No | 112439 | |
著者(漢字) | 井出,哲 | |
著者(英字) | Ide,Satoshi | |
著者(カナ) | イデ,サトシ | |
標題(和) | 地震波解析に基づく断層すべりの構成関係の決定 | |
標題(洋) | Determination of Constitutive Relations of Fault Slip Based on Seismic Wave Analysis | |
報告番号 | 112439 | |
報告番号 | 甲12439 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3219号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地震の震源は複雑かつ多様性に富むものでおり、その複雑さや多様性の原因を追求することは現在の震源研究の重要なテーマである。震源を単純な弾性体と仮定した場合、その一つの表面上の境界条件である断層すべりの構成関係(すべりやすべり速度、応力の間の関係)は震源の複雑さ、多様性を説明しうる一要素である。これまでに、構成関係を適当に仮定した上で地震にまつわる諸現象(震源核形成、動的破壊伝播、余震、地震サイクルなど)を解釈、予測する理論的研究が盛んに行われている。それらの研究結果を大きく左右する構成関係は主に岩石の摩擦すべり実験から導出され定式化された法則に基づいて仮定されている。しかし岩石の摩擦すべりと自然地震の間のスケーリングが不明であり、この仮定は必ずしも適切ではない可能性がある。一方で自然地震の構成関係についてはこれまで全く研究されていない。本研究では実際の地震について地震波解析をもとに初めてその構成関係を明らかにしようとするものである。 対象とする地震は近畿地方を中心に多くの近地の地震波記録が得られた1995年兵庫県南部地震(Mjma=7.2)である。この地震については各種データの量が豊富で余震分布が正確に決められているうえに周辺の地殻構造についても比較的良くわかっている。その結果、これまでにいろいろなグループから震源モデルが提出されている。解析手順として、まず近地強震計の記録を用いたインバージョンで仮定断層面上にすべりの時空間分布を決定する。さらにそれを境界条件として弾性体の運動方程式を解くことで断層面上の応力の時空間分布を求める。すべりと応力の時空間分布から断層面上各点でのすべりと応力の関係(構成関係)が決定される。 まず断層面用のすべりの時空間分布を決定する。本研究では連続なすべり分布を求めるためにすべりを基底関数で展開し、その展開係数をインバージョンによって決定する。インバージョンは線形でベイズ理論に従う形式で行い拘束条件(=先験的情報)の適切な重み決定のために赤池のベイズ情報量基準ABICを用いる。これにより解の客観的一意性が保証される。断層面は余震分布、CMT解をもとに一枚のほぼ垂直な50km×20kmの大きさの面を仮定する。実際の断層は多くの凹凸や分岐を持つであろうが本研究では凹凸や分岐のスケール(約2-3km)より長波長の地震波のみを用いるので一枚の平面断層の仮定は正当化される。その断層面及び時間軸から成る3次元震源体積中にリニアBスプラインを基底関数として配置し、インバージョンによってその展開係数を決定することですべりを表現する。拘束条件は時間的には時間関数をなめらかに、空間的には最終的なすべり分布をなめらかにする拘束条件を採用する。データは震央距離150km以内の18点45成分の強震計の加速度記録を2回積分して変位波形とし、周波数帯域0.025-0.5Hzのバンドパスフィルターをかけたものを用いる。用いた観測点および余震分布と仮定断層面の配置を図1に示す。グリーン関数は1960-70年代に爆破構造推定で得られた構造をもとに仮定した水平成層構造について反射透過係数行列法で計算し、データと同じ周波数帯域のフィルターをかける。 試行錯誤的にABICが最小となるような解を求めた結果すべりの時空間分布が決定される。その解をすべり分布と断層各点での震源時間関数で表すと図2のようになる。すべり分布から計算される総モーメントの値は1.9×1019Nmで、この解はモーメント量、すべりの位置や大きさ、時間経過などこれまでに様々なグループから提出されたこの地震の震源モデルと多くの共通点を持つ。なかでも特徴的なのは地表で食い違いが観察された野島断層に沿って断層浅部ですべりが大きく(約2m)、さらにすべりの継続時間が長い(約5s)ことである。破壊ははじめ明石海峡下で発生し、直ちに北東方向への伝播、やや(約3s)遅れて南西方向浅部への伝播、さらに初めの破壊伝播を引き継ぐ形で北東方向深部での不均質な伝播という3つの相に分けることができる。各相はそれぞれスリップパルス状に伝播する。観測波形と理論波形はほぼ全点で良く一致する。 続いて得られたすべり分布を境界条件として弾性体の運動方程式を差分法で解く。他の条件は断層面上でのトラクションの連続と自由表面条件である。この条件で断層両側の弾性体の全域で変位の3成分と応力の6成分がすべて決定される。その中でこの地震が走向すべり地震であることに着目し、走向方向のすべりと剪断応力の時間変化について構成関係を見積もることにする。両者を断層の各位置、各時間ステップでプロットすることで図3のような関係を得る。ほぼ全点で室内実験のスティックスリップ時に観察されるような、すべりの進行と共に応力が減少する、いわゆるすべり弱化の関係が得られている。断層浅部の応力は深部に比べてすべりの進行と共に緩やかに減少する。すなわちすべり弱化率が小さい。これは別の見方をすれば応力が最小値に達するまでに長い距離をすべる、すなわちすべり弱化の臨界すべり量が大きいともいえる。その値は浅部で1m程度、深部で0.5cm程度と見積もることができる。 