学位論文要旨



No 112431
著者(漢字) 峰崎,岳夫
著者(英字)
著者(カナ) ミネザキ,タケオ
標題(和) 南銀極領域のKバンド撮像観測による銀河計数
標題(洋) K Band Galaxy Counts in the South Galactic Pole Region
報告番号 112431
報告番号 甲12431
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3211号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 田中,培生
 国立天文台 助教授 小林,行泰
 国立天文台 助教授 山下,卓也
内容要旨

 われわれの宇宙の膨張を記述する密度パラメータ(0)と宇宙定数パラメータ(0)を決定することは天文学の重要な課題のひとつである。銀河計数法はこれらの宇宙パラメータを観測的に求める方法のひとつで、多数の観測が可視波長域でなされている。観測された銀河計数はB>20magで銀河進化を考慮しない銀河計数モデルに対して大きな超過を示し、通常の銀河の光度進化モデルを銀河計数モデルに導入してもやはり大きな超過が残った。このためさまざまな銀河計数モデルが考えられてきたが、可視光での銀河計数法では銀河の進化効果が密接に関係しているため宇宙パラメータを決定できていない。一方、近赤外波長域での観測は可視波長域に比べて銀河のK補正や光度進化の補正が小さくモデルによって予測しやすい、ダストによる減光が小さいなどの特徴のため、銀河計数法による宇宙パラメータの決定のために有利な性質をもつことが知られている。このため近年の赤外線検出器の進歩にともないハワイ大学をはじめとしたいくつかのグループによってKバンド(波長2.2m)での銀河計数の観測が行われている。Gardner et al.(1993)はK=12-23magの銀河計数を求めYoshii&Takahara(1988)の銀河計数モデルと比較して宇宙定数のある平坦な宇宙は棄却され、宇宙定数のない平坦なあるいは開いた(0=0.04-1,0=0)宇宙のほうがより好ましいとした。しかしその後のDjorgovski et al.(1995)やMoustakas et al.(1996)らのKeck望遠鏡を使ったK<24magまでの観測はGardner et al.(1993)に示されているK>20の銀河計数とは異なった結果を示しており、いまのところ近赤外線での銀河計数法によっても宇宙パラメータを決定できていない。

 われわれは近赤外線での銀河計数のデータを新たに取得するために、国立天文台で開発した近赤外線カメラPICNICを1994年8-9月にオーストラリア、サイディングスプリングス観測所のオーストラリア国立大学2.3m望遠鏡にとりつけ、南銀極領域のK’バンドのサーベイ観測を行った。カメラの視野は2.2×2.2arcmin2、ピクセルスケールは0.509arcsec pixel-1で観測時のシーイングはFWHM=1.5arcsec、スカイバックグラウンドはおよそ14mag arcsec-2であった。観測領域が180.8arcmin2、積分時間990秒(総積分時間63000秒)と観測領域が2.2arcmin2、積分時間40000秒の二種類のサーベイ観測を行ない、それぞれK=19magとK=21magの限界等級を達成した。とくにK=17-19magではわれわれの観測はこれまでのKバンドの銀河計数の観測のなかで観測領域がもっとも広い。画像解析にはIRAFをもちいた。天体の検出と測光にはFOCASを使い、観測画像に=1pixelの幅のガウシアンフィルターをかけたのちそれぞれのサーベイについてK=21.3mag arcsec-2K=23.3mag arcsec-2より明るいピクセルが5pixels以上連結したものを天体とみなして、それらについて測光を行なった。銀河の検出率と測光誤差を評価するために、いろいろな等級のモデル銀河をごく少数のみ観測画像につけくわえ、全く同様にしてFOCASをもちいて天体の検出と測光を行ない、もとのモデル銀河の等級と比較することを繰り返す大量のモンテカルロシミュレーションを行なった。

 これまでの銀河計数の観測の多くでは測光の系統的な誤差を補正し、つぎに銀河の検出率を補正して銀河計数が求められている。限界等級より十分明るい等級では測光誤差の分散は小さくその影響は無視できるが、限界等級ちかくでは測光誤差の分散が増加しその影響が銀河計数のポアソン誤差に比べて無視できなくなるので、限界等級ちかくの銀河計数を正確に求めるためには測光誤差の分散の影響も考慮して検出率と測光誤差を補正しなければならなかった。そこでわれわれは銀河の検出率と測光の系統誤差、分散を全て含んだ確率行列をモンテカルロシミュレーションから計算し、これをもちいて測光誤差の分散も考慮に入れて検出率と測光誤差を補正して限界等級ちかくの銀河計数を求めた。

 以上のようにしてK=13-22magの近赤外線での銀河計数を求めることができた(図1左)。とくにK=17-19magでわれわれの求めた銀河計数はこれまででもっとも精密なデータである。われわれの銀河計数をこれまでの観測と比較するとK<19magではよく一致しており、Gardner et al.(1993)が示していたK〜17magでの銀河計数の傾き(増加率)の変化をK〜18magで確認した。一方、K>20magではわれわれのも含めて銀河計数の観測ごとの差が大きい。これはK>20magに達する観測はいずれも観測領域が数平方分と非常に小さいため、ポアソン誤差が大きいだけでなく銀河団など銀河の分布の影響による観測領域ごとの差も大きいためと考えられる。

