地球周辺の宇宙空間を充たしているプラズマは非常に希薄であるために、一般に無衝突プラズマとして取り扱われる。また、地球磁気圏の大規模な構造やプラズマの運動は理想MHDでよく記述される。しかし、太陽風と磁気圏の境界面等の異なる領域のプラズマが接する場所では、しばしば理想MHDの近似を破るような微視的な散逸過程が発生して、その結果、異なる領域間にエネルギーの交換がおこなわれるようになる。それゆえ、磁気圏におけるエネルギー循環を知るためには、無衝突プラズマ中で起こる散逸の素過程を理解することが重要となる。 サブストーム現象は磁気圏において最も重要な現象の一つであるが、その発生機構は未だに解かれていない。サブストームのエネルギーはサブストームの成長相に尾部ローブに磁場のエネルギーとして蓄えられることが判っている。この磁場エネルギーが爆発的にプラズマエネルギーに変換される(磁気リコネクション)ことによってサブストームが発生するといわれているが、このエネルギーの変換機構のスイッチは何であろうか?ローブに磁場エネルギーが蓄積されるとローブを支える尾部電流シート(=プラズマ・シート)は薄くなり、電流シートの電流密度が増加する。理想MHDでは電流シートは無限に薄くなれるが、イオンの旋回半径よりも薄くなった時点で運動論的な効果が重要になり、微視的な不安定性を通して平衡状態の電流シートの厚さには下限があることが予想される。それでは、電流シートを流れる電流の上限値を決める物理はなんであろうか。本論文の主題は、微視的な粒子の運動論的視点から磁気圏尾部の電流シートの構造と安定性を解明することである。 1.一次元電流シートの動的平衡解における電子のダイナミクスの役割 磁気圏尾部の電流シートにおいては、尾部電流が電流シートを貫く磁場によって受けるJ×B力と(1)プラズマ粒子の圧力勾配(2)プラズマ粒子が磁力線に沿って運動することによって受ける遠心力、の2種類の力との釣り合いによって平衡状態が維持されていると考えられる。サブストーム直前の非常に引き伸ばされた磁場配位においては(2)の力の方が重要であると考えられる。本章では、一次元的な電流シートの電磁場の構造を仮定し、その中で個々のプラズマ粒子の運動がそれらの作る電磁場と自己無撞着になるような電流シートの動的平衡解を求め、その性質を調べた。過去の同種の研究では「尾部電流は主にイオンによって担われている」として電子の尾部電流への寄与を無視してきたが、ここでは電子の動力学を無視しないで解を求め、特に電子の役割を調べることにする。平衡解を求める基本方程式系に電子の効果を取り入れるために電子は質量0の流体として扱う。この際、電子の分布関数の非等方性をも考慮できるように工夫をした。その結果、得られた平衡解から以下のことが判った。 ・電子の分布関数が等方的である場合には電子の効果は重要ではなく、解の構造は電子の効果を取り入れない場合と変わらない。電子の動力学を取り入れたために生じる静電場は、従来言われていたこととは反対に、電流シートを薄くする方向に働く。発生する静電場の大きさは電子温度とともに増加し、電流シートの厚さは電子温度の増加とともに薄くなる。 ・電子の分布関数が非等方的である場合(磁場平行方向の温度が卓越する場合)には、電子の尾部電流への寄与がイオンによる電流と同程度にまでなり得て、電子の影響が無視できない。この場合、電子の分布関数が等方的である場合よりもさらに薄い電流シートの平衡解が存在できる。電子の電流は電流シートの中央部で卓越する。これは電子の分布関数が非等方性を持つために電子の磁力線湾曲電流が流れるからである(図1参照)。それに伴って電流シート内の静電場の分布が電子の分布関数が等方的な場合と大きく変わり、電流シート中央部にあった静電ポテンシャルの窪みがなくなる。 図1電子の分布関数が非等方的である場合の電流構造。電流シート中央部での電流は電子の磁力線湾曲電流の寄与による。 ・電子の尾部電流への寄与は電子温度の増加とともに増す。典型的な電流シートでの温度の値(イオン温度/電子温度=8)を用いると、イオン電流の約15%程度の電子電流が流れる可能性がある。この値は過去の衛星観測から推定された結果とほぼ一致する。 ・電子の分布関数が非等方性を持つ場合、電子電流の強度には上限値がありイオンの電流の強度と同程度までしか流せない。電子温度がイオン温度程度まで高くなると平衡解が存在しなくなる。これは、電子流体が消火栓不安定性の安定条件を充たさなくなるためである。 2.