学位論文要旨



No 112410
著者(漢字) 松田,智裕
著者(英字) Matsuda,Tomohiro
著者(カナ) マツダ,トモヒロ
標題(和) 大局的及び局所的な超対称性理論におけるダイナミカルな効果
標題(洋) Dynamical Effects in Global and Local Supersymmetric Theories
報告番号 112410
報告番号 甲12410
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3190号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 折戸,周治
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 助教授 筒井,泉
内容要旨

 現在我々が観測しうる素粒子同士の相互作用には幾つかの種類が有ることが分かっており、それらは電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用、重力の相互作用と呼ばれている。これらのうち電磁相互作用と弱い相互作用は「素粒子の標準模型」と呼ばれる模型によって統一的に扱うことが出来ており、実験的にも非常に良い結果が得られている。残る二つの相互作用の統合は統一理論という名前の下で研究が行われているが、エネルギースケールが非常に高い領域の議論であるため実験による確固たる証拠はまだ得られていない。その一つとして強い相互作用と標準模型との統合を目的とした理論があり、一般に「大統一理論」と呼ばれている。これらは非常にかけ離れたエネルギースケールを統一的に扱う必要があるためそれら二つのエネルギースケールの階層性を量子補正に対して安定に保つために新しい対称性の導入が必要であると考えられている。超対称性はその候補として現在最も期待を集めている対称性の一つであり、超対称性を持った大統一理論は一般に「超対称性大統一理論」と呼ばれている。超対称性は、大統一理論をさらに重力と統一しようとしたときの理論の候補として非常に有力視されている「超弦理論」に於いても必要不可欠な対称性である。また、階層性を安定に保つだけでなくエネルギースケールの大きな階層性自体を自然に生み出すメカニズムとしてダイナミカルな効果を考えることは非常に大切である。この論文における我々の立場は、超対称性がダイナミカルな効果によって1010Gev程度のスケールで(隠れた部局で)自然に破れ、それが重力の作用で我々の世界に伝達されることにより我々の実際観測している部局に対してWeakスケール程度の超対称性の破れを自然にもたらすというシナリオに基づいている。この模型は、一般に「超重力を用いた隠れた部局の模型」と呼ばれている。また、これらのダイナミカルな効果を考えるにあたって超重力理論を扱うことになるが、先に述べたようにもしも重力の相互作用もその他の相互作用のように何らかの形で統一されていると考え、その候補として超弦理論を考えるのであれば、ここで考える超重力理論は超弦理論の低エネルギーの理論としての特徴を備えていると考えるべきである。超弦理論はたった一つの結合定数から出発して全ての結合定数を理論のダイナミクスを考えることで決定していこうというものであるので、その低エネルギーの理論の結合定数は何らかの場の期待値になっていると考えられる。それがモジュライと呼ばれるものである。しかしながら、このモジュライの期待値を決定するメカニズムについてはまだ不明な部分が多い。我々はこのモジュライの中でも特に真空の安定性に問題があるとされるディラトンの安定性に対して、隠れた部局の低エネルギーのダイナミカルな効果が及ぼす影響についてギャップ方程式を用いた定式化に基づきラージNの極限で詳しく議論した。

 これらの非常に高いスケールでの物理を議論するときに有効な指標となるのがインフレーションやバリオン数の生成といった宇宙論からの拘束である。先に我々は、隠れた部局でのダイナミカルな効果について研究したと述べたが、超対称性理論に於いてダイナミカルな効果を調べるための手法は非常に詳しく調べられており、現在も活発な研究が行われている。しかしながらそれらのほとんどは既に閉じ込めが起こってしまった後の低エネルギーの理論をハドロンやバリオンに対応するような複合場を使って書き下しており、いわゆる「ポテンシャルの平坦方向」をパラメトライズしている無質量場のみのダイナミクスを考えているものがほとんどである。これらの解析では低エネルギーの理論から高エネルギーの理論への外挿を行うと途中で何らかの特異性にぶつかってしまい相転移の議論は一般にうまくいかない。この論文では、我々は視点を変えてラージN展開に基づく議論を行った。ラージN展開では粒子は全て基本粒子レベルで扱われており、低エネルギーのダイナミカルな領域から高エネルギーの領域の物理への外挿がスムーズである事が一つの利点である。また、閉じ込め後の有効作用では無視されていた効果を取り込むことによりモジュライの安定性が改善されている。さらに、有効作用の方法ではダイナミカルな効果に対するソフト項の効果を考えるときはダイナミカルな効果そのものはソフト項の影響を受けないと仮定して、低エネルギーの有効作用に対して元々のソフト項に対応していると思われる項を後から付け足すしか方法が無かったが、我々の方法なら基本粒子レベルでソフト項の影響をあからさまに取り扱うことが出来る。

