学位論文要旨



No 112430
著者(漢字) 松下,恭子
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,キョウコ
標題(和) 早期型銀河の高温星間物質の観測的研究
標題(洋) X-ray Study of Hot Inter Stellar Medium in Early Type Galaxies
報告番号 112430
報告番号 甲12430
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3210号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 有本,信雄
 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 助教授 柴田,一成
 東京大学 教授 牧島,一夫
内容要旨 1はじめに

 Einstcin衛星により、多くの早期型銀河が強いX線を放射していることが発見された。このX線はおもに銀河のポテンシャルに閉じ込められた高温(〜107K)の星間ガス(InterSteller Medium:ISM)から放射されている。ISMの起源は晩期型星からの質量放出と考えられるので、その化学組成は、星の化学組成およびI型超新星爆発率という、銀河の化学進化を考える上で基本的な量の貴重な記録である。またISMの圧力分布は、暗黒物質を含む系の全重力質量をよく反映するため、X線観測により早期型銀河における暗黒物質の分布を精度よく求めることができる。したがって早期型銀河をX線で観測することは、暗黒物質および銀河の進化という、現代天文学における2つの重要な問題に対する、新しい強力な研究方法となる。

 その後、さまざまなX線観測衛星により早期型銀河の観測が行われてきたが、それに伴い、いくつかの重大な謎が生じてきた。その一つは、同じ可視光度の銀河に対しても、X線の光度が2桁以上もばらつくことである。可視光の観測によれば、早期型銀河は力学的に極めて一様な系であるが、なぜX線の光度のみがこれほど大きくばらつくかは、まったくわかっていない。それとともに、観測されたISMのアバンダンス(重元素の組成比)が、可視光の観測から予想される値に比べ、ひじょうに低いということもわかってきた。これは銀河の化学進化のモデルに厳しい制限を与えるだけでなく、銀河団の重力ポテンシャルに閉じ込められた銀河団ガスに大量の重元素が含まれているという観測事実とも、あい容れない。すなわち銀河および銀河団の化学進化を考える上で、大きな問題となってきた。

 近年、日本のX線天文衛星「あすか」が打ち上げられ、その優れたエネルギー分解能、空間分解能、および高い感度により、この高温ガスの研究に大きな進展がみられた。本論文では、あすか」衛星の観測データを用い、ISMの性質を詳しく調べることにより、上の2つの問題への解決をこころみた。

2X線スペクトル

 「あすか」により観測された30個の早期型銀河のデータを用い、そのスペクトルを調べた。観測された銀河のほとんどは、巨大銀河と呼ばれる、可視光でかなり明るいものである。えられたX線スペクトルに強い鉄のL輝線からの放射が見られることから、温度が〜107Kの光学的に薄いプラズマが存在することは明らかであり、実際、温度が106.5〜7Kのプラズマのスペクトルと、よりハードなスペクトルを持つ熱制動放射の和でデータがよく再現できた。後者はその強度とスペクトルから、銀河に存在する個々の低質量連星系からのX線放射の総和と考えてよい。

 ISMのアバンダンスは、おもに鉄のL輝線のスペクトルをプラズマ放射モデルでフィットすることにより求まり、元素間の組成比を太陽と同一と仮定すると、Raymond-Smith(R-S)モデルでは、太陽組成の0.1〜0.7倍となった。ところが、光学的に薄いプラズマからの放射スペクトルを計算するさい、R-Sの以外にも異なるいくつかのモデルが存在し、それらは基礎となるデータ、特に鉄のL輝線の扱いにおいて異なっている。そのためスペクトルフィットを通じて求められたISMのアバンダンスは、モデルにより大きく異なり、しかもどのモデルも、観測された鉄のL輝線の細かな構造を正確に再現することができなかった。

 これまでのスペクトル解析は、元素の組成比が太陽と同一と仮定していたが、ISMのX線スペクトルでは、さまざまな元素からの輝線が検出器の特性によりまざりあうため、ひじょうに複雑である。特に鉄のL輝線には、酸素やネオンのK輝線が重なっており、これらの元素のK輝線が、あたかも鉄のL輝線に対する連続成分のようにふるまう。さらに、free-bound放射が連続成分に大きく寄与するため、さまざまな元素のアバンダンスがお互いに相関することになる。図1に、X線で比較的暗い銀河IC1459のスペクトルをR-Sモデルを用いてフィットしたときの、元素(酸素やネオンなど)と鉄のアバンダンスの信頼区間を示す。この図から、太陽組成比を仮定して得られた〜0.1solarという極めて低いアバンダンスは、その元素組成比に強く依存していたことがわかる。逆に、II型超新星的なアバンダンスを仮定すると、ISMのアバンダンスは、もっと大きな値をもとりうる。いっぽう元素のアバンダンスを固定してフィットすると、どの銀河でも、鉄のアバンダンスはプラスマ放射モデルにほとんどよらない、という結果が得られた。したがってプラスマ放射モデルによるアバンダンスの違いは、鉄のL輝線の領域において、元素のアバンダンスと鉄のアバンダンスが強く相関している結果であると判明した。

