学位論文要旨



No 112440
著者(漢字) 神田,径
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,ワタル
標題(和) 大地の過渡応答を用いた深部比抵抗探査法に関する測定とモデル化の手法について
標題(洋) On a Deep Transient Electromagnetic Sounding : Measurement and Modelling
報告番号 112440
報告番号 甲12440
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3220号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 笹井,洋一
 東京大学 助教授 鍵山,恒臣
 東京大学 助教授 歌田,久司
内容要旨

 電気比抵抗は地球内部の状態を反映して変化する物理パラメータであるので、地下の電気比抵抗構造を推定することができれば、地殻活動が起こる場に対して他の物理量とは全く独立に制約条件を与えることができるはずである。しかしながら、日本においては、地殻活動の活発な地域は、同時に人工ノイズの非常に大きな地域である場合が多い。そのような地域では、自然現象を利用する手法(MT法)を用いて地下深部の電気的な構造を推定することが非常に困難であった。

 本研究は、人工ノイズの大きな地域においても地下10km程度までの比抵抗構造を推定することを目的とし、そのための一連の測定方法・データ処理方法・モデリング手法を開発した。地殼活動の活発な地域では、その活動に特徴的な構造が3次元的であることがほとんどであるので、比抵抗構造と地殻活動との関連を議論するためには比抵抗の分布も3次元的に評価することが不可欠である。そのような背景のもと、3次元モデリングを行なうソフトウェアを開発した。

 地下の比抵抗構造を推定する手法の中で、ノイズに強くかつ深部の構造を推定することができる手法となるとTDEM(Time Domain ElectroMagnetics)法が最も有力である。TDEM法は、人工的に電流を地面に流しておき急激に遮断した時に観測される電磁場の過渡応答を利用して、地下の比抵抗構造についての情報を得る方法である。送信電流を遮断すると磁場も消えようとするが、大地の比抵抗値が有限であるために、電磁誘導によって最初は電流源近くの地表付近に渦電流が誘導され、電流源が作った磁場を維持しようとする。この誘導電流自体も磁場を生じるので、次の瞬間にはその変化を打ち消すために絶対値は小さくなりながらも、次第に深いところで電流が誘導されてゆく。その結果、地中では電流を遮断しても即座に磁場はなくならず、ある程度の時間をかけて拡散する。この拡散の速さは、地下の電流の流れやすさ、すなわち比抵抗値に依存し、しかも、電流遮断後からの時間が経過してゆくにつれてより深部の情報を含んでいる。従って、磁場の拡散の様子を時間の関数として測定することによって、地下の比抵抗構造を推定することができる。

 この手法は、通常は物理資源探査に用いられることが多いが、探査深度は1〜2kmまでしか得られていなかった。本研究では、フラックスゲート型磁力計を用い、深部の情報を含む過渡応答波形の裾の部分を高精度(〜1pT)に長時間測定することによって、探査深度を10km程度にまで延ばすことに成功した。この際、選択的なスタッキング等の一連のデータ処理法を開発し、測定とデータ処理の両面からS/Nを改善することにつとめた。

図1:本研究での測定の概念図

 地下構造は、データ処理後の減衰曲線を一次元インバージョンすることによって推定した。インバージョンは比抵抗値が滑らかに変化するという制約条件のもとに最小2乗法的に行ない、データが示す最小限の性質を表すモデルを求めた。

 さらに本研究では、スタッガードグリッドを用いた有限差分法による3次元比抵抗数値モデリングソフトウェアの開発を行なった。TDEM法の3Dモデリングでは信号源の位置が特定されるため、信号が通過する経路の構造を考慮に入れなければならず、MT法などの3Dモデリングに比べて困難である。従って、インバージョン等の方法によって自動的に決めることが望ましいが、電磁誘導問題のフォワード計算には、莫大なメモリーと計算時間が必要とされるため、限られたモデルに対するレスポンスを求めることにとどまっているのが現状である。本研究では、計算機資源を節約するために、Laplace領域でモデリングに比べて困難である。従って、インバージョン等の方法にMaxwellの方程式を解き、Gaver-Stehfest法を用いて逆Laplace変換することによって時間領域の過渡応答波形を求めた。また、半無限一様構造の応答と求めるべき3次元構造の応答との差のセカンダリー場について有限差分法を用いて数値的に解いた。セカンダリー場の満たす方程式では、一様構造に対する応答を用いて双極子信号源をよりなだらかな空間的分布をもつ等価電流ソースで置き換えられるので、メモリーの節約が可能になる。