 我々がこの論文で行った解析をまとめると、

 1)超対称性理論にラージN展開を持ち込むにあたって非常に単純な玩具模型として二次元と三次元の非線形シグマモデルを解析した。今までの解析では1-loopの有効ポテンシャルを計算してその停留値から真空を決定しようとしたため、非常に多く存在する補助場(補助場として導入した超場の全ての成分と、一般の超場のF成分)それぞれの除去およびその取捨選択からくる不定性により補助場のF成分が0でなくても超対称性は保たれているといった間違った結果が得られていた。我々はTadpole Methodを使った計算により補助場の取り扱いを簡明化し、この解析の間違いを正した。また、ソフト項に対する応答についてもこれまで無視されてきたダイナミカルな効果自体へのソフト項の影響について議論している。この解析は超対称性理論の様に大量の補助場が介入してくる理論のGap方程式を系統的に扱うための基本的なアイデアを与えている点で非常に有用である。

 2)大局的な超対称性ゲージ模型(ゲージ群SU(Nc)を持った超対称性QCD)においてゲージーノの凝縮をラージN展開で解析し、その相転移の有無についても議論した。ダイナミカルな効果による超対称性の破れに対する指標を与えるWitten Indexの議論が適用されるのは質量項が存在する場合であるが、この場合、真空はあらゆる(理論の漸近的な性質を変えない範囲の)パラメーター領域でNc個存在すると考えられる。これはゲージーノが凝縮する場合に得られるNc個の真空に対応している。これらの対応から考えて、質量項のある場合にはゲージーノの凝縮する解がいつでも存在して欲しい。実際、我々の解析では質量項の存在する場合にはゲージーノの凝縮に関する相転移は無いと結論された。一方、Index議論の適用範囲外である無質量の場合は相転移が見られた。また、低エネルギー有効理論でのゲージーノ凝縮により誘起されると考えられている、平坦な方向上のダイナミカルなポテンシャルについても同様の観点から解析を行った。結果として、質量項のある理論ではこれまでの閉じ込めの描像で得られていたポテンシャルと同等のものが得られ、質量項の存在しない理論では閉じ込めの描像で得られていたいわゆる「Runawayポテンシャル」の遠方での性質に変化が見られた。この違いは、今までの解析ではゲージーノの相転移が本質的に存在しないと仮定されていたことに起因している。

 3)超重力模型に於ける超対称性の自発的な破れをラージN展開を使って解析した。これまでに行われた解析には複合場を使った有効作用の方法とG.G.Rossらによる南部-Jona-Lasinioタイプの解析があったが、これら二つはラージN展開の極限では真実の解に対するそれぞれ異なった近似の取り方に対応していることをあからさまに示した。また、これまではG.G.Rossらの方法でなぜ真空が安定になるのか分かっていなかったが、ラージNの極限ではその理由が4点フェルミ結合に対するカットオフの導入に起因していることが明らかになった。

 これらの解析のうち1)はある意味で単純な再解析に過ぎないとも言えるが、2)と3)へと続く系統的な取り扱い方法を与えているという点で非常に有用である。また、ソフト項に対するダイナミカルな性質の応答をあからさまに計算したのは本論文の提出者が最初である。2)と3)の問題については、これらの問題をLargeN展開で系統的に扱う手法を示し、かつ具体的に分析したのは本論文の提出者が最初である。

 また、現象論的に重要な点はディラトンのポテンシャルの安定性を(定性的にではあるが)非常に見通しの良い議論で解決したことである。ディラトンポテンシャルの安定化という問題は、現象論的に非常に重要な問題の一つである。先に触れたように、今までは大きく分けて2つの解析方法(複合場を使った有効作用の方法と、南部-Jona-Lasinioタイプの解析)があったが、有効作用の方法ではディラトンのポテンシャルを安定化させるためには複数のゲージ群を導入したり非自明な超対称性の破れを手で導入するなどと言った操作が必要であった。一方、南部-Jona-Lasinioタイプの解析ではそのような操作を行わなくてもディラトンのポテンシャルは安定であることが知られていた。しかしながら、これらの解析の本質的な違いと、その違いを生み出す根源については十分な議論が行われていなかった。我々は上記の手法を用い、ラージNの極限で二つの解析の本質的な違いと、その違いを生み出す元となっている近似の取り方の違いについて定性的な議論を行うと同時に、ラージNの極限で厳密な解には安定な真空が存在することを示した。

審査要旨

 現在の素粒子物理学で有望視され盛んに研究されている「超対称性」は低エネルギーの我々の世界では破れており、その破れの原因を明らかにする事は重要な問題である。その破れの原因の有力候補として、「超重力を用いた隠れた部局(sector)の模型」と呼ばれる模型があり、その模型の中でも、「ゲージーノ場の真空中の凝縮」という機構は超重力のダイナミカルな破れを与える点で魅力ある模型である。これは、電弱相互作用や強い相互作用は全く感じない「隠れた部局(sector)」を媒介するゲージ場が存在し、そのゲージ場の超対称パートナーであるゲージーノ場の凝縮により、超対称性がダイナミカルに1010Gev程度のスケールで隠れた部局で自然に破れ、その破れが重力の媒介で我々の世界に伝達され超対称性の破れとして観測されるとする模型である。

