学位論文要旨



No 112426
著者(漢字) 兒玉,忠恭
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,タダユキ
標題(和) 楕円銀河における最大規模な星形成期の決定
標題(洋) Epoch of Major Star Formation in Elliptical Galaxies
報告番号 112426
報告番号 甲12426
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3206号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 中田,好一
 東京大学 助教授 有本,信雄
 国立天文台 教授 唐牛,宏
内容要旨

 今日大望遠鏡(口径4-10m)と宇宙望遠鏡(HST)の時代を迎え、宇宙論的距離にある銀河の観測が精力的になされ、銀河の形成及び進化を直接調べることができるようになってきた。特に楕円銀河は、一般に明るく近傍から非常に遠方まで観測でき、また銀河団中に数多く存在することから様々な赤方偏移(z)の銀河団で統計的な議論が可能で、進化を時間の関数として直接探るのに適した天体である。本論文は、zが0から1に至る楕円銀河の最新観測データを独自に築いた銀河のスペクトル進化モデルを用いて解析することにより、楕円銀河を構成する星の形成期を同定し、楕円銀河形成の一般的な描像を構築することを目標とする。楕円銀河は渦巻銀河のバルジと併せて宇宙における最も基本的な天体であるが、それがいつ、どのようにして形成されたかは依然議論の分かれるところである。一つの考え方は、Larson(1974)によって提唱されて以来長く信じられている仮説で、宇宙誕生のかなり初期(今から百数十億年以上前)に原始銀河雲がエネルギーの散逸を伴いながら冷却収縮をし、その過程で星の生成が爆発的に起こって楕円銀河が誕生したというものである。これに対する仮説は、かなり広い年齢範囲(宇宙誕生から数十億年前まで)にわたってガスを豊富に持った銀河同士が衝突合体して楕円銀河になるというものである。これはコールドダークマター(CDM)シナリオに基づくダークマターハローの階層的凝集過程にそって理解される(Kauffmann,White&Guiderdoni1993、他)。この両者の仮説の間では、大部分の星がいつ形成されたかに決定的な違いがあることが予想される。そこで私は遠方楕円銀河の観測から得られる測光学的進化の情報を手がかりとして楕円銀河の星の平均年齢を調べることによって形成過程に制限を与えることにした。

 まず第一段階として、銀河のスペクトル進化を計算するコードを新たに構築した。銀河は様々な質量、年齢、重元素量をもった星の集合体であり、銀河のスペクトルはそれら様々な種族の星の光学的特性が合成されたものである。このコードは星の進化と星生成の材料となる銀河ガスの化学進化の理論に基づいている。既存の星の進化路は重元素量の低い側(Z0.002)が不十分であるのでその範囲の星の進化は独自に計算した。まずSSPと呼ばれる星団のように年齢と重元素量の揃った星系のスペクトルを合成し、銀河系と大小マゼラン雲の球状星団の色をよく再現することを確認した。そして銀河おける星生成史とそれにともなって起こる銀河ガスの化学進化に従って、様々な年齢と重元素量について計算したSSPモデルを単位として合成し、銀河のスペクトル進化を計算する。従来のこの種のモデルと比べて、星の晩期進化をより精密に採り入れていること、銀河における任意の星生成史に対して化学進化と整合的にスペクトル計算ができることが大きな特長である。またスペクトルを合成するので、あらゆる測光システムでの色指数が計算できる上、色指数に及ぼすスペクトルの赤方偏移の効果も正確に取り扱うことができる。

 遠方楕円銀河の進化を定量化するにあたり、私は色-等級関係(以下、CMRと略す)に着目した。絶対等級が暗い楕円銀河ほど色が青いという、近傍楕円銀河について良く確立した分散の小さな関係である。これは従来、銀河の年齢は一様に古く質量の小さな銀河ほど重元素量が少ないとする、いわゆる銀河風モデル(Arimoto&Yoshii1987、他)によってうまく説明されていた。しかし近年Worthey(1996)によって、合成スペクトル解析に内存する「年齢と重元素量の縮退」の問題が提示された。これは銀河の色やスペクトル指数の大半が年齢と重元素量に対してほとんど同じ依存性をもつためにその分離が極めて困難であるということである。事実、近傍の質量の比較的小さな楕円銀河に対してそのスペクトルから見積もられる年齢は、たかだか数十億年から宇宙年齢に匹敵する百数十億年までと実に様々である。このような縮退の状況下では、CMRの起源として、質量が小さい銀河ほど星の平均年齢が若いために色が青くなっているという解釈も可能である。この縮退を解くには、赤方偏移を遡ってCMRの変化を調べることが極めて有効である。なぜなら星の平均年齢の違いは、時間を遡るほど銀河の色、光度進化に大きな違いをもたらすからである。そこで、近傍のComa銀河団のCMRを再現するような楕円銀河の二つのモデル系列を、先に開発したスペクトル進化コードを用いて構築した。一つが楕円銀河の年齢を150億年と古い年齢に固定しCMRに沿って暗い銀河ほど星の平均重元素量を少なくした系列(a:重元素量系列)、他方が逆に平均重元素量をほぼ太陽組成に固定し、銀河の年齢を暗い側に向かって若くした系列(b:年齢系列)である。楕円銀河の星は数億年から十億年のタイムスケールで形成され、銀河風をもって星生成を終了するとする。このモデルでは銀河風の時間はパラメターとし、銀河の平均重元素量を調節する役割を持つ。次にそれぞれのモデル系列に対してCMRの進化を赤方偏移の関数として観測座標系で計算した。これを赤方偏移の異なる2個の遠方銀河団(A2390,A851)の測光観測データと比較した(図1)。(a)のモデルではzが大きくなるにつれてどの銀河もほぼ一様に色が赤くなり、CMRの勾配はほぼ一定に保たれることが分かった(図1左)。観測点はそれぞれのzに対応したCMRと良く一致する。一方(b)のモデルでは勾配が急になり、低質量側は明るく青い側に大きく折れ曲がりCMRが急速に破綻する(図1右)。例えばz=0.4では最早明るい方がら約1等級しかCMRが成立しない。この系列では質量の小さな銀河ほど若いので、年齢を遡った時に進化の効果が大きく現れるからである。しかし2個の銀河団ではいずれも明るい側から3から4等級の範囲に渡ってCMRが成立しており、(b)の系列の結果とは大きく食い違う。このようにCMRは星の平均年齢の違いに起因するものではなく、楕円銀河の質量依存性をつかさどる主要なパラメターは重元素量であることが結論された。また楕円銀河の年齢が一様に古いことも示唆される。

 そこで次に、CMRの進化を傾きとゼロ点に分けて定量化し、より詳細にモデルとの比較を行なった。そのためにHSTの最新データを中心に、zが0.3から1.2に及ぶ遠方銀河団9個の楕円銀河(S0を含む)の測光データを収集した。いずれの銀河団でも約3等級にわたってCMRが成立しており、その傾きとゼロ点を測定した。まず傾きの変化はいずれも微小で、一つの例外の銀河団(AC118)を除いて、楕円銀河の年齢を一様に古い(百億年以上)とした重元素量系列のモデルと観測誤差内でよく一致することを確認した。一方楕円銀河の形成期の情報を持つゼロ点の変化量であるが、HSTの測光観測のゼロ点の誤差が大きい(0.1等)ために年齢に強い制限を与えることはできなかったが、zが2より大きい形成時期を示唆している。zが1を越える銀河では10億年単位の年齢の違いが色に大きく現れるので、今後この領域で精密な測光観測をすることで形成時期をかなり特定することが可能である。

 次にこれとは全く独立に、3つの異なる方法(有効半径と光度の関係、光度関数、速度分散と光度の関係を近傍と遠方とで比較する)で定量的に見積もられる、銀河団とフィールドの楕円銀河の光度の進化量(0<z1)についてモデルとの比較を行ない、銀河の形成時期に制限を与えた。その結果やはり楕円銀河の古い年齢(百億年以上)を示唆する結果を得た。しかも銀河団でもフィールドでも同様の結果が得られることから、楕円銀河の年齢に及ぼす環境効果は小さいと考えられる。

図1:赤方偏移が0から1までの楕円銀河の色-等級関係の進化。実線と破線がモデルである。左図が重元素量系列(年齢15Gyrs)、右図が年齢系列(年齢15〜2.3Gyrs)に対応する。丸印がAbell 851(z=0.407)、三角印がAbell2390(z=0.228)の銀河団中のE/S0銀河の観測点。