 観測により得られた銀河計数と理論的な銀河計数モデルを比較するときには観測の選択効果-いろいろな赤方偏移、タイプの銀河の検出率と測光誤差の評価が重要である。それは宇宙膨張の影響で天体の表面輝度が赤方偏移zの増加にともない(1+z)-4で急速に減光するため、大きな赤方偏移の銀河の検出が急速に難しくなるからである。これまでの研究では観測の検出率と測光誤差を補正した銀河計数を求め、それを理論的な銀河計数モデルと比較してきたが、ほとんどの場合さまざまな赤方偏移や銀河タイプを考慮したものではなく観測の選択効果の評価としては不十分であると考えられる。Yoshii(1993)はYoshii&Takahara(1988)をもとにした銀河計数モデルに解析的に計算した観測の選択効果をとりいれて銀河計数モデルを構築し、銀河の検出率と測光誤差の補正をしないで直接に観測から得られる銀河計数と比較した。しかし測光誤差の分散がモデルに考慮されていない、さらに他のグループの観測の論文からその観測条件を仮定して選択効果を計算しているため観測条件を完全には再現できていないという問題があった。

 そこでわれわれはさまざまな赤方偏移について自身の観測画像にYoshii(1993)に従ってつくったモデル銀河をつけくわえ、検出と測光を繰り返す大量のモンテカルロシミュレーションを行なうことによりわれわれの観測の選択効果を正確に評価し、確率行列をつかって測光誤差の分散も考慮に入れて観測の選択効果をとりいれた銀河計数モデルを構築した。このとき銀河計数の誤差が小さい観測領域の広いサーベイについてのみ銀河計数モデルをつくり、観測から直接に得られる銀河計数と比較した。これにより、大きな宇宙定数をもつ平坦な宇宙モデル(0=0.2,0=0.8)が支持され、宇宙定数のない宇宙モデルについては否定的な結果が得られた(図1右)。

 この結論について、いくつかの考えられる不定性の評価を行った。銀河計数モデルの代表的な不定性として銀河の光度関数の問題がある。近傍の赤方偏移サーベイによって求められる光度関数は現在でも暗い等級では不確定であり、晩期型の銀河によって光度関数が暗い等級で急激な増加を示している可能性がある。さらにそのような光度関数によって可視光での銀河計数の超過が説明できるという研究がある。そこでそのような光度関数を仮定して銀河計数モデルを構築してみたが、もとの銀河計数モデルとほとんど差がなく前述の結論には影響しないことがわかった。これは近赤外線の銀河計数には楕円銀河や早期型の渦巻銀河などの赤いカラーの銀河の寄与が大きく、青いカラーの晩期型の銀河の寄与が小さいためと考えられる。また最近HSTによる高空間分解能の観測によってI=20-25magの銀河を粗く形態分類することが可能になった。これによるとI>21-22magから特異あるいは不規則な形態の銀河が急激に増加して銀河計数のかなりの割合を占めるようになっており、この不規則な銀河の急増が可視光の銀河計数の超過に寄与していると考えられるようになってきた。その割合はI〜21magではまだ20-30%程度であり、不規則な銀河のカラーがI-K〜2でそれ以外の楕円銀河や渦巻銀河はより赤い(I-K=2〜5)ことを考えると、われわれの観測の限界等級K=19magでの不規則な銀河の割合は15%程度であると推定される。さらに他の研究によれば、この不規則な銀河のうちいくらかは近傍の晩期型不規則銀河あるいは遠方の(z〜2-3)普通の銀河であると推定され、それらはわれわれの銀河計数モデルに考慮されている。このためHSTで観測されている不規則な銀河の急増もわれわれの結論には影響しないと考えられる。

図1 左図にこれまで観測されたKバンドの銀河計数を示す。われわれのは黒丸で示してある。ハワイ大学の観測は白丸(Gardner et al.1993;Cowie et al.1994)、McLeod et al.(1995)は白五角、Djorgovski et al.(1995)は白三角、Moustakas et al.(1996)は白四角で示してある。われわれの銀河計数データがK=17-19magでもっとも精密であることがわかる。

 右図はわれわれの観測から検出率と測光誤差の補正なしに得られる銀河計数と、われわれが構築した観測の選択効果を考慮した銀河計数モデルとの比較である。モデルの曲線は上から順に(h,0,0)=(0.8,0.2,0.8),(0.6,0.2,0.0),(0.5,1.0,0.0)(h=H0/100(kms-1Mpc-1))である。(0.8,0.2,0.8)の宇宙パラメータによるモデルが最も観測データにあう。

