学位論文要旨



No 112429
著者(漢字) 野澤,哲生
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,テツオ
標題(和) 一般相対論における非軸対称星の準定常状態
標題(洋) Quasi-Stationary States of Three Dimensional Stars in General Relativity
報告番号 112429
報告番号 甲12429
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3209号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 国立天文台 助教授 福島,登志夫
内容要旨 背景

 中性子星が重力波を出すシナリオは大きく分けて2通りある。1つは、軸対称だった中性子星が、連星のもう一方の星からの物質の降着などより角運動量をもらってスピンアップされ、回転に不安定性が生じて軸対称性が破れる場合。もう1つは、中性子星連星が合体するまでのプロセスである。特に後者は現実に観測可能な重力波の発生源として,多くの理論的,実験的研究が進められている。一般相対性理論によれば,中性子星連星のような、強い重力場をもつ星が高速で公転しているような系は重力波の放出によってエネルギーと角運動量を失い,しだいに公転半径が小さくなって,最終的には合体すると考えられている。こうした公転半径の減少はすでに観測例もある。合体が起きる頻度は,我々が観測しうるものとしては,年3回以上と見積もられている。合体の際に大量に放出される重力波を観測するための,LIGO,VIRGOなどの重力波干渉計の完成,運用開始も間近になっている。一方,放出される重力波の強さや形を予測する理論的研究も行われているが,依然,未解明の問題が多く残されている。Kidderらの研究(1993,1995)[1]により,合体前の中性子星連星の運動は,(1)円軌道に近い軌道でゆっくり公転半径が減少する過程,(2)そしてその後,急激に衝突,合体へと向かう極めてダイナミカルな現象,とに分けられると考えられている。(1)から(2)へ向かう最後の円軌道は最終安定軌道と呼ばれている。この軌道の半径や角速度を知ることは,その後の衝突を特徴づける点で非常に重要であり、現在の大きな課題の一つになっている。この状態を解析する手段として,ポストニュートン近似という摂動論的近似方法があるが,この近似法は,系の特徴的速度が光速cより十分小さく,かつ,比較的弱い重力場を扱う場合に有効である。中性子連星の公転運動を知る上で,星同士の距離が離れている場合はよい近似となるが、問題になっている最終安定軌道上の系は,中性子星内部の強い重力が系に与える影響を無視できず,十分な近似法とはいえない。この他の近似法としては,ポストニュートンの高次の近似方法である2次以上のポストニュートン近似,そして摂動論によらない,非摂動論的近似方法がある。前者は近似として有効と思われるが,数値的に極めて複雑で大規模な計算になる。一方,後者は比較的単純な取扱いながら,誤差評価法が確立されておらず得られた結果の正統性に疑問が残る。しかし、最近提出されたWilsonら[3]による非摂動的近似はこれまでのポストニュートン近似によるものとは異なる興味深い結果を与えている。本研究では,中性子星の内部重力の影響を十分取り入れる立場から,中性子連星系のような非軸対称系に適用するための独自の一般相対性理論の非摂動論的な近似法を開発し,それを用いて,ニュートン力学で知られている非軸対称な星が強い重力の元で存在できるかどうか、また、実際に中性子星連星系を計算し,最終安定軌道の、星の内部重力による依存性とその時の中性子星の内部状態も調べた。

方法

 我々の近似方法の概要は,次の通りである。まず,アプリオリに以下のような仮定をおく。

 a)星ないし連星の回転は,一様回転,すなわち遠方から見た物質の角速度が一定であるような系が存在すると仮定し,そのような系のみを扱う。

 b)a)の条件が成り立つ場合において,さらに,ある座標上の観測者からは系を含む時空が時間反転に対し対称に見える。すなわち,その座標系では時空は定常的である。

 c)b)のような座標系において,非軸対称な変形の主軸(例えば三軸不等星の長軸)と回転軸を含む空間的平面に対して計量は面対称である。物質および重力場の変数が対称であるような面が少なくとも一つ存在する。

 d)星内部物質の子午線環流はない。

 e)物質は完全流体として扱える。

 f)状態方程式はポリトロープとする。

 以上の仮定のうち,特にa),b)は,厳密には軸対称定常であるような系でしか成立しない。しかし,軸対称からの変形が小さい中性子星や、準円軌道にあるような中性子連星の場合,放出される重力波の反作用は非常に小さく,系の時間反転に対する非対称性も小さいと考えることができる。実際,摂動論的近似の適用対象はそのような系である。連星系の場合,a)が成り立つのは,公転と自転の周期が同期している系に限られる。

