学位論文要旨



No 112428
著者(漢字) 高田,将郎
著者(英字)
著者(カナ) タカタ,マサオ
標題(和) 日震学に基づく太陽モデルの構築と太陽ニュートリノ問題の検討
標題(洋) Modeling of the sun based on helioseismology and investigation of the solar neutrino problem
報告番号 112428
報告番号 甲12428
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3208号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,洋二
 東京大学 助教授 柴橋,博資
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 助教授 中畑,雅行
 東北大学 教授 斎尾,英行
内容要旨

 太陽の内部構造は、天文学における大きな関心事の一つである。太陽の構造自体が興味の対象であるうえ、天文学の諸分野の研究は太陽で確認された事実を土台とするものが少なくないからである。また、物理学の応用という観点から言っても、太陽の内部状態には注目が集まるところである。

 太陽ニュートリノ問題は、1960年代にデービスらの実験で初めて明らかになった。星の内部構造論によれば、太陽のエネルギー源は中心核で起こっている水素の原子核反応であり、その過程でニュートリノが発生するものと考えられている。ところが、実際に検出される太陽からのニュートリノの発生量が、星の内部構造の理論に基づいて計算された太陽モデルから予想される値よりも少ないということがわかったのである。最近では、Kamiokande,GALLEX,SAGEといった複数の実験によってもニュートリノの不足が確認されており、太陽ニュートリノ問題はいよいよ深刻なものとなってきている。その解決案としては、大きく分けて、天体物理学の不備によるもの、素粒子物理学の不備によるものの二つが提唱されているが、両者とも決定的な証拠を見出せない状況である。そこで本論文では、前者の天体物理学の不備による可能性を日震学という新たな手段を用いて検討することを第一の目的とする。

 日震学は太陽で観測されている周期約5分の振動現象を用いて太陽内部の構造に関する情報を引き出そうというものである。これらの振動は数十万個の固有振動の重ねあわせと解釈されており、その振動数には太陽内部の構造の情報が含まれている。実際、太陽内部の音速分布や自転角速度分布といった量が固有振動数から推定できる。最近になって誤差の極めて小さな観測結果が得られるようになって、日震学による内部構造の決定精度は非常に高くなってきた。その結果、日震学の結果が太陽モデルに大きな制約を与えるようになった。すなわち、日震学の結果と矛盾する内部構造を持つモデルはもはや太陽モデルとしては不正確であると見なすことができる。

図1:太陽振動のデータから決定された太陽内部の音速分布。実線は最も確からしい値、破線は推定の誤差を表す。

 太陽振動についてはこれまでに多くの観測がなされているが、中でも最近になって得られたLOWLやGONG,SOHOの結果は、観測誤差の小ささから言って、画期的なものである。そこで本論文ではまずこれらの最新の観測結果に基づいて太陽内部の音速分布を決定した。漸近理論に基づく解析を行った結果、太陽中心からの距離が30%以内の領域では約1%、30%から90%の領域では約0.2%の精度で音速分布を決定することができた(図1)。

 次に、従来の太陽モデルを構築する方法について再検討してみる。これまでは、太陽モデルを構築する場合、星の進化理論に基づいた計算が行われてきた。この場合、太陽が誕生した当初は化学組成は星全体で一様であったと仮定し、以後の進化を追う。こうして得られたモデルは現在の太陽の年齢、光度、半径を再現するように決められており、標準太陽モデルと呼ばれている。しかしながら、標準太陽モデルの構築の際に導入された種々の仮定、とりわけ初期の化学組成の一様性や質量損失、混合、拡散の無視といった事柄については十分な証拠があるわけではない。さらに、実際の構築の手続きにはあらかじめ決められていないパラメータが含まれている。初期のヘリウムの組成と対流理論における混合距離である。前者は、ヘリウムが他の元素と異なり、直接に高い精度で観測から求めることのできない量であるために導入されている。一方後者は、対流の物理が十分に解明されていないことによる不定性である。

