学位論文要旨



No 112421
著者(漢字) 伊藤,信成
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ノブナリ
標題(和) 可視・近赤外線観測を基にした楕円銀河からSb型銀河までのバルジおよびディスク成分の性質の研究
標題(洋) Bulge and disk properties of E-Sb galaxies with optical and near-infrared color
報告番号 112421
報告番号 甲12421
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3201号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 有本,信雄
 国立天文台 教授 石黒,正人
 東北大学 助教授 市川,隆
 国立天文台 教授 宮本,昌典
 東京大学 教授 岡村,定矩
内容要旨

 渦巻銀河は中心部にありほぼ球状の構造を持つバルジ成分と薄く円盤状の構造を持つディスク成分の2つの大きな構造を持っている。このうちのバルジ成分に関してはその測光学的特徴が楕円銀河と類似していることから、バルジ構造の形成および時間進化に関して楕円銀河との関連性が議論されてきた。バルジの形成に関して理論的にはバルジが先に形成された後にディスク成分が形成されたとする説とディスク成分の方がバルジ成分よりも先に形成されたとする説の2つがある。どちらの説がより実際の銀河の状況に合っているか判断する方法として、バルジおよびディスクの各成分のカラーを比較する方法がある。これまで1つの観測バンドでバルジとディスクを分離する研究は行われているが多色でバルジ/ディスク分離を行い、多数の銀河に対しバルジ/ディスクのカラーを直接比較した研究はほとんどない。本研究では楕円銀河からSb型銀河までを観測し、渦巻銀河に対してはバルジ/ディスク分離を行って、各成分のカラーの比較、および構造パラメータとカラーの比較を行った。

 観測は木曽観測所の105cmシュミット望遠鏡に可視CCDカメラと近赤外線カメラを取り付けて、楕円銀河およびS0型からSb型までの銀河の計22銀河に対して行った。観測バンドはBVRCIJHの7バンドである(ただし近赤外線での観測は一部の銀河についてのみである)。近赤外線の観測に於いては、それまでに我々の観測に適した広視野の赤外線カメラが無かったことから、新たにカメラを開発し、赤外線カメラには無い18分角四方の非常に大きな視野さを持つ赤外線カメラを製作した。

 まずは銀河をバルジとディスクの2成分に分解し、それぞれの測光パラメータを比較する。この成分分解に関してこれまで用いられてきた手法は、銀河の表面輝度分布を等輝度楕円の組み合わせでフィットし2次元から1次元へ表面輝度を変換した後、この1次元の表面輝度分布をバルジとディスクに分解する方法であった。一般的にバルジの表面輝度はde Voucoukeurs則と呼ばれる輝度分布を示し、ディスク成分は指数関数則に従うことが知られているので、この分布の違いから2成分分離ができる。しかしこの方法では我々の観測銀河の様に非常に傾いたサンプルの場合には、バルジの影響が銀河面に対して垂直な方向で大きく、等楕円楕円フィットの際の形状パラメータに大きく影響する。その結果、最終的に得られる結果には系統的なバイアスがかかってしまうことが指摘されている。そこで我々は2次元の表面輝度分布を1次元に変換せず、直接2次元画像を成分分解する方法を採用した。この方法は計算が大量になることと、最適値の判断が難しいためこれまであまり行われていなかった。

 2次元データを用いる際のパラメータはバルジの有効半径(eff),有効表面輝度(eff),軸比(b/abulge),ディスクのスケール長(o),中心表面輝度(o),軸比(b/adisk)の6パラメータである。最終的に出来上がったプログラムに対しては、その性能を次の様な方法で評価した。まず各パラメータを実際の銀河で考えられるような範囲でランダムに選んでモデル銀河画像を作成する。その画像にはできるだけ実際の観測画像に近づくようにCCDの読みだし雑音やPoisson雑音成分を加え、その画像に対して成分分解を行う。このような方法を30のモデル銀河に対して行い、その結果、バルジの軸比を除く5パラメータに対しては入力値に対して系統的なずれはなく2%以内の精度で入力値と出力値は一致した。しかしバルジの軸比については系統的なずれはないものの、出力値は12%の精度にとどまた。

 以上のようにして作った成分分解プログラムを用い、銀河の成分分解を行い、そのパラメータを比較した。ディスクパラメータに関してはS0からSbまでのすべてのタイプに対しパラメータは連続的に分布し、タイプの間に有意な相違がないことを示している。またサンプル数は少ないものの弱いディスク成分が観測されている楕円銀河(disky E)のディスクパラメータもS0-Sb型のパラメータ分布とほとんど同じ位置を占めている。このことはdisky EからSbまでディスクは同じ形成過程をたどったことを示唆し、S0とSa以下の渦巻銀河、さらにはdisk E型までの連続性を示すものである。

