宇宙は星を最小単位とし、順次銀河・銀河群・銀河団へと発展する階層構造を成している。殊にこの10年間のX線観測の進歩により、楕円銀河・銀河群・銀河団の各階層はそれぞれ鉄を始めとする多量の重元素を含んだ高温ガスに覆われていることが今や明確な描像となった。本研究ではこの銀河団ガス中の重元素の起源を明らかにすることによって銀河団そして銀河群が星・銀河からどのような影響を受けて進化したかを考察する。隣接する階層の進化における関連性、類似性を調べることは、これらの進化の統一的な理解へ向けた足掛かりとなろう。
1.銀河団ガスの鉄の起源 銀河団ガス中の鉄の総質量と銀河の総光度比(以下,IMLR)が銀河団の規模に関わらずほぼ一定であることから,銀河団ガスの鉄は銀河団銀河である楕円銀河によって合成され,銀河外に放出されたものと考えられる。楕円銀河で合成された鉄は銀河自身を汚染し,進化の最終段階においては星間ガス中の鉄の大半は銀河外に放出されるが,一部は銀河のハローとして留まるであろう。このような銀河-銀河団における鉄の循環を考慮することによって銀河団ガス中の鉄の起源を探る。観測的制限としてIMLRに加え,以下で得られた新しい観測的事実を考慮に入れる。
1)楕円銀河の質量-金属量関係:楕円銀河の星の金属量はこれまで太陽の約2倍という高い値をとるとみなされてきた。しかし一方,X線観測によって楕円銀河のハローに低い金属量-太陽の約半分-という矛盾した値が与えられ,再検討が余儀なくされた。従来,楕円銀河の星の金属量は銀河の中心における値に代表されるとみなされてきたが,近年の詳細な観測から銀河内に強い金属量勾配があることが認められた。そこで,金属量勾配のデータを基に楕円銀河の星の平均金属量を求めた結果,これまでの値の約半分である太陽と同程度の金属量が得られた。このデータを基に得られた楕円銀河の質量-金属量関係からは楕円銀河の色-等級関係と同様に,規模の大きい楕円銀河ほど金属量が高いという性質が明確に示されている。
2)銀河団ガスの相対金属量[/Fe]:II型超新星爆発(SNII)は主に-元素を合成し,低中質量星の連星系から発生するIa型超新星(SNIa)の生成物の大半は鉄である。すなわち,相対組成比はSNIaとSNIIの相対的な寄与を直接に表す。最近,X線天文衛星ASCAの最新の観測によって,銀河団ガスに高い相対組成比[/Fe]が与えられ,銀河団ガスの鉄の起原は主にSNIIにあると提案された。しかし,この時使用された太陽の元素組成のデータは太陽の光球から見積もられたものであった。一般的に理論的予測に使用される隕石を基にした太陽の元素組成と光球による元素組成はほとんどの元素については一致しているが,鉄についてのみ大きく矛盾することが知られている。そこで,ASCAデータを隕石による太陽元素組成を用いて見積もり直した結果,[/Fe]の値は0.16dex下がり,銀河団ガス中の鉄の少なくとも半分はSNIaによって合成されたものであることが示された。
以上1)2)で得られた新しい観測値と既存のIMLRを用いて,銀河団の鉄の起源を調べる。楕円銀河の進化は銀河風モデルに基づいて以下のように考える:形成期の楕円銀河では大量のSNIIが発生し,上昇したガスの熱エネルギーが束縛エネルギーを上回るとa)銀河風が起こり,SNII生成物を含んだガスを銀河外に放出する。ガスを失った楕円銀河では星形成はその後停止し,銀河内の低中質量星からのb)質量放出が,また一部の連星系からはc)SNIaを発生する。(a)-(c)の過程によるガスと重元素の放出量を様々な初期質量関数(傾きx=0.85-1.35)とIa型超新星発生率を決定する連星系形成率b(銀河系ディスクにおける値の1/4-1倍)を持つ109-2・1012の銀河について求めた。銀河団の光度関数に従って放出量を積分すれば,銀河団ガス中の各重元素の質量が得られる。
銀河風モデルでは質量-金属量関係は銀河風発生時刻の違いによって説明される。すなわち大質量の銀河はガスの束縛エネルギーが大きいため銀河風発生時刻が遅くなり,より進化が進む。さらに星の金属量によって楕円銀河の鉄の形成効率が決定される。銀河風モデルを用いて解析した結果,質量-金属量関係は初期質量関数の傾きがx=1.10±0.1の楕円銀河で説明されることが得られた。
IMLRは単位光度あたりの銀河からの鉄の放出量を表す。星の質量放出やSNIa生成物の銀河外への放出機構は不確定であるので,銀河団ガスが銀河風のみで汚染された場合と,さらにSNIaと質量放出が関わった場合とについてそれぞれ鉄の生成効率と初期質量関数の傾きとの関係を求めた(図2)。図に示す通り,IMLRの観測値を銀河風のみで説明するには,銀河の鉄の生成効率を上げることが必要となり(すなわち,x=0.9)楕円銀河の星の金属量との矛盾が生じる。質量-金属量関係を再現し得る範囲内ではII型超新星に加えてIa型超新星による鉄が不可欠となり,鉄の生成効率はxとbの組み合わせが(x,b)=(1.15-1.20,),(1.05-1.20,/2),(1.00-1.15,/4)で説明される(図1)。
