学位論文要旨



No 112445
著者(漢字) 羽生,毅
著者(英字)
著者(カナ) ハニュウ,タケシ
標題(和) 化学・同位体組成に基づいたHIMU及びEMマグマ源の成因に関する研究 : ポリネシア地域のホットスポット火山を例として
標題(洋) Origin of HIMU and EM Sources in the Polynesian Plume Province Inferred from Elemental and Isotopic Studies
報告番号 112445
報告番号 甲12445
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3225号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 岡山大学 教授 中村,栄三
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 兼岡,一郎
内容要旨

 海洋島玄武岩には,通常のマントル物質とは異なるSr,Nd,Pb同位体比を示すHIMU,EMとよばれるマグマがみられる.EMは上部マントル物質に比べてその87Sr/86Srが大きく,143Nd/144Ndは小さいことが特徴である.その同位体比は大陸地殻や堆積物の値に似ているので,それらが地球内部に沈み込むことによって(リサイクル)海洋島玄武岩のマグマの起源物質になったと考えられている.一方,HIMUは206Pb/204Pbが通常のマントル物質に比べてきわめて高いことで特徴づけられるが,その成因に関しての定説はまだない.EMの性質をもつ海洋島玄武岩は世界中に分布しているが,HIMUは非常に限られた地域(南太平洋のCook-Austral諸島,及び大西洋のSt.Helena島)にしか見つかっていない.

 本研究では,南太平洋ホットスポット群のHIMU,EMに分類される海洋島玄武岩に対して,(1)これまでよりも高い信頼度でSr,Nd同位体比や微量元素組成を分析し,(2)これまでデータがほとんど報告されていない希ガス同位体比の特徴を明らかにし,(3)両者を総合することでHIMU,EMとよばれる物質の成因を追求することを目的とした.

 Sr,Nd同位体比測定においては,これまでの研究では全岩を試料として用いてきた.しかし海洋島玄武岩の場合には,マグマに対する海洋地殻からの混染や海水との反応,噴出後の変質等の二次的影響が強いため,全岩を用いた分析ではそれらのマグマ源本来の値を推定することが困難である.本研究では,そのような二次的影響を受けにくく,かつマグマ源の希ガス同位体比を推定するためにも適している斑晶鉱物(単斜輝石)を試料に用いた.

 単斜輝石を試料にもちいたSr,Nd同位体比分析の結果を,従来の全岩を用いた分析の文献値とあわせて図1に示す.両者を比較すると,全岩では87Sr/86Srにばらつきがあるのに対し,単斜輝石を用いた分析では87Sr/86Srが一定であることが示されている.今回の分析によって,(1)HIMUのSr同位体比はきわめて一様な値を示すこと,(2)Nd同位体比と組み合わせると直線的なトレンドを作ること,(3)そのトレンドは上部マントル物質を起源とするMORB(大洋中央海嶺玄武岩)とHIMUの端成分との混合で説明されることが明らかになった.

 図2には,測定した各希ガス同位体比のうちHe同位体比の分析結果を示す.試料としては,Sr,Nd同位体比を測定したのと同じ単斜輝石,およびかんらん石を用いている.図に示されるように,HIMUの3He/4Heはきわめて一様で,MORBよりも低い値をもつ.それに対してEMはMORBと同じかそれよりも高い値を持ち,値も一様ではない.

 以上のように,Cook-Austral諸島のHIMUに関して得られたHe,Sr,Nd同位体比の特徴は,St.Helena島の試料についてもみられ,HIMUの一般的特徴とみなすことができる.

 本研究で新たに明らかにされたHIMU,EMのHe,Sr,Nd同位体比の特徴を制約条件として,これらのマグマ源の成因を考察した.HIMUのHe同位体比がMORBの値よりも低いことは,HIMUがマントル内の物質のみを起源としているのではなく,地表近くから地球内部にもちこまれた物質が関与しているとする説と調和的である.また,HIMUの87Sr/86SrがMORBの値に近いことは,HIMUの起源物質がMORBと関連している可能性を示唆する.