 またバルジ成分のパラメータについてもS0からSbまで値は連続的に分布し、渦巻銀河のバルジ成分に銀河タイプの違いは無いことがわかる。またこの分布は楕円銀河のパラメータとも連続的につながっており、楕円銀河とバルジ成分の形成がほぼ同じ過程であることを示唆するものとなっている。

 次にバルジのカラーと他のパラメータとの関連を調べた。その結果、バルジのカラーは渦巻銀河のタイプに依らずほぼ一定であり、銀河の中心領域のバルジ/ディスク比にも依らないことがわかった。その一方で銀河の絶対等級あるいはバルジ自体の絶対等級との関連が明らかになった。バルジのカラーはバルジの絶対等級が小さくなるほど(バルジの質量が大きくなるほど)赤くなる傾向を示し、この傾向は(B-V)のような青いカラーで顕著である。これは楕円銀河で既に知られているカラー-等級関係と同一のものである。このからー-等級関係は銀河の形成過程に大きく関与しており、バルジでこの関係が確認されたことはバルジがディスク成分の不安定性から形成されたものではなく、楕円銀河と同じ過程(dissipative collapse model)で形成されたことを強く示唆するものである。さらに詳しくみると、バルジの等級に対するカラーの傾きは楕円銀河の場合に比べて急であり、Mv〜-16.5magに相当する明るさでは、同じ明るさの楕円銀河とほぼ同じカラーを示すが、Mv〜20.5magに相当する明るさでは同じ明るさの楕円銀河より(B-V)からーで0.1mag赤くなっている。これはダストによる赤化の効果ではない。この現象は年齢の違いによるものとも解釈できるが、そのような仮定に立つと軽いバルジは楕円銀河とほぼ同じ年齢であるが重いバルジは楕円銀河よりも年齢が古いことになる。また銀河の進化モデルによればカラーの変化は年齢が10Gyrを越えるとほとんど一定となることから、0.1magのカラーの違いを説明する為には(標準的な進化モデルを用いる限り)宇宙年齢以上の時間が必要となり実際とはあわない。したがって、金属量の違いによりバルジと楕円銀河の間の差異が生じたものと解釈できる。

 次にディスク成分のカラーと他のパラメータの関連を調べた。渦巻銀河はそのタイプにより顕著なカラーの違いを示す。このカラーの違いがディスクの構造と関連があるか、ディスクのスケール長、中心表面輝度、バルジ/ディスク比、銀河全体の絶対等級、ディスクのみの絶対等級の5パラメータに対してカラーとの比較を行った。その結果、ディスクのカラーはそれらのパラメータとほとんど相関が無いことがわかった。一方でこれまで知られているようにディスクのカラーは銀河タイプとは明らかな相関がある。一般に銀河のタイプはバルジ/ディスク比が1つの分類の指標となっているが、このバルジ/ディスク比がカラーと相関が無く、また同じ銀河タイプに分類されている銀河間でもばらつきが大きいことから、銀河全体のカラーが同じ銀河タイプであっても相当のばらつきを示す要因であることはバルジ/ディスク比のばらつきに依るものであることは明らかで、その点では構造的特徴による渦巻銀河の分類は適当ではない。また本研究のデータだけからはディスクのカラーの違いの原因と考えられる星生成率の違いの要因は分からない。

 最後に理論モデルと観測されたカラーの比較を行った。理論モデルは銀河進化の研究のみでなく観測的宇宙論の分野でも広く使われている。これらのモデルは近傍の銀河の観測結果をもとにして作られているが、これまではの観測はほとんどが銀河全体のカラーに関するものであった。本研究では各成分ごとに近赤外までのカラーが求まっているので、それぞれのカラーを2つのモデル(Arimoto and Jablonkaモデル,Wortheyモデル)と比較した。比較の結果、2モデルとも観測結果と誤差の範囲で一致した。ただし後者のモデルに関しては銀河のカラーを再現する際のパラメータを一意に決定出来ないことが、観測結果の比較の上からも示された。

 以上をまとめると、渦巻銀河のバルジは楕円銀河と強い関連を示し、両者がほぼ同じ形成過程をたどったことを強く示唆する結果が得られた。一方で、ディスクのカラーは構造パラメータとはほとんど相関がないことがわかった。また理論モデルとの比較ではバルジ/ディスクの各成分とも誤差の範囲で観測と理論は一致した。