さらに銀河団ガスの相対化学組成を考え合わせることによって,銀河団の鉄は初期質量関数の傾きがx〜1.1,連星系形成率b〜/2の楕円銀河でのみ説明されることが示された(図2)。この場合,銀河団ガスの鉄の約60%がSNIa,約40%がSNII起源である。楕円銀河は合成した鉄の約50%を星内に取り込み,残りの大半を銀河外に放出する。ハロー内に留まる鉄は10%未満である。
楕円銀河の連星系形成率はX線連星の観測によって確認することができる銀河の硬X線成分は主にX線連星によると考えられているが,これまでは単位B-光度あたりの硬X線光度が楕円銀河と渦状銀河で違いが見られないことから,X線連星の存在比,更に連星系形成率は銀河の形態によらず一定とされてきた。しかし,単位B-光度あたりの星の質量は楕円銀河の方が渦状銀河よりも大きい。これに着目し,単位質量当たりの硬X線光度について調べた結果,楕円銀河におけるX線連星の存在比は渦状銀河の約1/2であることが示された。これらは化学進化の議論から得られた楕円銀河の連星系形成率を支持する。
2.銀河-銀河群-銀河団系列 従来銀河群は小規模の銀河団とみなされ,その進化は同様に考えられてきた。またX線観測のデータが集約されると,銀河団のガスの存在比,従ってバリオンの存在比は銀河団の規模とともに増大し,金属量は減少するという傾向が指摘された。銀河団が銀河群の衝突・合体と原始ガスの降着から形成されるという仮説に基づいてこの傾向を説明することが試みられたが,自己相似的な成長過程ではガスのみを効率良く増大させることは困難であった。一方,非常に小規模の銀河群(NGC2300)で極端に低いIMLRが見積もられ,大規模な銀河団のように銀河から放出された鉄が必ずしも系内に保持されていないという可能性も議論された。
そこでこのような銀河群の形成過程を考察するために最新の銀河群の観測データとこれまでの銀河団・楕円銀河の観測量とを比較検討した結果,全く新しい描像が得られた。すなわち,銀河団のガスの銀河に対する質量比は大規模なものではほぼ一定の値をとるが,重力質量が4-71013以下の銀河群では規模が小さくなるにつれ急激にガスの質量比が減少する。同様にIMLRも同じ臨界質量以下では急激な減少を見せる。楕円銀河・銀河群・銀河団は一つの系列上に分布し,銀河群は閉じた系で進化する銀河団と銀河風を起こす楕円銀河の中間に位置する。そこで,銀河群の進化について以下のような仮説を提案する:規模の小さい銀河群ではガスの束縛エネルギーが小さいため,内部の銀河からの銀河風によって「銀河群風」が引き起こされ,ガスの一部が放出される。
銀河群ガスの1次元流体力学モデルを構築し,この仮説の検討を行う。銀河・ダークマターの分布は銀河群の観測的性質基づいて,銀河の総光度(LB=51010-51011),質量-光度比(M/LV=70-150/),分布のコア半径比によって与えられる。熱エネルギー源としてSNII及びSNIaが考慮される。
その結果,1)銀河群風発生の効率はダークマターの分布の違いにはほとんど影響されないが,2)ダークマターの総質量,及び初期のガスの質量比には依存する。しかし,3)より大きい銀河群では何れの場合でも銀河群風発生効率はほとんど影響されず,より小さい銀河群ではわずかな銀河・ダークマター・ガスの初期質量比の違いが最終的に大きく影響する。すなわち,銀河の形成効率がわずかに高ければ最終的なガスの存在比は非常に低くなる。たとえ銀河団・銀河群の形成時にバリオンの存在比が一定という自然な仮説が成立する場合でもわずかな銀河の形成効率のばらつきによって銀河群のガスの質量比と重力質量の関係,及びその分散は説明される(図3)。また,もしも銀河団が銀河群の合体によって形成されるならば,その際に一度銀河風によって放出されたガスが再降着する必要が生じる。
図1:初期質量関数の傾きxとIMLRの関係破線は銀河団ガスが銀河風のみで汚染された場合。実線は銀河風+SNIa。連星系形成率bの値は図中に付記。点線は観測値IMLR=0.01-0.02/を示す。図2:初期質量関数の傾きxと銀河団ガスの[Si/Fe]の関係破線、実線は図2と同様。点線はASCA SISの観測値の平均値図3:モデルから予測される現在の銀河群のガスと銀河の質量比と重力質量の関係特に黒丸は初期のバリオンの存在比が一定のモデル