内容要旨 | | 1イントロダクション 観測波形と理論波形を直接比較することは,地震学的なモデル(構造及び震源)の推定の際の重要なテクニックとなった.今後の研究の進展のためには,高精度かつ効率的な理論波形計算手法の開発が必要不可欠である.本研究の目的は,その理論波形計算の精度を計算時間を増やさずに改善することである. 2本研究の成果 ・理論波形計算の際の,離散化誤差を評価する一般的な理論を開発した. ・上記理論に基づき,離散化誤差を最小にする -行列演算子(新演算子) -励起ベクトル(新震源表現) を導出した. ・周波数領域の計算手法(DSM)及び時間領域の計算手法(差分法)に対し,有効性を確認した. (周波数領域の計算の場合) -計算時間を増やさずに約30倍の精度改善. -20-5000sの高精度のP-SVの理論波形計算(プロフィールの計算)が約10分(SPARC-20)で可能になった. 3新しい離散化手法の導出3.1誤差評価の理論 以下すべてDSMの表記法で表現する.時間領域の差分法の計算の場合でも,周波数領域に変換することにより同様に表現される.DSMでは,求めるべき変位uiを と展開することにより離散化をする.運動方程式は と表記される.T及びHは行列演算子であり,gは励起ベクトルである.旧方式ではこれらを有限要素法に基づいて定義する(それぞれ旧演算子及び旧震源表現と呼ぶ). いま,厳密な演算子をT(0),H(0)とし,厳密な展開係数をc(0)とおく.T,H,cの厳密な値からの差をそれぞれT,H,cとおく.1次ボルン近似を用いると,cは形式的に以下のように評価できる. 励起ベクトルの誤差はここでは簡単のため無視する(新震源表現を用いればこれを無視できる). (3)を自由振動モード基底で形式的に表現することにより,誤差評価が可能になる.m番目の自由振動モードの固有振動数をmとおく.→mの時,m番目のモードのみが選択的に励起されるので,(3)は近似的に, であると見なせる. 3.2新演算子の導出 一般的に→mの時,(4)の分母は非常に小さくなる(非弾性減衰のためmは複素数であり,厳密に0にはならない)ため,誤差が非常に大きくなる.しかし,演算子が という条件を満たせば,m近傍での誤差の発散を抑えられ,理論波形の精度を向上させることができる. 新演算子は(5)を満たし,かつ旧演算子と帯幅が等しくなるように定義する.これにより計算時間を増やさずに精度を改善できる.新演算子を導出するのに自由振動モードや自由振動周期を全く計算せずに,任意不均質媒質に対して導出できる. 図1:新演算子及び新震源表現を用いた精度の改善。図2:新演算子で計算された (a),(c),(e),(g)2次元不均質モデルに対する波動場, (b),(d),(f),(h)球対称モデル(IASP91,Kennett & Engdahl 1991,GJI)に対する波動場. |
審査要旨 | | 本論文は理論地震波形を数値計算により求める際の誤差の評価法と、計算時間を増やさずに誤差を最小にする新しい離散化手法の導出について述べてある。理論地震波形を効率的かつ高精度に計算することは、地球内部の地震波速度構造モデルの質を改善するための重要な課題であると考えられており、本論文のテーマは博士の学位に値する。 本論文は9章からなる。第1章は本論文の位置づけ、第2章は誤差評価の理論、第3章から第6章は新しい離散化手法の導出法及びその具体形、第7章は数値実験による新しい離散化手法の有効性の確認、第8章は議論、第9章は参考文献について述べられている。 本論文は以下の3点が優れている。第1点は、これまではっきりとわかっていなかった理論波形計算の誤差の性質を理論的に明らかにした点である。第2章で自由振動モード(線形波動問題の固有関数)を基底として用いて誤差評価を行っている。一般的に自由振動周期の近傍で誤差が大きくなる、離散化手法が適当な条件を満たせばこれを回避できるなど、誤差の基本的な性質がこれにより明らかになった。 第2点は、高精度の離散化手法が任意不均質媒質に対して導出できることを明らかにした点である。第3章から第6章で、上記の条件を満たす新しい離散化手法を導出している。自由振動モードの具体形を求めずに、系統的かつ厳密にこの離散化手法が導出できることが明らかになった。高精度の離散化手法を導出する試みはこれまでいくつかあったが、任意不均質媒質に対して拡張できたのはこの研究が始めてである。 第3点は、新しい離散化手法により計算時間を増やさずに大幅に精度を改善できた点である。第7章で示されている数値実験により、計算時間を増やさずに1-2桁の精度の改善できることが明らかになった。離散化手法の工夫によりこの程度の改善幅が達成された例はあまりなく、大幅な改善と言える。 本論文の成果は今後の地震学の発展に大きく寄与すると思われる。これまでの地震学の内部構造研究の多くは、波形データからごく一部の情報を抽出して解析を行ってきた。この理由は主に、理論波形計算に要する計算量が膨大であるからである。波形データそのものをデータとして用いれば、より多くしかも独立な情報が抽出できると考えられ、より詳細な地震波速度構造の解明できると期待される。近年計算機の進歩などにより、このような試みが行われ始め、また今後ますます重要な解析手法になると考えられる。本論文の成果により、内部構造研究の進展が加速されると期待される。従って本論文の成果は博士の学位に値する。 なお本論文の第2章及び第3章の一部はゲラー・ロバートと、また第4章の一部及び第7章の一部はカミンズ・フィルとの共同研究である。しかし誤差の性質の現象論的な分析、鉛直方向不均質媒質を例にした系統的な新しい離散化手法の導出法の発見など、論文提出者はそれぞれの章の研究で欠かせない役割を果たしている。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |