筆者は野辺山ミリ波干渉計を用いて低質量原始星候補天体(太陽質量程度)の高密度ガスサーベイ観測を行った。そして、高密度ガスの分布と量に基づき、重力的に束縛された分子雲コアを伴う原始星が、双極分子流によってコアを散逸させ、重力的に切り放された状態へと進化する事を突き止めた。この結果によって、原始星の進化シナリオは、従来のものに比べ、物理的に明解になった。さらに、星の質量を決めているであろう質量降着現象の直接検出に成功した。
赤外線天文学の進展により、若い星の進化に関する研究が観測的に可能になった。そして太陽質量程度の星は分子雲コアに埋もれ、質量降着を行って成長していく原始星(赤外線源)から、周囲のガスを消失させたTタウリ型星へと進化が進むと考えられるようになった。ところが1993年に、赤外線でも認識できないほど分子雲深く埋もれた冷たい天体、サブミリ波天体が発見され、これまでの赤外線天体より若い早期原始星だろうと考えられた。しかしながら、両者の物理的相違は明確でなく、どの波長域で認識されるかは天体を取り巻く星周物質と観測者の幾何学的関係に大きく依存するため、赤外線天体、サブミリ波天体という区分を疑問視する研究者が少なくなかった。また原始星候補天体の星周物質探査も行われていたが、空間分解能や速度分解能が十分でなく、原始星の進化は深く追求されていない状況であった。
原始星は周囲の物質を降着させ、質量を増加させている星である。筆者がこの研究を開始した時点で、原始星の質量降着現象は間接的な証拠が集積されつつあったものの直接的証拠は後期原始星と考えられていたHL Tauの一例のみ確認されているだけであった。この質量降着現象は星の質量の決定という重要な問題に関わる物理過程なため、原始星段階の天体について系統的な探査が切望されていた。
・観測 質量降着現象の直接検出、原始星の進化を探求するため、筆者は近傍星形成領域の原始星候補天体の高密度ガス探査観測を野辺山ミリ波干渉計を用いて行った。この観測の特徴として
1)高密度ガスのみをトレースし、かつ分子雲コアの深部まで見通せる、光学的に薄いH13CO+輝線を使用した。
2)構造や運動を詳細に調べるために、空間分解能と速度分解能を従来の観測に比べ高く設定した。
3)系統的な探査を目的とするため、観測天体として赤外線天文衛星点源カタログから明るいものを9個選択した。なお選択した観測天体についてはCS(5-4)のスペクトル、サブミリ波の連続波の強度が得られている。またすでに質量降着が報告されているHL Tauを比較のため観測天体に追加した。
・結果と議論 HL Tauを加えた牡牛座領域の原始星候補天体9個のうち6天体で高密度領域をトレースするH13CO+ガスを有意に検出した。検出した天体について、H13CO+ガスの大きさや質量は2800-7400AU、1×10-3-0.27(1は太陽質量に相当)であった。
筆者は高密度ガスの質量は進化とともに減少すると考え、観測天体をH13CO+輝線強度に基づきクラスA(L1551-IRS5,L1551NE,L1527,IRAS04169)、クラスB(L1489,TMR1)、クラスC(TMC1A,IRAS04239,IRAS04113,HL Tau)の3つのグループに分類し、その物理的性質を調べた。なお、以下では便宜上、"parent cloud"を半径〜0.1pc、質量が〜2-3程度の分子雲コア、"envelope"を半径〜1000AU、質量を〜0.01-0.1の星周物質として使用する。
クラスA天体は強いH13CO+輝線伴う天体である。干渉計で検出したH13CO+ガスは双極分子流に垂直なディスク構造を持つことから、中心星に付随する高密度envelope起源と考えられる。例としてクラスA天体L1551-IRS5に付随するH13CO+ガスの分布を図に示した。この図から中心星を取り巻く高密度ガスがディスク状の分布をしているのが分かる。現在までの観測データによって、L1551-IRS5,L1527,IRAS04169については高密度分子雲コア(parent cloud)の中心とクラスA天体の位置が一致することがわかっている(L1551-NEについてはデータがない)。さらに、クラスAの全天体で、高密度ガスをトレースするCS(5-4)ガスの高速度成分が検出されている。クラスB天体はH13CO+輝線(高密度enve1ope)を伴うが、高密度ガスの質量はクラスA天体に比べて小さい天体である。またparent cloud中心とクラスB天体の位置にはずれが存在し、parent cloudの質量もクラスAと比べると少ないことが確認されている。ただし、クラスBの両天体ともCS(5-4)ガスの高速度成分が検出されている。クラスC天体はH13CO+輝線が有意に受からなかった天体である。これはもはや中心星を取り巻く高密度ガスがほとんどないことを示している。ただし13COでトレースできるような低密度envelopeはまだ星を取り巻いている。またクラスC天体はCS(5-4)ガスの高速度成分が検出されていない。
