学位論文要旨



No 112437
著者(漢字) 中谷,正生
著者(英字)
著者(カナ) ナカタニ,マサオ
標題(和) 応力依存性のある熱活性化過程による現象としての断層摩擦における時間効果の実験的研究
標題(洋) EXPERIMENTAL STUDY OF TIME-DEPENDENT PHENOMENA IN FRICTIONAL FAULTS AS A MANIFESTATION OF STRESS-DEPENDENT THERMALLY ACTIVATED PROCESS
報告番号 112437
報告番号 甲12437
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3217号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 嶋本,利彦
 東京大学 助教授 栗田,敬
 横浜市立大学 助教授 吉岡,直人
 東京大学 教授 大中,康譽
内容要旨

 地震の発生の原因が既存の断層面における不安定な滑りであることは、今や周知の事実である。応力を受ける弾性体中に存在する滑り面が地震のような不安定な滑り方をする本質的な原因は、静摩擦が動摩擦より高いことにある。本研究の主目的は、過去の地震で一旦破壊した断層面がいかにしてその強度を回復するか、そのメカニズムを理解することである。

 過去のいくつかの研究によって、経験的には、摩擦強度は静的接触時間の経過に伴って対数的に増加することが知られている。そして、これが、岩石の摩擦強度について知られていることのほぼ全てであり、地震断層には、実験室での観察事実をそのまま適用しているに過ぎない。しかし、時間、及び空間スケールの全く違う地震発生の問題には、実験室での現象論的法則を適用するよりは、むしろ、実験室での現象から抽出された基礎物理過程に基づくモデリングを通したアプローチが望ましいと考える。従って、本研究は、実験室での現象の物理的描像を提出するという方針で行われた。

 本研究では、時間依存性の現象である強度回復は、何らかの熱活性化過程から生じているとの洞察から、温度、及び、静的接触中の接線応力(hold)を実験因子にとって、熱活性化過程という観点から理解できるような実験をデザインした。温度範囲は25-900C、接線応力は動摩擦の50%から99%の範囲を実験した。試料としては、温度に対して安定かつ、組成のはっきりした珪酸塩鉱物としてナトリウム長石の粉末を用いた。これを、薄い層にしてセラミックブロックの間に挟み、二軸試験機で法線応力とせん断応力を載荷した。

 強度回復は、あらかじめ決めた時間だけ試料を静的接触の状態に置いておき、しかる後に一定の滑り速度(2m/s)で滑らせて、その際の摩擦力-滑り変位の関係を調べるという方法で行われた(図1)。この実験方法は、slide-hold-slide testといわれるものの範疇にはいるが、静的接触中の接線応力を実験因子にするという考えは、過去の研究には見られない。

 主要な実験結果は以下のようにまとめられる。

 (1)摩擦力-滑り変位の関係(slip-weakening curve)は、特性距離の著しく違う二つの減衰指数関数で表される(図2)。

 (2)特性距離の短い方のslip-weakening curveに関連した時間的強度回復(ここではL型ヒーリングと呼ぶ)は、従来から知られているものと一致し、10m程度の短い臨界滑り距離で静的接触時の記憶を失う。これは、25-900Cの全ての温度領域で観察された。

 (3)L型ヒーリングによる静摩擦の時間的増加は、全ての温度、応力領域で

 

 の形で表される。

 (4)Eq.1で定義されるbL(L型のヒーリングレートと呼ぶ)は、応力に強く依存し、実験式として

 

 が得られた。ここで、Lhealが接線応力にたいする依存性を表すパラメータで、この値が小さいほど応力に敏感である(図3)。この結果は現存する経験則にはあてはまらない。

 (5)Eq.2のパラメータLhealはともに温度とともに系統的に増加する(図3)。その増加の様子は熱活性化過程として期待される関数形と定量的に一致する。

 (6)600C以上の高温においては、L型ヒーリングに加えて、100m程度の長い特性距離をもつslip-weakening curveに関連した強度回復(ここではH型ヒーリングと呼ぶ)が顕在する。H型ヒーリングは以下のような特徴を持ち、本研究ではじめて認識されたものである。

 (7)H型ヒーリングに関連した臨界滑り距離は静的接触時間とともに増加する。

 (8)H型ヒーリングはholdの影響をほとんど受けない(図3)。

 (9)H型ヒーリングは温度に強い正の依存性を持つ(図3)。その依存性は熱活性化過程として期待される関数形に一致する。

 加えて、副産物として、摩擦におけるもう一つの時間依存性現象である摩擦クリープについて、次の結果が得られた。

 (10)クリープ速度は、ヒーリングの進行とともに低下する。

 (11)クリープ速度は、hold及び、温度に正の依存性を持つ。その依存性は熱活性化過程として期待される関数形に一致する。

 以上の結果を熱活性化過程という観点から考察することで以下の知見が得られた。

 A.H型ヒーリングによって形成される結合のエネルギーを静的接触時間の関数としてみると、各温度での結果が温度時間換算法により結びつけられることがわかった。その結果、600C以上の高温では、200kJ/molという高い活性化エネルギーが見出された。この値はアルバイトの転移クリープと同じでH型ヒーリングは原子レベルの拡散過程で律則されているといえる。

 B.クリープ速度は、以下の式でよくあらわされることがわかった。

 

 この式はrate- and state-dependent friction lawと数学的に等価である。式中では、ヒーリングによって時間的に増加していく状態変数であり、本研究では静的接触の最後の時点における値が、それに引き続く滑り時の最大静止摩擦の測定により確かめられている。その他の値も、クリープの応力敏感性を表すパラメータ以外は全て測定量であるので、データから、Eq.3の妥当性を示し、かつ、の値を決定することに成功した。Eq.3の形は、クリープ速度が、せん断応力を支えている結合一本あたりの荷重で決めれるという物理的描像で合理的に説明できる。この描像は、これまでもっぱら経験的法則として研究されてきたrate- and state-dependent friction lawに対する物理的解釈になっている。

 C.Eq.3よりクリープの速度定数がexpであることがわかる。これをアレニウス式

 

 と比較して、活性化エネルギーQ=120kJ/mol、活性化体積=18000cm3/molで特徴づけられる熱活性化過程として取り扱えることが示された。活性化エネルギーの値は、摩擦クリープがサブクリティカルクラック成長によって律速される過程であることを示す。

 D.=18000cm3/molという異常に大きい活性化体積の値は、クリープの変形が、非常に面積の狭い真実接触部でおこっていることによる見かけ上のものであると理解される。仮に真実接触面積が呼び面積の1%程度であると考えれば、活性化体積は原子体積程度まで小さくなる。

 E.Eq.1にかんする理論的考察から、L型ヒーリングに関する反応速度定数は、bL/tccであるべきことがわかった。本実験では、tcは測定できなかったので、これは、応力、温度に依存しないと仮定し、活性化エネルギーQ=50kJ/mol、活性化体積=4600cm3/molを得た。但しtcを応力、温度に依存しないと仮定したので、これらの数字は真の値の下限を与えることになる。これらの値からL型ヒーリングを律速するプロセスを特定することはできないが、Eq.1に見られる強い応力依存性から判断して、L型ヒーリングもやはりサブクリティカルクラック成長によると思われる。結合の切断過程であるサブクリティカルクラック成長がヒーリングを律速するという考えは一見おかしいように見えるが、新たな結合を形成するのに必要な条件の準備が、周辺のクラック成長を通しておこることは十分に考えうる。異常に大きい活性化体積の値に関しては、D.と同様の説明が与えられる。

 F.H型とL型の本質的な違いは、それらのヒーリングプロセスが作用する構造の違いであるとするモデルを提唱した。変形後試料の観察から、試料は、粉末としてよりむしろ固化したブロックとしてふるまうと考え、接触する2つの粗い面の相対運動時の摩擦に関する松浦ら(1992)のモデルを参照して、H型ヒーリングは、断層ガウジの固結により,滑り時に磨耗した面のトポグラフィーを回復することであり、対して、L型ヒーリングは、接触しているアスペリティー間の結合を強化して、接触部でのローカルな摩擦係数を増加させる作用であるとの物理的描像を提唱した。また松浦らのモデルに準拠すれば、H型ヒーリングに関連した臨界滑り距離が時間的に増加するという観察事実は、表面トポグラフィーのフラクタル性の成り立つ上限波長が、だんだん長くなることを示唆している。なお、ここで示したL型ヒーリングに対する見解は、アスペリティーの非弾性変形による真実接触面積の時間的増加という従来から提起されていた考えと調和的である。ここで提唱されたモデルの正当性は直接確かめられたわけではないが、本研究でえられた実験結果および、その熱化学的解析の結果のすべてと整合的である。

 G.F.のように考えるとH型ヒーリングに関連した臨界滑り距離は、L型ヒーリングのように真実接触部のサイズという小さな値に拘束されることがないので、自然地震に期待される大きな臨界滑り距離を説明しやすくなる。そこで、A.で得られた活性化エネルギーを用いて、実際の断層の温度、圧力条件で、大きな地震における破壊エネルギーである、106mJ/2分の結合を形成するのに要する時間をみつもってみたところ、3億年という値が出た。このことは、逆に、自然の断層では,もっと効率よく強度回復を起こす仕掛けがはたらいていることを示唆している。1つの可能性は、断層中の水の存在により、活性化エネルギーの低いプロセスで、H型のヒーリングの結合がつくられることである。例えば圧力溶解-凝固の過程は35kJ/molという低い活性化エネルギーをもつ。単純に先の試算をQ=35kJ/molを用いて行えば、106J/m2の結合は,ほぼ大きな地震の地震サイクルの期間内に獲得されうる。また、地震時の断層の摩擦発熱によって、ヒーリングが促進されるというのも、必ずおこるはずのことである。

