学位論文要旨



No 112438
著者(漢字) 劉,洪
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,コウ
標題(和) プラズマポーズ内側の酸素イオンジャイロハーモニク波動 : 波の発生機構及び磁気嵐の時のプラズマ粒子の診断
標題(洋) The Oxygen Gyro-harmonic Waves in the Inner Plasmasphere : On generation mechanism and diagnostics of storm time plasma
報告番号 112438
報告番号 甲12438
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3218号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 教授 飯島,健
 東京大学 教授 小山,孝一郎
 東京大学 教授 山本,達人
 京都大学 助教授 大村,善治
 東京大学 助教授 林,幹治
内容要旨

 磁気圏と言えば太陽風との相互作用によって歪められるダイポール地球磁場の支配する領域を指す。この地球磁気圏において、最も重要なプロセスは磁気圏と電離圏との連結過程であろう。中でも、磁気嵐、或いは磁気圏嵐とも言うべき自然現象はこの連結過程において最も基本的且つ活動的な表われである。磁気嵐が起こると磁気圏尾部或いはプラズマシートよりエネルギーを持つ荷電粒子は地球に向いて注入することによって東西向きの赤道環電流が形成する。特に大きな磁気嵐が起こるときに地球電離層から大量のプラズマ粒子(主に酸素イオン)は直接に赤道域に流入し、強い対流電場に輸送されることによって環電流のエネルギーを担いながら地球に最も近い所まで浸入できる。この傾向は特に太陽活動の激しい時期に著しくなる。

 一方、このような領域において、荷電粒子の輸送に伴い、さまざまなプラズマ波動が発生できる。磁気圏におけるプラズマ波動に関する研究は人工衛星及び地上での観測を通じて、長年にわたり、成果を挙げ続かれている。それに伴い、例えば、ホイスラー波動の研究によって、プラズマポーズの位置を確定することができたと言うような見事な出来事も少なくない。これは、プラズマ波動がその伝播に欠かせない媒体に対して、沢山の情報を持っているからである。我々は波動現象の研究を行うと同時にその媒体となるプラズマ粒子を診断するということを常に狙っている。

 磁気赤道付近に現れる電磁的なイオンハーモニクバーンスタインモード波動が、OGO3、IMP6、Hawkeye1、GEOS1,2、EXOS-Dなど多くの人工衛星によって観測された[Russell et al.,1970,Gurnett,1976,Perraut et al.,1982,Kokubun et al.,1991,Liu et al.,1994]。このような波動が、磁気赤道領域にトラップされているプラズマ粒子のピッチ角分布やエネルギー分布の異常などの不安定によって発生したと考えられている。そのうち、特に注目したいのはEXOS-D衛星により初めて観測された磁気嵐の時の酸素イオンによるジャイロハーモニク波動である[Liu et al.,1994]。なぜなら、EXOS-D以前の人工衛星による波動観測では、多くの場合に観測領域が遠い場所に限られた為(3〜8倍の地球半径の間)、現象の磁気活動との関連や、水素イオンの他にある地球電離層起源の重イオン(例えばO+.He+)による現象などを明確に示せることができなかった。

 1989年に日本が打ち上げた科学衛星EXOS-Dは比較的低高度(1.5〜2.5倍の地球半径の間)なので、電離層起源のプラズマ粒子が比較的に集中すると思われる領域での波動観測ができるようになった。従って、我々はこの領域において特に酸素イオンによるジャイロハーモニク波動を研究するために、そして、磁気嵐の時の赤道域のプラズマ(主に酸素イオン)を診断するために、最も良いチャンスに恵まれていると言えよう。本研究はこう言った目的を念頭に置きながら、衛星の波動データを解析するとともに理論的なモデル計算を行なうという形で進めてきたものである。

 以下に述べるのは、以上の方針で現在までに進められてきた研究の概要である。

 磁気嵐の時にEXOS-D衛星に観測された酸素イオンによるジャイロハーモニク波動はイオンサイクロトロン周波数の高調成分を持ち、磁力線に対して斜めに伝播するものである。約五年間の波動データを解析した結果、次のことが分かった。

 (1)現象は磁気嵐の主相に当たる時間帯、そして、高度6000キロから10000キロまで、赤道面を挾む磁気緯度の正負10度以内の場所に観測された;

