学位論文要旨



No 112419
著者(漢字) 多賀,正敏
著者(英字)
著者(カナ) タガ,マサトシ
標題(和) ブラックホールを持つ銀河中心核の平衡形状と安定性
標題(洋) The Equilibrium Models and the Stability Analysis of Galactic Nuclei with Central Black Holes
報告番号 112419
報告番号 甲12419
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3199号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 教授 宮本,昌典
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 安藤,裕康
 国立天文台 教授 家,正則
内容要旨

 銀河中心核に非常に重いブラックホールが存在するらしいことは、かなり以前から指摘されてきたが、このことはHubble Space Telescopeや、地上からの高分解能撮像、分光観測によって実証されつつある。巨大ブラックホールの存在は、銀河中心核を構成している恒星系やガス円盤の運動によって推測されるが、その中に、面輝度のピークの位置が中心から外れているものや、2つあるもの(double nuclei)などが見つかっている。一般的に、このようなブラックホールおよび高密度恒星系からなる中心核は、力学的摩擦(dynamical friction)が有効に働き、非常に短い時間で銀河中心に落ち込んでいくと思われていた。

 それに対し、惑星系形成の理論において、中心星(YSO)の周りに存在するガスおよびダストの円盤は、中心星が中心からずれていく力学的不安定が存在する可能性があることが示されている。このような不安定が生じるためには、円盤の外側の境界が、内側から伝播してきた密度波を反射するような構造をしていることが必要であると考えられている。そのため、円盤がその周囲と滑らかにつながり、あまり波を反射しないような構造をしている場合、そのような不安定は起こりにくいと考えられている。

 これとは別に、安定な恒星系に振動が起こると、その振動は非常に長時間継続するらしいことが重力多体系の数値計算によって示されている。そのような研究の中には、中心核の移動が観測されているものもある。

 以上から、高密度恒星系の中心にブラックホールのような大質量の質点がある場合、その系が不安定、もしくは長時間安定振動を保つ可能性がある。このような現象が実際に起これば、銀河中心核の活動性にも影響を与えると思われる。以上の点を調べるため、二つの相補的研究を行った。

 まず、原始惑星系円盤の問題と同様に、銀河中心核の恒星系が比較的薄い円盤を構成していると仮定し、二次元の流体円盤の安定性のモードを準解析的に調べた。原始惑星系円盤の研究においては、円盤の形状は、中心と外縁に境界を持つ「ドーナツ型」を仮定しているが、銀河中心核の恒星系は観測上、そのような形状は仮定できない。我々は中心に質量密度のピークを持つ半径無限大の円盤を仮定し、中心の質点の位置の振動の効果を考慮して安定性を調べた。

 その結果、(1)中心の質点の質量が恒星系円盤の質量より小さく、かつ恒星系の速度分散が非常に小さい場合、あるいは(2)中心の質点の質量が恒星系の円盤の質量の1/10以下で、かつ円盤の回転がケプラー運動に近い場合、力学的な不安定が起こることが分かった。(1)の不安定は、通常のJeans不安定である。(2)の不安定は、円盤の質量が中心の質点の質量に比べてあまり大きくても小さくても起こらない。また、中心の質点の位置を固定した場合にはこのような不安定振動は起こらないことが分かった。これは、質点と円盤の間の相互作用がこの種の力学的不安定に対して大きな影響を及ぼしていることを示唆しており、Kepler rotation lawに近い回転則が不安定に対する重要な要素であることが示唆された。

 次に球対称な恒星系の安定性、および振動の様子を、重力多体系のシミュレーションで調べた。銀河中心核の観測では、恒星系の速度分散とともに、高速の回転も観測されている。そのため、大質量の質点を中心に持ち、回転のある恒星系のself-consistentな平衡形状を考える必要があるが、我々は拡張したLane-Emden方程式を数値的に解くことによって、Jeansの定理を満たす分布関数を得ることができた。この分布関数は、密度分布や回転などを決めるパラメータを持ち、それによってさまざまな中心核恒星系のモデルを作ることができる。このような分布関数から恒星系の初期状態を決定し、シミュレーションを行った。

 その結果、モデルによっては、質点が中心から大きく外れて振動するものが観測された。そのようなモデルについて粒子数を変えて計算をしてみたところ、初期の振幅や成長率にはかなりの差があったが、最終的な振動の振幅はほぼ同じになった。したがって、粒子数が少ないために生じるノイズのみがこの振動の原因になっているのではなく、モデルの性質によって振幅がきまっているものと思われる。中心から外れた質点は、恒星系と同じ方向への回転を始めるが、その回転速度は振幅が成長するにもかかわらずほぼ一定のままであった。これは質点が線形の安定性解析を行なった際に現れるパターンスピードにのって回転していることを示唆していると思われる。さらにこれを確かめるため、恒星系の密度分布の半径を2倍にしてみると、振動の振幅もそれにほぼ比例して大きくなった。中心質点の回転速度を不安定振動のパターンスピードであると考えると、corotation radiusはほぼ倍になり、結果として質点の振動の振幅もそれに比例して大きくなると思われるから、矛盾しない。以上の点から中心の質点の振動は、線形解析の場合と同様に、恒星系との相互作用による不安定振動である可能性が高い。しかしながら、確定的な結論を得るためには、より高い分解能のシミュレーションを行なうことが不可欠である。

 以上の二つの解析は、銀河中心核に存在するブラックホールが中心からspiral outし、さらにそれによる振動がかなり長時間持続する可能性があることを示した。このような現象は、回転曲線や恒星系の中心集中度などによって決まる。現在のところ、回転曲線、表面輝度度分布などを十分な分解能で観測できている例はごくわずかである。そのため、以上のような現象が実際に起きているかどうか確定的なことは言えないが、このような振動現象はブラックホールやその周囲の恒星系の力学的成長によって引き起こされる可能性は高い。現在のアンドロメダ銀河中心部に見られる特異構造については、この現象では説明できない面があるが、同様の現象は、外からの力学的摂動などによっても引き起こされる可能性が高い。おとめ座銀河団中の楕円銀河NGC4486Bなども、double peaksを持っているが、M87からの定常的なtidal effectによって引き起こされている可能性がある。さらに、この種の振動が長時間続くとすると、-10pc程度まで落ちてきた星間ガスをさらに中心核内部まで落とす有効なメカニズムになる可能性がある。

図1:銀河中心核の大質量の質点の位置の振動。上からx、y、z軸に沿った振動。
審査要旨

 本論文は、近年の高空間分解能観測により複数の近傍銀河の中心核領域に発見された非対称な構造の起源に関連して、巨大ブラックホールを持つ銀河中心領域の恒星系の動力学的不安定性による理論的説明を試みた論文である。

 近年、アンドロメダ銀河M31の中心核領域の分光撮像観測により、M31の中心核が大小2つの輝度極大領域を持ち、明るいほうの輝度極大の領域と恒星系の速度分散極大の領域が、周辺の恒星系の分布から決まる銀河中心位置に対して対称に反対側にずれていることが発見された。アンドロメダ銀河では中心核領域の回転速度曲線が、質点に対するr-1/2のケプラー回転則よりもさらに急激な変化をするという驚くべき事実も確認され、このような一見不自然な構造の起源について理論的な関心が高まっている。さらに、この現象と関連を持つ可能性のあるものとして、おとめ座銀河団の楕円銀河NGC4486の中心核がM31と似た2つの輝度ピークを持つことなどが指摘されている。

 一方、銀河中心核に巨大ブラックホールが存在する可能性については、これまでにさまざまな状況証拠が挙げられてきたが、電波干渉計によるNGC4258の水メーザー源の運動の測定から、この銀河の中心には巨大ブラックホールが存在することが確実になった。また、原始惑星系円盤に関する理論的研究からは、中心星が周辺円盤の中心位置からずれる、回転方向のフーリエ周波数m=1の振動現象が起きうることが示されている。これは、銀河中心核でも同様な現象が起きる可能性があることを示唆していると考えられる。

 論文提出者はこれらの研究を踏まえて、巨大ブラックホールあるいは稠密な恒星集団(以下簡単のためにブラックホールと呼ぶ)を含む恒星系の力学的安定性を解析することにより、ブラックホールの位置の振動現象として、観測される銀河中心域の非対称構造を説明する可能性を探った。

 まず、論文提出者は巨大ブラックホールが存在する銀河中心領域の力学平衡系の解系列を、円盤状流体系の場合と球対称恒星系の場合について、ブラックホールと恒星系の自己重力を方程式系に組み込んで、構築した。ブラックホールの扱いは、特異点回避のために通常用いられるソフニング重力ポテンシャルの導入によった。球対称恒星系は中心に質点を持つレーン・エムデン方程式の解をもとめた。このような力学平衡にある恒星分布関数解の導出自体が新しい成果の一つである。さらに、球対称な密度分布を保持したまま、分布関数の一定割合に相当する恒星の軌道を逆回転させることにより、全体としての回転を有する球対称恒星系を構築した。

 続いて、論文提出者はこのような力学平衡解の安定性について円盤状流体系については、準解析的手法を用い、また球対称恒星系についてはN体問題を数値的に解くことにより調べた。その結果、ブラックホールの質量が周辺恒星系の質量に対して1-10%の範囲にあり、速度分散が比較的大きく、ケプラー回転則に近い状態にある恒星系には、ブラックホールの位置摂動が増幅される現象が起こる場合があることを発見した。このような恒星系は自己重力的には安定であるが、恒星系分布に内在するゆらぎを種として発生するブラックホールの位置摂動が周辺恒星系の密度揺らぎとカップルすると、恒星系内のm=1の振動モードが自励増幅し、ブラックホールが系の中心から大きく外れるような構造が発生する。この現象を論文提出者は自己重力円盤状ガス系の場合について確かめ、また自己重力球対称恒星系でも同様な現象が起きる可能性を示した。

 このような現象は活動銀河中心核のブラックホールへのガス供給のための角運動量輸送機構としても効く可能性があり、今後、HST、地上の大型光学/赤外望遠鏡、あるいはサブミリ/ミリ波による高分解能観測によるこの現象の観測的検証の可能性が示唆される。

 ブラックホールを有する銀河中心核に対するこの種の研究は前例が無く、論文提出者の独創的発想のもとに展開されたものである。従来、銀河の振動の研究では見逃されてきたm=1の振動の自励の可能性を具体的に示したことにより、本研究は銀河中心領域の動力学的振舞いについて新しい知見をもたらしたものであることを審査委員会一同が確認した。

 よって学位審査委員会は本論文を博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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