パルサーのパルス周期は中性子星の回転周期であり、その周期に下限があることは、中性子星の回転角速度に上限あるからだと考えられている。そこで、回転角速度の上限を決めるメカニズムに関して多くの研究がなされてきた。問題が中性子星の内部の物性に関連することから、地上では実現できない原子核密度を越える程の高密度の物性に関し、これらの研究からしか得られないような知見を得られる可能性があり、その意味からも重要で興味深い研究題材である。 一様回転する星の平衡状態が存在するためには、回転角速度に自ずと上限がある。しかし、その臨界角速度に対応する回転周期は、観測されているパルーの最短パルス周期よりかなり短いので、寧ろ、この臨界角速度より遅い回転状態で働く何らかのメカニズムによって中性子星の回転角速度は制限をつけられていると考えるのが自然である。このメカニズムは各種の不安定性に起因していると予想されるが、最も有力なものとして、散逸過程を伴うメカニズムによる永年(セキュラー)不安定性が挙げられる。しかし高速回転している中性子星の安定性の解析は一般相対論を考慮する必要もあり、これまでは不十分なものであった。 本論文は、散逸過程として粘性と重力波放出を念頭において、一般相対論的高速回転星の永年不安定性を論じたものである。全体は3章よりなり、第一章では、これまでになされた回転星の平衡状態の安定性に関する研究が概観され問題点が指摘されている。 第二章では、散逸過程として重力波放出を念頭において、一般相対論的星の周辺の様な曲がった時空中における波動の新しい取り扱い方が提示されている。この方法では、重力場の変動のみならず、一般的なスカラー波や電磁波も取り扱える対象になっている。一般の曲がった時空中での波動を数値的に扱おうとするとき、無限遠で「外向き」波となる条件を課すことは困難であった。それに対し本論文提出者は、基本方程式からヘルムホルツ的な微分作用素を抽出し、そのグリーン関数として無限遠での境界条件を満たすものを選ぶことで積分方程式に変換して扱うという手法を提案している。更に、求められた積分方程式で表現される非線形固有値問題の新しい数値解法を提示している。実際にこの方法を使って、高密度星を一般相対論的に扱った場合に現れる重力場のみの振動である奇パリティのモードと、エルゴ領域を持つ高密度星のまわりのスカラー波の不安定性を調べ、それらの結果を別の手法を使って求められている結果と比較して、十分に良い精度で一致することを確認もしている。そして、これまでに不安定の成長が宇宙年齢を越えるとされていたエルゴ領域の不安定性が、十分に短い時間尺度で成長することを、世界で初めて示している。 第三章では、永年不安定性が平衡状態からの分岐点に対応するという観点から、重力の摂動を抑えるという近似(カウリング近似)のもとで基準モード解析を行ない、長年の懸案であった一般相対論的回転星の平衡解系列上における中立安定点(分岐点)をかなり狭い範囲で特定することに成功している。また、この章の最後には、得られた解の信頼性に関する議論も行っている。まず球対称星の固有値を厳密に求めた場合の解とカウリング近似で求めた場合の解との比較から、カウリング近似は重力の強さが強くなると良くなることが議論されている。また、非相対論的な場合には、厳密な解析とカウリング近似で求められる値の差は、星が球対称の場合に最大となり、星の回転が速くなるとともに小さくなる。そこで、一般相対論においても球対称な場合が最大の誤差を与えるものだと仮定して、カウリング近似の与える中立安定点に含まれる誤差を評価している。その結果、高速回転と重力の強さの二つのファクターの効果がそれぞれ近似を高める作用をするため、10-20%程度で厳密な値を近似していると結論している。 以上要するに本論文提出者は、一般相対論的な高速回転星の重力波放出に対する永年不安定性を調べるために、一般的で強力な定式化を提示することで今後の解析に大きな道を開くとともに、これまでに世界の研究者が求めることの出来なかった一般相対論的な高速回転星の重力波放出に対する中立安定点をかなり良い精度で求めることによって、中性子星の内部状態の解明に向けて天文学における重要な新しい知見をもたらしたと認められる。提出論文の第二章は、提出者と江里口良治との共著論文であるが、それらの主要な部分は論文提出者によって解明されたものである。提出学位論文が主として論文提出者の成果によるものであることは、論文審査会においても確認した。また共著者からも、その主旨のもとに、その内容を博士論文として使用することの承諾が得られている。よって、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。 |