでC3=0or4/3 and C2=0or3/4はquadratic Casimir invariantsである。 このモデルのパラメータを決めるために、現象論からの制限を考える。まず、weakスケールを102GeV程度にするために、gluinoの質量は(102-103)GeVでなければならない。次に、FCNCを現在の実験からの制限より小さくするためにはsquarkとsleptonの質量が縮退していなくてはならないことより、gravitinoの質量m3/2は1GeVよりも小さくなければならないことが要請される。 例えば、Zf1,Y1をとると、 となる。これよりgravitinoの質量はm3/21keV-1GeVである。この値は現在の実験と矛盾しない。また、宇宙論等で問題となる、相互作用が非常に弱くweakスケール程度の質量を持つスカラー粒子も存在しない。 これらの研究により、パラメータの微調整の必要なしにGUTスケールに比べて非常に小さい質量を持つHiggs doubletsを作り出すモデルを構成することができた。 |