学位論文要旨



No 112434
著者(漢字) 黄,文宏
著者(英字)
著者(カナ) コウ,ブンコウ
標題(和) 回転する円盤形の天体のモデルとしての円筒内部の非線形ロスビー波
標題(洋) Nonlinear Rossby Wave Flows in a Rotating Annulus as a Model of Heavenly Bodies of Disk Geometry
報告番号 112434
報告番号 甲12434
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3214号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 尾崎,洋二
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 国立天文台 教授 岡本,功
 国立天文台 教授 観山,正見
内容要旨

 本論文は,回転する円盤形をした天体の内部で,円盤に垂直な方向の重力と円盤に平行な方向の温度差によって駆動される非線形ロスビー波を,室内実験によって研究されてきた回転する円筒形の幾何学のもとで,新しい考えを導入して,計算機を使った数値実験の方法で研究したものである。新しい考えとは,流れのシステムの全体的量であるシステム全体の運動量E,角運動量L,熱量Tの三つの基本インデックスと,波動の波数Mを副インデックスとして,流れの3次元構造の時間経過を追わずに,3次元空間の流れの構造の時間経過を追跡する数値実験の結果を分類,解析することである。このことによって、いくつかの重要な現象を発見でき,内部のダイナミックスについての新しい知見を得ることができた。

 考えている天体は,球形をした太陽,星,惑星の極域,銀河系,膠着円盤,太陽系および星の惑星系形成時の円盤などであるが,実際にこの数値実験の結果をこれらの円盤に応用する時は,この研究で考えている幾何学と物理過程と力学過程を,対象とする天体により近くになるようにしなければならない。しかし,ここで研究されている回転する円筒形の幾何学は,歴史的な理由で,地球の大気と気象の流れ,太陽内部の流れの研究の枠組みのなかで標準的なモデルとなったものである。この研究を組織的に室内の流体実験で実行したHideは地球内部のダイナモを駆動する流れの研究として,この幾何学とシステムを考えていた。その後,このシステム内部の流れは,地球大気の基本的な流れであるHadley循環とRossby波の流れによく似ているため気象の分野でよく研究された。Lorenzの非線形の研究も,この幾何学のもとになされたものである。

 このように,多くの研究者と様々な方法で研究されたにも限らず,この流れの本質は,十分とは言い難い。その困難性は,流れの性質の本質が非線形性にあるためであるというのが本論文の立場である。したがって,本論文は,この非線形性を出来るだけ明らかにする試みをしている。その結果,本論文で報告されている研究は,考えている流れのシステムについて,幾つかの重要な発見をしている。この発見は,回転するいかなる天体にも多かれ少なかれ存在するものと考えられる。

 本論文が考えている系は,二つの円筒と底になる境界で囲まれた回転する流体である。流体はBoussinesq近似を使ってその運動を追跡するので本質的に水とおなじであり,研究の結果は室内実験の結果と比較できる。円筒は時間的に変化しない速度で回転している。二つの円筒は時間的には変化しない異なる温度に保たれ,流れのシステムには一定の温度差が与えられている。重力は回転軸と同じ方向,すなわち,底に垂直,あるいは,円筒に平行に働いている。この温度差と重力によって流れが駆動され,回転のコリオリ力によって流れの様相が規定される。

 この流れの様相を,回転の角速度と温度差を二つのパラメータとして,流れを支配するナビエストークス方程式を差分化し,計算機で積分する方法で追跡するのである。二つの円筒の半径は固定されているものと考える。

 回転が遅い場合,流れはほぼ軸対称の流れである。すなわち,回転方向である経度によらない流れである。その流れの速度の経度方向の微分回転と動経方向と深さ方向の成分である子午面環流からなる。このことは,室内実験でも,本論文の数値実験でもわかっている。流体は,このシステムのなかで,一般に温度の高い壁である円筒に沿って流体は上昇し,温度の低い壁の円筒に沿って下降する。つまり,まず子午面環流が流れる。実際には,様々な流れの非線形過程として流れは規定されるのであるが,説明と思考上は,子午面環流をまず考える。この子午面環流に温度差と回転によるコリオリ力が働いて,実験で得られた流れの性質を考える。

 回転が速くなると,ある決まった温度差の範囲の中でRossby波ができる。室内実験によって,この波動は,定常的波動と,vacillationとHideが呼んだ,波の振幅,形,伝搬速度などが,変動する波動とに分類されていた。さらに,回転が速いとき,温度差が大きくなると,流れはふたたび軸対称の流れになると考えられ、また温度差が小さくなっても,軸対称の流れになると考えられてきた。

 この論文の研究の一つの重要な結果は,回転が速く,温度差が大きい場合,流れは,軸対称ではなく,内部に,特に粘性の効果の強い底にRossby波が存在し,しかもそのRossby波は,角運動量を回転する壁から流体の内部に輸送し,内部の微分回転を加速するということを見付け出したことである。この論文は,この状態をsuper rotationと呼ぶ。内壁が熱いとき,子午面環流は内壁から上昇し,外壁に向かうので,この流れにコリオリ力が働いてsuper rotationは,システムの回転より逆の方向に回転するように流れる。逆に,底では外壁から内壁に流れは向かうので,Rossby波動は回転方向に伝搬する。内壁が冷たいとき,子午面環流は外壁から上昇し,内壁に向かうので,この流れにコリオリ力が働いてsuper rotationは,システムの回転と同じ方向に回転するように流れる。逆に,底では内壁から外壁に流れは向かうので,Rossby波動は回転方向と逆の方向に伝搬する。室内実験でこの現象が発見されなかったのは,表面を主に観察,測定したためと,軸対称の流れが余りにも強いので,数値的に解析しないと,軸対称成分と波動成分の区別がつきにくかったためだと考えられる。