手法に内在する平滑化の影響を静摩擦と動摩擦で記述される摩擦則を持つクラックモデルを用いたシミュレーションで評価すると構成関係は常に平滑化の影響を受け、特に断層の深部では構成関係は必ずしも正確に決定されたとはいえないことがわかる。実際の深部での構成関係はより大きなすべり弱化率、小さな臨界すべり変位量を持つ可能性があり、得られた構成関係は実際の構成関係のすべり弱化率や臨界すべり変位量にある限界を与えるものだと理解すべきである。しかし浅部に関してはクラックモデルでは長い震源時間関数も緩やかな応力降下も説明できないので深部との違いはなお有意であり、実際の浅部での構成関係が小さなすべり弱化率を持つことを示唆する。すべり速度と応力の間で同様の関係を求めることができるが、すべりと応力の関係ほどはっきりした傾向は見られない。特に地震の止まり方の議論で重要なすべり減速過程でのすべり速度と応力の関係については何ら相関がみられない。 構成関係の異常が見られる断層浅部では地震活動が低いという事実があり、この地震でも実際に断層浅部に余震活動の空白が見られる(図1C)。この浅部での低い地震活動は世界中多くの成熟した断層系で観察され、過去にも構成関係の異常が原因ではないかといわれてきたが証拠は乏しかった。今回の結果ははじめて実際の地震の構成関係で浅部の異常を明らかし、地震活動が低い領域との対応を示すことができた。構成関係の深さ依存性としては浅部で応力が上昇する、又はゆっくり降下する、と2通りの考え方がこれまで提案されていたが今回の結果は後者を支持する。このような構成関係の深さ依存性が地殻の一般的特徴であるか否かは今後も研究の余地がある。傍証として1992年ランダース地震では地殻浅部ですべりの継続時間が長いという報告があり、これも構成関係の深さ依存性に起因するのかもしれない。これがもし一般的事実であるなら今後の震源研究や強震動予測に大きな影響を与えることは必至で今後のさらなる事例研究が重要となる。 | |
審査要旨 | 現在、地震学では、震源の複雑さ・多様性を統一的に解釈するために断層面上のすべりや応力の関係、すなわち構成関係をもとに各種理論的研究が盛んに行われている。それらの研究結果を大きく左右する構成関係は従来主に岩石の摩擦すべり実験に基づいて摩擦法則として研究されてきたが、自然地震についてはほとんど研究されていなかった。本論文は1995年兵庫県南部地震を対象として自然地震の構成関係を地震波解析から直接決定している。まず近地強震計の記録を用いたインバージョンで仮定断層面上にすべりの時空間分布が決定され、さらにそれを境界条件として弾性休の運動方程式を解くことで断層面上の応力の時空間分布を求められる。そしてすべりと応力の時空間分布から断層面上各点でのすべりと応力の関係(構成関係)が決定されている。 第1章の従来の研究のレビューに続いて第2章では運動学的モデル(すべりの時空間分布)を決定している。本論文では達続なすべり分布を求めるためにすべりを基底関数で展開し、その展開係数をインバージョンによって決定している。ここでのインバージョンはベイズ理論に従う形式で行い拘束条件(=先験的情報)の適切な重み決定のためにABICを用いている。これにより解の客観的一意性が保証される。断層面上のすべりの時空間的運動をリニアBスプラインを基底関数として配置し、インバージョンによってその展開係数を決定する。拘束条件は時間的には時間関数をなめらかに、空間的には最終的なすべり分布をなめらかにする拘束条件を採用する。データは地震計によって得られた変位波形とし、周波数帯0.025-0.5Hzのバンドパスフィルターをかけて用いている。決定されたすべり分布と断層各点での震源時間関数などの解はこれまでに様々なグループから提出されたこの地震の震源モデルと多くの共通点を持つ。例えば断層浅部ですべりが大きく、さらにすべりの継続時間が長いことである。なお観測波形と理論波形はほぼ全点で良く一致する。 続いて第3章では、上記のように得られたすべり分布を境界条件として運動方程式を差分法で解く。なお他の条件は断層面上でのトラクションの連続と自由表面条件である。走向方向のすべりに対応してせん剪断応力の時間変化が計算される。両者を断層の各位置で各時間ステップ毎にプロットすることで断層面上各点で構成関係を得る.ほぼ全点で室内実験のスティックスリップ時に観察されるような、すべりの進行と共に応力が減少する、いわゆるすべり弱化の関係が得られている。断層浅部の応力は深部に比べてすべりの進行と共に緩やかに減少することがわかった。別の見方をすれば応力が最小値に達するまでに長い距離をすべる、すなわちすべり弱化の臨界すべり量が大きい。手法に内在する平滑化の影響を古典的摩擦則を持つクラックモデルを用いたシミユレーションで評価すると深部の構成関係は必ずしも正確に決定されたとはいえず、この構成関係はある限界をあたえるものだと理解すべきであることがわかった。しかし浅部に関してはクラックモデルは長い震源時間関数も緩やかな応力降下も説明できないので深部との違いはなお有意といえる。 第4章では解析手法上の問題や得られた断層構成則の特徴の一般性が議論される。例えば、構成関係の異常が見られる断層浅部では地震活動が低いという事実があり、この地震でも実際に断層浅部に地震活動の空白が見られる。この浅部の低い地震活動は世界中多くの断層系で観察され、過去にも構成関係の異常が原因ではないかといわれてきたが証拠は乏しかった.今回の結果ははじめて実際の地震の構成関係で浅部の異常を明らかした。このような構成関係が地殻で発生する地震の一般的特徴であるか否かは今後も研究の余地があるがもし一般的事実であるなら今後の震源研究や強震動予測に大きな影響を与えるだろう。 以上のように本論文は断層の構成則を地震波データから直接推定しようとする初めての試みであり、その地震学的・地球科学的意義はきわめて大きい。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54562 |