学位論文要旨



No 112433
著者(漢字) 和田,武彦
著者(英字) Wada,Takehiko
著者(カナ) ワダ,タケヒコ
標題(和) 近赤外線による大マゼラン銀河のサーベィ観測
標題(洋) A near infrared survey of the Large Magellanic Cloud
報告番号 112433
報告番号 甲12433
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3213号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学(併) 助教授 村上,浩
 東京大学(併) 教授 杉本,大一郎
 東京大学(併) 助教授 中田,好一
 理化学研究所 主任研究員 戎崎,俊一
 国立天文台 助教授 関口,和寛
内容要旨

 大マゼラン銀河(LMC)の主要部約3°×6°の領域を広視野近赤外線望遠鏡を用いてサーベイした。観測波長帯はJ、H、K’バンド(1.25,1.65,2.15m)、角分解能は10."0である。点光源に対する3観測限界等級はJ、H、K’バンドでそれぞれ、13.6、11.9、10.0等級(6.0×10-29,1.7×10-28,6.6×10-28[Wm-2Hz-1])である。サーベイの結果は1599個の点光源からなるカタログにまとめられた。このカタログはK等級で9.0等級までコンプリートである。本サーベイは、LMCの主要部をカバーした近赤外線サーベイとしては、最も高い角分解能と、最も深い検出限界を持つものである。得られたカタログのデータから赤色超巨星、赤色巨星、漸近巨星の分布を求め、分子輝線サーベイで明らかとなっているCO、[CII]線の強度分布とも対比しながら、過去108年にLMCで起こった星生成活動について議論した。また、IRAS(Infrared astronomical satellite)Point source catalog(PSC)ソースとの対比を行ない、IRASソースの近赤外線から遠赤外線にわたるSpectral energy distribution(SED)について議論した。

 以下に、本研究を行なうに至った背景、観測の方法とその結果、及び、結果に関する議論について、簡単に紹介する。

背景

 近赤外線は、以下のような理由により、星生成領域中の恒星や、星間塵殻をまとった恒星を観測するのに威力を発揮する。(1)近赤外線は可視光線に比べ星間塵による吸収を受けにくい。(2)恒星、特に晩期型星からの輻射は近赤外線領域で最大になる。(3)遠赤外線、中間赤外線や電波に比べ波長が短いので、回折像が小さく、角分解能の高い観測が容易である。

 この様な特徴を生かし、今までに、星生成領域の原始星や星間塵殻をまとった星について、多くの近赤外線観測がなされてきた。しかし、これらの観測のほとんどは、可視光線その他のサーベイで見つかったソースについて、行なわれたものであり、そのバイアスがかかっている。バイアスのないサンプルを得るには近赤外線でのサーベイが必要である。

 しかし、近赤外線領域に感度を持つ写真乾板が無いため、可視光線でのシュミットカメラに相当するものは実現していない。そのため、近赤外線では、可視光線で行なわれてきたような、高分解能と高感度を合わせ持った広域サーベイは行なわれていない。本研究の目的は、近年急速に進歩した近赤外線撮像素子を用いることで、広視野近赤外線望遠鏡を開発し、高い角分解能と深い限界等級を両立した広域近赤外線サーベイ観測を可能にすることである。

 近年、近赤外線撮像素子技術は、半導体技術の進歩とともに、急速に進歩してきた。現在天文用に使われているのはInSbもしくはHgCdTeを用いたフォトダイオードアレイと、PtSiショットキバリアを用いたフォトダイオードアレイである。InSb、HgCdTe型は量子効率が高いのが特徴であるが、化合物半導体を使っているので製作が困難である。それに対し、PtSi型は感度はそれほど高くないものの、シリコンVLSI技術で作られており、製作が比較的容易である。本研究では、安定した特性をもち、画素数の多い素子が入手可能な、PtSi近赤外線撮像素子を用いることで、広視野赤外線望遠鏡を実現した。本研究ではさらに、この広視野赤外線望遠鏡を用いて、LMCをサーベイした。

 LMCは銀河系からおよそ50Kpc離れたところにある近傍銀河である。LMCは銀河系に比べ星間ガスに富んでおり、活発な星生成を起こしている。サーベイの対象としてLMCを選んだ理由は以下の通りである。(1)LMCは距離に対し奥行きが小さい(5kpc)ので、すべての天体はほぼ同じ距離にあると仮定できる。このため、LMC内の天体同士を比べる場合には、天文学で最も困難な距離の判別をする必要が無くなる。(2)他の銀河に比べれば近距離にあり、個々の天体を分離して観測することが可能である。そのため、さまざまな天体物理学の理論を検証することが可能である。

 以下、本サーベイでは、LMCを近赤外線でサーベイし、他の観測のバイアスを受けていない近赤外線ソースのサンプルを与える。このサンプルを用いて、LMCでの星生成の様子や、星間塵をまとった星の候補について議論する。