 以上の仮定より,時空の計量は以下の形まで簡単になる。

 

 ここで各,場の変数は,時間座標tを含まない。

 これに加えて,現段階では,上の計量において’という条件をつける。そうしたメトリックに対し,Einstein方程式は,重力場の変数,,,およびqについての楕円型の方程式と,物質項を含まない場の変数のみの方程式に分けられる。系が非軸対称の場合,これらすべてを解くことは一般に不可能と考えられる。我々は,後者の方程式を解かずに,楕円型とエネルギー運動量保存則から得られる物質分布を与える方程式のみを連立させて解く。こうして得られた"解"は,当初の仮定が近似的になりたつような系では,物理的には意味を持つはずである。

 解き方は,Hachisu(1986)[2]によって開発された,Self-Consistent-Field法の一種を用い,楕円型を積分形に書き直したものを解く。

結果

 以上に述べた方法を実際に以下の非軸対称な系に適用して,一般相対論的重力の強さを示すパラメータ:=pmax/max(p:圧力,:エネルギー密度),に対する解の有無を調べた。計算したのは,

 1.軸対称定常な系。

 2.三軸不等な回転星のJacobi的系列,

 3.Jacobi系列から分岐して,星の質量が等しい連星系につながるPeanut-like Shaped&Dumb-Bell-Shaped系列

 4.連星モデル(Newton極限から,中性子星まで)

 である。N=0で、の値を変化させた場合のJacobi系列を図1,k=0.2,ポリトロープ数N=0.3の場合の結果の一部を図2に示した。

 結果として以下のことが分かった。

 1.Jacobi的系列は重力が強くなるにつれて急激に短くなり,非圧縮であっても中性子星と同程度の強さの重力〜0.2の下ではほとんど存在しない。

 2.非圧縮でない場合は,Jacobi的系列はより弱い重力で消滅する。

 3.予備的な計算では,連星の最終安定軌道の公転角速度は強い重力のもとで大きく減少する。

 特に連星系に対しては,典型的な中性子星の重力〜0.2を計算できている。すでに2次元コードで計算されいる軸対称モデルとの比較では非常に強い重力まで,高い精度(1%以下)で結果が一致する。Newton重力で得られている3次元モデルとの比較では,Jacobi系列など解析解に1%以下の精度で一致する。また、連星モデルにおいては計算に用いるメッシュと,積分の際使用するLegendre陪関数Plm(cos)の,lの打ちきりの値による誤差の範囲で一致する。一方、強い重力の場合、座標中心付近の極座標による特異性が問題になり多くの座標点をとった計算は難しくなってくる。

結論

 我々の開発した近似法は,Newton極限や軸対称定常な系では完全に正確な一般相対論の取り扱いになり,計算結果もよく一致する。Jacobi的三軸不等星の系列は中性子星程度に強い重力の元では,消滅するか非常に短くなる。この結果は中性子星の回転の安定性に対する議論に大きく影響すると思われる。連星についてはWilsonの結果にconsistentなものが得られているが,定量的な評価には,計算精度をさらにあげることが必要である。

図1:Jacobi(N=0)系列(実線:上から=0.1,0.05,10-5)図2:近接連星中性子星の赤道面のエネルギー密度分布
参考文献[1]L.E.Kidder,C.M.Will and A.G.Wiseman,Phys.Rev.D,47,3281(1993)[2]I.Hachisu,Astrophys.J.Suppl.,62,461(1986)[3]J.R.Wilson,G.J.Mathews,and P.Marronetti,Phys.Rev.D,54,1317(1996)
審査要旨