以上のようなクラス分けと観測事実から、原始星候補天体は以下のような進化段階を踏むと筆者は考えた。
分子雲コア(parent cloud)が重力的に不安定になり、中心で原始星が誕生する。原始星とparent cloudは重力的に束縛されている状態で、両者の位置が一致しているであろう。従って、この時期、多くの質量を持つparent cloudはガスを中心星に付随するenvelopeに供給する。さらにenvelopeから中心星へガスを供給し、中心星の質量が増加しているはずである。また高密度ガスの高速度成分の存在から、中心星の誕生と同時に起こるであろう双極分子流は星を取り巻くparent cloudの高密度部分を吹き飛ばし、散逸させていると考えられる(クラスA天体)。この過程が進み、大部分のparent cloudが散逸すると、parent cloudの質量は減少し、もはやparent cloudと中心星は重力的に束縛されない状態になる(星との位置もずれる)。こうなるとparent cloudからenvelopeへのガスの供給も終了するため、envelopeの高密度ガスも減少するであろう。中心星は付随するenvelopeからの質量降着のみを行っており、大部分の質量は降着し終えていると考えられる。ただしparent cloudの吹き飛ばし、散逸はこの段階でも続いているため、なお高密度ガスの高速度成分は存在しているであろう(クラスB天体)。さらにparent cloudをほぼ吹き飛ばし終わると中心星に付随するのは低密度のenvelopeのみであり、もはやenvelopeの高密度ガスや高密度ガスの高速度成分はない。この時期、中心星はほぼ最終的な質量に達しており、低密度envelopeから質量降着を起こしているに過ぎない(クラスC天体)。このenvelopeも散逸すると可視光域で認識される古典的Tタウリ型星へと進化する。
筆者はこの進化シナリオで原始星段階を重力的に束縛されたparent cloudを持つ段階から、中心星がparent cloudと重力的に切り離された段階へと進むということを観測データに基づき初めて提唱した。このparent cloudからの質量供給の停止過程は星の質量の決定という天文学的に重要な課題と密接な関係を持つため今後の進展が期待される。なおこれまでに提唱されている進化パラメータ(天体と観測者の幾何学的な関係にかなり依存する場合がある)に比べて、今回提案した分類は物理的な意味が明確であり、今後原始星候補天体の進化の研究に大きなインパクトをもたらすものであろう。
筆者はさらにクラスA天体のL1551-IRS5に着目し、詳細な速度構造を調べた。まず、図からわかるようにこの天体はこれまで知られている双極分子流に垂直なディスク構造を持つこと、光学的に薄く十分中心部まで見通していることから、図のH13CO+輝線は中心星を取り巻く高密度envelope起源のものであると筆者は考えた。このディスク状envelopeの半径、傾き、質量をそれぞれ2800AU、60°、0.27であった。
さらにこのディスク状envelopeの青方偏移成分(観測者に近づく成分)は星の西側に、赤方偏移成分(観測者から遠ざかる成分)は星の東側に付随していることがわかった。双極分子流の速度構造からenvelopeの西側はディスク構造の手前側で東側はディスク構造の向こう側であることがわかっている。すなわち観測者へ近づくガスはディスク状envelopeの向こう側に存在し、遠ざかるガスはディスク状envelopeの手前側に存在している。このことはディスク状envelopeが中心星に向かって落ちている、すなわち質量降着を起こしていることを示すものである。さらに青方成分は星の速度に対して、速度が増加するにつれてガスと星との距離が減少しているということもわかった。これは質量降着が自由落下である場合、中心星に近いガスほど高速に落ちていくという描像とよくあう。またenvelopeの回転運動も検出されたがこれもディスク状envelopeのを支えるほど顕著でないことから落下運動の存在を支持している。このように今回の観測で、原始星の初期段階で高密度ガスが中心星に向かって降着している様子を直接捕らえることに成功した。
図:原始星候補天体L1551-IRS 5方向のH13CO+輝線の積分強度図(ガスの柱密度に相当)。矢印は双極分子流の吹き出す方向を表している。等高線は1.5ごとに引いてあり、点線は負の値を示す。+は原始星の位置を表し、楕円は空間分解能を表している。