図2:スタッガードグリッド上での数値モデル化

 以上のような手法を用いて、地殻活動の活発な宮城県北部地域、雲仙火山地域、伊豆半島東部地域地域において実際に観測を行ない、地下の電気的構造を推定した。

 宮城県北部地域は、1962年にM=6.5の地震が起こった場所であり、現在に至るまで余震の大森公式に従うような地震活動が続いている、内陸としては最も地震活動の活発な地域の一つである。1962年の地震のメカニズム解は、西北西下がりの逆断層型と決められている(河野ほか、1993)が、現在の微小地震活動もこの断層面上あるいはその延長上に分布していることが推定されている。

 この地域におけるTDEM法調査は、特徴的な微小地震の分布が地下の比抵抗構造にどのように反映されているかを調べることを目的として、1993年11月、地殻比抵抗研究グループによって実施された。測定は、5日間にわたって行なわれ、非常に良好なデータの取得に成功した。観測地域には直流電車が走っており、電磁環境の悪さが危惧されていたが、データ処理の結果、電車の影響が心配された観測点においても2pT程度までノイズレベルを低減でき、観測点によっては磁力計の感度を越える1pT以下にまでノイズを落とすことができた。その結果として、初めて10km程度までの比抵抗構造を推定することに成功した(図3)。

 得られた構造には、地下5km〜10kmに震源分布と対応のよい低比抵抗の領域が見られ、他の地球科学的調査の結果とあわせて考えると、震源域付近の水の存在を反映しているという解釈が妥当である。この水は下部地殻から供給され、地震断層面に沿って浸透してゆき、その結果、空隙圧の上昇によって微小地震の発生に寄与しているのではないかと推定した。

 一方、南西側の3点では深部に低比抵抗領域は見つからなかった。3次元感度解析を行なったところ、表層の3次元的な低比抵抗分布の影響によって深部の構造が見えなくなっていると考えるよりも、探査深度よりさらに深いところに低比抵抗領域が存在すると考えるほうが好ましいことがわかった。

図3:一次元比抵抗構造モデル

 雲仙火山地域では1990年の噴火活動開始以来、さまざまな地球物理学的・地質学的データが蓄積され、今回の噴火のマグマ溜りに関する知見もいくつか得られている。測地学的データからは、雲仙火山西麓の深さ7〜11kmのところに、マグマ溜りの存在を示唆するような圧力源が推定されている(石原ほか、1993;西ほか、1995)。しかし、地下構造の見地からは、その圧力源の存在を裏付けるような特徴的構造は見つかっていない。

 比抵抗構造を推定するためのMT法調査も噴火以来精力的に行なわれてきた。しかし、島原半島を取り囲む高圧線の近くや雲仙温泉などノイズの大きな場所ではMT法による良質のデータは得られていない。また、山がちな地形や表層の硬い溶岩のためにMT法に不可欠な電位差観測が困難な場所が多く、これ以上の空間密度を上げたMT観測による成果は期待できなかった。

 TDEM法による調査は、MT観測の結果を受けて、測地学的データから推定された圧力源を電気的な構造としてとらえることに主眼をおき、島原半島西部地域で1995年1月および12月の二度にわたって行なわれた。測定は1観測点につき2〜4日間にわたって行なわれ、選択的なスタッキングをはじめとしたデータ処理の結果、雲仙温泉等のノイズの大きな場所においても1pT〜2pTという低レベルまでノイズレベルを低減できた。

 1次元インバージョンの結果、どの観測点でも同様のプロファイルが得られ、表層、深さ2〜3kmの10ohm以下の低比抵抗層、その下の高比抵抗層という平均的な3層構造で簡略化できることがわかった。これを深さ8kmのところで単純に切り出したのが図4である。測地学的データから推定された圧力源の位置付近と火山体の下で周囲よりやや低い値を示している。このような異常が従来の構造探査で見い出された例はなく、本研究の手法を用いて初めて得られた成果である。

