本論文は5章より成り、第1章は序論、第2章は実験方法、第3章は結果及び解析、第4章は考察、第5章は結論である。 C60を初めとする、炭素原子からなるカゴ状の分子であるフラーレンは近年発見された一連の興味深い分子であり、特に、金属原子を炭素ケージの中にもつ金属内包フラーレンについては、内包していることの確認、その分子構造、結晶構造の解明とそれらの中空フラーレンとの違い、ドープされた電子に由来する物性などに興味がもたれている。本研究はLaを内包するC82(記号La@C82)についてこれらの点を明かにすることを目的としている。 これまでの研究により以下のことが知られている。フラーレンにはC60、C70、C70、C82、…などがあり、C60の分子は高い対称性Ihをもち、その結晶は高温ではfcc構造で分子は自由回転しており、低温では分子回転が凍結したsc構造をとる。C70、C76分子はそれぞれD5h、D2の対称性をもち、結晶中での分子は高温で自由回転、低温で回転凍結、中間温度領域では一軸性の回転をしている。13C-NMR等によると、C82分子には、C2、C2V、C3Vの点群に属する3種の分子が生成比8:1:1で存在する。C2対称性の分子には3つの候補構造があるが、いずれも概略葉巻型の回転楕円体をなし、2回回転軸は長軸に垂直である。ケージ内に1原子の金属を内包するとして抽出されているものはほとんどがC82であり、大気中での安定性、EXAFS、理論計算などから金属が内包されていると考えられているが直接的な証拠は挙げられていない。 試料は溶媒を含まない粉末結晶で、10gという極微量である。構造の決定はKEKの放射光施設でX線回折によって行われた。広い温度範囲での構造を調べるため、He冷凍機あるいは高温炉がゴニオメータに取り付けられ、回折X線の検出には2次元検出器であるイメージングプレートが用いられた。 室温でのX線回折実験から、La@C82の結晶は一部が六方晶(a=11.11Å、c=18.35Å)で大部分は単位胞に4分子を含むfcc構造(a=15.78Å、空間群Fmm)であることが知られた。C2という低対称性分子からなる結晶が高い対称性を示すことから分子の配向が何等かの無秩序性を持っていることが結論された。 Laの位置およびケージの配向の無秩序性を具体的に解明するため、二段階の構造解析が行われた。第一段階のモデル計算では、C82配向とLa位置のモデルを網羅的に取り上げ、計算された回折線強度と測定との比較から、C82ケージを回転楕円体で置き替えた場合、その長軸は<111>軸方向を向き、等価な配向に関して無秩序に配置されており、ケージの大きさは、長半径4.60Å、短半径3.95Åと結論された。La位置は、ケージ中心から1.9Å離れた3点が候補として残った。 第二段階の構造解析は、測定された回折線強度から電子密度分布をフーリェ合成する方法で行われた。La原子の異常分散効果を利用して、LaのLIII吸収端近くの2つの波長での回折強度の差から全構造因子の位相が決定された。その結果、Laはケージ中心から<100>方向に1.9Å離れたケージ内の位置にあることが確認された。 結晶構造の温度依存性に関しては、以下のことが明かにされた。測定温度範囲11K〜573Kの全域において、fcc構造をとる。膨張係数は100〜180Kと480〜500Kの2箇所でピークをなし、これらによって配向状態の異なる3つの領域に分けられ、履歴はない。分子配向は高温領域では室温と同じであり、中温領域では長軸は平均として<111>軸方向を向くがばらつきの大きい状態、低温でがほとんど無秩序な状態となっている。これは中空の場合とは逆の温度依存性である。Laの位置は室温の場合とほとんど同じである。 電子物性測定のため、室温および低温でスピン帯磁率、吸収線幅およびg値の温度依存性がESRにより測定され、次のことが明らかにされた。80K以上では、スピン帯磁率、線幅は一定値を示し、金属状態と考えられる。80K以下では、温度降下とともにスピン帯磁率と線幅は増加し、g値は減少を示し、反強磁性的相関が強くなっていると考えられる。 以上述べたように、本論文は、懸案になっていた金属がケージに内包されていることの明確な証拠を提示するとともに、中空フラーレンの結晶構造との類似点と相違点を見いだし、内包金属とケージの間の大きな電気双極子能率が重要な役割を果たしていることを指摘した。さらに、この物質の電子物性についても新たな知見をもたらした。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |