学位論文要旨



No 112408
著者(漢字) 堀田,智洋
著者(英字)
著者(カナ) ホッタ,トモヒロ
標題(和) 超対称ゲージ理論の最近の発展とその現象論への応用
標題(洋) Recent Progress in Supersymmetric Gauge Theories and its Phenomenological Implications
報告番号 112408
報告番号 甲12408
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3188号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 折戸,周治
 東京大学 教授 江口,徹
内容要旨

 現在、エネルギーが100GeV以下の現象を記述する理論としては標準理論があり、これまでの実験の結果を非常に良く説明することが知られている。しかし、標準理論には未解決の問題が多く含まれている。そのうちの一つが階層性の問題である.

 標準理論はHiggs粒子を含んでいるが、この粒子はゲージ対称性SU(2)L×U(1)YをU(1)emに破るために必要とされる。この対称性の破れのスケールが100GeV程度であることから、Higgs粒子の質量も同じ程度であることが自然であると期待される。ところで、標準理論の自然なスケールはGUTあるいはPlanckスケールであって、Higgs粒子の質量はこれらに比べて非常に小さい。つまりほとんど零質量と見なせる。

 階層性の問題とは、Higgs粒子のようなスカラー粒子については、零質量を保証する機構が一般には場の理論には存在しないことである。例えば、フェルミオン、ゲージ場についてはそれぞれchiral対称性、ゲージ対称性で質量が零であることが理解できる。一方、スカラー粒子の質量が零になっても何ら対称性が増えることはない。

 この問題に対しては、超対称性を導入することにより、理論中のパラメータの微調節をすること無しにスカラー粒子の質量を零にすることが出来る。さらに、PlanckスケールとHiggs粒子の質量の比が非常に小さいことも、超対称性がダイナミカルに破れた事に起因するものであると考えれば非摂動効果として自然に理解できる。

 この階層性の問題の他にも、標準理論には未解決の問題がある。異なる3つのゲージ結合定数、quarkとleptonの関係、世代の存在、電荷の量子化、フェルミオンの質量の由来などである。これらを説明するものとして大統一理論が提案された。そのうちでも特に超対称性を持つ大統一理論は近年のWeinberg角の精密測定の結果を正しく予言する。従って大統一理論は高エネルギーの現象を説明する上で非常に重要であると考えられる。

 しかし、大統一理論には深刻な欠点が存在する。標準理論に含まれるHiggs粒子を低エネルギーで出すために、理論のパラメータを高い精度で微調整しなくてはならないのである。もちろん微調整は何ら理論の矛盾の存在を示すものではないが、不自然であることから満足できるものではない。これまでにもこの欠点を回避する様々な試みがなされてきたが、完全に満足できるものはなかった。

 この論文ではこれらの問題を研究した。まず第一に、GUTスケールで強く相互作用しているゲージ理論を用いることで、何らパラメータの微調整なしに零質量のHiggs doubletが現われ、更に量子効果を考えても安定に存在することを示した。第二に、超対称性をダイナミカルに破りweakスケールを作り出すモデルを構成し、その現象論的帰結を解析した。

 論文の前半では軽いHiggs doubletの問題を取り扱っている。

 モデルはSU(5)超対称大統一理論に加えて、6個のquarkとantiquarkを持つSU(3)H×U(1)Hゲージ理論である。このquarkと、SU(5)を破るHiggs場ABのsuperpotentialは、対称性から許されるもっとも一般的なものとして

 

 である。

 古典的な真空はD-termとF-termがそれぞれ0であるという条件から求められる。その中には、現象論的に許される、ゲージ群が標準模型のゲージ群に破れているものが存在する。

 

 次に上の真空が量子補正を考えたときに安定であるかをみる。そのためには真空のゲージ不変な変数による記述が便利である。この真空では6つのうち2つのquarkが質量を持っていることから、低エネルギーでは4つの零質量のquarkが残る。この時、量子論的な真空は次のようなゲージ不変な変数で記述される。

 