 ニュートン重力の範囲では、非軸対称な高速回転星や連星系が平衡状態あるいは定常状態として存在する。その場合の物質の運動は、1)ヤコビ楕円体や連星系のように慣性系から見て非軸対称形状が一様回転している場合と、2)デデキンド楕円体のように内部運動によって非軸対称な形を保ち、その形が慣性系から見て静止している場合の二通りある。ところで中性子星のようなコンパクト星では、重力の一般相対論的な扱いが要求される。したがって一般相対論的な非軸対称星を求めることは天体物理学的に重要である。しかし、現在までのところ一般相対論的で非軸対称な平衡状態や定常状態は前記の二つのいずれの場合に相当するものも求められていない。第一のカテゴリーの定常状態が求められなかったのは、非軸対称な形状が遠方の慣性系に対して運動することで重力波が放出され、厳密な意味での定常状態が存在できないからである。第二のカテゴリーのコンパクト天体は、一般相対論における定常状態の内部運動の扱いが定式化されておらず、さらに境界条件の付け方が十分には解明されていないためほとんど研究が進んでいない。一方で非軸対称な定常状態の重力場は、天体物理としての重要性以外にアインシュタイン方程式の解の性質を調べる上でも重要な意味を持つと考えられる。

 本論文は、第一のカテゴリーの場合にも「準定常状態」を考えることができるとして、一般相対論的な非軸対称準定常状態を求める新しい計算法を提唱し、それを使ってヤコビ的な非軸対称回転星の系列と連星系の系列を計算することに成功している。

 本論文は六章からなる。第一章では軸対称回転星から非軸対称星への分岐と連星中性子星に関しての従来の研究が概観され、それらの研究の問題点や不十分性が指摘されている。そして連星中性子星の場合でも、合体する直前の短い時間を除くと重力波放出の影響で変化が起きる時間尺度が回転周期に比べて長いため、定常性の仮定が十分に良いことが示され、第二章以下で準定常状態を求める計算法を確立することが目的としてあげられている。

 第二章では、準定常状態を求めるために必要な定式化がなされる。空間的対称性を仮定することでメトリックの形が指定され、ポリトロープ関係を仮定した物質に関して一様回転・同期回転が扱われている。これらの仮定のもとでアインシュタイン方程式が計算されているが、メトリックに対する無限遠での平坦性条件を自然に取り入れるため、ラプラシアンに対するグリーン関数を使った積分方程式に変換した形が提案されている。その際、平坦な時空でのラプラシアンを抽出するために、被積分関数には2階の微分も含まれることになっている。この方法は、アインシュタイン方程式を微分方程式としてそのままで解く際に直面する無限遠での境界条件の扱いの困難性を解消するものとして評価できる。

 一様回転する高速回転星や同期回転する連星系の準定常状態を求めるための数値計算法が第三章で示されている。単独の回転星や連星系の準定常状態は、重力の強さと回転の大きさという二つのパラメータによって指定されている。これら二つのパラメータが指定されたとき、メトリックと物質の分布を求める際にHSCF法と呼ばれる逐次近似法が採用されている。第四章では本論文で定式化され開発された数値計算法で得られた結果が述べられている。計算法は、重力の強い軸対称系列と重力の弱い非軸対称系列に適用され、それぞれ従来求められていた結果と1-2%以下の違いしか出さないことが確かめられている。その後で、高速回転する非軸対称の一般相対論的準定常状態系列と同期回転する同質量からなる一般相対論的連星系の準定常的な解系列が求められている。一般相対論の効果が物質の中心集中をもたらし物質を相対的に「柔らかくする」ため、ヤコビ的な非軸対称系列が重力の強さとともに存在しにくくなることが示されている。これは従来定性的には予想されていたことだが、今回定量的に示された意味のある結果である。一方重力の強い連星系の系列では、安定に存在できる臨界状態の角運動量と角速度がともにニュートン重力の場合に比べ小さくなる傾向にあることが示されている。この結果は強い重力をかなりの精度で扱ったものであるので、従来の弱い重力場の近似や単純化されたメトリックを使った解析から得られた結果より信頼性のあるものと判断される。

 第五章では本論文で提案された定式化の適用範囲が議論されるとともに、第四章で得られた連星系の臨界状態の角運動量と角速度の重力の強さに対する依存性が単純なモデルを使って解析されている。その結果、数値計算の傾向が重力の強さの変化で説明されることが示されている。第六章では全体のまとめがなされている。

 以上要するに本論文提出者は、一般相対論的な高速回転星の非軸対称な準定常状態の重要性を指摘し、それを数値的に求めるための定式化と計算法を提案するとともにその有効性を示し、連星中性子星の今後の解明に向けて道を開くことで、天文学における重要な寄与をしたと判断できる。

 したがって、申請者は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。

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