 そこで我々は最も統計のよいデータが得られているNGC4636のスペクトルを用い、マグネシウムと硅素のアバンダンスの比が、大陽組成比と同じであることを確かめた。酸素、ネオンおよびマグネシウムは同じ元素の合成過程に従うから、この事実は、硅素、マグネシウム、ネオン、および酸素のアバンダンスが、太陽と同じ比率になっていることを意味する。これによりX線で明るい銀河では、硅素の輝線の強度から元素のアバンダンスを決めることができ、それはほぼ太陽組成と同程度であることがわかった。さらに鉄のL輝線の領域における元素間のカップリングをさけるために、0.7-1.1keVのエネルギー範囲に系統誤差をいれ、スペクトルをフィットした。その結果フィットは改善され、X線で明るい銀河ではプラズマ放射モデルの違いによらず、鉄も元素もほぼ太陽組成と同程度のアバンダンスをもつことがわかった。

図1:楕円銀河IC1459の星間ガスの元素のアバンダンスと鉄のアバンダンスのコンフィデンスコントア。モデルはRaymond-Smith。

 X線で暗い銀河の場合には、硅素の輝線を検出できないため、アバンダンスを正確に求めることができない。しかし元素と鉄のアバンダンスの相関から、I型超新星爆発の鉄のアバンダンスに対する寄与には強い制限をつけることができ、X線で暗い銀河ではX線で明るい銀河に比べ、I型超新星爆発の寄与が低いということがわかった。

3X線放射の空間分布

 我々は「あすか」のX線反射鏡の複雑な角度応答まできちんと考慮し、観測された銀河に対し、X線の表面輝度分布を定量的に調べた。ISMのX線輝度分布は、可視光で見える銀河の半径あたりまでは、X線光度にかかわりなく、ほぼ星の光輝分布と一致している。X線で暗い銀河では、X線の広がりもほぼ可視光と一致し、単一のモデルでフィットできる。これに対してX線で明るい銀河では、銀河に比べてはるかに広がったX線放射が存在し、大きな半径ではX線輝度分布が、単一のモデルより大きく超過することが発見された。特に、最も統計のよいデータの得られているNGC4636の表面輝度では、その様子が顕著である。このデータから重力ポテンシャルの半径分布を求めると、半径数10kpcまで広がった銀河固有のポテンシャルと、そのまわりの大きなスケールのポテンシャルという、明らかな階層構造が見出された(図2)。これはNGC4636がある種の銀河群ポテンシャルの中心にあることを意味する。

 いっぽう銀河の中心でのISM密度を多くの銀河で求めたところ、そのれらは2つの値にピークを持ち、それぞれ、X線で明るく、広がったX線放射を持つ銀河と、X線で暗く、単一のモデルで再現できる空間分布を持つ銀河に対応していた。

図2:NGC4636のX線表面輝度分布。
4結論

 「あすか」の観測により、早期型銀河はそのX線の特徴に応じ、表に示す二種類に分類されることが発見された。さらに同じカテゴリーに属する銀河は、ひじょうに良く揃った性質を示すことがわかった。

図表

 したがって、X線で明るい銀河は、銀河群もしくはサブ銀河団のポテンシャル中心に位置する銀河であり、この大スケールのポテンシャル障壁や、まわりの広がったガスの圧力に閉じ込められることにより、ISMを大量に蓄めるに至ったと考えられる。こうして第1の問題が、重力ポテンシャルの階層構造の差という形で解決された。

 ISMの性質は、現在の星からの質量放出を反映したものであると考えられ、両者の間に見られたアバンダンスの矛盾は、本論文の研究を通じてほぼ解消された。しかし、I型超新星がそこそこの頻度で発生していると考えると、本論文で得られたISMのアバンダンスは、まだまだ有意に低すぎる。我々はさまざまな考察により、I型超新星の生成物がひじょうに速やかに銀河から逃げ出していると考えるべきであると結論し、第2への問題の解決とした。これにより、銀河団ガス中に含まれる大量の重元素などが、無理なく説明できることになる。またX線で明るい銀河と暗い銀河の間に見られるI型超新星の寄与の差は、周囲の大きなポテンシャルの効果まで含めた、ガスの閉じ込め効率の差を反映していると考えるのが自然であろう。