 ここでa,b=3,…,6。

 一方、量子補正まで加えた厳密なsuperpotentialはtree levelのsuperpotential(1)にダイナミカルに生成される以下のものを加えれば得られる。

 

 このsuperpotentia1を用いて量子論的真空を求めると、上で求めた古典的真空と同じものが得られる。このことは、このモデルのように零質量のquarkの数がカラーの数よりも一つ多いときには一般に成り立つ性質であることが示されており、ここでもそれが成立していることが確かめられた。

 ここで重要なことは、この真空ではカラー3重項M6aとMa6が零質量で存在することである。これは量子補正まで加えてもなお安定にカラー3重項の質量が0に保たれることを示している。このカラー3重項をmissing partner mechanismに用いることでHiggs doubletが零質量で残ることを以下に示す。

 SU(5)超対称大統一理論では、標準模型のHiggs場はSU(5)の基本表現5と5*として変換するHiggs場HA(A=1,…,5)の一部として導入される。これらのHiggs場に次のようなU(1)A対称性HAHA,を課す。すると、対称性から許される可能なsuperpotentialは

 

 よってGUTスケールより十分低エネルギーのweakスケールでは、このsuperpotentialは次のような質量項を出す。

 

 ここで、i=1,2;a=3,…,5。従って、Higgs場HAのなかで、カラー3重項として変換する成分Haのみが質量をもち、Higgs doubletはM66の真空期待値が厳密に0であることから、質量を持たない。

 以上により、このモデルではパラメータの不自然な微調節をすることなく、Higgs doubletの質量を零にすることができることが示された。更に超対称性を持つ理論では重要な働きをする非摂動効果をも含む量子補正に対しても、ここで得られた結果が安定であることがわかった。

 このモデルは強い相互作用をするゲージ群を変えたり、semisimpleなゲージ群を使うなど様々な拡張が可能であり、それについては以降の章で解析されている。さらに、最近盛んに研究されているdualityを用いた解析も行った。

 論文の後半ではダイナミカルな超対称性の破れを取り扱っている。

 これまでは超対称性を破るモデルとしてchiralゲージ理論が使われてきた。このため超対称性の破れを標準理論のセクターに伝えるためだけに新たなゲージ相互作用を導入しなくてはならず、モデルが大変複雑なものになっていた。ここでは、最近発見されたvectorゲージ理論を用いた。そのためモデルがかなり簡単なものとなった。

 超対称性を破るセクターとしては4個のchiral superfield Qiと6個のsinglet Zij=-Zji(i,j=1,…,4)を持つSU(2)ゲージ理論を考える。superpotentialは

 

 全ての非摂動効果を取り入れた有効superpotentialはゲージ不変な変数Vij=-Vji〜QiQjを用いて

 

 である。これはO’Raifeartaigh型のsuperpotentialであるため、このモデルでは超対称性がダイナミカルに破れることがわかる。

 以下では解析を簡単にするため理論にSP(4)F対称性を課す。するとsuperpotentialは次のようになる。

 

 ここでVとZはSP(4)F singletで、VaとZaはSP(4)Fの5次元表現である。Zが小さい場合を考えると、このsuperpotentialは次のように近似できる。

 

 上の超対称性の破れを標準理論に伝えるメッセンジャーセクターはchiral superfield Y,d,,l,を用いて

 

 である。

 以上より、全superpotential

 

 から真空を探すと、〈d〉=〈〉=〈l〉=〈〉=0なる真空が存在する。そこでは確かに超対称性が破れていて、それは次の真空期待値で特徴づけられる。

 

 この超対称性の破れは、メッセンジャーのquarkとleptonのloopを通じて標準理論のgauginoとsquark,sleptonに質量を与える。

 

 ここでC3=0or4/3 and C2=0or3/4はquadratic Casimir invariantsである。

 このモデルのパラメータを決めるために、現象論からの制限を考える。まず、weakスケールを102GeV程度にするために、gluinoの質量は(102-103)GeVでなければならない。次に、FCNCを現在の実験からの制限より小さくするためにはsquarkとsleptonの質量が縮退していなくてはならないことより、gravitinoの質量m3/2は1GeVよりも小さくなければならないことが要請される。

 

 例えば、Zf1,Y1をとると、

 

 となる。これよりgravitinoの質量はm3/21keV-1GeVである。この値は現在の実験と矛盾しない。また、宇宙論等で問題となる、相互作用が非常に弱くweakスケール程度の質量を持つスカラー粒子も存在しない。

 これらの研究により、パラメータの微調整の必要なしにGUTスケールに比べて非常に小さい質量を持つHiggs doubletsを作り出すモデルを構成することができた。

審査要旨

 本論文は6章からなる。序文である第1章に続き、第2章では軽いヒッグス二重項を導く機構、第3章では、非摂動効果による対称性の回復、第4章では非可換理論での双対性とヒッグス多重項に関する一般的議論、第5章では超対称性の力学的破れの機構を扱い、第6章は結論に当てられる。

 素粒子の幾つかの相互作用を統一する大統一理論には、理論に登場する典型的な質量の大きさに、二種類のものがある。すべての相互作用が同一のものに見える大統一スケールと、弱い相互作用に登場するスケール(weakスケールと呼ぶ)だが、この2つのスケールの間には、14桁程度の差があると思われている。そこで、軽い粒子の質量が大統一スケールの大きさにならないためには、特別の機構が必要となる。ゲージ粒子についてはゲージ対称性、フェルミ粒子に対してはカイラル対称性、そしてスカラー粒子(ヒッグス粒子)に対しては超対称性が働いているというのが一般的な考え方だが、それを利用して具体的な統一模型を作ると問題が生じる。それは、同じ多重項に含まれるヒッグス粒子の質量の大きさが、あるものは大統一スケールになり、他のものはweakスケールにならなければならないという、量子論的効果を考えるとかなり実現が難しい問題である。

 この困難の一つの解決方法が、missing partner mechanismというものである。これは、問題のヒッグス粒子の質量の起源を、別に導入したスカラー粒子との混合によって生み出そうとするものである。その際に、新たなスカラー粒子の性質を適当に取っておけば、ヒッグス粒子のあるものに対しては混合の相手がなくなり、大きな質量をもたなくなる。

 論文提出者はまず、このメカニズムが量子論的効果を考えても成り立つことを示した。そのため、ゲージ不変な量を使って厳密なスーパーポテンシャルを求め、それを使って、真空は古典的なものと変わらないことを示した。

 ところで、上記の解析で使ったモデルでは、大統一理論の対称性SU(5)が破れるとき、少なくとも古典的に考えるとU(1)対称性が残らない。そのため現実と合わせるためには、理論に余分にU(1)対称性を課さなければならず、大統一という思想とは矛盾する。しかし論文提出者は、ある種の大局的U(1)対称性をもつ理論では、望ましい局所的U(1)対称性が量子論的に考えると回復することを示した。

 また、上記の真空状態を2つとも含むような理論を作り、それを双対模型でも解析して、同じ結論が出ることを示した。またその理論を使って、上記の模型のバリエーションが現象論的にはうまくいかないことを確かめ、上記の模型がある意味ではユニークであることを示した。

 最後に、以上のように作った模型で超対称性を小さなスケールでいかに破るかという問題を議論した。従来は、標準理論とは別のカイラルゲージ理論のセクターを考え、そこでの超対称性の破れを、メッセンジャーとしてのもう一つのゲージ相互作用によって標準理論のセクターに伝えるという機構が考えられていた。論文提出者はベクトルゲージ理論のセクターで超対称性を破る模型を考えた。この場合は、超対称性の破れはカイラルスーパーフィールドを使って、より単純に、標準理論のセクターに伝えることができる。またこの模型で、ゲージーノなどの粒子の質量を計算し、それらが現象論的制限と矛盾しないことを示した。

 以上を総合して、大きな差のある大統一スケールと、標準理論のスケール(超対称性の破れのスケール)双方を、無理なく導く模型を作ることができた。

 なお、本論文は柳田勉氏および井沢健一氏との共同研究であるが、特に第3章以下は論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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