学位論文要旨



No 112415
著者(漢字) 森,道康
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ミチヤス
標題(和) ドープされた1次元モット絶縁体の量子輸送現象
標題(洋) Quantum Transport in One-Dimensional Doped Mott Insulator
報告番号 112415
報告番号 甲12415
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3195号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 清水,明
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 助教授 勝本,信吾
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨

 高温超伝導体の発見に伴い、Mott絶縁体にキャリアーをドープしたときに現われる金属相が、従来の金属相とは異なった性質のものであることが分かってきた。この「異常金属相]は、電子間の強い相互作用が原因だと考えられている。その中で、1次元強相関系の研究は重要な概念を提出している。というのも、1次元相互作用系の金属相が朝永-Luttinger液体という、3次元相互作用系のFermi液体とは異なった性質を持つからである。本研究では、ホール濃度を減少させたとき、朝永-Luttinger液体がどの様にMott絶縁体に移り変わっていくのかを、ボソン化法に基づいて明らかにした。また、系の乱れがMott転移近傍での物理量の振る舞いにどの様な変化をもたらすかを示した。さらに、上記のMott転移近傍の状況が量子細線で実現されたとき、2端子測定法によるコンダクタンスの量子化の値が相互作用により繰り込まれるのか否かを明らかにした。

 朝永-Luttinger液体は、ボソン化法により導かれる位相ハミルトニアンを用いて理解することが出来る。このハミルトニアンは、1次元系におけるスピンと電荷の分離を反映して、二つの独立な部分からなる。そこで、電荷の自由度に注目し、キャリア濃度を変えたときに起きるMott転移について調べることにした。電荷の自由度は、ミスフィットパラメタq0を含んだ量子sine-Gordonモデルで記述されており、電荷粒子はソリトン解で表わされる。ミスフィットパラメタとは、Mott絶縁体への近さを表わし、ホールの化学ポテンシャルに対応する。このパラメタを変化させ古典論の範囲で解くと、ソリトン格子の整合・不整合転移が現れる。この転移は金属・絶縁体転移に対応しており、Umklapp散乱がなければ起こらない転移である。従って、Mott転移の原因は、Umklapp散乱であることが分かる。

 このモデルを出発点にし、さらに不純物散乱も考えて、Mott転移近傍での電荷励起の性質を調べたい。そのために、今度はボソン化法を逆に用いmassive Thirringモデルという等価なspinless Fermionのモデルに置き換えて計算した。この置き換えの利点は、量子ゆらぎを完全に取り込むことが出来るのと同時に、Mott転移近傍で電荷の自由度が相互作用のないスピンレスフェルミオンで記述されている点である。そのため、不純物が無い場合、スピンレスフェルミオンのエネルギー分散が図1の様になることが容易に理解でき、エネルギーギャップ(Mott-Hubbardギャップ)の大きさ2VはUmklapp散乱の強さで決まっていることが分かる。物理量の振る舞いに関しては、圧縮率=∂n/∂が、ホール濃度に反比例して発散することや、電気伝導度の実部を用いて、Re()=Dc()のように定義されるDrude重みDcが、ホール濃度に比例して0になることなど、Bethe Ansatzの結果を再現している。

図1図2

 更に、電荷の励起スペクトルを知るため、密度・密度相関関数の虚部を計算した。あるホール濃度の場合について、励起の存在する領域を波数qと振動数に関し、図2にプロットした。すると、朝永-Luttinger液体を特徴づける線形な励起(音響モード)に加え、上部Hubbardバンドへの励起に対応する2Vのギャップをもった励起(光学モード)が存在する。まず、音響モードは、ホール濃度を減少させると、その傾きは小さくなり、線形な励起が失われてゆく。そして、最終的にホール濃度を0にすると、線形な励起は消失し、光学モードのみが残り、系が絶縁体になったことを示す。この一連の変化の過程で、金属が絶縁体へとクロスオーバーしていく様子はスペクトルの重みを見ると分かる。それを示したのが図3である。ここで言うクロスオーバーとは、長波長では、音響モードに重みがあるが、短波長になると、逆に光学モードの方に重みがあり、ホール濃度を減少させていくと、音響モードが支配的な領域が次第に小さくなっていくことを意味している。そして、このクロスオーバーは相関関数の実空間における振る舞いに、巾的な部分と指数関数的な部分とがあり、それらがある長さのスケールで入れ替わっていることを示唆している。このような振る舞いは、従来の研究では議論され得なかったことである。

図3図4

 乱れの影響に関しては、不純物による散乱を2次のセルフコンシステントBom近似で扱った。まず、状態密度を見ると、図4のようにMott-Hubbardギャップが小さくなり、それと同時にバンド端での発散が抑えられることが分かる。そのため、は図5のように0に収束し、乱れのない系とは定性的に全く異なった振る舞いを示す可能性のあることが分かった。電気伝導度の周波数依存性をバーテックス補正まで含めて計算すると、図6の様に、系が絶縁体に近づくに伴いDrude重みから上部Hubbardバンドへの吸収へと、スペクトルの重みが移っていることが分かった。このような電気伝導度の周波数依存性や、そのスペクトルの重みの移り変わりは、これまで議論されていなかった。

図5図6

 以上の結果は、無限系におけるものである。このような、Mott転移近傍での電荷励起の振る舞いの変化が有限系での輸送特性にどのような変化をもたらすかは、興味深い。

 微細加工技術の進歩に伴い、量子ポイントコンタクトや、量子細線の輸送特性の測定が可能となった。量子ポイントコンタクトではコンダクタンスが、2e2/h、の値に量子化されることが見い出され、Landauer公式を用いて理解されている。一方、量子細線では、相互作用する一次元系を朝永-Luttinger液体として扱うと、コンダクタンスの量子化の値、2e2/h、に相互作用の効果が現われるという理論的結果が得られている。しかし、その後の研究により、2端子測定によるリードの効果、あるいは、相互作用による電場の繰り込みの効果を考慮に入れると、量子細線でもコンダクタンスの量子化の値は、2e2/h、のまま変わらないことが分かった。そして、この結果を支持する実験結果が得られている。