 以上の色、光度の進化の議論から楕円銀河の星は一様に古く(百億年以上)、質量の違う銀河では平均重元素量が異なるという従来の考え方が正しいことを決定づけた。しかし、この結果は階層的構造形成論に従って数十億年前まで銀河の衝突合体によって楕円銀河が形成されるという仮説を排除するものではない。銀河相互作用によって力学的、形態的な進化は最近まで続いている銀河もあるであろう。しかしその時に生成されうる二次的な星の生成量は、ごく少量に限られるであろう。そこで最後に、これがどの程度まで許されるかを、同等の質量の楕円銀河の間での色の分散から制限を与えた。その結果、二次的な星生成量は過去30億年以内ではせいぜい質量比で10%以下であり、20億年以内ではたかだか数%に過ぎないことが分かった。いずれにせよ、大部分の星は百億年以上昔に形成されなければならないのである。この結論は、現在HSTやKeck望遠鏡の観測で報告されているようにzが2-3を越える超遠方に形成中の銀河が実際に見つかっている事実とも整合的である。

審査要旨

 銀河の形成及び進化の研究において宇宙論的な距離、すなわち時代をさかのぼった銀河の観測データを理論と比較することが重要である。この意味において楕円銀河は明るく,近傍から非常に遠方まで観測でき、また銀河団中に数多く存在することから様々な赤方偏移(z)において進化を時間の関数として直接探るのに適した天体である。本論文は、zが0から1に至る楕円銀河の最新観測データを,独自に築いた銀河のスペクトル進化モデルを用いて解析することにより、楕円銀河を構成する星の形成期を同定し、楕円銀河形成の一般的な描像を構築することを目標としている。

 楕円銀河は渦巻銀河のバルジと併せて宇宙における最も基本的な天体であるが、それがいつ、どのようにして形成されたかは依然議論の分かれるところである。

 一つの考え方は、宇宙誕生のかなり初期(今から百数十億年以上前)に原始銀河雲がエネルギーの散逸を伴いながら冷却収縮をし、その過程で星の生成が爆発的に起こって楕円銀河が誕生したというものである。

 これに対するもう1つの仮説は、かなり広い年齢範囲(宇宙誕生から数十億年前まで)にわたってガスを豊富に持った銀河同士が衝突合体して楕円銀河になるというものである。

 この両者の仮説の間では、大部分の星がいつ形成されたかに決定的な違いがあることが予想される。本論文では遠方楕円銀河の観測から得られる測光学的進化の情報を手がかりとして楕円銀河の星の平均年齢を調べることによって形成過程に制限を与えることを試みている。

 第1章は序章であり、上記のような研究の背景について述べている。

 第2章では、銀河のスペクトル進化を計算するコードを新たに構築した結果について述べている。

 銀河は様々な質量、年齢、重元素量をもった星の集合体であり、銀河のスペクトルはそれら様々な種族の星の光学的特性が合成されたものである。論文提出者が独自に開発したコードはこれらの星の進化と星生成の材料となる銀河ガスの化学進化の理論に基づいている。また既存の星の進化路は重元素量の低い側が不十分であるのでその範囲の星の進化は独自に計算している。従来のこの種のモデルと比べて、星の晩期進化をより精密に採り入れていること、銀河における任意の星生成史に対して化学進化と整合的にスペクトル計算ができていることが大きな特長である。またスペクトルを合成するので、あらゆる測光システムでの色指数が計算できる上、色指数に及ぼすスペクトルの赤方偏移の効果も正確に取り扱うことができ,従来の方法に比べて格段に精度のよい定量的な取り扱いが可能となっていることが特徴である。

 第3章では、遠方楕円銀河の進化を定量化するにあたり、色-等級関係(以下、CMRと略す)を導き、観測との比較およびモデルの検証の方法について述べている。

 絶対等級が暗い楕円銀河ほど色が青いという、近傍楕円銀河について良く確立した分散の小さな関係がある。これは従来、銀河の年齢は一様に古く質量の小さな銀河ほど重元素量が少ないとする、いわゆる銀河風モデル(Arimoto&Yoshii1987、他)によってうまく説明されていた。しかし近年合成スペクトル解析に内存する「年齢と重元素量の縮退」の問題が提示され、銀河の色やスペクトル指数の大半が年齢と重元素量に対してほとんど同じ依存性をもつためにその分離が極めて困難であるということがわかってきた。事実、近傍の質量の比較的小さな楕円銀河に対してそのスペクトルから見積もられる年齢は、数十億年から百数十億年までと分散した結果を与えている。このような縮退の状況下では、CMRの起源として、質量が小さい銀河ほど星の平均年齢が若いために色が青くなっているという解釈も可能である。著者は、この縮退を解くのに赤方偏移を遡ってCMRの変化を調べることが極めて有効であることに着目している。星の平均年齢の違いは、時間を遡るほど銀河の色、光度進化に大きな違いをもたらすからである。

