学位論文要旨



No 112447
著者(漢字) 松本,晃治
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,コウジ
標題(和) 衛星高度計データに基づく高精度海洋潮汐モデルの開発
標題(洋) Development of a new precise ocean tide model based on satellite altimeter data
報告番号 112447
報告番号 甲12447
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3227号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,龍治
 宇宙科学研究所 教授 水谷,仁
 国立天文台 教授 大江,昌嗣
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 教授 瀬川,爾朗
内容要旨

 近年の地球ダイナミクスの研究は、宇宙技術や最新の観測機器のめざましい精度向上によって、大きく進展しつつある。それにともなって、海洋潮汐の重要性が認識されるようになってきている。衛星高度計データを用いた海洋学的研究や超伝導重力計、VLBI、GPS、laser ranging等を用いた高精度測地観測にとって、海洋潮汐およびその荷重の影響を精度良く見積もることは今や非常に重要なことである。これらがもたらす高精度データから新しい発見を見い出すためには、高精度海洋潮汐モデルが必要である。最近、TOPEX/POSEIDON衛星の高精度海面高データを用いて多くの海洋潮汐研究がなされ、その結果、外洋の海洋潮汐の予測精度は大幅に改善された。しかし、浅海での予測精度にはまだ問題が残っていることが分かっている。本研究では、特に浅海について海洋潮汐を精度良く求めることに重点を置き、TOPEX/POSEIDON衛星高度計データを数値モデルに同化することにより、最近の海洋学や測地学の要求に見合った精度を持つグローバル海洋潮汐モデルを開発することを目的とした。

 我々は、TOPEX/POSEIDONデータに基づいた最近の海洋潮汐モデルが浅海で精度が悪い理由は、空間的に短波長成分が卓越するという浅海の海洋潮汐の特徴を十分に考慮に入れていないためであると考えた。TOPEX/POSEIDONの軌道間隔は赤道付近で約3°であり、この短波長成分を捉えるには空間分解能が不十分である。そこで、次のような工夫をした。まず全球を0.5°の大きさを持つグリッドに分割し、衛星軌道が通るグリッド上で海洋潮汐の解を求めた。3年分のTOPEXデータ(サイクル9〜120)をMunk and Cartwright[1966]の応答法を用いて解析した。この方法は、衛星高度計データの解析に適しており、調和解析法を適用した場合よりも精度の良い解が求められることが期待される。より安定な解を得るために、Groves and Reynolds[1975]のorthotideと呼ばれる直交関数を用いて観測方程式を定式化した。また、海洋に対する入力とみなされる起潮力ポテンシャルを、流体核共鳴による周波数依存性をもったLove数で表すことによりこの共鳴の効果をとりいれ、日周潮の精度向上を図った。

 次に、求められた潮汐解を0.5゜の解像度を持つ数値モデルに同化した。この手法を用いる利点として次の3点があげられる。(1)軌道の通らないグリッドへ解を内挿することができる。(2)衛星軌道のカバーしていない極域へ解を外挿することにより、全球モデルの開発が可能となる。(3)衛星データから求められた潮汐解が、潮汐以外の海洋変動によって汚染されていたとしても、流体力学という物理によってこれを補正できる。数値モデルを構成する方程式として、Schwiderski[1980]に準拠した潮汐方程式を用いた。Schwiderskiは、海洋潮汐自身によって引き起こされる二次的な荷重の効果は潮位の10%であるという線形近似を用いた。しかし、この線形関係は海陸境界近傍では成り立たない。本研究では、荷重の二つの成分(radial displacementとpotential perturbation)に対して同時潮図を作成し、荷重の影響をより正確に見積もった。同化手法としてnudgingを採用し、nudging係数を潮汐解の誤差の逆数に比例する形にすることで、より現実的な解を目指した。計算は、主要8分潮について行なった。

