学位論文要旨



No 112422
著者(漢字) 岩本,弘一
著者(英字) Iwamoto,Koichi
著者(カナ) イワモト,コウイチ
標題(和) Ia型超新星の光度曲線モデル
標題(洋) Theoretical Light Curves for Type Ia Supernovae
報告番号 112422
報告番号 甲12422
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3202号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 釜江,常好
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 助教授 満田,和久
内容要旨

 Ia型超新星は天文学の他の分野においても重要な意味をもつ超新星の一つである。例えば、それは爆発の際に起こる元素合成によって大量の鉄類の元素を生成することから、宇宙におけるそれらの元素の起源として重要であると同時に、銀河・銀河団といったより大きな階層構造の化学的進化に大きな影響を与えるためそれらの形成過程を探る上でも重要である。また、Ia型超新星はその絶対光度が非常に大きくほぼ一様であることから、遠方の銀河の距離を測定するための標準光源として用いることができ、ハッブル定数などの宇宙論的パラメータの決定にも応用されている。超新星1987Aの出現以来この十年の間、観測技術の大きな進歩といくつかの超新星サーベイ計画の実施によって、可視をはじめ紫外・赤外における測光観測や分光観測のデータが多く蓄積されてきた。X線や線などの高エネルギー領域の観測も行なわれ、さまざまな波長域の観測結果からこれまで以上に詳しく超新星の理論モデルを検証することが可能になりつつある。特に大口径望遠鏡においてCCD(電荷結合素子)を用いて行なわれた観測のデータは質が高く、光度曲線やスペクトルの特徴が詳しく調べられるようになってきた。こうして得られた重要な事実の一つとして、これまでほぼ一様と思われてきたIa型超新星の極大光度やスペクトルの特徴には実はかなりばらつきがあり、Ia型超新星は距離決定にとって十分良い精度での標準光源とは言えないことが分かってきたことが挙げられる。

 Ia型超新星は次のような連星系に属する炭素と酸素からなる白色矮星モデルによって説明される。伴星から放出された水素やヘリウムの層を受け取って質量が次第に増加し中心の密度および温度が上昇することで核燃焼が始まる。核燃焼が電子の縮退した状況下で暴走することにより燃え広がり最終的に星全体が吹き飛んでしまうというものである。電子が縮退した冷たい星にはチャンドラセカール限界質量(約1.4太陽質量)という安定に存在しうる最大質量があるため、これまで信じられていたIa型超新星の一様性はこの限界質量付近で爆発が起こると考えることによって自然に説明されてきた。しかし、普通のIa型超新星に比べて数倍も明るいものやいくらか暗いものが発見されたことによって、この限界質量より小さい質量で核燃焼が始まって爆発に至る可能性や、伴星も白色矮星からなる連星系で重力波放出による角運動量損失によって2つの星が合体することで超新星爆発に至る可能性など(Iben&Tutukov 1984)、さまざまな以前からも提唱されていたシナリオがより現実味を帯びて議論されるようになった。

 伴星が主系列星や赤色巨星の場合の質量降着に伴う白色矮星の成長は、水素やヘリウムの降着率と白色矮星の初期の質量をパラメータとしNomoto(1982)によって詳しく調べられた。それによると、質量降着が比較的速い10-8-10-6yr-1の場合に白色矮星がチャンドラセカール質量まで成長してIa型超新星になり、10-9-10-8yr-1の場合にはヘリウム層の底で始まった核燃焼が最終的に中心での炭素燃焼に至るなどしてチャンドラセカール質量以下の質量でIa型超新星になりうる。一方、2つの白色矮星の合体の詳しい過程等は明らかになっていないが、連星系の初期の軌道周期や質量比などの分布とその後の進化に関する研究からこのシナリオから生じるIa型超新星は実際の観測を説明するのに十分な頻度で起こりうることが示唆されている。それぞれのシナリオに応じて元素合成の結果や超新星物質の膨張の速度が異なると予想され、光度曲線やスペクトルの情報から爆発した星の構造を推定し連星系進化のシナリオを探る手がかりを得ることができる。