 次に、このことを観測データと比較する目的で、楕円銀河について次の(a),(b)二つのモデル系列を、先に開発したスペクトル進化コードを用いて構築した。(a)楕円銀河の年齢を150億年と古い年齢に固定しCMRに沿って暗い銀河ほど星の平均重元素量を少なくした系列(重元素量系列):(b)逆に平均重元素量をほぼ太陽組成に固定し、銀河の年齢を暗い側に向かって若くした系列(年齢系列)である。

 楕円銀河の星は数億年から十億年のタイムスケールで形成され、銀河風をもって星生成を終了するとする。このモデルでは銀河風の時間はパラメターとし、銀河の平均重元素量を調節する役割を持つ。次にそれぞれのモデル系列に対してCMRの進化を赤方偏移の関数として観測座標系で計算し、赤方偏移の異なる2個の遠方銀河団の測光観測データと比較している。(a)のモデルではzが大きくなるにつれてどの銀河もほぼ一様に色が赤くなり、CMRの勾配はほぼ一定に保たれることが分かった。観測点はそれぞれのzに対応したCMRと良く一致する。一方(b)のモデルでは勾配が急になり、低質量側は明るく青い側に大きく折れ曲がりCMRが急速に破綻することがわかった。この系列では質量の小さな銀河ほど若いので、年齢を遡った時に進化の効果が大きく現れるからである。このように観測は(b)の系列の結果とは大きく食い違うことが示された。

 すなわちCMRは星の平均年齢の違いに起因するものではなく、主要なパラメターは重元素量であることが結論された。このことによりまた楕円銀河の年齢が一様に古いことも示唆される。

 第4章では、上記の方法に従ってCMRの進化を定量化し、より詳細にモデルとの比較を行なっている。

 そのためにハッブル宇宙望遠鏡(HST)の最新データを中心に、zが0.3から1.2に及ぶ遠方銀河団9個の楕円銀河の測光データを収集してモデルと比較することにより、楕円銀河の年齢を一様に古い(百億年以上)とした重元素量系列のモデルと観測誤差内でよく一致することを確認した。このことは、ほとんどの銀河団で楕円銀河は同一の形成過程に従って宇宙の初期に形成されることを示唆している。zが1を越える銀河では10億年単位の年齢の違いが色に大きく現れるので、今後この領域で精密な測光観測をすることで形成時期をかなり特定することが可能である。

 第5章では、色-光度関係とは全く独立に、3つの異なる方法(有効半径と光度の関係、光度関数、速度分散と光度の関係)で定量的に見積もられる銀河団とフィールドの楕円銀河の光度の進化量(0<z1)についてモデルとの比較を行ない、銀河の形成時期に制限を与えている。その結果やはり楕円銀河の古い年齢を示唆する結果を得た。しかも銀河団でもフィールドでも同様の結果が得られることから、楕円銀河の年齢に及ぼす環境効果は小さいと考えられる。

 第6章では、銀河進化に関連した銀河合体やスターバーストなどの活動現象が、進化モデルと上記の結果にどのような影響を与えるかを定量的に論じ、二次的な星生成量は過去20億年以内ではたかだか数パーセント以下に過ぎないことを示した。

 第7章では研究の結果をまとめている。

 すなわち、楕円銀河は一様に年齢が古いこと、銀河団同士でほとんど違いがないこと、環境効果が小さいこと、の3つの主要な結果である。これらの結果は楕円銀河と銀河団の形成論に強い制限を与えるものであり、銀河の形成と進化の研究に重要な展開を与えるものと評価される。さらに銀河同士の相互作用や合体は、楕円銀河の形成においてはあくまで二次的な現象であり、大部分の楕円銀河は宇宙誕生の初期に大規模な星生成を伴って形成されたことを強く示唆している。

 この研究によって示された結果および方法はまた、現在建築中の巨大望遠鏡や宇宙軌道望遠鏡によって得られる深宇宙における精密な銀河観測データとの比較にも極めて有効な手段となることが期待される。

 本研究は、有本助教授との共同研究であるが、コードの開発、進化モデルの構築、データとの比較などにおいて、論文提出者が主体となって行ったものであり、提出者の寄与が十分大きいことが明らかである。

 よって、審査員全員一致で博士(理学)の学位の授与にふさわしいものと認める。

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