 結果として得られた新しい海洋潮汐モデルをORI.96モデルと名付け、最近開発された代表的な二つの海洋潮汐モデル、CSR3.0モデル[Eanes and Bettadpur,1994]およびFES.95.2モデル[Le Provost et al.,1995]と比較した。比較手段は次の二つである。(a)97点の海洋島・海底における外洋検潮データおよび88点の日本周辺の沿岸検潮データとの比較、(b)crossover residual reduction test。(a)の比較の結果は次の通りである。外洋においては、検潮データに対する残差についてモデル間の差は小さい。しかし、ORI.96モデルは最も小さな残差を与え、8分潮のroot sum squareの値は2.42cmであり、CSR3.0モデルに対して0.2cmの精度改善が見られた。沿岸域については、残差のroot sum squareの値は4.57cmであり、同様に4.97cmの精度改善が達成された。沿岸域では、外洋に比べて誤差はまだ大きいものの、従来のモデルと比べると、精度は大きく改善されたことが分かった。(b)の比較は次の考えに基づいている。すなわち、昇軌道と降軌道の交差点における海面高の差の大部分が海洋潮汐の変動によるものと仮定すれば、より精度の良いモデルを用いて海洋潮汐を補正した後の残差は、より小さくなるはずである。ORI.96モデルを用いた場合の残差のRMSは7.62cmであった。これは、CSR3.0モデルの8.15cm、FES.95.2モデルの10.39cmに比べて小さく、精度が改善されたことが分かる。水深別に分けて残差の値を調べた結果、これまで問題となっていた、水深が1000mよりも浅い海域での精度改善が特に大きいことが分かった。

 精度の良い新しいモデルは、多くの地球物理学的研究に対して応用できると考えられる。その応用の一つとして、固体地球における潮汐周期帯でのエネルギー消散率の見積もりを試みた。測地衛星の軌道解析の結果と二点(柿岡および松代)の重力潮汐観測の解析結果に対して、海洋潮汐の影響の補正を施すことにより、起潮力ポテンシャルに対する固体地球潮汐の位相遅れ、それに対応するQの値、およびエネルギー消散率を求めた。衛星軌道解析の結果から求められたM2分潮の位相遅れの値は0.17°±0.04°であり、これに対応するQの値は340(下限値270、上限値450)であった。一方柿岡の重力観測結果からは位相遅れ0.16°±0.07°、Q値350(250,600)という値が得られ、松代の重力観測結果からは位相遅れ0.58°±0.15°、Q値100(80,130)という値が得られた。衛星軌道解析と柿岡の重力観測解析の結果を用いて求められた値はRayら[1996]が衛星軌道解析結果から求めた値(位相遅れ0.16°±0.09°、Q値370(200,800))と調和的である。一方、松代の重力観測解析の結果を用いて求められた値はWhar and Bergen[1986]のk2の理論値から求められるQ値210(90,500)により近い。重力観測から、Qに対してある程度現実的な制限を与えることが出来たのは、沿岸域あるいは浅海における海洋潮汐の精度の向上が達成されたためである。しかし、位相遅れに関して我々の三つの見積もりの間にある約0.4°の差を究明するためには、沿岸近傍についてさらに海洋潮汐モデルの改良を進めてゆく必要がある。このためには、より仮定や省略の少ない潮汐方程式に基づいた高解像度数値モデルが必要となろう。また、改良された数値モデルに、より長期にわたるTOPEX/POSEIDONによる海面高度の観測と、沿岸験潮データとを同化することによって、より良い海洋潮汐モデルが実現されると考えられる。

審査要旨

 海面水位はさまざまな原因によって変化するが、その中でも、月と太陽の引力に起因する海洋潮汐は、周期的な海面水位の変化を引き起こす特徴的な現象である。その原因は、既に、17世紀にニュートンが議論しており、それ以後、海洋潮汐に関する多くの研究がある。特に、18世紀の末、ラプラスは潮汐方程式を導出して、起潮力を与えたときの海洋の応答を定式化している。

 しかし、理論的枠組みが確立しても、実際の水位変動が予測できるわけではない。海底摩擦が正しく評価できないために、起潮力が分かっただけでは、実際の潮位の分布を正しく計算することはできない。その結果、検潮儀による潮位の観測が行われている場所では、年間を通して潮位を正しく予測できるが、それ以外の場所では潮位が求められない時代が長く続いた。

 ところが、1970年代になると、人工衛星に搭載したマイクロ波高度計によって海面の高度分布を観測することが可能になった。外洋であっても、水位の情報が得られるようになったわけである。一方、このような技術開発と平行して、人工衛星を使ったレーザー測距、GPS測位、電波星を使ったVLBI (超長基電波干渉測位)、あるいは超伝導重力測定などの測地技術が進歩し、それに関連して、海面高度を高精度で求めることが必要になった。そのためには、水位の観測データから海洋潮汐を取り除くことが必要であり、地球全海域に対する精度のよい海洋潮汐の予測モデルが望まれる時代になった。

