学位論文要旨



No 112435
著者(漢字) 沈,林峰
著者(英字)
著者(カナ) チン,リンホウ
標題(和) ずり破壊の核形成過程に及ぼすすべり面の幾何学的不均一性と構成法則パラメターの非一様分布及び構成法則パラメター相互の関係についての研究
標題(洋)
報告番号 112435
報告番号 甲12435
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3215号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 助教授 宮武,隆
 横浜市立大学 助教授 吉岡,直人
 東京大学 教授 大中,康譽
 東京大学 教授 嶋本,利彦
内容要旨 1.研究の背景と目的

 ここ十年の実験的研究から、力学的不均一性をもつ断層の剪断破壊過程は脆性領域といえども全く何の準備もなしに突然出現するわけではなく、破壊成長抵抗が極小の領域で準静的ないし準動的な準備過程が局所的に先行し、これが核になってやがて動的な破壊の発生、伝播に至ることが明確に示された。この剪断破壊過程は構成法則に支配されており、破壊の核形成のためには、構成法則を規定するパラメターが断層面上で非一様に分布している必要があることが実験的理論的研究により既に示されている。剪断破壊過程を支配する構成法則は第一義的には、剪断応力(強度)と破壊面に沿う相対変位の関係として記述される。破壊の構成法則が適用されるのは、現に破損が進行しつつある領域(破損先端領域)内に限られる。この破損先端領域では、剪断応力(強度)と破壊面に沿うすべり変位Dとの間に=f(D)の関係が成立する。この関係を定量的に記述するには、一般に5つのパラメターが必要である。即ち、D=0における臨界初期応力i、剪断破損応力(強度)p、残留摩擦応力r(又はすべり破損応力降下量△bp-r)、剪断応力がピーク値pを持つときのすべり変位Da及び臨界すべり変位Dc(又は強度がpからrまで低下するに要するすべり変位量,slip weakening displacement,Dc-Da)の5つである。

 すべり破壊核過程は破壊しつつある面の幾何学的形状(粗さ)に起因する不均一性に大きく依存する。特に破壊核臨界サイズLcとDc(又はDc-Da)は破壊面の幾何学的形状に大きく依存し、幾何学的形状(粗さ)の不均一度は破壊のスケーリングパラメターとして重要である(Ohnaka,1996)。従って、すべり面の幾何学的形状(粗さ)とその変化を定量化することが重要である。すべり面粗さの定量化は、すべり面粗さのフラクタル的パラメター(Dc,c)と工学的に定義される粗さ(中心線平均粗さRaa、自乗平均平方根粗さRMS、最大高さRmaxと十点平均高さRz)の両方で表現できる。すべり破壊面の粗さは、異なる波長領域では異なるフラクタル的性質(フラクタル次元D)を持つので、その境界波長(コーナー波長)としてcが定義できる。フラクタル次元Dとコーナー波長cを持つ断層面は地震断層の一つのモデルとみなすことができる。工学的に定義される粗さは断層面の幾何学的形状の主として振幅に注目している。すべり面粗さのフラクタル的性質(D,c)と工学的に定義される粗さ(Ra,RMS,Rmax,Rz)との間にどのような関係があるかは、これまで不明であった。又、粗さがすべり破損過程でどのように変化するかを定量的に調べた例もなかった。

 本研究の目的は以下のとおりである:(1)、人工的に準備された断層面のフラクタル性質(D,c)と工学的に定義される粗さ(Ra,RMS,Rmax,Rz)との間にどのような関係があるかを系統的に調べること。(2)、異なるフラクタル的粗さを持つ断層面で繰り返し固着すべりを起こすことによりevolveしたすべり破損面のフラクタル的性質がどのように変化し、その結果は構成法則パラメターにどのような影響を与え、最終的にすべり破壊核にどのような影響を及ぼすのかをを系統的に研究すること。(3)、構成法則を規定する全てのパラメターの断層上の分布状態を実験的に詳しく調べ、かつパラメター相互間にどのような関係があり、すべり破壊の構成関係を実質的に規定する独立パラメターはどのようなものかを実験的に詳しく調べること。もし横成則パラメター間に相互関係が見い出されれば、脆性領域における破壊の核形成過程を実質的に支配する物理パラメタの数は減少する。このような研究によって震源核形成過程の理解を物理的視点から深めることを目指した。

2、実験

 剪断破壊過程は破壊しつつある面の幾何学的形状(粗さ)に起因する不均一性に大きく依存する。特に、破壊核臨界サイズLcとDc(又はDc-Da)は破壊面の幾何学的形状に大きく依存することが既にわかっている。そこで、幾何学的に不均一な断層面を作るために、比較的大型ブロック(すべり面積29cm×5cm)の花崗岩試料のすべり面を、粒度#60、#120、#220、#600、#2000の黒色炭化ケイ素で研削し、それぞれ異なるフラクタル的粗さを持つ断層面を準備した。研削された岩石表面の粗さを触針法(触針半径;1m)で測定した。面の粗さの定量化についてはフラクタル次元D、コーナー波長cと工学的に定義される粗さによって表現した。

 長さ29cm幅5cmの既存断層面を有する花崗岩試料3ブロックをサンドウイッチ状に並べ、サーボ制御式2軸圧縮機により断層面に10MPaの定法線応力を負荷した状態で、ブロック中央の試料にすべり速度一定で変位させ、断層沿いに剪断応力を作用させて、すべり破壊核を生長させた。破壊先端近傍における局所応力や相対変位を測定するため、断層面沿いに12個半導体ひずみゲージ(長さ2mm)を2.5cm等間隔に配置し、局所的な剪断応力の時間変化を測定した。断層面上の局所的変位測定はGapセンサー (渦電流式非接触微小変位計)を使用して5ケ所(CH2、4、6,8、11)で行った。半導体ゲージは試料の表面にしか貼ることができないため、すべり破壊の開始点を人工断層面の厚さ方向には特定できない。しかし、厚さ(5cm)に較べ十分長い断層(29cm)方向に成長するすべり破壊核の形成とその不安定高速破壊に遷移する過程を観測することにより、破壊核の発達過程を特定できる。

3、結果と結論(1)、断層面のフラクタル的性質と工学的に定義される粗さとの関係

 人工的に準備された断層面のフラクタル性質(D,c)と工学的に定義される粗さ(中心線平均粗さRa、自乗平均平方根粗さRMS、最大高さRmax、十点平均高さRzなど)との間に一定の関係が見い出された。特にフラクタル的粗さのコーナー波長cと工学的に定義される代表的な粗さRaの間には以下のような比例関係がある。

 

 RaとDの間にも正の相関関係がある。

 フラクタル的性質を持つ断層の定量には、二つのパラメター(D,c)が必要であり、特に幾何学的不均一性を代表する特性的な長さcは、同一断層面上で繰り返し固着すべりが起きて,すべり面の形状がevolveしてもよく保存されることが実験からわかった。今後は、粗さ振幅よりも粗さの波長を代表するパラメターcに注目することにする。

(2)、繰り返し固着すべりを起こすことによりevolveしたすべり破損面のフラクタル的性質

 #60、#600粗さを持つすべり面で繰り返しすべり破壊過程が起きても、再現性(保存性)のよい破壊核形成過程が観察された。断層面の粗さは粗くなると、破壊核の臨界サイズが大きくなる。このことは、Lcとcの間に正の相関関係のあることを示す。すべり破損面が粗い(#60)と、すべり破損進展速度は遅く、準静的フェイズのみが観察され、よりなめらかなすべり破損面(#600)では準静的フェイズと加速フェイズの両方が観察された。更になめらかな断層面(#2000)では、準静的フェイズは観察されず、加速フェイズと高速破壊のみが観察されることが既に示されている。以上の事実は、すべり破損過程はすべり破損面の不均一度に強く依存することを示す。

 すべり破損により、断層面上のフラクタル的粗さがどのように変化するかを調べた。その結果、断層面の幾何学的粗さを代表する特性的波長cは変化しないが、フラクタル次元Dは低下することが見い出された。このとき強度pの空間的不均一分布もよく保存されることがわかった。

 繰り返しすべりにより、フラクタル次元Dは有意に低下しても、特性的波長cはほとんど変化せず保存されるということは、破壊核の特性(critical size)や構成則パラメターもよく保存されることになる。

(3)、構成則パラメター間の相互関係

 脆性領域における剪断破損過程を支配する構成法則を規定するパラメターは互いに独立であるのか、それとも相互に関係するのかを実験的に詳しく調べた。もし相互関係が認められれば、独立なパラメターの数は減少し、少なくとも脆性領域では構成則が単純化される。更に、地殻における構成則(を規定するパラメター)の空間的不均一分布を推定することも容易になる。従って、パラメター間の相互関係の有無を調べることは極めて重要である。

 irpは互いに比例関係にあることが見い出された。

 

 

 このことは、破損強度pが高い場所では、臨界初期応力iや残留応力rも高いことを意味する。(p-i)とDaの間にもよい正の相関関係が見い出された。

 

 (p-i)は断層上のすべり量がDaのときの破損先端部における剪断応力の局所的集中量である。式(4)は、変位Daが大きければ、それだけ破損先端部における剪断応力集中量が大きくなることを示している。bと(Dc-Da)の間にもよい正の相関関係がある。更に、bpとの間にも正の相関関係が認められる。このような関係が脆性領域において普遍的に成立するとすれば、巨視的すべり破損過程は、一つの独立パラメターで規定されてしまうことになる(但し、係数は物質や状態に依存する)。

 

 