審査要旨

 本論文は5章からなり、第1章は序論、第2章は本論文で用いられた近傍の銀河の表面輝度の測光方法、第3章は本論文で得られた銀河のバルジとディスク成分の様々な特徴、第4章はバルジの起源についての考察、第5章では結論が、各々述べられている。

 渦状銀河は中心部にありほぼ球状の構造を持つバルジ成分と、薄く円盤状の構造を持つディスク成分の二つの大きな構造を持っている。バルジについてはこれまでの研究から、構造的な特徴や運動学的特性、基準平面に占める位置などが非常に類似していることから、楕円銀河との関連性が議論されてきている。しかしながら、バルジの星の種族と楕円銀河の星の種族とが同一であるか否かについては、今日まで詳細な観測的研究が行われておらず、未解決のままであった。本論文は東京大学理学部木曾観測所の105cmシュミット望遠鏡を用いて近傍の渦状銀河を観測し、渦状銀河のバルジ成分についても楕円銀河と類似した色-等級関係が成立していることを初めて明確に示したものであり、学問的に優れた貢献をするものである。

 著者はまず木曾観測所の105cmシュミット望遠鏡に可視CCDカメラと近赤外線カメラを取付けて、近傍の楕円銀河及びS0型からSb型までの合計22銀河に対して、その表面輝度分布の観測を行った。その際に、広視野の赤外線カメラを独自に開発・製作している。このカメラの視野は18分角四方もあり、その大きさは世界的にみてもまだ例が少ない。次に著者は、観測で得られた二次元画像を独自の方法で、二次元画像のままでバルジとディスクの表面輝度成分に分解し、バルジについてはその有効半径、有効表面輝度、軸比を、またディスクについてはスケール長、中心表面輝度、軸比を同時に求めた。観測は可視域と近赤外域の計5バンドでなされ、バルジの色に対するディスクの光りの混入の補正、ディスクの色に対するバルジの光りの混入の補正を、著者の考案した方法で独自に行い、バルジとディスクの本来の色と等級を見積もることに成功している。

 このようにして著者は、バルジの色が渦状銀河の形態には依らないこと、銀河の中心領域のバルジとディスクの光度比にも依らないことを明らかにし、更に、バルジの絶対等級によってバルジの色が変わることを見いだした。バルジの色は可視域でも近赤外域でも、バルジの絶対等級が小さくなるほど、つまり質量が大きくなるほど、赤くなる傾向を示す。これは楕円銀河で既に知られている色-等級関係と類似のものである。色-等級関係は銀河の形成過程に大きく関与しており、バルジでこの関係が確認されたことはバルジが楕円銀河と同じ過程で形成されたことを強く示唆するものである。著者は更に、バルジの色-等級関係の方が楕円銀河のそれよりも系統的に赤いという指摘を行っている。しかし今回のサンプルは、近赤外での観測の容易さを考慮して傾斜角の大きい銀河が選択的に選ばれており、吸収の影響や、二次元画像の成分分解法の系統誤差の効果が十分明らかにされていない。これは今後の広範なサンプルによる確認が望まれる。

 一方、ディスクの色はスケール長、中心表面輝度、バルジ/ディスク比、銀河全体の絶対等級、ディスクのみの絶対等級とはほとんど関係のないことが明らかにされた。けれども、これまで知られているように、ディスクの色と渦状銀河の形態との間には明らかな相関が見られた。即ち、早期型の渦状銀河のディスクほど赤い色を示す。これは早期型の渦状銀河のディスクほど星生成率が系統的に高いことを示唆する。

 バルジの色-等級関係がディスクの諸特性とは無関係に成立しているという著者の研究結果は、バルジがディスクの形成に先立って形成されたことを意味しよう。また、バルジと楕円銀河に類似の色-等級関係が見られるということは、輝度分布構造のみならず、星の種族、金属量という面でも両者が強く類似していることを示し、ほぼ同じ形成過程(エネルギーの散逸を伴う原始銀河雲の重力崩壊)をたどったことを強く示唆するものである。一方、巨大楕円銀河とバルジの運動学的特性は異なっていることが知られており、本研究結果を踏まえて包括的な銀河形成理論を構築する必要がある。

 以上、本論文は現代天文学のメインテーマである「銀河形成と進化」に、渦状銀河のバルジと楕円銀河の星の種族の解明という着眼点から取り組んだものであり、その成果は、当該分野の今後の重要な一つの研究方向を明確に示したものである。また、本論文の研究成果は東京大学の木曾観測所の105cmシュミット望遠鏡の新たな可能性を開くものと評価できる。よって、本審査会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めるものである。

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