 本論文の著者はこのような要請に答えて、現在、最も精度のよい高度計を搭載しているTOPEX/POSEIDON衛星の高度計データと潮汐方程式を組み合わせて、地球上のほとんど全海域をカバーする高精度の海洋潮汐予測モデルを開発した。さらに、その結果を利用して、潮汐周期帯における固体地球のエネルギー消散率の推測を行った。本論文は、全体で7章から構成されるが、内容的には、5章までが潮汐モデルの構築に関する内容であり、6章で固体地球のエネルギー消散が議論される。但し、1章は序章、7章は全体の結論である。

 2章では研究に用いた衛星データの種類、3章ではデータの処理方法が述べられている。使用したのは、3年分のTOPEXの高度計データで、観測範囲のカバーする全域を0.5度の格子間隔に分割し、衛星軌道が通るグリッド上での海洋潮汐成分を抽出した。その際に、起潮力ポテンシャルを入力として使用したが、日周潮の精度を上げるため、流体核の効果を考慮した。また、浅海で潮汐波の波長が短くなることを考慮して、木目の細かいデータのフィルタリングを行っている。

 4章では、ラプラス潮汐方程式の定式化を行う。特に、論文の著者が工夫した点は、海洋潮汐による海水の質量の再配分によって、1)固体地球の変形、2)2次的な起潮力の発生が行われることを考慮したことである。これらの効果は、従来のモデルより、詳しく扱われている。この方程式を球面上で0.5度の格子間隔で差分化し、衛星軌道と重なる格子点で計算結果を衛星高度計のデータに同化させることによって、主要な8分潮(M2,S2,N2,K2,K1,O1,P1,Q1)に対するグローバルな潮位を求めた。

 5章では結果の検証を行う。論文の著者は、本研究で開発したモデルをORI.96(Ocean Research Institute Model 1996)と名付け、最近、米国とフランスでそれぞれ開発されたCSR3.0モデル、FES.95.2モデルと比較している。それぞれのモデルによる結果を外洋及び日本周辺の検潮儀による観測データと比較したところ、外洋の潮汐に関しては、3つのモデルとも、よい精度で潮位を予測していることがわかった。しかし、沿岸域では、どのモデルも観測値との差が大きい。本モデルは、全分潮の平均で4.57cmの差が見られたが、他のモデルでは、その倍以上の差があることが分かった。このことは、本研究によって、浅海域の潮位予測の精度が大きく改善されたことを示している。

 著者は、さらに、衛星軌道の昇軌道と降軌道の交差点で、予測結果と衛星データとの潮位差を比較している。この比較でも、本モデルが3つのモデルの中で、もっともよい精度があることが示された。

 6章は、本モデルを固体地球物理学の問題に応用する。茨城県柿岡と長野県松代で得られた重力の測定値から、本モデルを利用して、海洋潮汐に起因する重力の変化を取り除き、起潮力ポテンシャルに対する固体地球潮汐の位相遅れとそれに対応するQ値(固体地球のエネルギー消散の大きさを表す)を求めた。柿岡の結果では、位相遅れが0.16度、Q値が350で、他の方法(衛星軌道の変化から求める方法)で得られた位相遅れ0.17度、Q値340に近い値が得られた。位相差が小さいため、従来、重力観測から位相差を求めることが困難であったが、本研究の結果、潮汐成分を従来より高い精度で取り除くことが出来たために、よい結果が得られたと考えられる。

 著者は、衛星高度計のデータと潮汐方程式を巧みに同化させることによって、特に浅海域で従来のモデルより、よい精度を与える海洋潮汐モデルを開発することに成功した。本研究は、海洋物理学のみならず、測地学、固体地球物理学の発展に寄与するところが大きい。本研究の内容は、既に、国際的な学術雑誌に、大江昌嗣、佐藤忠弘、瀬川爾朗との共著論文(論文提出者が第1著者)として発表されているが、共著者の指導を受けて論文提出者が研究を行ったもので、本論文に対する寄与は十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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