 当然の帰結として、pと(Dc-Da)の間にも相関関係が存在する。pとDcとの間にも正の相関関係が認められる。bとDcは、すべり破損面を新たに作り出すに必要なエネルギーGcを規定するパラメターである。Gcb×Dcに比例し、破損応力pが高い場所では、b及びDcが大きいので、破壊エネルギーGcも大きくなることを示す。また、破損応力pが高い場所では、slip-weakening displacement(Dc-Da)や臨界すべり変位Dcも大きいことを示す。pはDcとよい正の相関関係があり、pは(Dc-Da)とよい正の相関関係がある。

 

 

審査要旨

 本研究は、地震高速破壊に至る準備過程(震源核形成過程)に要する時間や震源核の臨界サイズは、どのような地学的環境要因により決められているかという地震発生の物理過程に焦点を当ててなされた実験的研究である。

 剪断破壊の核形成のためには、破壊の構成法則を規定するパラメターが断層面上で非一様分布する必要があり、破損先端領域における剪断応力(強度)は、破壊面に沿うすべり変位の進行と共に遷移的に低下する。すべり破壊過程では、破損過程を通じて破損面同士がじかに接触し絶えず相互作用し続けているので、破損特性は破損面の幾何学的形状(粗さ)に大きく依存する。特に破壊核臨界サイズLcと臨界すべり変位量Dcは破壊面の幾何学的形状に大幅に依存し、しかもDcは構成則を規定する基本的パラメターであると同時に、破壊のスケーリング・パラメターとして重要である。それ故、破損面の幾何学的形状(粗さ)とその変化を如何に合理的に定量化するかは大きな研究課題の一つである。

 本論文は、先ず現実の地震断層は全波長領域にわたって同一のフラクタル的性質を示すわけではなく、異なる波長領域では異なるフラクタル的性質を持つ事実に注目し、すべり破損面粗さをフラクタル次元D及びフラクタル的性質の異なる波長領域の境界波長cの2つのパラメターによって定量化した。cは破損面の幾何学的不均一度を代表する特性的長さという意味を持つ。すべり破損面の形状に関する過去の研究は、フラクタル次元Dを用いるか、工業規格で定義される粗さによって議論されてきた。本研究のユニークな点は、フラクタル次元Dと破損面の特性的長さcの2つのパラメターによって断層の幾何学的不均一度を定量化し、相互の関係や工業規格により定義される粗さとの関係を系統的実験によって調べ、破損面不均一度の定量化に有効なパラメターはcであることを示し、破壊核の臨界サイズを論ずるにはcによって断層面粗さを定量化するのが合理的であると結論づけた点にある。以上は第3章に記述されている。

 地震は、地質学的時間スケールでみると、同一場所で繰り返し発生することは今日広く認識されている。同一場所の繰り返しすべり破壊により断層面の幾何学的不均一度はどの程度evolveし、その結果断層上の破壊の構成則パラメターの不均一分布がどの程度変化するのかという問題に取り組んだのが第4章である。系統的に数百回の固着すべり実験を繰り返し、evolveしたすべり破損面のフラクタル的性質の変化をD及びcで定量化し、断層面のevolutionの特徴や原因を論じた。更に、すべり破損面のevolutionによってDは大幅に低下するも、cはよく保存されることを見い出した。このことは、断層の進化が進んでも、cに影響を及ぼす程の大変化でないかぎり再現性のよい破壊核が形成されることを意味する。実際、再現性のよい破壊核の形成か実現を異なる粗さの断層面を使って実験的に示した。又、粗い断層面では、高速破壊に至るまでの破壊成長距離は長く破壊核も大きく発達するが、滑らかな断層では破壊成長距離は短く破壊核のサイズも小さいことを見い出した。この結果は、すべり破壊核形成に断層の幾何学的不均一度が如何に重要な役割を果たすかを示すと共に、現実の震源核形成過程を考慮する際、環境要因の重要性を示唆する。更に、構成法則を規定するパラメターの一つである強度の不均一分布はすべり破損面のevolutionによってもほとんど変化せず、よく保存されることが示されている。

 第5章では、構成法則を規定するパラメターの断層上の分布状態を実験的に詳しく調べ、かつパラメター相互間にどのような関係があり、すべり破壊の構成関係を実質的に規定する独立パラメターはどのようなものかを実験的に調べた結果が述べられている。過去の研究では、構成法則を規定するパラメター全てが決定された例はなく、従って、パラメター相互の関係を吟味することも十分になされていなかった。特記すべきことは、以上のパラメターを全て実験的に求め、幾つかのパラメターの間に強い相関を見い出したことである。例えば、破損強度pで、臨界初期応力i、残留摩擦力rの間に強い相関が見い出されているが、このことは、断層面上の応力は強度分布と強い相関をもって分布することを意味する。又、上述したパラメター間の相関関係の存在は、構成法則を規定する独立パラメターの数が、少なくとも脆性領域においては減少することを示している。

 以上、本研究は室内実験的手法により、上述のような新しい知見を加え、震源核形成過程の理解を物理的視点から深める上でユニークな貢献をしたもので、博士論文としての内容を備えていると判断される。よって、審査委員全員一致で合格と判定した。

 なお、本論文は大中康譽氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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