学位論文要旨



No 112436
著者(漢字) 篠原,育
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,イク
標題(和) 磁気圏尾部電流シートの構造と微視的不安定性
標題(洋) Structure and Microinstabilities of the Magnetotail Current Sheet
報告番号 112436
報告番号 甲12436
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3216号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 教授 飯島,健
 東京大学 助教授 柴田,一成
 宇宙科学研究所 助教授 星野,真弘
 東京大学 教授 鶴田,浩一郎
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
内容要旨

 地球周辺の宇宙空間を充たしているプラズマは非常に希薄であるために、一般に無衝突プラズマとして取り扱われる。また、地球磁気圏の大規模な構造やプラズマの運動は理想MHDでよく記述される。しかし、太陽風と磁気圏の境界面等の異なる領域のプラズマが接する場所では、しばしば理想MHDの近似を破るような微視的な散逸過程が発生して、その結果、異なる領域間にエネルギーの交換がおこなわれるようになる。それゆえ、磁気圏におけるエネルギー循環を知るためには、無衝突プラズマ中で起こる散逸の素過程を理解することが重要となる。

 サブストーム現象は磁気圏において最も重要な現象の一つであるが、その発生機構は未だに解かれていない。サブストームのエネルギーはサブストームの成長相に尾部ローブに磁場のエネルギーとして蓄えられることが判っている。この磁場エネルギーが爆発的にプラズマエネルギーに変換される(磁気リコネクション)ことによってサブストームが発生するといわれているが、このエネルギーの変換機構のスイッチは何であろうか?ローブに磁場エネルギーが蓄積されるとローブを支える尾部電流シート(=プラズマ・シート)は薄くなり、電流シートの電流密度が増加する。理想MHDでは電流シートは無限に薄くなれるが、イオンの旋回半径よりも薄くなった時点で運動論的な効果が重要になり、微視的な不安定性を通して平衡状態の電流シートの厚さには下限があることが予想される。それでは、電流シートを流れる電流の上限値を決める物理はなんであろうか。本論文の主題は、微視的な粒子の運動論的視点から磁気圏尾部の電流シートの構造と安定性を解明することである。

1.一次元電流シートの動的平衡解における電子のダイナミクスの役割

 磁気圏尾部の電流シートにおいては、尾部電流が電流シートを貫く磁場によって受けるJ×B力と(1)プラズマ粒子の圧力勾配(2)プラズマ粒子が磁力線に沿って運動することによって受ける遠心力、の2種類の力との釣り合いによって平衡状態が維持されていると考えられる。サブストーム直前の非常に引き伸ばされた磁場配位においては(2)の力の方が重要であると考えられる。本章では、一次元的な電流シートの電磁場の構造を仮定し、その中で個々のプラズマ粒子の運動がそれらの作る電磁場と自己無撞着になるような電流シートの動的平衡解を求め、その性質を調べた。過去の同種の研究では「尾部電流は主にイオンによって担われている」として電子の尾部電流への寄与を無視してきたが、ここでは電子の動力学を無視しないで解を求め、特に電子の役割を調べることにする。平衡解を求める基本方程式系に電子の効果を取り入れるために電子は質量0の流体として扱う。この際、電子の分布関数の非等方性をも考慮できるように工夫をした。その結果、得られた平衡解から以下のことが判った。

 ・電子の分布関数が等方的である場合には電子の効果は重要ではなく、解の構造は電子の効果を取り入れない場合と変わらない。電子の動力学を取り入れたために生じる静電場は、従来言われていたこととは反対に、電流シートを薄くする方向に働く。発生する静電場の大きさは電子温度とともに増加し、電流シートの厚さは電子温度の増加とともに薄くなる。

 ・電子の分布関数が非等方的である場合(磁場平行方向の温度が卓越する場合)には、電子の尾部電流への寄与がイオンによる電流と同程度にまでなり得て、電子の影響が無視できない。この場合、電子の分布関数が等方的である場合よりもさらに薄い電流シートの平衡解が存在できる。電子の電流は電流シートの中央部で卓越する。これは電子の分布関数が非等方性を持つために電子の磁力線湾曲電流が流れるからである(図1参照)。それに伴って電流シート内の静電場の分布が電子の分布関数が等方的な場合と大きく変わり、電流シート中央部にあった静電ポテンシャルの窪みがなくなる。

図1電子の分布関数が非等方的である場合の電流構造。電流シート中央部での電流は電子の磁力線湾曲電流の寄与による。

 ・電子の尾部電流への寄与は電子温度の増加とともに増す。典型的な電流シートでの温度の値(イオン温度/電子温度=8)を用いると、イオン電流の約15%程度の電子電流が流れる可能性がある。この値は過去の衛星観測から推定された結果とほぼ一致する。

 ・電子の分布関数が非等方性を持つ場合、電子電流の強度には上限値がありイオンの電流の強度と同程度までしか流せない。電子温度がイオン温度程度まで高くなると平衡解が存在しなくなる。これは、電子流体が消火栓不安定性の安定条件を充たさなくなるためである。

2.磁気中性面近傍で観測された低周波電磁擾乱の解析と磁気中性面における異常抵抗の成因の考察

 本章の目的は、サブストーム時にGEOTAIL衛星が磁気中性面近傍で観測した低周波電磁波動が尾部電流に対する異常抵抗の原因に成りうるどうかを理論計算を援用して定量的に解析することである。尾部の磁気中性面近傍での擾乱についてはISEE-1衛星の電場計測器のデータによる報告があり[Cattel et al.,1987]、彼らの議論によれば、観測された電場波動は磁気リコネクションを励起するのに充分な異常抵抗をもたらすとされていた。しかし、彼らの研究では異常抵抗の見積もりに使用されたプラズマの諸量にあいまいさがあり、また、不安定性のモードの特定に関しても傍証が不充分であった。GEOTAIL衛星は電磁擾乱の観測データとして電場・磁場・プラズマのすべてを計測しているので、より定量的に不安定性のモードの特定と異常抵抗値の正確な見積もりが可能である。1例の観測結果をまとめると次のようになる。

 (1)GEOTAIL衛星は1995年3月30日1112UTのサブストーム発生時に、地球から約15Reの電流シート中で強い南向き磁場の領域を観測した。GEOTAIL衛星はリコネクション領域に非常に近い場所にあったと考えられる。

 (2)電流シート中では強い尾部電流(〜20nA/m2)が観測された。

 (3)粒子の密度勾配非等方性を使ったリモート・センシングを使って見積もられた電流シートの厚さは1500〜2000kmであり、(2)の電流値から推定される厚さと矛盾しない。

 (4)薄い電流シートが原因とおもわれる非旋回等方イオン分布関数の観測。

 (5)電子の強い加熱が観測され、分布関数はフラット・トップ形状であった。

 (6)磁気中性面近傍にいて低域混成周波数帯の電磁波動が観測された。

 (7)電磁擾乱の伝播方向は磁力線に垂直方向であった。

 観測結果から得られた物理量を用いたプラズマ不安定性の線形理論の計算結果との比較によって観測された電磁擾乱の不安定性のモードを同定を試みた。不安定性のモードには低域混成ドリフト不安定性(以下、LHDI)を想定して計算を進めた。(定式化はDavidson et al.[1977]によった。)従来のLHDIの理論では、磁気中性線の近傍領域のような高領域では安定化されてしまうと言われていた。この安定化の原因は主に電子の▽Bドリフト運動が波動と共鳴することである。しかし、磁気圏尾部領域では磁力線が湾曲しているために湾曲ドリフト運動も考慮にいれなければなない。湾曲ドリフトは▽Bドリフトを打ち消す方向であるために、これを考慮することによって安定化が避けられることが期待できる。実際に湾曲ドリフトの効果を加えて分散関係を計算し直した結果、高領域でも波動が成長できることが新たに明らかになった(図2参照)。線形計算から予想される周波数帯、(磁場強度)/(電場強度)比の値等が観測結果とよく一致するので、不安定性のモードは定性的にも定量的にもLHDIと考えて矛盾がない。

図2 1995年3月30日11時07分30秒UTでの観測値に対応するLHDIの線形固有モードの成長率。横軸は波数。曲率半径はRc/LB=2を用いた。

 不安定性のモードをLHDIだと特定すると、さらに準線形理論を用いて異常抵抗値を見積もることができる。準線形計算の結果、観測された波動の強度は準線形理論で予想される不安定性の飽和レベルとほぼ一致した。更に、準線形計算から見積もられた異常抵抗値は100〜700mであった。これに観測値を用いて磁気レイノルズ数を見積もると4000〜28000に相当する。したがって、観測された波動強度は磁気リコネクション(ここでは、抵抗性テアリング不安定性)に必要なものより2〜3桁も不足していることが判った。また、サブストームに伴ってGEOTAIL衛星が磁気中性線近傍で観測した低周波電磁擾乱は、他の2例についても同程度の波動強度しかなかった。以上により、磁気中性面中にLHDIによる異常抵抗が存在することが示されたが、LHDIだけでは磁気リコネクションに必要な散逸を説明するのには不充分であることが結論される。この結果、LHDIは磁気リコネクションの励起の主原因とはなりえないので、磁気リコネクションを励起するためにはより強い散逸機構の存在を考える必要がある。一方、プラズマの熱化に関しては、準線形計算の結果、イオンの熱化の特性時間は最も短くても〜1000秒であるのに対して、電子の熱化の特性時間は〜300秒程度であった。したがって、LHDIによるプラズマの熱化は電子に対しては有効であることが判る。このことは加熱された電子が観測されたことに対応していると考えられる。

審査要旨

 本論文は地球磁気圏尾部の電流層を舞台として、宇宙空間の無衝突プラズマ中の重要な素過程である無衝突散逸機構について、観測、理論の両面からその詳細を明らかにしようとしたものである。本論文は4章からなり、第1章は宇宙空間プラズマの基礎的性質についてのレビュー、第2章は磁気圏尾部プラズマ・シートの電流構造についての理論的研究、第3章はプラズマ・シートの電気抵抗率について観測と理論の両面からの研究結果、第4章は結果のまとめと残された課題の指摘であり、第2章と3章がオリジナルな研究成果の章である。

第2章「磁気圏尾部プラズマ・シートの電流構造」の要旨

 磁気圏尾部の構造を保持しているプラズマ・シートの電流構造を明らかにするために、1次元電流シートの動的平衡解について考察を行った。過去の衛星観測によって、磁気圏サブ・ストームの成長相においては非常に薄い電流層が形成されそこでは電子の非等方(PP⊥)分布が卓越することが知られている。非等方分布は磁力線湾曲効果が存在する場合には、粒子の曲率ドリフトの効果を通して磁場に垂直方向の電流を形成し、薄い電流層の形成に寄与していることが期待できる。しかし、その点に着目した理論モデルは十分に検討されているとは言い難かった。本章では特に電子の動力学に焦点をあてて1次元の平衡解の構造を議論している。過去の同種の研究では電子の尾部電流への寄与が無視されてきたが、ここでは平衡解を求める基本方程式系に電子の効果を取り入れるために電子は質量0の流体として扱われた。この際、電子の分布関数の非等方性を考慮するなされた工夫は論文提出者による独自のものである。この計算の結果、まず、電子の動力学を考慮しても平衡解が得られることを明らかなり、さらに以下の知見が得られた:

 ○電子の分布関数が等方的である場合には解の構造は電子の効果を取り入れない場合と変わらない。しかし、電子の動力学を取り入れたために発生する静電場は電流シートを薄くする方向に働く。発生する静電場の大きさは電子温度とともに増加し、電流シートの厚さは電子温度の増加とともに薄くなる。

 ○電子の分布関数が非等方的である場合(磁場平行方向の温度が卓越する場合)には、電子の尾部電流への寄与がイオンによる電流と同程度にまでなり得て、電子の影響が無視できない。この場合、電子の分布関数が等方的である場合よりもさらに薄い電流シートの平衡解が存在し、電子電流は電流シートの中央部で卓越する。そして、電子の尾部電流への寄与は電子温度の増加とともに増す。