 この「ゲージーノ凝縮」を解析的に扱う事は大変な困難を伴うが、この論文は、このゲージーノ凝縮を判定するself consistentな方程式に、ラージN展開という近似法を適用することで、ゲージーノ凝縮と超対称性の破れを系統的に、見通し良く、解析し、また、興味ある結果として、従来の理論で問題であった「ディラトン場の安定性」の問題がゲージーノ凝縮によって解決する事を推論したものである。

 本論文は5章からなり、第1章で序論を述べ、第2章では、超対称性理論にラージN展開を持ち込める非常に単純な玩具模型として二次元と三次元の非線形シグマモデルを解析した。従来の解析では、1-loop有効ポテンシャルを計算し、その停留値から真空の決定を目指したため、多く存在する補助場の除去や取捨選択の不定性により、補助場のF成分が0でなくても超対称性は保たれているといった類の間違った結果が得られていた。この論文はTadpole法を使った計算により補助場の取り扱いを簡明化し、この解析の間違いを正し、さらにソフト項に対する応答について従来無視されてきたダイナミカルな効果自体へのソフト項の影響について議論している。この解析は大量の補助場が介入する超対称性理論のGap方程式を系統的に扱うための基本的なアイデアを与えている点で有用である。

 第3章では、大局的な超対称性ゲージ模型(ゲージ群SU(NC)を持った超対称性QCD)においてゲージーノの凝縮をラージN展開で解析し、その相転移の有無についても議論した。その結果、質量項の存在する場合にはゲージーノの凝縮は常に起こり相転移は無いというWitten Indexの議論と矛盾しない結論を得た。Witten Indexの議論の適用範囲外である無質量の場合は相転移が見られた。また、低エネルギー有効理論でのゲージーノ凝縮により誘起されると考えられている、平坦な方向上のダイナミカルなポテンシャルについても同様の観点から解析を行った。結果として、質量項のある理論ではこれまでの閉じ込めの描像で得られていたポテンシャルと同等のものが得られ、質量項の存在しない理論では閉じ込めの描像で得られていたいわゆるRunawayポテンシャルの遠方での性質に変化が見られた。この違いは、今までの解析ではゲージーノの相転移が本質的に存在しないと仮定されていたことに起因している。

 第4章では、超重力模型に於ける超対称性の自発的な破れをラージN展開を使って解析した。これまでに行われた解析には複合揚を使った有効作用の方法とG.G.Rossらによる南部-Jona-Lasinioタイプの解析があったが、これら二つはラージN展開の極限では真実の解に対するそれぞれ異なった近似の取り方に対応していることをあからさまに示した。また、これまではG.G.Rossらの方法でなぜ真空が安定になるのか分かっていなかったが、ラージNの極限ではその理由が4点フェルミ結合に対するカットオフの導入に起因していることが明らかになった。これらの解析のうち第2章はある意味で単純な再解析に過ぎないとも言えるが第3章、第4章へと続く系統的な取り扱い方法を与えているという点で非常に有用である。また、ソフト項に対するダイナミカルな性質の応答をあからさまに計算したのは本論文の提出者が最初である。第3章、第4章の問題については、これらの問題をLarge N展開で系統的に扱う手法を示し、かつ具体的に分析したのは本論文の提出者が最初である。

 また、この論文の現象論的に重要な点はディラトンのポテンシャルの安定性を(定性的にではあるが)見通しの良い議論で解決したことである。ディラトンポテンシャルの安定化という問題は、現象論的に非常に重要な問題の一つである。先に触れたように、今までは大きく分けて2つの解析方法(複合揚を使った有効作用の方法と、南部-Jona-Lasinioタイプの解析)があったが、有効作用の方法ではディラトンのポテンシャルを安定化させるために複数のゲージ群の導入や非自明な超対称性の破れの導入などの操作が必要で不自然であった。一方、南部-Jona-Lasinioタイプの解析ではそのような操作は必要ないことが知られていたが、これらの解析の本質的な違いと、その違いを生み出す根源については十分な議論が行われていなかった。この論文では上記の手法を用い、ラージNの極限で二つの解析の本質的な違いと、その違いを生み出す元となっている近似の取り方の違いについて定性的な議論を行うと同時に、ラージNの極限で厳密な解には安定な真空が存在することを示したものである。

 また、第5章に結論、付録にlarge N 展開、ならびに、G.G.Ross等が行った関連した仕事のreviewが簡潔に述べられている。

 なお、以上の内容は、最近雑誌に掲載された著者本人の単名の6編の論文を系統的にまとめたものである。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54559