審査要旨

 本論文は、「あすか」により観測された30個の早期型銀河のデータを詳細に解析し、これまで早期型銀河のX線観測で言われてきた2つの問題点、

 (1)スペクトル解析の結果得られる重元素の量が、一見、星の光学観測等から予想される量より極端に少ない。

 (2)光学的にはほとんど同じ特徴をもつ早期型銀河が、X線で見ると、その明るさが2桁ほどもばらつく。

 の解決を試みたものである。

 早期型銀河のX線スペクトルは、温度が数百万度から1千万度のプラズマのスペクトルと、さらにずっと高温の熱制動放射のスペクトルの和でデータがよく再現される。前者は、高温の星間ガス(ISM)であり、後者は銀河に存在する個々の低質量連星系からのX線放射の総和と考えてよい。この論文では、温度数百万度から1千万度のISMからと考えられる比較的エネルギーの低いX線成分について解析が行われた。

 (1)の問題については、X線スペクトルの詳細な解析が行われた。これまで、ISM中の各元素の含まれる割合(アバンダンス)は、元素間の組成比を太陽と同一と仮定して求められ、重元素の量は、太陽の重元素のアバンダンスの数分の一しかないといった結果が得られていた。ところが、光学的に薄いプラズマからの放射スペクトルに対しては、いくつかのモデルが存在し、求められたISM中の重元素のアバンダンスは、モデルにより大きく異なっていた。また、ISMのX線スペクトルは、ひじょうに複雑であり、さまざまな元素のアバンダンスがお互いに相関してスペクトルを形作っている。その結果、太陽組成比を仮定して得られた極めて低いアバンダンスは、その元素組成比に強く依存していることが懸念された。そこで、本論文では、酸素、ネオン、マグネシウム、硅素といった元素のアバンダンスと鉄のアバンダンスを別々に扱うことを行った。さらに鉄のL輝線の領域における元素間の相関、および、モデルでの不確定性をさけるために、0.7-1.4keVのエネルギー範囲に系統誤差をいれ、スペクトルをフィットした。その結果フィットは改善され、X線で明るい早期型銀河ではプラズマ放射モデルの違いによらず、鉄も元素もほぼ太陽組成と同程度のアバンダンスをもつことがわかった。X線で暗い早期型銀河の場合には、X線で明るい早期型銀河に比べ、I型超新星爆発の寄与が低いということがわかった。

 続いて(2)の問題に関連して、自己重力で成り立っている粒子群の空間分布を記述するモデルを用いてX線の輝度分布が調べられた。ISMのX線輝度分布は、可視光で見える銀河の半径あたりまでは、ほぼ星の光輝度分布と一致している。X線で暗い早期型銀河では、X線の広がりもほぼ可視光と一致し、単一のモデルでフィットできる。これに対してX線で明るい早期型銀河では、銀河に比べてはるかに広がったX線放射が存在し、大きな半径ではX線輝度分布が、単一のモデルより大きく超過することが発見された。最も統計のよいデータの得られているX線で明るい早期型銀河NGC4636のデータから重力ポテンシャルの半径分布を求めると、銀河固有のポテンシャルと、そのまわりの大きなスケールのポテンシャルという、明らかな階層構造が見出された。これはNGC4636がある種の銀河群ポテンシャルの中心にあることを意味する。

 このように、早期型銀河はそのX線の特徴に応じ、二種類に分類され、同じカテゴリーに属する銀河は、ひじょうに良く揃った性質を示すことがわかった。X線で明るい銀河は、銀河群もしくはサブ銀河団のポテンシャル中心に位置する銀河であり、この大スケールのポテンシャルにより、ISMを大量に蓄めるに至ったと考えられる。またX線で明るい銀河と暗い銀河の間に見られるI型超新星の寄与の差は、周囲の大きなポテンシャルの効果まで含めた、ガスの閉じ込め効率の差を反映していると考えるのが自然であろう。

 このように、本論文の研究を通じ、早期型銀河のX線観測に見られた2つの問題はほぼ解消された。さらに、X線で明るい早期型銀河が可視光の観測では特に見えない銀河群サイズの広がった重力ポテンシャルを伴っているという、暗黒物質の起源・分布を考える上で重要な新しい手がかりが発見された。これら、本論文で示された研究結果は十分博士論文の価値があるものと評価される。また、「あすか」による早期型銀河の研究は何人かの研究者と共同で行われいるものであるが、本論文中の解析および考察は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると判断する。

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