 (2)現象は磁気地方時の朝方から昼側まで(0600-1000LT)の間に集中的に観測された;

 (3)現象は太陽活動の激しい時期に限って観測された;

 (4)現象は局在的に励起されたものであり、背景磁場に対し70度から80度までの間に伝播角を持つものである;

 (5)現象に当たる波の高調波数はLarge storm(-250nT<Dst<-150nT)の場合に最大8から10まで、Great storm(Dst<-250nT)の場合に最大12まで上がる。

 このような特徴を持つ波動現象について、次の通りに理論的なモデル計算を行った。

 先ず、冷たい水素イオンと酸素イオンが入っている背景プラズマの中にリング状分布を持つenergetic酸素イオンによる垂直伝播の波動モードを仮定して、その分散関係と非共鳴不安定性(k=0)によるハーモニク周波数(no+)の所の成長率を計算した。次に、背景プラズマの中にある水素イオンや酸素イオンなどを有限温度を持つMaxwellian分布の粒子集団とし、そして、自由エネルギーを持つ酸素イオンを温度異方性を持つloss-cone分布のものと仮定して、より現実的な斜め伝播の波動分散関係と成長率の計算を行った。

 背景プラズマ粒子の組成比と酸素イオンの熱速度、そして、自由エネルギーを持つ酸素イオンの熱速度、異方性の強さ及び分布関数の形などは波動成長率に決定的な影響があるということがモデル計算で分かった。

 以上の計算で得られた結果は、観測された波動現象をよく説明できた他に、以下の結論を付けた。

 (1)斜め伝播の酸素イオンジャイロハーモニク波動が強い温度異方性を持つloss-cone分布のenergetic酸素イオンの不安定によって、発生可能である;

 (2)このような酸素イオンジャイロハーモニク波動を立てるために、a)背景プラズマについては、酸素イオンがLarge stormの時に粒子全体の10¥%以上、Great stormの時に粒子全体の半分近く占めることが必要である;b)自由エネルギーを持つ酸素イオンについては、粒子分布が大きな温度異方性を持ちながら、磁場に垂直方向の熱速度が毎秒200キロから300キロまでの間に波を成長させる最適値がある。

 最後、波動データ解析結果とモデル計算結果を踏まえて、また、磁気嵐の時の赤道域のプラズマ粒子の観測結果と、その源と見られる地球電離層から流出していく粒子の観測結果を用いて、磁気嵐の時の磁気圏と電離圏との連結過程について物理的解釈をした。つまり、夜側オーロラ帯(60°〜65°)から出てきた数百evの温度を持つ酸素イオンの流れが赤道域に着く後、更に強い対流電場によって地球近傍(L〜2-3)まで運ばれ、同時に十数kevまで加速されるというふうに考えている。そのうち、エネルギーの低いものは地球corotation電場の働きを受け東向きに磁気地方時の朝方から昼側までの間に入るのに対し、エネルギーの高いものは地球磁場の働きを受け西向きに同じ場所に到達する。従って、他の磁気地方時に比べて、朝方から昼側までの間に波を成長させる自由エネルギーを持つ最も不安定な粒子分布が形成できる。この分布は観測されたような酸素ジャイロハーモニク波動を立てることができる。

審査要旨

 本論分の主題は、プラズマ圏深部の新しい熱プラズマ電磁波動現象の発見、その現象論的解釈、プラズマ波動の発生に関する理論的考察、数値モデルによる熱マプラスマ中のマイクロ不安定性の評価とその応用である。

 地球磁気圏の直接観測は放射線(バンアレン)帯の発見に始まり、その後40年近く、粒子及び電磁場観測の領域は磁気圏全領域に及んだかに見える。しかし、放射線帯の主要部分を含むプラズマ圏は磁気圏の中では地球に近い領域であるにもかかわらず、プラズマの観測、特に低エネルギーの粒子観測は観測機器が放射線帯の高エネルギー(1MeV以上の)粒子の影響を被るため観測の難しい領域となっている。実際、補足粒子のエネルギーが最も高くなる放射線帯内帯に対応する内側の(2〜3Re)領域は現在も粒子観測の空白域となっている。

 第1章、全体の背景説明があり、観測データを取得した3軸サーチコイル磁力計に関する機器説明と衛星(EXOS-D)上の搭載環境、結果を解釈する上に重要となる軌道、観測期間の特徴がまとめられている。