 本論文は,さらに,三つの基本インデックスの時間的振る舞いの解析から,波動は,全てvacillationの状態にあり,振幅は一定でないこと,そのvacillationも,大きくvacillationの振幅が変わる種類と小さく振幅が変わる種類とに分けられることを見付け出している。

 また,本論文はvacillation自体は厳密に周期的でlimit cycleというattractorで記述されるパラメター領域もあることを見つけ出している。limit cycleということは,流れが厳密に周期的であることを意味していて,流れは予報可能な流れであることを意味している。Lorenzが探し求めて,見つけ出すことができなかったものである。基本インデックスによる非線形の解析の手法が,強力である証であるとも考えられる。

 内壁が熱い場合と冷たい場合は子午面環流の流れの方向は異なるため,Rossby波の伝搬方向も上面の子午面環流の方向によって決まり,内壁が熱い場合は回転方向と逆の方向に伝搬し,冷たい時は,回転方向と同じ方向に伝搬する。これは,システムの下面の流れが波動の伝搬を決めると考えられるsuper rotationの場合と逆であり,地球のRossby波が,回転と逆に伝搬すると言う現象のRossbyの古典的解釈であるコリオリパラメータ2sin(latitude)の球面上での緯度依存性によるという考え方も,再検討しなければならないことを示唆している。

 そのほか,数々の数値実験により,非線形の諸性質である,(i)外部パラメータである容器の回転角速度と内壁と外壁の間の温度差が同じ場合でも,初期条件のよっては,異なるattractorに近づき,最終状態は異なることもあること,(ii)波数が変化する現象があること,(iii)定常的なvacillationの状態にある場合も,突然,波数が変化する現象が周期的に起こる事などが,基本インデックスの手法で発見された。その数学的構造の解明が待たれるものであるが,本論文は,これらの数々の非線形の現象が身近にあり,その解明が,地球をはじめとする天体の回転流体としての流れの理解に重要であることを,強調するものとなっている。

審査要旨

 本論文は、内壁と外壁に温度差を与え、円筒軸下方に重力のかかった回転円筒環内の流れを数値実験で研究したものである。この円筒環形状流は、歴史的には地球の大気や海流、太陽内部の流れの研究の標準的なモデルとなったものであるが、ハドレイ循環とロスビー波の流れによく似ているため主として地球大気の分野で研究されてきた。論文提出者は、将来は回転している天体(恒星、銀河系、降着円盤など)への応用を考えている。

 回転が遅い場合は軸対称の流れを示すが、速くなるにつれ流れは非軸対称の波動的振る舞いを示し、しかもその振幅、波数、波形が準周期的な変動を示すようになる。Hideは室内実験を精力的に行い、温度差に関係する熱ロスビー数と回転速度に関係するテイラー数の2つのパラメーターでこの振る舞いを系統的に分類し、回転の速い場合に見られる波動の振幅、波数、波形の準周期的変動をバシレーション(Vacillation)と呼んだ。数値実験による研究も今日まで精力的に行われたが、流れの本質が非線形性にあるため十分解明されたとは言いがたい。

 従来の数値実験は、現象を忠実に再現できるようモデルを細かいメッシュに切っていたため、定常状態に至るまでに時間がかかり、広範囲のパラメータ空間を調べることができなかった。本論文は、モデルのメッシュを荒くすることにより計算時間を短くし、なるべく広い範囲のパラメータ空間のモデルを計算した。さらに、3次元空間の数値実験の結果を分類、解析するために系が閉じている場合に保存されるシステムの運動量E、角運動量L、熱容量Tの3つのインデックスを導入し、非線形性の強い場合の流れの分類に見通しをつけた。以上の2つの点が本論文の新しい試みと言える。

 本論文は、12章からなり、1-2章はレビューと方針、3章はモデルと基本微分方程式の差分化など数値計算方法の導入、4章はE、L、Tの3つのパラメータの導入、5-10章はパラメータ空間でのいくつかの特徴的な流れを紹介し、11章はE、L、Tを用いた流れの分類が試みられている。12章はバシレーション領域の平均流についての分類が述べられている。

 回転が遅い場合、流れはほぼ軸対称であり、室内流体実験とよい一致を示す。流れは経度方向の流れと温度の高い壁で上昇し、低い壁で下降する子午面環流からなる。

 回転が速くなると、ある決まった温度差の範囲で流れはロスビー波に似た非軸対称の波動的振る舞いを示す。特にさらに温度差が大きい場合、その波動的流れが円筒の回転よりも速い領域と遅い領域が生じることを見いだした。これをSuper rotationと呼ぶ。ただし、非軸対称の流れは小さく、室内実験では見落とされたと思われる。

 バシレーションの流れについてE、L、Tの3つのインデックスを用いて解析し、振幅が変動するものについては大きな変動幅を示すものと小さな変動幅を示すものとに分類されることを見いだした。

 また、バシレーション領域に厳密に周期的な振る舞いを見せるリミットサイクルというアトラクターで記述されるパラメータ領域があることも見いだした。

 その他、1)パラメータが同じでも初期条件によっては異なるアトラクターに近づき最終状態が異なるものがある、2)波数が変化するもの、3)バシレーションが定常状態にあると思われても突然波数が変化する現象が周期的におこること等が発見された。

 本論文は、従来の研究に比べモデルのメッシュの数を少なくして細かい流れの様子は追わないかわり、パラメータ範囲を格段に広げいくつかの特徴的な非線形性の強い流れを見いだしたことと、この流れを系の運動量E、角運動量L、熱容量Tの3つのインデックスで分類してみせた点で独創的である。また、本研究は、論文提出者が全体にわたり主体的に計算、解析を行ったものである。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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