 Ia型超新星の理論モデルの抱えるもう一つの問題として、核燃焼波の伝播の物理が十分に理解されていないことが挙げられる。燃焼波は熱伝導などによって亜音速で伝わるデフラグレーションと衝撃波加熱で燃焼が伝播していくデトネーションの2つの伝播モードが存在する。高温・高密度のもとで十分なエネルギー開放があればデトネーションの発生が可能であるが、はじめからデトネーションが発生すると星全体が短い時間のうちに燃焼して全ての層が核統計平衡(Nuclear Statistical Equilibrium)にまで達し鉄や放射性元素56Niになってしまうため、線スペクトルとして観測されているSiやCa,Mg,Sといった中程度の重さの元素が合成されない。これに対してデフラグレーションで燃焼が伝播する場合にはこの難点を回避できるが、白色矮星物質中でのデフラグレーションの速度は音速の1%程度と非常に遅いために十分に燃焼が広がる前に星が膨張して密度が下がるために燃焼が止まってしまう。このため、観測される光度を説明するのに十分な放射性元素も生成されず十分な爆発エネルギーも得られない。

 しかしながら、デフラグレーションの波面はさまざまな不安定性(レーリー・テーラー不安定やランダウ・ダリウス不安定などの流体力学的不安定をはじめ、核反応率の強い温度依存性による熱的不安定など)をもつために、巨視的な流体力学的混合や乱流混合によって燃焼波面の有効面積が増加し燃焼波が加速される可能性がある。こうした混合の効果を考慮したときのデフラグレーションの伝播速度を評価するために、現象論的な混合モデルや詳細な数値乱流モデルを用いて1次元あるいは多次元シミュレーションによる解析がなされているが、まだはっきりした解答は得られていない。これはレゾリューションの不足や数値計算手法上の困難というよりも、どの乱流モデルもその中に実験との比較によって決めるべき定数を含んでいることが原因の一つである。白色矮星の内部のような地上では実現不可能な極限的状態に対して乱流モデルのキャリブレーションを行なうことは難しいため、結局この核燃焼波の伝播メカニズムの問題についても観測から得られた情報を最大限に活かして解明していく以外に方法がない状況と言える。

 本研究はこうした状況をかんがみ、これまで提唱されてきた主なIa型超新星の理論モデルをとりあげ、マルチエネルギー・グリッドを用いた輻射輸送計算を行ない、期待される全放射光度および各測光バンドの光度を求めて観測との比較を試みた。図1はそのような計算例の一つである。この例は一定の吸収係数で近似した場合であるが散乱の比率を大きくすると観測のおおまかな特徴をよく再現できることが分かった。これはIa型超新星ではラインが散乱に大きく寄与するという事実を反映している。

図1:標準的なデフラグレーションモデルW7(Nomoto et al.1984)に対する理論的光度曲線(実線)とIa型超新星1989Bの観測(点)との比較。ともに下から順に、U,B,V,(Bolometric),R,I各バンドの絶対等級。縦軸は1等級ずつずらして表示。横軸は爆発後の日数。

 さらにデフラグレーションからデトネーションへの転換が起こる爆発モデルに対する計算結果から、チャンドラセカール質量に近い同じ質量の白色矮星を考えた場合でも転換がどこで起こるかによって最終的な放射性元素の合成量が変わり爆発の膨張速度も変化するため、光度曲線のばらつきをある程度説明できることが分かった。このことから、さらに多くのモデルの光度曲線を系統的に計算し観測と比較することにより転換の原因と考えられるデフラグレーションの不安定性の発生についての手がかりが得られるかも知れない。また、複数のバンドの光度曲線を同時にフィットする理論モデルを見つけることによって、他の距離指標に頼ることなくまたIa型超新星が標準光源であると仮定することもなくIa型超新星までの距離と星間吸収を決定することができる。この方法に従って、我々の計算で用いた吸収係数に対する取り扱いや局所熱平衡(Local Thermodynamic Equilibrium)の仮定の影響も議論した上で、いくつかの超新星までの距離を評価しハッブル定数の推定も試みた。