 次に、得られた1次元インバージョンの結果がどのような3次元構造を反映しているのかを調べるために3次元モデリングを行なった。3次元インバージョンは現実的に不可能であるので、バックグラウンドの層構造のなかに何か特徴的な低比抵抗の異常体があるという単純化したモデルで傾向のみに着目した。また、計算結果と標準構造の応答とのずれを見たい深さに高感度なウエイトをかけることで、モデルの改善度を視覚化する方法を考案した。

 いくつかのモデル計算の結果、深さ1〜2kmという浅いところの低比抵抗層内に不均質構造が存在するモデルや、5km以深で東西方向に延びる低比抵抗体が存在するモデルが好ましいことが明かとなった。普賢岳の真下からマグマが供給されるようなモデルは、今回観測されたデータに関するかぎり否定的な結果となった。測地学的データから提出されたマグマ溜まりに対応する位置に小さな孤立した低比抵抗体が存在するモデルは、たとえ存在したとしても得られたデータからは検知できないことがわかった。

図4:深さ8kmにおける比抵抗断面図

 伊東市周辺の伊豆半島東部地域は、1970年代から繰り返し群発地震および地殼変動が観測されてきた、日本有数の地殻活動地域である。1989年には伊東市沖で海底火山の噴火が起こり、これらの活動の原因がマグマの貫入に伴うものであるとする考え方が支配的である(茂木、1992)。

 電磁気的な手法を用いて地下の構造を推定する試みは、これまでにも幾度となく行なわれてきたが、電車や高圧線等による激しいノイズのためにデータは汚染され、地殻活動やマグマの存在について議論できるようなモデルは得られていない。

 TDEM観測は1996年3月に行なわれた。ノイズレベルの高さを考慮して、測定は電車のとまる夜間に行ない、通常の倍の電流値を流すことを目標にしたが、接地抵抗を十分下げることができなかったために、逆に通常より小さな電流値しか流せず、あまり良好なデータは取れていない。しかし、得られたデータは本研究で開発したデータ処理手法によってかなり改善されており、今後繰り返し観測を行なうことによって、深部比抵抗構造の推定が十分期待できる。

 本研究により、ノイズの大きな地域においても地下10km程度までの電気的な構造を推定することが可能になった。また、3次元的な構造による過渡応答の振る舞いが明らかになりつつあり、将来的な3次元構造推定のための見通しができた。今後は、フォワード計算の時間をさらに短縮させ、観測データをできるだけ説明するような3Dモデルを構築することが必要である。

審査要旨

 本論文は,6章からなる.第1章では過去の研究の紹介と本研究の位置付け,第2章においては本研究で開発した観測・データ処理および構造解析の手法を詳述している.第3,4,5の各章ではそれぞれ,宮城県北部地域・雲仙火山・伊豆半島東部地域における観測とそれによって得られた結果をまとめている.そして,研究全体の結論は第6章において述べられている.

 本論文は,地殻の電気伝導度(または電気比抵抗)構造を求めるための人工電磁場による探査法の一種である時間領域電磁法(TDEM法)を適用して,地震活動や火山活動などの地殻活動の活発な地域において,その活動の原因をさぐるために最も重要といわれる地下10km程度の深さまでの構造を調べるために,観測・データ処理および構造解析の実用的な手法を独自に開発し,実際の野外観測に適用した結果について述べたものである.本文にも述べられているように,本研究を始める動機の一つに,伊豆半島東部地域における地震・火山活動の実体を理解するためには,深部地殻構造に関する詳しい情報を得たいという要請がある.しかしながら,現実には同地域はノイズが著しく従来の手法によっては十分な探査が行えなず,なんとかこの障害を乗り越えるべく行われたのが本研究である.TDEM法の原理は1960年代に考案されたもので,1980年代には欧米において実用的な観測システムが開発され,それらはわが国にも導入されている.しかしながら.これらは主に資源探査を目的として用いられており,本研究の対象とする問題とは探査深度や調査場所の環境などが全く異なったものであった.そのため,論文提出者は,観測のデザイン,時系列データの処理手法および構造解析という,一連の構造研究に必要な手法・手段を全て独力で開発した.