 では、着目している量子細線の電子状態が、Mott転移近傍の状態になると、量子化されたコンダクタンスの値、2e2/h、には相互作用の効果が現われるのだろうか。例えば図7の様に、量子細線に周期ポテンシャルを与えると、ゲート電圧を変化させることで実質的にMott転移近傍の状態が作られる。このような周期ポテンシャルを伴った量子細線は、ごく最近、作られるようになった。

図7

 本研究では、周期ポテンシャル中の量子細線を、前述のspinless Fermionで扱い、リードの効果を考慮に入れて、コンダクタンスの計算を行った。リードは、有効的に相互作用のない系とみなせるので、相互作用を特徴づけるパラメタ、、Vなどが、空間的に変化しているとして扱った。は相互作用と粒子数密度で決まるパラメタで、VはUmklapp散乱の相互作用定数である。このとき電流-電流相関関数の運動方程式を考慮することで、次のコンダクタンス、G、の値を得た。

 

 xは今、相互作用の無いリード中の点を考えていおり、K(x)=1である。したがって、Mott転移近傍の絶対零度でのdcコンダクタンスは、2e2/h、であり相互作用、特にUmklapp散乱による繰り込みは現われないことが分かった。ただし、Mott絶縁体のときは、コンダクタンスは0になる。

 以上のように、絶対零度でのdcコンダクタンスには、朝永-Luttinger液体とMott転移近傍との違いは現われなかったが、有限温度、もしくは、ac-コンダクタンスを調べれば、両者の差異が、現われてくることが予想される。

審査要旨

 本論文は5章からなり、第1章は研究の背景、第2章はハミルトニアンの提示、第3章は長さが無限大の系でのモット転移、第4章が有限長の系でのコンダクタンス、について述べており、第5章に結論を書いている。

 高温超伝導体の発見に伴い、Mott絶縁体にキャリアーをドープしたときに現われる金属相が、従来の金属相とは異なった性質のものであることが分かってきた。この「異常金属相」は、電子間の強い相互作用が原因だと考えられている。その中で、1次元強相関系の研究は重要な概念を提出している。というのも、1次元相互作用系の金属相が朝永-Luttinger液体という、3次元相互作用系のFermi液体とは異なった性質を持つからである。本研究では、ホール濃度を減少させたとき、朝永-Luttinger液体がどの様にMott絶縁体に移り変わっていくのかを、ボソン化法に基づいて明らかにした。また、系の乱れがMott転移近傍での物理量の振る舞いにどの様な変化をもたらすかを示した。さらに、上記のMott転移近傍の状況が量子細線で実現されたとき、2端子測定法によるコンダクタンスの量子化の値が相互作用により繰り込まれるのか否かを明らかにした。

 モデルとしては、朝永-Luttinger modelに、Umklapp散乱と不純物散乱の項を加えたものを採用している。

 まず、長さが無限大の系でのモット転移について、分析している。圧縮率=∂n/∂が、ホール濃度に反比例して発散することや、電気伝導度の実部を用いて、Re()=Dc()のように定義されるDrude重みDcが、ホール濃度に比例して0になることなど、Bethe Ansatzの結果を再現している。更に、電荷の励起スペクトルを知るため、密度・密度相関関数の虚部を計算した。朝永-Luttinger液体を特徴づける線形な励起(音響モード)に加え、上部Hubbardバンドへの励起に対応する2Vのギャップをもった励起(光学モード)が存在する。まず、音響モードは、ホール濃度を減少させると、その傾きは小さくなり、線形な励起が失われてゆく。そして、最終的にホール濃度を0にすると、線形な励起は消失し、光学モードのみが残り、系が絶縁体になったことを示す。この一連の変化の過程で、金属が絶縁体へとクロスオーバーしていく様子はスペクトルの重みを見ると分かる。乱れの影響に関しては、不純物による散乱を2次のセルフコンシステントBorn近似で扱った。まず、状態密度を見ると、Mott-Hubbardギャップが小さくなり、それと同時にバンド端での発散が抑えられることが分かる。そのため、はのように0に収束し、乱れのない系とは定性的に全く異なった振る舞いを示す可能性のあることが分かった。電気伝導度の周波数依存性をバーテックス補正まで含めて計算すると、系が絶縁体に近づくに伴いDrude重みから上部Hubbardバンドへの吸収へと、スペクトルの重みが移っていることが分かった。このような電気伝導度の周波数依存性や、そのスペクトルの重みの移り変わりは、これまで議論されていなかった。

 続いて、有限長の系でのコンダクタンスを議論している。特に、周期ポテンシャルを伴った量子細線を考察の対象にしている。電流-電流相関関数の運動方程式を考慮することで、次のコンダクタンス、G、の値を得た。Mott転移近傍の絶対零度でのdcコンダクタンスは、2e2/h、であり相互作用、特にUmklapp散乱による繰り込みは現われないことが分かった。ただし、Mott絶縁体のときは、コンダクタンスは0になる。以上のように、絶対零度でのdcコンダクタンスには、朝永-Luttinger液体とMott転移近傍との違いは現われなかったが、有限温度、もしくは、ac-コンダクタンスを調べれば、両者の差異が、現われてくることが予想される。

 なお、本論文は、福山秀敏、今田正俊との共同研究であるが、論文提出者が主体になって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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