本研究は、地震高速破壊に至る準備過程(震源核形成過程)に要する時間や震源核の臨界サイズは、どのような地学的環境要因により決められているかという地震発生の物理過程に焦点を当ててなされた実験的研究である。 剪断破壊の核形成のためには、破壊の構成法則を規定するパラメターが断層面上で非一様分布する必要があり、破損先端領域における剪断応力(強度)は、破壊面に沿うすべり変位の進行と共に遷移的に低下する。すべり破壊過程では、破損過程を通じて破損面同士がじかに接触し絶えず相互作用し続けているので、破損特性は破損面の幾何学的形状(粗さ)に大きく依存する。特に破壊核臨界サイズLcと臨界すべり変位量Dcは破壊面の幾何学的形状に大幅に依存し、しかもDcは構成則を規定する基本的パラメターであると同時に、破壊のスケーリング・パラメターとして重要である。それ故、破損面の幾何学的形状(粗さ)とその変化を如何に合理的に定量化するかは大きな研究課題の一つである。 本論文は、先ず現実の地震断層は全波長領域にわたって同一のフラクタル的性質を示すわけではなく、異なる波長領域では異なるフラクタル的性質を持つ事実に注目し、すべり破損面粗さをフラクタル次元D及びフラクタル的性質の異なる波長領域の境界波長cの2つのパラメターによって定量化した。cは破損面の幾何学的不均一度を代表する特性的長さという意味を持つ。すべり破損面の形状に関する過去の研究は、フラクタル次元Dを用いるか、工業規格で定義される粗さによって議論されてきた。本研究のユニークな点は、フラクタル次元Dと破損面の特性的長さcの2つのパラメターによって断層の幾何学的不均一度を定量化し、相互の関係や工業規格により定義される粗さとの関係を系統的実験によって調べ、破損面不均一度の定量化に有効なパラメターはcであることを示し、破壊核の臨界サイズを論ずるにはcによって断層面粗さを定量化するのが合理的であると結論づけた点にある。以上は第3章に記述されている。 地震は、地質学的時間スケールでみると、同一場所で繰り返し発生することは今日広く認識されている。同一場所の繰り返しすべり破壊により断層面の幾何学的不均一度はどの程度evolveし、その結果断層上の破壊の構成則パラメターの不均一分布がどの程度変化するのかという問題に取り組んだのが第4章である。系統的に数百回の固着すべり実験を繰り返し、evolveしたすべり破損面のフラクタル的性質の変化をD及びcで定量化し、断層面のevolutionの特徴や原因を論じた。更に、すべり破損面のevolutionによってDは大幅に低下するも、cはよく保存されることを見い出した。このことは、断層の進化が進んでも、cに影響を及ぼす程の大変化でないかぎり再現性のよい破壊核が形成されることを意味する。実際、再現性のよい破壊核の形成か実現を異なる粗さの断層面を使って実験的に示した。又、粗い断層面では、高速破壊に至るまでの破壊成長距離は長く破壊核も大きく発達するが、滑らかな断層では破壊成長距離は短く破壊核のサイズも小さいことを見い出した。この結果は、すべり破壊核形成に断層の幾何学的不均一度が如何に重要な役割を果たすかを示すと共に、現実の震源核形成過程を考慮する際、環境要因の重要性を示唆する。更に、構成法則を規定するパラメターの一つである強度の不均一分布はすべり破損面のevolutionによってもほとんど変化せず、よく保存されることが示されている。 第5章では、構成法則を規定するパラメターの断層上の分布状態を実験的に詳しく調べ、かつパラメター相互間にどのような関係があり、すべり破壊の構成関係を実質的に規定する独立パラメターはどのようなものかを実験的に調べた結果が述べられている。過去の研究では、構成法則を規定するパラメター全てが決定された例はなく、従って、パラメター相互の関係を吟味することも十分になされていなかった。特記すべきことは、以上のパラメターを全て実験的に求め、幾つかのパラメターの間に強い相関を見い出したことである。例えば、破損強度pで、臨界初期応力i、残留摩擦力rの間に強い相関が見い出されているが、このことは、断層面上の応力は強度分布と強い相関をもって分布することを意味する。又、上述したパラメター間の相関関係の存在は、構成法則を規定する独立パラメターの数が、少なくとも脆性領域においては減少することを示している。 以上、本研究は室内実験的手法により、上述のような新しい知見を加え、震源核形成過程の理解を物理的視点から深める上でユニークな貢献をしたもので、博士論文としての内容を備えていると判断される。よって、審査委員全員一致で合格と判定した。 なお、本論文は大中康譽氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |