学位論文要旨



No 112425
著者(漢字) 奥村,真一郎
著者(英字)
著者(カナ) オクムラ,シンイチロウ
標題(和) 大質量星形成領域W51における星形成活動の歴史
標題(洋) The Star Forming History on Massive Star Forming Region W51
報告番号 112425
報告番号 甲12425
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3205号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 教授 安藤,裕康
 国立天文台 助教授 山下,卓也
 国立天文台 助教授 小林,行泰
内容要旨

 大質量星は小質量星にくらべて進化が早く、数百万年のスケールでその寿命を終える。大質量星内部では重元素が生成され、進化段階の途中で起こるmass lossにより、また、進化の最終段階での超新星爆発により重元素を星間空間に放出する。そのため、大質量星の誕生と死は銀河の金属度の増加に大きく寄与していることになり、銀河の進化については大質量星の存在を抜きにして議論することはできない。

 また、大質量星は必ず巨大分子雲の内部で集団で形成される。したがって大質量星の形成過程を明らかにすることはすなわち分子雲全体における集団星形成活動について明らかにすることと同意であり、これは星形成の問題というより銀河系そのものの進化とかかわる問題である。この問題を解明することができればスターバースト銀河など爆発的星形成を伴う系外銀河の進化の研究に対しても大きな寄与を与えることになろう。

 では、巨大分子雲の内部で大質量星はどのような質量分布で、どのような場所に、またどのような過程で形成されるのであろうか。小中質量星のfield starsのIMF(Initial Mass Function)については可視光の観測から求められているが、field starには大質量星の割合が少なく、大質量星のIMFについて探るには若いcluster/associationについて考慮する必要がある。しかし、若い大質量星を含むclusterは分子雲の中に埋もれているので、可視光では比較的進化したclusterでなければ観測することができないことが多い。この場合大質量星はWolf-Rayet星や超新星にまで進化が至っていることもあり、進化トラックを仮定しても初期質量を推定するには困難を伴う。そのため大質量星のIMFについてはまだよく理解されていない。

 大質量星は分子雲の表面近くで形成されると言われてきた。ただし可視光では分子雲の奥に埋もれたHII領域は見えないという理由があり、この結論に対してはselection effectがかなり効いている。また、大質量星のサブグループが形成されるとまわりの分子雲に影響を及ぼし、次々と新しい大質量星の形成を促すと言われている。その結果大質量星の集団は分子雲の中で年代順に並ぶことになり、観測的にもこのような例はいくつか見つかっている。しかし、この議論は大質量星が分子雲の表面近くでまず形成される、という上記の仮定に大きく影響を受けている。実際、電波での観測からHII領域は分子雲の表面よりむしろ中心部に集中しているという報告もされている。分子雲の内部でどのような順で大質量星が誕生するのか、とりわけ最も最初に生まれる大質量星は分子雲の何処で生まれるのか、という問題は巨大分子雲における大質量星形成のメカニズムにかかわる問題である。

 以上のような動機に基づいて、巨大分子雲内部の星形成領域について赤外域で観測することは大質量星の形成過程について調べる上で非常に有用である。可視光より減光が少ないため分子雲の内部まで見ることができ、O型星がまだ主系列からそれほど離れていない生まれたてのpopulationについて議論することが可能となる。この場合、IMFに近いPDMF(Present Day Mass Function)が観測から直接得られ、若干の補正を加えるだけでIMFを導くことができる。また、分子雲内の様々な進化段階のHII領域を同時に観測することができ、分子雲における大質量星形成の履歴についての議論も可能となる。

 W51はこのように巨大分子雲に埋もれた大質量星形成領域の一つであり、Sagittarius spiral armの接線方向に位置する。全体は約1°角に拡がった電波源の複合体である。中心部のHII領域複合体G49.5-0.4はW51の中で最も明るいsourceである。G49.5-0.4はさらにいくつかの(コンパクト)HII領域に分かれ、大質量星が集団で形成されていることが電波観測によりすでに明らかとなっている。中心部にある特に明るい赤外線源のIRS1,IRS2の周囲90"×90"の範囲についてはすでに近赤外のデータも得られているが、G49.5-0.4の全体から見るとこれはごく一部の領域しかカバーしておらず、分子雲内での集団星形成に関する議論は行なわれていない。

 そこで、分子雲内部における大質量星の空間分布、質量分布、ならびに年齢を調べ、大質量星形成のトリガーについての議論を進展させることを目的としてW51の中心部G49.5-0.4の全領域をカバーする範囲について観測を行なった。

 観測は岡山天体物理観測所188cm鏡に取り付けるべくわれわれが開発した、近赤外多目的分光撮像装置(OASIS)を用いて行なった。この装置は共同利用赤外線観測装置であり、撮像観測、分光観測が可能な多機能の観測装置である。この装置の性能を最大限に発揮させるため、検出器であるNICMOS3の詳細な性能評価を行なった。特に、検出器の諸性能の温度依存を調べ、最適動作温度を決定するために3通りの検出器温度に対して測定を行なった。読み出しノイズは30e-、暗電流は検出器80Kで0.5e-/sであるが検出器の温度が上がると指数関数的に増加する。検出器のfull wellは温度80Kで1素子あたり約2×105e-であり、測定値がこの値の5割以下であれば入射光と出力値の間で±0.1%以内の線形性が保証される。量子効率は温度80Kの時Jバンドで47%、Hバンドで60%、Kバンドで70%という値である。ただし、温度依存があり、1K上昇(下降)すると値が約0.4%増加(減少)する。温度が高いほど感度が上がり、素子間の感度むらは少なくなる。この検出器の読み出し部分には一種の浮遊容量が存在し、その影響のため連続で読み出しを行なうと前回の画像が残像となって現われることがある。測定の結果、少なくとも3種類以上の異なる容量の浮遊容量が存在し、数十分程度の非常に長い時定数の成分があることを明らかにした。以上の測定結果から、観測時の最適動作温度は撮像観測時には80〜95K、分光観測時には80Kと判断した。温度変化があると感度が変動し、フラット画像に変動が生じるので観測時には±0.1K以内の温度安定性が要求される。また、残像の影響を減らすために露出の前に5〜6回以上の空読み出しを行なう必要があることを明らかにした。

 私はこの装置を用いてW51中心部G49.5-0.4について広域撮像、および分光観測を行なった。G49.5-0.4の全域をカバーする15’×15’の領域について撮像観測を行ない、J、H、K’バンドで測光を行ない各天体の等級を調べるとともに、Br輝線の狭帯域撮像観測を行なうことによりHII領域の形状、大きさを明らかにした。その結果約7000個の星と20個以上のHII領域を検出した。また、測光結果から選び出した約60個の天体に対してKバンドで分光観測を行ない、星の有効温度や星周の物理状態に対する情報を得た。

 得られた測光データから個々の天体に対する星間吸収量AVを見積り、その値を用いてforegroundの星との境界を決定した。またAVの大きさの違いによる星の空間的な分布の変化をBr輝線によるHII領域のイメージや電波で得られている分子雲マップと比較することにより、分子雲の濃い領域についてはbackgoundの星は含まれていないと判断し、backgroundの星が多数含まれている可能性のある領域については星間吸収の比較的大きい星について集中的に分光観測を行ない、その結果を用いてbackgroundの赤色巨星を除外することができた。このようにして、G49.5-0.4内部で形成されたと思われる約200個の天体を最終的に選び出した。

 この200個の天体について、それぞれの吸収量からJバンドでの絶対等級を推定し、それぞれの星の質量とスペクトル型を決定した。その際、HII領域を伴うO型星についてはHII領域のサイズから年齢を推定し、大質量星の進化トラックを考慮することにより補正を施して初期質量を求めた。こうして検出限界であるB2型よりearlyな星についてこの領域のIMFを求めることができた。B2からO7(10<M<30)の範囲についてはfield starについて求められているIMFの傾きとほぼ一致することがわかったが、O6より大質量の星の数に超過が見られることがわかった。(図1)

 G49.5-0.4にはHII領域のサイズから判断して大質量星形成が起こってから300万年程経っていると思われるサブグループが分子雲の銀経方向の両端に1つずつ存在する。これらの領域には1つずつ超巨星が見つかっており、これら超巨星の初期質量が60以上であったとするとHII領域の年齢と一致する。この2つの領域にはさまれるように別の2つのサブグループがあり、そのうちの1つには最も明るい赤外線源であるIRS1、IRS2が含まれる。またこの領域にはコンパクトHII領域が集団で存在しており、G49.5-0.4内で最も若い星形成領域であることが示唆される。今回G49.5-0.4内に見つかったO型星34個のうち23個がこの領域に集中しており、しかもこの領域では数十万年という短い間に10個以上ものO型星が形成される、という非常に激しい星形成活動が現在起こっている。