 この結果から、電子の分布関数が非等方的である場合には、従来の結果(イオンの電流の寄与のみ考慮)よりも薄い電流層が実現されることを明らかにした。この結果から、磁気圏サブストームの成長相に磁気圏尾プラズマ・シート中で見られる非等方電子分布が、薄い電流層の準平衡状態を保つことに大きく寄与している可能性があることを指摘した。

 また、モデル構築上の技術的問題点として、イオンがその入射方向に作る電流成分の問題がある。この成分は従来は電子の寄与により打ち消されると仮定されていたが、論文提出者はこれまでの仮定が誤っていることを示し、時間反転・鏡像解のイオン群を導入する解決手法を提示した。この手法は人工的ではあるが、厳密解を構成する手段を与えたことになり、今後の研究に新しい指針を与えたと言える。

第3章「磁気圏尾電流層内の低周波乱流」の要旨

 磁気中性面近傍に発生する異常抵抗は磁気リコネクションの励起と関連して磁気圏尾部の物理にとって重要な物理量である。GEOTAIL衛星は電磁擾乱の観測データとして電場・磁場・プラズマのすべてを計測しているので、これまでに比べて遥かに定量的に不安定性のモードの特定と、異常抵抗値の正確な見積もりを行うことが可能になった。この背景のもとで、論文提出者はプラズマ・シート中で起こる電流駆動型の微視的不安定性にともなう輸送効果(異常抵抗発生、粒子加熱過程)について観測、理論の両面からの研究を行ない以下の新しい結果を得た。

 まず、サブストーム時にGEOTAIL衛星が磁気中性面近傍で観測した低周波電磁波動データの解析を行った。次に観測された波動による尾部プラズマの異常輸送効果(加熱、電気抵抗)を準線形理論を援用して定量的に解析した。この定量的解析の結果、まず、不安定性のモードには低域混成ドリフト不安定性(以下、LHDI)が最有力の候補であることを明らかにした。ここで、論文提出者は従来の常識、「低域混成ドリフト不安定性は磁気中性線の近傍領域のような高領域では安定化されてしまう」を湾曲ドリフトの効果を加えて分散関係を計算し直すことによって覆している:

 まず、湾曲ドリフトの効果により、高領域でも波動が成長できることを明らかにした。次に、線形計算から予想される周波数帯、(磁場強度)/(電場強度)比の値等が観測結果とよく一致することを示し、不安定性モード同定の正当性の根拠を得た。この一連の議論はこれまでの同種の解析と比較し、取り扱いの定量性において抜きんでている。同時に、磁力線の湾曲の効果(Bz成分の存在)の重要性を明らかにしている。さらに準線形理論を用いて、観測された波動の強度が理論から期待される不安定性の飽和レベルとほぼ一致することを示した。さらに、電子・イオンへの加熱効果を定量的に取り扱い熱化の特性時間はそれぞれ、300秒程度、1000秒程度以上であることを明らかにした。この結果は電子については観測される波動に伴う加熱過程が有効であることを証明するものであるが、イオンにとっては遅すぎて不十分であり、別の加熱過程が必要であることを示唆している。

 また、準線形計算から見積もられた異常抵抗率は24-580Ohm mであった。これは磁気レイノルズ数にして3500-83000に相当し、サブストーム現象に伴う高速の磁気リコネクションに対して、抵抗性テアリング不安定性に基づく従来の理論的取り扱いにおいて仮定されてきた磁気レイノルズ数より約2桁高い。観測の困難さから、準線形理論との完全な突き合わせができたのは1例に留まるが、部分的な観測が可能であった他の3例についても波動強度は同程度であり、やはり磁気レイノルズ数が高すぎることを示した。すなわち、磁気中性面中にはLHDI発生に基づく異常抵抗が存在するが、抵抗性テアリング不安定性のリコネクションモデルをもってしてはサブストームを説明することは難しい。従って、論文提出者の研究結果は観測的にはまだ十分吟味されているとは言えない他のリコネクションモデル、駆動型のモードや空間・時間発展型の抵抗モデルなどを考える必要があることを強く示唆している。

 以上の研究成果は、磁気圏尾における電流層の構造形成、動的変化の謎を解き明かす上で重要な知見であり、関連分野の今後の発展に寄与すること大である。よって篠原育氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。

UTokyo Repositoryリンク