磁気中性面近傍で観測された低周波電磁擾乱の解析と磁気中性面における異常抵抗の成因の考察 本章の目的は、サブストーム時にGEOTAIL衛星が磁気中性面近傍で観測した低周波電磁波動が尾部電流に対する異常抵抗の原因に成りうるどうかを理論計算を援用して定量的に解析することである。尾部の磁気中性面近傍での擾乱についてはISEE-1衛星の電場計測器のデータによる報告があり[Cattel et al.,1987]、彼らの議論によれば、観測された電場波動は磁気リコネクションを励起するのに充分な異常抵抗をもたらすとされていた。しかし、彼らの研究では異常抵抗の見積もりに使用されたプラズマの諸量にあいまいさがあり、また、不安定性のモードの特定に関しても傍証が不充分であった。GEOTAIL衛星は電磁擾乱の観測データとして電場・磁場・プラズマのすべてを計測しているので、より定量的に不安定性のモードの特定と異常抵抗値の正確な見積もりが可能である。1例の観測結果をまとめると次のようになる。 (1)GEOTAIL衛星は1995年3月30日1112UTのサブストーム発生時に、地球から約15Reの電流シート中で強い南向き磁場の領域を観測した。GEOTAIL衛星はリコネクション領域に非常に近い場所にあったと考えられる。 (2)電流シート中では強い尾部電流(〜20nA/m2)が観測された。 (3)粒子の密度勾配非等方性を使ったリモート・センシングを使って見積もられた電流シートの厚さは1500〜2000kmであり、(2)の電流値から推定される厚さと矛盾しない。 (4)薄い電流シートが原因とおもわれる非旋回等方イオン分布関数の観測。 (5)電子の強い加熱が観測され、分布関数はフラット・トップ形状であった。 (6)磁気中性面近傍にいて低域混成周波数帯の電磁波動が観測された。 (7)電磁擾乱の伝播方向は磁力線に垂直方向であった。 観測結果から得られた物理量を用いたプラズマ不安定性の線形理論の計算結果との比較によって観測された電磁擾乱の不安定性のモードを同定を試みた。不安定性のモードには低域混成ドリフト不安定性(以下、LHDI)を想定して計算を進めた。(定式化はDavidson et al.[1977]によった。)従来のLHDIの理論では、磁気中性線の近傍領域のような高領域では安定化されてしまうと言われていた。この安定化の原因は主に電子の▽Bドリフト運動が波動と共鳴することである。しかし、磁気圏尾部領域では磁力線が湾曲しているために湾曲ドリフト運動も考慮にいれなければなない。湾曲ドリフトは▽Bドリフトを打ち消す方向であるために、これを考慮することによって安定化が避けられることが期待できる。実際に湾曲ドリフトの効果を加えて分散関係を計算し直した結果、高領域でも波動が成長できることが新たに明らかになった(図2参照)。線形計算から予想される周波数帯、(磁場強度)/(電場強度)比の値等が観測結果とよく一致するので、不安定性のモードは定性的にも定量的にもLHDIと考えて矛盾がない。 図2 1995年3月30日11時07分30秒UTでの観測値に対応するLHDIの線形固有モードの成長率。横軸は波数。曲率半径はRc/LB=2を用いた。 不安定性のモードをLHDIだと特定すると、さらに準線形理論を用いて異常抵抗値を見積もることができる。準線形計算の結果、観測された波動の強度は準線形理論で予想される不安定性の飽和レベルとほぼ一致した。更に、準線形計算から見積もられた異常抵抗値は100〜700mであった。これに観測値を用いて磁気レイノルズ数を見積もると4000〜28000に相当する。したがって、観測された波動強度は磁気リコネクション(ここでは、抵抗性テアリング不安定性)に必要なものより2〜3桁も不足していることが判った。また、サブストームに伴ってGEOTAIL衛星が磁気中性線近傍で観測した低周波電磁擾乱は、他の2例についても同程度の波動強度しかなかった。以上により、磁気中性面中にLHDIによる異常抵抗が存在することが示されたが、LHDIだけでは磁気リコネクションに必要な散逸を説明するのには不充分であることが結論される。この結果、LHDIは磁気リコネクションの励起の主原因とはなりえないので、磁気リコネクションを励起するためにはより強い散逸機構の存在を考える必要がある。一方、プラズマの熱化に関しては、準線形計算の結果、イオンの熱化の特性時間は最も短くても〜1000秒であるのに対して、電子の熱化の特性時間は〜300秒程度であった。したがって、LHDIによるプラズマの熱化は電子に対しては有効であることが判る。このことは加熱された電子が観測されたことに対応していると考えられる。 |