 本研究の主な結論は以下のようなものである.

 1)ノイズレベル・地形・表層地質などの条件によらず,TDEM法による地殻活動域の深部構造探査を可能なものにした.そのために,高速および低速サンプリングの併用,夜間観測,選択的スタッキングなど観測デザインの工夫と新しいデータ処理手法の開発を行った.その結果,1pTという微小レベルの磁場変動の検出も可能になった.これにより,第4章および第5章に述べられているように,雲仙火山地域や伊豆半島東部地域などのような観測環境の劣悪な地域における観測をも達成することができた.

 2)1次元および3次元モデルによる構造解析手法を開発した.両者ともに,基礎方程式であるMaxwell方程式をラプラス変換した形で解き,Gaver-Stehfest法というアルゴリズムによって高速に時間領域に変換するという手法によった.1次元モデルはラプラス変換領域では解析的に扱えるためインバージョンで構造を客観的に決定する方式にまで発展させた.現実の観測データの解釈がTDEM法の3次元モデルによって行われた例はほとんどない.本研究では,不均質な3次元空間における電磁場の拡散の問題を,スタッガードグリッドという格子を用いて数値的に安定に解く方法を用いた.これによって,具体的に3次元構造の電磁場への影響を見積もることができるようになった.

 3)宮城県北部地震(1962年M6.5)の震源域周辺においてTDEM観測を行い,電気比抵抗構造モデルを得た.そのモデルと同地域の微小地震活動との対比を行い,地震活動の下限付近に低比抵抗の領域が一致することを示した.東北日本の下部地殻上面の深さは15kmであるので,この低比抵抗層は従来の研究で知られている下部地殻低比抵抗層とは明らかに異なる.本研究では,下部地殻の低比抵抗の原因となっている地殻内の流体(水)が微小地震活動域で上昇しているという解釈を提出した.そして,このような水の上昇が内陸地震発生の直接的な引き金となり,現在見られる低比抵抗層はそのような活動の痕跡であるという考えを示した.

 4)島原半島の雲仙火山周辺でTDEM観測を行い,電気比抵抗モデルを得た.この地域は,従来MT法などの自然電磁場観測によって探査が試みられたものの,急峻な地形や多くの高圧送電線からのノイズの影響などによって十分な結果が得られなかった.本研究で開発したTDEM法では,このような制約を受けることなく空間的にほぼ均質な観測点配置をとることができ,ほとんどの点で良好なデータが得られた.データを1次元インバージョンによって解析したところ,水準測量や地震観測などでマグマ溜まりの存在が推定された地域の地下約8kmの深さに周辺より低比抵抗の領域が見い出された.しかしながら,この結果は現実の3次元構造を1次元で表現したものに過ぎないので,現実の構造を推定するために3次元モデルを適用した.また本研究では,観測データと3次元モデルの適合度を的確かつ客観的に判断する目安として,適合度関数を考案して使用した.考察の結果,深さ5km以深に東西方向にのびるダイク状の低比抵抗体を想定することにより,観測データの傾向がうまく説明できることを示した.同時に,マグマ溜まりとして想定されるような孤立した小さな構造は存在したとしても観測の検出限界を超えていることも明確にしめした.

 5)伊豆半島東部地域において,TDEM観測を行い,1pT程度の人工磁場変動データを得ることに成功した.この地域では深夜の最も電磁ノイズが小さな時間帯においても,時として1nTを超えるノイズが存在する.このような環境にあっても1pTの変動まで検出できることから,本研究で開発した一連の観測およびデータ処理手法の有効性が示された.実際に地下構造を議論するためには,さらに多くの観測を行う必要があり,学位論文ではデータ取得が可能であることを明示するにとどめた.

 以上のように,本研究で得られた結論は地球惑星物理学的にもきわめて興味深いものである.また,本研究で開発した観測手法は今後の地殻活動研究分野に強力な手段を提供することになり,当該分野の今後の発展に大きく貢献することが期待される.したがって,本論文は十分に博士(理学)の学位を受けるのにふさわしい内容であると判定された.

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