 現在最も活発に星形成が起こっているこの領域は分子雲の最も密な所のすぐそばにあり、現在の星形成の状況を見る限り分子雲の奥で大質量星が形成されるという議論を支持するように思える。しかし、分子雲の最も密な所からの距離とHII領域の年齢との関係を調べると良い相関が見られた。(図2)これは、分子雲の表面近くで最初の大質量星が形成され、時が経つとともに分子雲の内部に向かって星形成活動が進んで行ったことを意味する。たとえば200〜300万年前には現在超巨星がある2つの領域、つまり分子雲の表面付近で星形成が起こっていたはずである。以上より、分子雲内の何処で大質量星が生まれているか、という問題はその分子雲内での星形成の進化段階の違いにより変化し、最初の世代の星形成は分子雲の表面で、後の世代ほど分子雲の内部で星形成が起こるという結論を得た。

図1.G49.5-0.4における星の初期質量関数図2.HII領域の年齢とその励起星から分子雲中心までの距離との関係
審査要旨

 大質量星の形成は長く研究されてきたテーマであるが、これまでの研究は主に減光の受けやすい可視光で行われてきたために、寿命の短い大質量星が数多く埋もれている分子雲・HII領域複合体の研究を行うことができなかった。これに対し、赤外線による観測は星間ダストによる減光が小さいので、このような研究に適した手段であると考えられている。しかし、赤外線2次元検出器の開発の年限が浅いこともあり、これまでは分子雲・HII領域複合体全体にわたる赤外線観測自身があまりなされておらず、かつその解析も十分ではなく実際に初期質量関数等を求めてこれまでの可視光中心の研究と比較できるレベルのものはなかった。

 本論文では、申請者自らも開発に貢献した岡山天体物理観測所188cm望遠鏡の近赤外線分光測光装置を用いて我々の銀河系内で最も大質量の星が形成されている領域の一つである分子雲・HII領域複合体であるG49.5-0.4全体(W51の一部)をカバーする近赤外線観測を行い、赤外線観測をもとにした研究としては初めてこれまでの可視光での研究と比較できるレベルの解析を行い、赤外線観測の特徴である形成間もない大質量星の形成過程を捉え、初期質量関数や形成史について、以下に述べるような重要な結論を導き出した。

 撮像観測で得られたイメージにはG49.5-0.4領域に含まれる天体以外に数多くの前景星や背景星が含まれているので、まずこれらの天体を分離する手法が述べられている。本研究では距離の指標として減光量を用い、減光量の距離への対応づけはHII領域か超過赤外線放射を伴っていると期待できるO型星の候補天体を用いて行う手法を考案している。そして、その結果をB型星にまで応用し、約200天体をG49.5-0.4領域で形成された天体であると同定した。

 この形成領域の年齢ではこれらの天体のうちO型星の一部はすでに主系列星を離れていることを予想し、申請者は個々のO型星に付随するHII領域のサイズから年齢を推定し、Jバンドの絶対等級と合わせて、HR図上の位置から初期質量を推定する方法を提案している。この方法により、求められた初期質量関数は30太陽質量より軽い範囲では星野星から求められている"べき"=1.7と矛盾しないが、30太陽質量より重い範囲では超過が見られる。この現象が見られたのは系内天体では初めてのことである。G49.5-0.4領域はHII領域の分布等から銀河面に平行な4つの領域に分けることができるが、このうち領域3はO型星の半数以上を含み、初期質量関数の超過が他の領域と比較して並外れて大きい。

 また、O型星の形成時期を比較すると領域1、2、3の順に新しくなっていることから、申請者はこの順に生まれた星が次の星形成を誘発するというシーケンシャル星形成を提案している。さらに、領域3の星形成は領域2とは反対側に位置する領域4からの影響も受けて両側からの誘発により、銀河系内の他の領域ではほとんど見られないような初期質量関数の超過が起こっている可能性を示唆している。

 このように申請者は赤外線観測により大質量星の形成過程をその若い段階で捉えることに成功し、大質量星の集団としての星形成過程の理解に大きく貢献した。

 以上の理由により、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者にたいして博士(理学)の学位を授与できると認める。

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