 以上、これまでもっぱら現象論的に研究されてきた実験室での岩石摩擦における時間依存性の現象(強度回復とクリープ)について、熱活性化過程という観点からの実験をおこなうことによって、物理的基礎過程のレベルから理解できることが本研究により示されたといえる

図1.接線応力(hold)を実験因子とした強度回復試験の方法。図2.二つの特性滑り距離を持つslip-weakening curve図3.H型、L型それぞれのヒーリングレートにたいする接線応力および温度の影響
審査要旨

 地震は,既存の断層面での応力降下を伴う不安定すべりである.これまでの岩石試料を用いた様々な実験から,断層面の強度はすべりとともに指数関数的に低下し,静的接触時間の経過とともに対数的に回復することが知られているが,その基礎物理過程に関しては殆ど不明のままであった.本論文は,時間依存現象である断層の強度回復とクリープについて,岩石摩擦実験とデータ解析に基づき,その基礎物理過程の解明を試みたものである.

 本研究では,まず,断層の強度回復が剪断応力依存性を持つ何らかの熱活性化過程によって支配されている現象であると考え,温度と静的接触時の剪断応力を制御した独創的な岩石摩擦実験をデザインし,静的接触時間の経過がその後の剪断応力-断層すべりの関係(構成関係)にどのような影響を及ぼすかを詳細に調べている.次に,その実験結果に基づき,剪断応力を一定に保った静的接触時には低速度のクリープが進行していること,また,静的接触後に一定速度ですべらせると剪断応力はピーク値まで急激に増加した後すべりとともに徐々に低下するが,その応力低下の振る舞いは特性距離の著しく異なる二種類の指数減衰関数の重ね合わせとして表せることが示されている.本論文では,この二種類のすべり弱化過程の内,特性距離の短い方に関する時間的強度回復をL型ヒーリング,長い方に関する時間的強度回復をH型ヒーリングと呼び,クリープと併せそれらの現象の特性について以下のように実験結果をまとめている.まず,L型ヒーリングは,温度と静的接触時の剪断応力の両方に強い正の依存性を持ち,実験で確かめた全ての温度(25-900C)応力(動摩擦応力の55-99%)範囲で接触時間の対数に比例して強度の回復が進行する.一方,H型ヒーリングは,温度に対しては強い正の依存性を持つが,静的接触時の剪断応力の影響は殆ど受けない.H型ヒーリングのもう一つの重要な特性は,静的接触時間の経過とともに強度ばかりでなく,すべり弱化の特性距離も長くなっていく点にある.このような特性を持ったヒーリング過程の存在は,本研究で初めて指摘されたものである.また,静的接触時のクリープは,L型ヒーリングと同様,温度と静的接触時の剪断応力の両方に強い正の依存性を持つが,その速度はヒーリングの進行とともに低下する.

 最後に,上記の実験データを熱活性化過程という観点に立って解析し,H型ヒーリング,L型ヒーリング,クリープの活性化エネルギーを,各々200kJ/mol,50kJ/mol,120kJ/molと見積もっている.そして更に,これらの活性化エネルギーの見積もりと定量的な実験式とに基づき,H型ヒーリング,L型ヒーリング及びクリープの基礎物理過程について考察し,以下のような概念的モデルを提唱している.まず,H型ヒーリングは,原子レベルの拡散過程によって支配されており,現象的には,すべりに伴って磨耗した接触面のフラクタル構造が断層ガウジの固結により時間とともに回復する過程と理解される.これに対して,L型ヒーリングは,アスペリティー同士が接触している部分周辺の非弾性変形により真実接触面積の増大が進行し,アスペリティー間の結合が強化される過程と理解される.従って,この過程は,微視的にはサブクリティカル・クラックの成長によって支配されている.クリープもまた,微視的にはサブクリティカル・クラックの成長によって支配されているが,L型ヒーリングの場合とは異なり,アスペリティー間の結合部を切断する過程として理解される.

 以上のように,本論文は,これまで主に現象論的に研究されてきた岩石摩擦の時間依存現象(強度回復とクリープ)について,温度および静的接触時の剪断応力を制御した詳細な実験を行い,その結果を熱活性化過程という観点に立って解析することにより,基礎物理過程を明らかにしたものであり,その地震発生過程の基本的理解に対する貢献は極めて大きい.

 よって,本審査委員会は,全員一致で本論文に博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

UTokyo Repositoryリンク