表1:日震学に基づく太陽モデルから予想されるニュートリノ発生率と実験値との比較。モデルの予言値の誤差は音速の決定精度に由来する。

 これに対して本論文では日震学の結果を直接に用いた太陽モデルを構築する。具体的には、日震学によって求まった音速分布と対流層の深さをモデルに対する新たな制約と見なす。その結果、太陽の対流層に関する取り扱いをすることなく、中心部を含む輻射層の構造を決定することができる。すなわち、従来星の構造の方程式を解く場合には星の表面で境界条件を与えてやる必要があったが、日震学に基づく太陽モデルの場合は対流層の底で以下の境界条件を与えることができるのである。第一は、光度が観測されている太陽光度に等しいというもので、対流層内部ではエネルギーが生成されないという仮定に基づいている。第二は対流に関する安定性が中立になっているという(Schwarzschildの判定条件で等号が成り立つ)条件である。第三は、化学組成が光球面で観測されている値と一致するというものである。このモデルの特筆すべき点は内部の音速が与えられているために、化学組成の分布が前提条件ではなくなり、構造を解いた答えとして決定されるということである。(但し、重元素の組成が太陽全体で一様であるという仮定は必要である)。星の各場所で、音速がわかると、熱力学的諸量(温度、密度、圧力、化学組成)と場所の情報が関連付けられるため、状態方程式とあわせて考慮すると、水素及びヘリウムの組成は独立変数ではなくなるという仕組みである。この結果、過去の太陽で起こった事柄についてのある種の仮定、例えば、拡散や混合、質量損失の不定性からは解放される。これは、太陽振動の情報が現在の太陽の姿を反映するということからの帰結である。

 このようにして、日震学に基づいて太陽の内部構造を計算した結果、以下の結論が得られた。

 1.日震学に基づく太陽モデルの予言するニュートリノの発生率は、実際の観測値を大きく上回っている(表1)。これらの値は、むしろ標準太陽モデルの予言値とほぼ一致する。原子核反応や音速の決定精度の不定性を全て考慮に入れてもなお、実験値を再現することは不可能であった。この結論は現在の原子核理論や吸収係数、状態方程式の根本的な変更、もしくは太陽が熱平衡、静水圧平衡からはるかに離れているというようなことがない限り、変わらないものと考えられる。すなわち、天体物理学の不備による太陽ニュートリノ問題の解決は困難であることが再確認された。

 2.日震学に基づく太陽モデルによって太陽内部の水素(およびヘリウム)の組成分布を決定することができた(図2)。その結果、中心部では星の進化論から予想される通り、水素が大きく減っていることがわかった。これは、太陽の進化の過程で実際に原子核反応が起こっていること、及び大規模な混合が起こっていないことの証拠とみなすことができる。さらに対流層の直下で水素がわずかに減少する傾向が見られる。これは軽い水素が浮かび上がる(あるいは重いヘリウムが沈む)という拡散の痕跡と解釈できる。しかしながら、この傾向は、対流層の深さや吸収係数の不定性によって弱まる場合もあり、拡散の確実な証拠と断定するためには今後のより詳細な解析が必要と考えられる。

図2:日震学に基づく太陽モデルによって決定された太陽内部の水素の組成の分布。実線は最も確からしい値、破線は推定された誤差を表す。
審査要旨

 日震学は太陽で観測されている振動現象を用いて太陽内部の構造に関する情報を引き出そうというものである。日震学によって太陽内部の音速分布をある程度の精度で決定出来るようになっている。本論文の第一の目的は、最新の太陽振動の観測結果に基づいて太陽内部の音速分布を精度良く決定し、それを拘束条件として、太陽の内部構造モデルを構築する事である。

