本論文は、「あすか」により観測された30個の早期型銀河のデータを詳細に解析し、これまで早期型銀河のX線観測で言われてきた2つの問題点、 (1)スペクトル解析の結果得られる重元素の量が、一見、星の光学観測等から予想される量より極端に少ない。 (2)光学的にはほとんど同じ特徴をもつ早期型銀河が、X線で見ると、その明るさが2桁ほどもばらつく。 の解決を試みたものである。 早期型銀河のX線スペクトルは、温度が数百万度から1千万度のプラズマのスペクトルと、さらにずっと高温の熱制動放射のスペクトルの和でデータがよく再現される。前者は、高温の星間ガス(ISM)であり、後者は銀河に存在する個々の低質量連星系からのX線放射の総和と考えてよい。この論文では、温度数百万度から1千万度のISMからと考えられる比較的エネルギーの低いX線成分について解析が行われた。 (1)の問題については、X線スペクトルの詳細な解析が行われた。これまで、ISM中の各元素の含まれる割合(アバンダンス)は、元素間の組成比を太陽と同一と仮定して求められ、重元素の量は、太陽の重元素のアバンダンスの数分の一しかないといった結果が得られていた。ところが、光学的に薄いプラズマからの放射スペクトルに対しては、いくつかのモデルが存在し、求められたISM中の重元素のアバンダンスは、モデルにより大きく異なっていた。また、ISMのX線スペクトルは、ひじょうに複雑であり、さまざまな元素のアバンダンスがお互いに相関してスペクトルを形作っている。その結果、太陽組成比を仮定して得られた極めて低いアバンダンスは、その元素組成比に強く依存していることが懸念された。そこで、本論文では、酸素、ネオン、マグネシウム、硅素といった元素のアバンダンスと鉄のアバンダンスを別々に扱うことを行った。さらに鉄のL輝線の領域における元素間の相関、および、モデルでの不確定性をさけるために、0.7-1.4keVのエネルギー範囲に系統誤差をいれ、スペクトルをフィットした。その結果フィットは改善され、X線で明るい早期型銀河ではプラズマ放射モデルの違いによらず、鉄も元素もほぼ太陽組成と同程度のアバンダンスをもつことがわかった。X線で暗い早期型銀河の場合には、X線で明るい早期型銀河に比べ、I型超新星爆発の寄与が低いということがわかった。 続いて(2)の問題に関連して、自己重力で成り立っている粒子群の空間分布を記述するモデルを用いてX線の輝度分布が調べられた。ISMのX線輝度分布は、可視光で見える銀河の半径あたりまでは、ほぼ星の光輝度分布と一致している。X線で暗い早期型銀河では、X線の広がりもほぼ可視光と一致し、単一のモデルでフィットできる。これに対してX線で明るい早期型銀河では、銀河に比べてはるかに広がったX線放射が存在し、大きな半径ではX線輝度分布が、単一のモデルより大きく超過することが発見された。最も統計のよいデータの得られているX線で明るい早期型銀河NGC4636のデータから重力ポテンシャルの半径分布を求めると、銀河固有のポテンシャルと、そのまわりの大きなスケールのポテンシャルという、明らかな階層構造が見出された。これはNGC4636がある種の銀河群ポテンシャルの中心にあることを意味する。 このように、早期型銀河はそのX線の特徴に応じ、二種類に分類され、同じカテゴリーに属する銀河は、ひじょうに良く揃った性質を示すことがわかった。X線で明るい銀河は、銀河群もしくはサブ銀河団のポテンシャル中心に位置する銀河であり、この大スケールのポテンシャルにより、ISMを大量に蓄めるに至ったと考えられる。またX線で明るい銀河と暗い銀河の間に見られるI型超新星の寄与の差は、周囲の大きなポテンシャルの効果まで含めた、ガスの閉じ込め効率の差を反映していると考えるのが自然であろう。 このように、本論文の研究を通じ、早期型銀河のX線観測に見られた2つの問題はほぼ解消された。さらに、X線で明るい早期型銀河が可視光の観測では特に見えない銀河群サイズの広がった重力ポテンシャルを伴っているという、暗黒物質の起源・分布を考える上で重要な新しい手がかりが発見された。これら、本論文で示された研究結果は十分博士論文の価値があるものと評価される。また、「あすか」による早期型銀河の研究は何人かの研究者と共同で行われいるものであるが、本論文中の解析および考察は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると判断する。 |