 第2章、磁気嵐に伴う磁気圏プラズマの消長に関し、磁気圏赤道域の観測に的を絞り、重粒子イオンに注目したレビュウが行われている。本文の議論に向けた伏線として、酸素イオンの電離圏よりの加速・流入を示す観測のまとめも用意されている。

 第3章、類似の波動現象で、磁気圏赤道面の比較的遠方で観測されいるプロトンジャイロハーモニク波動現象について、観測及び理論の詳細なレビュウがなされている。

 第4章[観測データの解析・統計]観測された波動のスペクトル解析から、酸素イオンサイクロトロン周波数の間隔のハーモニク構造が特徴的であること、電場と磁場両方の成分を持つこと、波面の方向が背景磁場に対して大きな角度(70〜80度)を持つ、などの条件から、熱プラズマに関連した、電磁イオンバンスタインモードの可能性を指摘する。また、その場のイオンサイクロトロン周波数への依存性から、波が局所的に発生し、かなり局在した現象であることを指摘している。現象論的特性として、観測される領域が、磁気圏赤道面の両側10度以内、高度6000kmから10000(衛星軌道の上限)km、地磁気地方時の06時〜10時に集中する、全ての現象は磁気嵐の主相に観測されること。長期的に見た場合、現象が観測されたのは太陽活動の大きい年に限定される。更に、磁気嵐の中でも非常に大きな磁気嵐(Dst<-250nT)にはハーモニクスの次数が最大12に達するが、通常の大きな磁気嵐(-250nT<Dst<150nT)では精々8〜10であるという点について注目し次章への問題提起となっている。

 第5章[理論計算・数値モデル計算]、先ず、様々なエネルギーのリング分布酸素イオンと冷たいプラズマを考えた簡単なモデルについて線形解析を行い、非共鳴サイクロトロンハーモニク波の成長率の違いが議論されている。次に、有限温度、複数種のイオンの背景プラズマと、マックスウエル分布の温度異方性を持つ高エネルギー酸素イオンプラズマを導入し、波動は斜め伝播の電磁波モードと、現実に近い条件の下で、分散式と波の成長率を求めている。得られた結果が、4章の観測結果を概ね説明できることを確かめた上で、全てのパラメータの様々な大きさと組み合わせが調べられている。その結果得られた知見を次にのべる。(1)酸素イオンジャイロハーモニク波の発生には、強い温度異方性あるいはロスコーン分布を持った高エネルギー酸素が不可欠で、背景プラズマについても(数密度)10%〜50%の酸素イオンを必要とする。(2)エネルギー範囲4keV〜9keVの酸素イオンが波の成長に寄与する。(3)特別に大きな磁気圏嵐の際、高次のサイクロトロンハーモニク波が発生することについて、背景プラズマ中で酸素イオンの占める割合が極端に増えるという診断が下されている。(4)酸素イオンハーモニクスの中に、欠落バンドの見られる例について、背景プラズマにヘリウムイオンを混入することにより、観測されたスペクトルの特徴を再現するものを見つけ、組成診断への可能性を示した。

 第6章[議論・結論]、プラズマ波動の源となる高エネルギー酸素イオンと媒質の分散特性を決める背景プラズマ中の酸素イオンの源泉と輸送に関し、現象発生の成立条件が議論されている。導入されたアイディアは、オーロラ帯、亜オーロラ帯電離圏の酸素イオンの加熱と磁気圏への輸送、磁気圏対流電場によるプラズマ圏への輸送と加速、エネルギーによる共回転場と磁気ドリフトの振り分けなど、標準的なものである。著者は、発見した酸素ジャイロハーモニク波動の存在は、これら標準的なプロセスでも酸素イオンを地球近くまで運び得るのが大磁気嵐の一特性とみなしており、一つの問題提起となっている。

 総合評価、著者が発見し、研究を進めた磁気圏プラズマ波動現象から、磁気嵐に伴い高エネルギー酸素イオンがプラズマ圏深部まで輸送されることを示した。関与する酸素イオンのエネルギーと分布関数の概要を膨大な数値モデルの探索によて、初めて評価・確定し、粒子観測の空白域に研究の足がかりを与えた。これらの業績を含む本論文は博士論文として評価できる。

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