 HIMUはPb同位体比が通常のマントル物質よりもきわめて大きいことが特徴である.このことはHIMUのU/Pbが大きいことを示しているので,HIMUの起源物質をMORBそのものとすることはできない.これまでの説では,海水で変質したMORBが沈み込むときに起こる脱水分解反応により,MORB中のU/Pbが大きくなるということで説明してきた.しかし,海水による変質と脱水では87Sr/86SrやRb/Srも大きく変化するので,このプロセスではHIMUの87Sr/86Srが現在のMORBとほぼ同じ値を持ち,しかも一様であることを説明するのは難しい.本研究では,あまり変質していないMORB組成の海洋地殻をHIMUの起源とするモデルを提唱する.このモデルでは,海洋地殻ができたばかりのときの高温の熱水循環の作用を考える.高温の熱水循環がおこると,循環水は海洋地殻からPbを選択的に抜き取るので,海洋地殻のU/Pbを大きくする.その後の低温の海水による変質作用は海洋地殻の浅い部分に限られるので,海洋地殻の下部は高温の熱水循環の影響だけを受け,その後マントル内に沈み込むことになる.この物質に付着して,堆積物や低温の海水で非常に変質した海洋地殻上部もマントル内に沈み込むが,それらの一部は沈み込みのときにひきはがされ,海洋地殻下部のみが沈み込んだ部分がHIMUとなる.このように考えることでHIMUのSr,Pb同位体比やその一様性,及びその存在が局所的であることを説明することができる.

 また,EMは海洋地殼に堆積物が付着したまま沈み込んだ物質であるとすれば説明可能である.堆積物は海洋地殻に比べてPb,Sr,Nd濃度が高いので,少量の堆積物が付着した海洋地殻がリサイクルされた物質はEMになる.このモデルで,EMがHIMUに比べてはるかに多くの場所に産出していることを説明することができる.

 143Nd/144Ndの値が87Sr/86Srと相関していないことがHIMUの特徴の一つであり,このことはHIMUが現在の上部マントル物質よりも低いSm/Nd比を持っていたことを示している.Sm/Nd比の分別は上に述べたHIMU生成のプロセスだけではほとんど起こらないので,このことはHIMUを生成した過去の上部マントル物質が,現在のマントル物質に比べて低いSm/Ndを有していたことを示唆している.元素の一次輸送過程モデルに従って,上部マントルが液相濃集元素に関して枯渇してきたというモデルを用いてHIMUの143Nd/144Ndの値を説明することを試みた結果,HIMUの生成は今から20億年前かそれ以前に起きたことが推定された.

 さらに,HIMUの特徴的なHe同位体比を説明するために,He open system modelを構築した.このモデルは,地表付近でのHeの脱ガスと,U及びThの濃集の結果として,高い(U+Th)/3HeをもったHIMUの岩体中で,U,Thが放射壊変してできる4Heの効果と,Heがまわりのマントルに拡散していく効果を考慮して,HIMU岩体中の3He/4Heの時間変化を求めるものである.このモデルから,HIMUの3He/4Heを説明するためには,モデルパラメーターの一つであるHIMU岩体の厚さは,1kmのオーダーであることが要請される.

図1.Sr,Nd同位体比プロット.黒丸は本研究で得られた単斜輝石による分析値,白丸は過去の研究で得られた全岩を用いた分析値を示す.図2.He同位体比.3He/4Heは大気の値で規格化して示してある.横軸はサンプル名を示す.
審査要旨

 本論文は、地球内部のマグマ源として放射性同位体を含む同位体比から定義されたHIMUおよびEM成分の成因について、南太平洋地域の岩石試料を用いて化学組成・同位体(希ガス、Sr、Nd)組成を測定し、その成因を追求したものである。

 本論文は5章よりなる。第1章は、これまでの他の研究者による研究結果の紹介およびそれらの問題点の指摘、第2章は、本論文の研究で用いた試料および実験方法についての記載、第3章は実験結果の紹介、第4章では結果に基づいて本論文中で対象としているHIMUおよびEM成分の成因などについて検討している。第5章は本論文のまとめで、この他にA,B,C,Dの4項目にわたる付録がつけられている。

 第1章では、これまでのHIMUおよびEM成分の研究において、特にHIMU成分に対して鉛同位体比とほかの同位体比との関係が明確でないことを指摘し、HIMUやEM成分の起源を探るためには、同じ試料に対するSr,Nd,希ガス同位体比などの測定により、新しい制約条件が得られる可能性を述べている。

 第2章では、本研究で用いた試料、実験方法の具体的な内容についての詳しい記載がされている。同じ物質で希ガス同位体比とSr,Nd同位体比を測定できる試料として斑晶の単斜輝石を用い、その有効性を試みている。さらに宇宙線照射により生じる3Heや21Neなどの影響を避けるために、試料の破砕による希ガスの脱ガスを行う装置を開発した。希ガス測定に関しては、希ガス抽出ラインから質量分析計の立ち上げまでを当人が行い、その詳細は付録Aに記載されている。

 第3章では、今回の研究で得られた結果を述べている。希ガス同位体比に関しては、通常行われている試料鉱物の溶融による脱ガスでは宇宙線照射により生成される希ガス同位体の影響がみられるが、試料の破砕による脱ガスにより以下の様な結果を得た。すなわちHIMU成分を示すと見なされているTubuai,Rurutu島など3島の、18-12Maの年代を示す試料のみが太平洋地域のMORB(海嶺玄武岩)の示す3He/4He比の平均的な値8.7Ra(大気の値を1Raとする)よりやや低い6.8程度のほぼ一様な値を示した。しかしEM成分を示す島の試料では、MORBの値より大きい値を示し、しかもばらつきがある。このことは、HIMU成分はMORBなどのマグマ源よりもHe/U比が低く、recycled materialsの寄与を示唆している。また単斜輝石を用いて測定した87Sr/86Srは0.7027という一定の値を示した。このことは、従来の同地域におけるSr同位体比は全岩に対してのみ報告されているが、そのデータのばらつきの原因が2次的な影響を受けたことによる可能性を示唆した。一方143Nd/144Nd比には明らかに系統的な変動が見られ、その結果からHIMU成分の143Nd/144Ndは、少なくともエプシロン値で+3.3以下であることが要請された。また希ガスや希土類元素などの濃度比などの間にも、相関関係のあることが示された。

 第4章では、今回得られた結果及びこれまでに制約条件として与えらえてきた鉛同位体比などを含めて、HIMUおよびEM成分を説明できるモデルを検討している。HIMU成分としては、海嶺付近で高温変成作用を受けてマントル内に沈み込んだ10億年オーダーの年代をもつ海洋地殻下部のみがマグマ源となれば、その分布を含めて説明できることを示した。堆積物などを含む海洋地殻上部が関与する場合には、EM成分を生じるマグマ源物質となる。またHIMU成分の示すHe同位体比が一様で、MORBの値より低い値を示すことから、Heが周囲の物質と平衡化していることと、沈み込んだプレートの厚さの上限値がおさえられることを示した。今回対象とされた地域でHe同位体比が6.8Ra程度になるためには、沈み込んだプレートの厚さが1kmのオーダーでなければならないことを、付録Cの計算で示している。付録Bでは、二次的につくられる希ガス同位体についての議論、付録Dは、本研究で得たデータをまとめている。第5章は、本研究のまとめである。

 以上述べたように、本研究はHIMU及びEM成分に対して細心の注意を払って行った実験によって、希ガス、Sr,Nd同位体比による新しい制約条件を得て、それらの制約条件に基づいた新しいモデルを提出した。これらは、これまでの結果からのみでは解決できなかった問題についてその解決に大きな示唆を与えており、その地球科学的な意義が大きい。よって本審査委員会は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53950