 太陽のエネルギー源は中心核で起こっている水素の原子核反応であり、その過程でニュートリノが発生するものと考えられている。ところが、太陽からのニュートリノ・フラックスを実際に測ってみると、星の内部構造の理論に基づいて予想される値よりも少ない。天文学の諸々の基盤になっている太陽内部構造についての大きな矛盾だけに事は重大であり、太陽ニュートリノ問題と呼ばれる長年の懸案の問題となっている。その解決案としては、大きく分けて、天体物理学の不備によるとするものと、素粒子物理学の不備によるとするものの二つがあるが、いずれも決定的な証拠を見出せない状況である。本論文の第二の目的は、このうちの天体物理学の不備による可能性を、日震学という新たな手段を用いて検討することである。

 本論文は4章からなり、第1章は本研究全体の目的と動機を述べた序章、第2章は、太陽の固有振動数から太陽内部の音速分布を求める逆問題について述べた章、第3章はこうして求めた音速分布を拘束条件として太陽内部構造を決め、更に、ニュートリノ・フラックスを求める問題について述べた章、そして第4章が結論という構成になっている。

 本論文の第一の特徴は、太陽の固有振動数という観測データに基づいた太陽モデルを構築した点である。これまでは、太陽が誕生した当初の化学組成は星全体で一様であったと仮定し、星の進化理論に基づいた計算を行うのが常であった。こうして作られるモデルは、標準太陽モデルと呼ばれているが、現在の太陽の年齢で、太陽光度、太陽半径を再現するように不定のパラメータを選ぶ操作を必要としていたし、モデルの構築の際に導入される、太陽の進化の歴史に関する種々の仮定の妥当性については、必ずしも十分な証拠があるわけではなかった。本論文では、日震学によって求めた音速分布をモデルに対する新たな制約と見なす。星の構造の方程式を解く際に、音速分布を拘束条件として、太陽中心で光度及び質量がゼロ、太陽半径で太陽光度、太陽質量になるという境界条件を課すことにより、核反応に関係しない重元素の分布と組成比を仮定しさえすれば、解が一意に決定される。重元素の分布は一様であるとし、組成比は光球面で観測されているものと同じであるとしている。このモデルの特筆すべき点は内部の音速が与えられているために、水素とヘリウムの分布と組成比が、仮定ではなく、構造を解いた答として決定されるということである。この結果、太陽の進化の歴史に関する仮定を置く事なく、太陽内部構造モデルを構築する事に成功した。

 この方法によってモデルを構築するには、音速分布を高精度で決定する事が必要であったが、本論文では、漸近法を効果的に使ってこれに成功した。これが本論文の第二の特徴である。これまで、漸近法による音速分布の決定は、精度の点で、変分法に基づく方法に劣るとされていたが、本論文の成果は、それが事実でない事を示している。本論文では、誤差の評価を注意深く行い、太陽中心からの距離が30%以内の領域では約1%、30%から90%の領域では約0.2%の精度で音速分布を決定した。

 このようにして、日震学に基づく太陽の内部構造の決定の結果、本論文は以下の結論を得た。

 ・ 日震学に基づく太陽モデルによって太陽内部の水素及びヘリウムの組成分布を決定出来た。その結果、中心部では、水素が大きく減少していることがわかった。これは、太陽の進化の過程で実際に原子核反応が起こっていることの証拠とみなすことができる。さらに対流層の直下で水素がわずかに減少する傾向が見られる。これは拡散の痕跡と解釈できる。

 ・ 日震学に基づく太陽モデルの予言するニュートリノの発生率は、実際の観測値を大きく上回っている。原子核反応や音速の決定精度の不定性を全て考慮に入れてもなお、実験値を再現することは不可能であった。この結論は、現在の原子核理論や吸収係数、状態方程式の根本的な変更、もしくは太陽が熱平衡状態にないというような事がない限り、変わらないものと考えられる。すなわち、天体物理学の不備による太陽ニュートリノ問題の解決は困難である。

 以上述べたように、本論文は、観測に基づいて太陽の内部構造を決定し、ニュートリノ問題を検討するという新しい試みに成功し、天文学に新たな知見をもたらしたものと認められる。本論文は、共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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