参考文献Cowie,L.L.,et al.1994,ApJ,434,114Djorgovski,S.,et al.1996,ApJL,438,13Gardner,J.P.,Cowie,L.L.,& Wainscoat,R.J.1993,ApJL.415,9McLeod,B.A.,et al.1995,ApJS,96,117Moustakas,L.A.,et al.1996,to appear in ApJ(astro-ph/9609159)Yoshii,Y.,& Takahara,F.1988,ApJ,326,1Yoshii,Y1993,ApJ,403,552
審査要旨

 銀河計数法はわれわれの宇宙の密度パラメータ(0)と宇宙定数パラメータ(0)を観測的に求める方法のひとつである。とくに近赤外波長域での観測は可視波長域に比べて銀河のK補正や光度進化の補正が小さくモデルで予測しやすい、塵による減光が小さいなどの特徴から、宇宙パラメータの決定には近赤外銀河計数法が有利なことが知られている。近年の赤外線検出器の進歩に伴い、これまでに少数のグループによってKバンド(波長2.2m)で銀河計数の観測が行われてきたが、観測誤差が大きく、いまだ宇宙パラメータに有効な制限を与えるには至っていない。本論文に於いて、著者は新たにKバンドで銀河計数の観測を行い、K19等級で最も大量かつ良質のデータを取得した。さらに、この観測のバイアスを注意深くとりいれた銀河計数モデルを構築し著者自身の観測と比較することにより宇宙パラメータを高い信頼度で決定した。

 論文の前半では、Kバンドでの銀河計数の観測に対して詳細かつ慎重な解析を行った。著者は1994年8月から9月にかけて国立天文台で開発した近赤外線撮像装置PICNICをオーストラリア、サイディングスプリングス観測所のオーストラリア国立大学2.3m望遠鏡にとりつけ、南銀極方向に於いてKバンドで観測領域180.8arcmin2、限界等級K=19等級と2.2arcmin2、限界等級K=21等級の二つのサーベイ観測を行なった。とくにK=17-19等級ではこれまでのKバンドの銀河計数の観測と比べて最も広い領域をカヴァーした観測である。限界等級ちかくの観測では測光誤差の分散が増加し、その影響が銀河計数のポアソン誤差に比べて無視できなくなる。このため、著者は銀河の検出率と測光誤差を正確に評価するために、いろいろな等級のモデル銀河をごく少数観測画像につけくわえ検出と測光を行ない、最初に仮定したモデル銀河の等級と比較することを繰り返す大量のモンテカルロシミュレーションを実行した。このシミュレーションに基づいて銀河の検出率と測光の系統誤差や分散を全て含んだ確率行列を求め、それをもちいて検出率と測光誤差を補正してK=13-22等級の銀河計数を得た。とくにK=17-19等級の銀河計数はこれまでで最も誤差の小さい観測であり、これによって銀河計数モデルを強く制限することが可能となった。確率行列を用いた解析をKバンドの銀河計数観測に適用したの本論文がはじめてであり、近赤外波長域での銀河計数観測の解析手法を定式化した意義は大きい。

 論文の後半では、観測のバイアスを銀河計数モデルにとりいれて著者自身の観測と比較し、宇宙パラメータに対する制限とその不定性を詳細に検討した。観測から得られた銀河計数と銀河計数モデルとを比較するときには観測の選択効果-銀河の検出率と測光誤差の評価が重要である。しかもその選択効果は、宇宙論的減光効果や銀河進化効果を通じて、銀河のタイプとその赤方偏移に強く関係している。そこで著者はモンテカルロシミュレーションで本観測に伴う選択効果を評価し、この選択効果に起因する観測バイアスを銀河計数モデルに直接とりこむという極めて独創的な方法を考案した。そのような選択効果を考慮したKバンドの銀河計数モデルと、補正を行なわない銀河計数の観測値とを直接比較した結果、著者は大きな宇宙定数をもつ平坦な宇宙モデル(0=0.2,0=0.8)が観測と合致し、宇宙定数のない宇宙モデルは観測と矛盾すると結論した。この結論の妥当性を検討するため、銀河計数法の代表的な不定性と考えられている銀河の光度関数の影響を調べた。その結果、限界等級付近では選択効果によって矮小銀河の大多数が検出されないことが明らかとなり、仮に光度関数の暗い部分に不定性があっても銀河計数モデルへの影響はほとんどなくなることを示した。このような考察に基づいて、限界等級付近の銀河計数から宇宙パラメータを強く制限できるとした結論は説得力があり、銀河計数法の有効性を明確にしたことは重要である。

 以上述べたように本論文は、近赤外波長域での銀河計数観測の解析から宇宙論パラメータを決定するという先駆的研究をまとめたものであり、観測宇宙論の研究分野に大きな貢献をしたものと評価できる。審査会に於ける発表や、その後の質疑応答からも全般的な理解の深さが見られた。よって審査員は全員一致で、本論文は申請者が博士(理学)の学位を取得するための要件を充分満たしていると判定した。

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