審査要旨

 超新星爆発は星の進化の最終段階における星自身の大爆発である。この中で、Ia型と分類される超新星は天文学の分野において次のような重要な意味をもつ。それは爆発の際に起こる元素合成によって大量の鉄類の元素を生成することから、宇宙におけるそれらの元素の起源として重要である。同時に、銀河・銀河団といったより大きな階層構造の化学的進化に大きな影響を与えるためそれらの形成過程を探る上で重要である。また、Ia型超新星はその絶対光度が超新星中で最も大きくほぼ一様であることから、遠方の銀河の距離を測定するための標準光源として用いることができ、ハッブル定数などの宇宙論的パラメータの決定に重要な役割を果たす。

 また、超新星1987Aの出現以来この十年の間、超新星に関する観測技術の大きな進歩と、いくつかの超新星サーベイ計画の実施によって、可視をはじめ紫外・赤外における測光観測や分光観測のデータが多く蓄積されてきた。特に大口径望遠鏡においてCCD(電荷結合素子)を用いて行なわれた観測のデータは質が高く、光度曲線やスペクトルの特徴が詳しく調べられるようになってきた。こうして得られた重要な事実の一つとして、これまでほぼ一様と思われてきたIa型超新星の極大光度やスペクトルの特徴にはある程度ばらつきがあり、Ia型超新星は完全な標準光源とは言えないことが分かってきた。

 このため、それまでIa型超新星の理論的モデルであった、チャンドラセカールの限界質量近くまで質量降着によって太って来た白色矮星の爆発モデルに代わって、それよりもかなり小さい質量で爆発する、サブチャンドラセカール質量モデルが提案される状況にある。

 本論文はこうした状況を背景にして、観測と爆発モデルをつなぐ重要な環である、各バンドごとの精密な光度曲線を、輻射輸送の新しい計算方法を開発することによって求めることに成功した。その結果、多色バンドの光度曲線を同時に比較することにより、各々のIa型超新星に対応する、不確定性の少ない理論モデルを決定し、さらにその超新星までの距離を他の仮定なしに独立に求めることに成功した。

 本論文は七章と補章よりなっている。第一章では、Ia超新星の基本的な性質とその理論的な爆発モデル、および進化モデルが紹介されており、第二章では、チャンドラセカール質量モデルの流体力学的な爆発モデルについて詳しく述べられている。第三章では、光学的に厚い中心部から、光学的に薄い外層部までを、統一的に解く輻射輸送の計算機コードを詳しく述べている。これは、本論文提出者が新しく開発したもので、ドップラー効果による光子のエネルギーのずれや、吸収のみでなく散乱の効果をも採り入れ、しかも時間発展も合わせて解くコードは世界的に見ても初めてのものである。第四章では、グレイ大気モデルに基づく単純化を行ったIa型超新星の光度曲線を求めている。これは、次の第五章において、本論文提出者の開発したコードを用いて計算した光度曲線と比較するためのものである。第五章では、モノクロマティックなライン、約百万本による吸収係数を、局所熱平衡を仮定することによって、本論文提出者自ら計算している。これは、超新星爆発殻の中での元素組成が場所ごとに変化するために必要なことである。これらの結果を、新しく開発したコードの中に組み込み、チャンドラセカール質量の超新星爆発モデルに適用し、U,B,V,Rの各バンド毎の光度曲線を計算している。第六章では、実際に観測されたIa型超新星の光度曲線と、本論文提出者の得た四色の光度曲線を比較することにより、各々の超新星までの距離を求めている。この結果を使って、比較的不確定性の小さい、ハッブル定数の決定に成功している。第七章では、本論文のまとめが述べられており、補章では、数値コードについての細かい解説が提示されている。

 要するに、本論文提出者は、Ia型超新星のチャンドラセカール質量モデルに基づき、ドップラー効果によるエネルギー変化と物質による散乱の効果を取り入れた輻射輸送計算の新しい計算法を開発し、全放射光度および各測光バンドごとの光度を求めて観測との比較を試み、超新星爆発モデルの精密な特定を可能にする道を開き、さらに、その結果を用いてIa型超新星までの距離を独立に、比較的正確に決定することを可能にした。これらのことは、Ia型超新星爆発モデルの解明に大きな寄与をしたのみでなく、Ia型超新星による宇宙論的な距離決定の精度を著しく高めた点で、天文学において重要な貢献をしたものと判断できる。したがって、申請者は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54560