ペロブスカイト型遷移金属酸化物は層状構造をもつCu系で高温超伝導が発見されたことを契機に、モット転移点近傍の強相関電子系の電子物性の研究が最近、再び行われてきた。本論文の研究対象となっているLaCoO3は、LaTiO3からLaCuO3へと遷移金属を置換していった時に丁度電荷移動型ギャップが潰れかけたところに位置する物質で、キャリアーを注入することによって、容易に絶縁体-金属転移を生じ、また、このキャリアーと局在スピンとの二重交換相互作用によって強磁性を発現させる。さらに、LaCoO3は結晶場エネルギーとフント結合エネルギーとの差が小さいため、Co3+が非磁性から磁性状態へと熱的に容易に励起され、スピンギャップと電荷ギャップとのエネルギーバランスによってこの系に特有な伝導特性を示すことで注目されている。本提出論文においては良質単結晶を用い、キャリアー数、格子歪み量のパラメータを制御し、その磁性、伝導性、光学特性を測定することによってその電子構造を理解するうえで新しい重要な知見が与えられている。 本論文は英文で6章からなる。第1章はペロブスカイト型遷移金属化合物の物性に関しての概略説明と本論文で取りあげているLaCoO3の従来までの研究成果について纏められている。特に、これまでの多結晶試料による実験データーでは、有限温度におけるCo3+のスピン状態や電気伝導性に関して理論と比較するには不十分であること、さらには研究者間によるデータの矛盾が指摘され、この物質の電子状態を理解するにはキャリアー制御された単結晶を用いた精密実験の必要性が述べられている。 第2章では本実験に用いられた試料の作成方法、キャラクタリゼーション、輸送現象、磁気測定、光学測定手段について述べられている。 第3章ではLaCoO3の熱的に励起されたスピン状態についての研究結果が述べられている。スピン状態に関連した電子状態を調査するため、光学フォノンスペクトルの測定を行い、新しいフォノンモードが温度の上昇とともに成長してくることを見いだし、それが帯磁率の温度変化に対応することから、熱的に励起された磁性イオンの周りで生じる格子歪みに起因すると結論している。フォノンスペクトルの分散解析の結果、中間スピン状態間の軌道整列によるJahn-Teller型歪みの可能性がもっとも高いことを指摘した。測定されたフォノンスペクトルは一義的な結論を引き出す解析に耐えうるものとは言いがたいが、現在の時点で考えられるモデルを比較検討するには十分で、得られた結果は今後の進展に新しい重要な示唆を与えるものとして、高く評価できる。 さらに、微小なキャリアーを注入した試料でドープされた原子のまわりに5〜16サイトにも及ぶ大きな磁気ポーラロンが形成されていることを見いだし、強磁性金属転移への前駆現象であると考察している。 第4章ではLaCoO3系で生じる熱励起による非金属-金属転移とSrドーピングよる非金属-金属転移、及び強磁性金属状態での磁気抵抗についての詳細な研究結果について記述されている。La1-xSrxCoO3系で0≦x≦0.3の広いSrドーピング領域で電気伝導および帯磁率の測定から電子相図を決定した。さらに、光学伝導度スペクトルの測定から金属転移にともなってその強度が高エネルギー領域からギャップ内に移動することを見いだした。この現象は酸化物高温超伝導体と共通の性質であり、ペロブスカイト型酸化物の電子構造を理解する上で貴重な知見を与えている。 また、強磁性金属相の電気抵抗率がT2に比例することを見いだし、この領域で電子-電子散乱効果が重要な役割を果たしていることを示すと同時に、キューリー温度付近で見いだされた異常な磁気抵抗が二重交換相互作用による強磁性金属発現のメカニズムで説明できることを示した。 第5章ではLa1-xSrxMnO3とLa1-xSrxCoO3について磁気光学効果の測定結果について記述している。その励起スペクトルの解析から、前者では電荷移勤型、後者では結晶場遷移型の光学遷移に対応していることを見いだしている。また、La1-xSrxMnO3では強いフント結合によって分離している状態密度が磁場によって完全なスピン偏極を形成すること、またLa1-xSrxCoO3では分子軌道的な電子構造が形成されていることを明らかにしている。 最後の第6章では本研究で得られた新しい実験結果からペロブスカイト型Co酸化物の電子構造についての知見を要約している。 以上、各章について本論文で記述されている新しい知見について解説した。本論文は実験結果及びその解析について極めて詳細に記述されており、学位論文として十分な水準にあることが審査員全員によって認められ、博士論文として合格であると判定された。尚、本論文の主な部分は既に公表されているが、それらの論文の第一著者は全て本論文提出者となっていることから、論文提出者の寄与が十分と判断された。また、共著者からは既に公表された論文の一部を学位論文とする同意書が提出されている。 |