観測及びその結果

 LMCのサーベイ観測は1994年10月から11月にかけてオーストラリアのSiding Spring Observatoryで行なった。LMCのバー領域を中心とする3°×6°の領域をJ、H、K’の3バンド(波長1.25m,1.65m,2.15m)でサーベイした。使用したのは広視野赤外線望遠鏡である。これはニュートン式反射望遠鏡(口径25cm F/3.5)とPtSi512×512赤外線カメラを組み合わせたもので、分解能4."6×6."0(1画素)で40.’2×52.’3の視野を一度に撮像できる。この広視野赤外線望遠鏡を用い、サーベイ領域に設定した6×12の格子点を中心としてJ、H、K’3波長でそれぞれ2回ずつ180秒間の露出で撮像し、合計432枚の近赤外線画像を得た。点光源に対する3観測限界等級はJ、H、K’バンドでそれぞれ、13.6,11.9,10.0等級(6.0×10-29,1.7×10-28,6.6×10-28[Wm-2Hz-1])である。得られた画像から、Kで4以上の点光源を1599個サンプルし、各々の天球上での位置、J,H,Kの等級をカタログにまとめた。このカタログはK等級で9.0等級までコンプリートであった。

 LMC中でのソースの分布は30Dorの南側周辺や、Shapley Constellation II,V周辺に集中している。その他、バーにも弱い集中が見られた。サーベイ領域の端でのソースの密度から求めた、Foregounrdの密度の上限値は1平方度あたり36±9個と比較的少なく、検出されたソースのほとんどはLMC中にあると考えて良いことがわかった。

 近赤外線の2色図、色等級図から、ソースの内、K’<8.5の大部分はLMCの赤色超巨星、K’>8.5の大部分はM型巨星やAGB星でそのうちでも最も明るい部類のものであることがわかった。しかし、およそ100個の点光源は、K’超過を示した。これらK’超過を示すソースのいくつかは、過去の文献からダストシェルに覆われた赤色超巨星と同定された。

考察

 サーベイで得られたカタログを用いて、(1)LMC中での赤色超巨星の分布、(2)IRASソースと近赤外線ソースとの関連、の2点について考察した。

 (1)本サーベイの結果から赤色超巨星、大光度M型巨星、漸近巨星の分布を調べた。その結果、(a)赤色超巨星は30Dor領域の南の領域と、Shapley Constellation IIに集中している。その個数密度は600[個/Kpc3]以上でこれは太陽近傍での値の12[個/Kpc3]程度に比べ著しく多い。(b)赤色超巨星の分布と大光度M型巨星や漸近巨星の分布の間には空間的なずれがあることが分かった。さらに、CO、[CII]線強度等の分布と比べてもずれがあることが分かった。赤色超巨星や、大光度M型巨星、漸近巨星の年齢がそれぞれ、106〜107、〜108年であることから、最近〜108年のLMCでの星生成活動は、継続的なものではなく、時間とともに場所を順々に替えながら強い星生成を起こしていく、バースト的なものであることがわかった。

 (2)IRAS PSCとの同定を行なった。同定はソース間の距離がIRASの位置決定精度(〜20")以内にあるものを同一視することで行なった。今回のサーベイの観測限界はIRASのそれ(〜5×10-27[Wm-2Hz-1])より1桁から2桁ほど深いにも関わらず、680個あるIRASソースのうち、62個しか同定することが出来なかった。このことはLMC方向にあるIRASソースのほとんどは、色温度で1000K以下の低温度の天体、もしくは非常に強い星間吸収を受けている天体であることを強く示唆する。

 同定できたソースを、Kバンドのフラックスと12mもしくは25mのフラックスの比から得られた色温度により二つのグループに分け、それぞれについて、1.25mから100mに渡るSEDを得た。それぞれのグループには以下のような特徴があった。(a)TK’-[IRAS]>2000Kのソース。このグループには23個のソースが分類された。このグループのソースはすべて、単一成分の黒体輻射に近いSEDを示した。そして、そのほとんどはすでに同定されている我々の銀河内のK-M型巨星であった。(b)TK’-[IRAS]<2000Kのソース。このグループには35個のソースが分類された。ほとんどは、単一成分の黒体輻射とは全く異なるSEDを示した。このようなソースのうち17個は1.25mから100mまでほぼ等しいフラックス密度を示した。そのうちいくつかは過去の分光観測からダストを纏った赤色超巨星と同定された。NIRでは比較的青いカラーを示すが、FIRでは非常に大きなフラックスを持つものは3個あった。そのうち1個は惑星状星雲であり、1個はemission-line starであった。グループ(b)に分類されたもので、過去の観測から同定されているものはすべてこの様なダストまとった星であった。グループ(b)の残りのソースもダストまとった星であると考えられる。

30Dor付近の近赤外線ソース個数面密度の分布太線は(K<8.5)のソース分布

 細線は(K>8.5)のソースの分布

 等高線はそれぞれ、42,74,116,168,228個/平方度に対応。

近赤外線2色図細点は見つかった近赤外線点源、黒丸はIRASソースと同定された点源の位置を示す。白抜三角、白抜正方形、黒塗正方形はそれぞれ、主系列星、巨星、超巨星の位置を示す(Koornneef,J.,1983,Astron.Astrophys.,128,84)。図中の直線は(H-K)=(J-H)=0である星が、Vバンドで10等級の星間吸収を受ける場合の、星間赤化の大きさと方向を示す。
審査要旨

 本論文は、最近になって天文観測にも使用可能になった大規模近赤外線撮像素子の利点を生かし、大マゼラン雲の主要領域すべてを含む広領域の近赤外線サーベイ観測を行った結果を提示したものである。

 本論文は6章よりなる。第1章では、著者がこのサーベイ観測を行った背景として、単素子を用いていた時代には実現が難しかった広領域の近赤外線無バイアスサーベイが、大規模撮像素子、特にPtSi撮像素子のように安価で高性能の素子が開発されたことで容易に行えるようになったことが指摘されている。また、マゼラン雲ではどの星も太陽からの距離がほぼ同一であり、また紫外線から電波にいたる観測データが豊富にそろっていて、星生成や銀河進化を研究するのによい対象であることから観測対象として選ばれたことが述べられている。

 第2章では、著者等が開発したサーベイ専用広視野望遠鏡WITの詳細と観測手法が述べられている。WITは有効径20cmの望遠鏡と512×512素子のPtSi撮像素子をもちいた赤外線カメラを組み合わせた装置であり、約5"/pixelのplate scaleと40’×52’の視野を持つ。観測は1994年10、11月にオーストラリアのSiding Spring Observatoryで行われ、バー領域を中心とした3×6度の領域をJ,H,K’の3波長でカバーしている。K’バンドでの限界等級は10等である。またこの章ではダークフレームの差引、フラットフィールディング補正等の手法についても記述されている。

 第3章では、点源カタログの作成手順が述べられている。点源はK’バンドでS/N比3以上のものが拾い出され、1599個の点源がカタログにまとめられた。著者は測光精度、位置の精度等の見積りを行い、K’バンドで約9等まで完全なカタログであることを主張している。

 第4章は考察である。著者はカタログした星を、K’バンドでの等級が8.5等より明るいものとそうでないものに分けた。その絶対等級や近赤外線での2色図、色等級図から、8.5等よりも明るいものは赤色超巨星、暗いものは巨星枝あるいは漸近巨星枝の星と判定した。論文では、これら2種類の星の分布が明らかに異なっているという興味深い結果を提示している。赤色超巨星の年齢が106〜107年、漸近巨星枝の星では108年で差があること、および電波観測から求められた分子雲の分布を考え併せ、著者は大マゼラン雲ではバースト的な星生成が場所を変えながら複数回起こったことを主張している。また、著者は本論文のカタログに含まれる星と赤外線衛星IRASによる点源との同定を行った。1600個近い星の内、IRAS点源と同定された星の数はわずか60個程度であり、IRASはダスト殻をまとった星を選択的に検出していることを示している。著者は近赤外線の観測とIRASによる12、25mの観測値から求めた色指数により、これらの星を、惑星状星雲やダスト殻をまとった超巨星等に分類できることを示している。

 第5章と第6章は、それぞれ結果のまとめと謝辞である。

 著者も述べているように、近赤外線(波長1〜5m)での広領域サーベイ観測は、乾板が存在しないこと、単素子の検出器では実行が難しいことにより、進んでいなかった。全天にわたるカタログは、1960年代のmK=3等までのIRCカタログ以降発表されていない。しかし最近、大規模撮像素子がこの波長域でも開発されたことにより、新しいカタログ作成が可能になりつつある。ただし、2MASS(Two Micron All Sky Survey)やDENIS(Deep Near-Infrared Survey of the Southern Sky)などの海外の計画は、高価な撮像素子を用いた大計画であり、その結果が出揃うにはまだ数年が必要である。著者のサーベイ結果は、量子効率は低いものの他の特性は非常に優れかつ安価なPtSi素子を用い、小型の専用装置を製作することにより、上の様な大計画の成果を先取りしたものといえる。このサーベイは3度×6度の範囲にわたって、約5秒の角分解能と10等程度の限界等級を維持している。結果としての星のカタログは、大マゼラン雲全域にわたる現時点で最も暗い星までのカタログとなっており、その重要性から早急な出版が望まれる。

 本論文の成果は、著者と上野宗孝、大野洋介氏との共同研究によるものであるが、著者は観測装置の計算機制御のためのソフトウェア開発を行い、実際の観測では中心的な役割を果たした。また、観測データの解析は著者が単独で行っている。従って、ここで提示されている星のカタログ等の成果は、主に著者に帰せられるべきものである。

 観測結果を用いた考察において、可視域で観測された星との同定や、大マゼラン雲中の星生成の歴史についてのより深い議論がなされていれば、さらに論文の完成度が高まったと考えられる。しかし、サーベイ専用装置の製作、および結果としてのカタログの重要性を考慮すれば、十分に博士論文としての要件を備えていると判断される。今後のさらなる研究の発展を期待したい。

 以上の理由により、博士(理学)を授与できると認めるものである。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54561