学位論文要旨



No 112448
著者(漢字) 望月,公廣
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,キミヒロ
標題(和) 潮岬沖南海トラフの地震ブロック境界における不均質地殻構造 : 海底地震計データへの非線形P波速度インバージョン及び有限差分法波形計算の応用
標題(洋) Heterogeneous Crustal Structure across a Seismic Block Boundary along the Nankai Trough off Cape Shionomisaki,Kii Peninsula : Application of Non-Linear P-Wave Travel Time Inversion and Finite Difference Calculations to OBS Observation
報告番号 112448
報告番号 甲12448
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3228号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 末廣,潔
 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 助教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 徳山,英一
 東京大学 教授 笠原,順三
内容要旨

 南海トラフ沿いでは、1944年にマグニチュード7.9の東南海地震が、その2年後の1946年には同8.0の南海地震が起こった。これらの地震断層解は紀伊半島潮岬沖に境界を持つ。過去この場所で起こったマグニチュード7.0以上の地震についてもこの2つの地震と同様、2つの地震ペアが紀伊半島潮岬沖を境界としてまず東南海で発生し、引き続き南海道で発生するといった決まったパターンを持って、比較的一定の周期、すなわち1605年以前の地震は100年周期で、1605年以降の地震は200年周期で繰り返してきた。海底地形をみると、紀伊半島南端に位置する潮岬から南南東方向に潮岬海谷という海底谷が存在する。この海谷付近を境界とする地殻構造の東西の不均質性が、この場所での地震断層及び地震活動境界を決定しているのではという問題を解明するために、1994年9月から10月にかけて、海底地震計を用いた地殻構造調査を行った。解析にあたり、客観的指標に基づくより妥当性のある構造を求めるため、非線形P波速度インバージョンを適用し、本地域の地殻構造モデルを得た。また、海底地震計を用いた構造調査に応用できるよう有限差分波形計算法の開発を行い、これを用いてインバージョンより得られた構造モデルに対して波形計算を行い、モデルの妥当性を確認した。

図1:海底地形と海底地震計の位置

 本構造調査では19台の海底地震計(うち6台はディジタル型)を海溝軸平行(東西測線)及び直交(南北測線)する十字測線上に設置し、17リットルの容量を持つエアガン、および20kg火薬発破を人工震源として用いた。東西測線については、上に述べた構造境界線を跨ぐようにして、140km長の測線をはった。また南北測線は150kmにおよぶ(図1)。

 本研究の解析では、上述の地殻構造の東西の不均質性の解明に焦点をあて、十字測線のうち東西測線について二次元非線形P波速度インバージョンを行い、客観的指標に基づく速度構造モデルの解釈を行った。非線形インバージョンを適用するにあたり、非線形性を弱め解の発散を防ぐために、以下の方法をとった。

 1.エンベロープ波形の-pマッピング後、-sumインバージョンを行い、各海底地震計直下の一次元速度構造を得る。

 2.1.の結果を考慮し、タイムターム法により二次元の速度層構造および速度不連続面の大まかな形状を得る。

 3.1.および2.の結果をふまえ、波線追跡法による試行錯誤的モデルの改善と、二次元線形P波速度インバージョンを交互に行い、速度構造及び速度不連続面の形状の改善を行う。

 4.二次元非線形P波速度インバージョンを行いP波速度の改善を行う。

 こうして得られた結果を図2に示す。なお、ここでの速度インバージョンに関してはすべて先験的情報を考慮したものである。

 得られた構造モデルをみると、測線西側原点から80kmにある潮岬海谷下で、沈み込むフィリピン海プレートの地殻の厚さが急激に変化し、西側に比べ東側で厚くなっている。またこの地殻の厚さが変化している場所には、P波速度の遅い物質が存在している。この結果より、潮岬海谷下でフィリピン海プレートの地殻内に構造境界が走っていると考えられる。

図2:速度構造モデル

 この構造モデルに対し、二次元の理論重力異常値を計算し、観測値と比較したところ10mgalの精度で一致した(図3)。観測自体の誤差が10mgalであること、計算が二次元であることを考慮すると、非常によい一致であるということができる。また観測値では、潮岬海谷を境界としてその西側では負の重力異常値を、東側では正の重力異常値をもっており、この東西の差異というのも沈み込むフィリピン海プレートの地殻の厚さの差異によってよく説明されている。

 ここで得られた速度構造モデルに対し、有限差分法による理論波形計算を行い、観測波形と比較することによって、モデルの妥当性を検討した。ここでは、海底地震計を用いた人工地震調査に適する理論波形計算法を改善、開発した。

 海底地震計を用いた人工地震調査で扱う構造というのは、不均質性の高い場合が多い。このため、現在のところ有限差分法による波形計算が最も適している計算方法と考えられる。震源時間関数についても、その観測波形を考慮して改善を行った。震源周波数帯域については、計算時間を考慮して0〜5Hzとした。海域で行う人工地震調査では、海面における震源が、特にエアガンの場合では数千発におよぶのに対し、受信器である海底地震計は数十台である。この数千発におよぶ震源それぞれに対して、波動場を計算することは現実的ではない。ここでは受信器側に計算上の震源を置き、レシプロシティーを応用することによって実際の波動場を再現し、計算時間の短縮を行っている。

図3:重力異常値:濃い実線が観測値、薄い実線が計算値。潮岬海谷の位置を点線で示す。

 計算波形を実際の観測記録と合理的に比較する事ができるよう、計算された波形に対して各種補正を行った。海面発破点で観測された、海底で一回反射した波形記録をみると、その振幅が場所によりばらつきがみられる。これは波動エネルギーの海底での反射・透過係数のばらつきによると考えられ、これについてそれぞれの震源について透過係数が一定となるよう補正を行った。海底地震計に装備されている地震計の固有周波数は、2Hzもしくは4.5Hzである。これについて計算波形にも補正を行った。ここで行った計算は、完全弾性体に対する計算であり、非弾性の効果は考慮されていない。ここではインバージョンで得られた構造モデルの各層に対してQ値を対応させ、P波初動の波線に沿って非弾性による効果を見積もり、その補正を行った。計算は二次元の線震源に対する波動場の計算であるため、実際の三次元の点震源を表現するために適当な補正を行った。表1にその手法についてまとめる。

表1:波形計算手法諸表

 この方法により計算された理論波形と、観測波形を同時にプロットしたものを図4に示す。比較した結果、速度不連続面で反射してきた波の振幅についての説明がうまくできない部分が残った。また水中直達波と地殻内を伝播してきた波との振幅比の説明に難しいところが残った。それ以外の点については、振幅、位相ともに総じてよい一致を示し、速度インバージョンより得られた速度構造モデルの妥当性が確認できた。

結論

 ・二次元非線形走時インバージョンを海底地震計データ解析に導入し、紀伊半島潮岬沖南海トラフの人工地震調査に応用し、客観的指標に基づく速度構造モデルを得た。

 ・海洋人工地震調査の観測波形記録と比較するための、理論波形計算の手法を改善、開発を行った。

 ・水中爆破震源の震源時間関数を考慮し、また各種補正をすることによって、観測波形をうまく再現することができた。

 ・走時インバージョンで求まった速度構造は、重力異常値、及び波形の比較においてよい一致を示し、その妥当性が確かめられた。

 ・紀伊半島潮岬沖、潮岬海谷下の沈み込むフィリピン海プレートの地殻内に構造境界線が走っていると考えられ、これを挟んだ東西でフィリピン海プレートの地殻の厚さが異なっていることがわかった。この東西の構造不均質が、この地域の地震活動の差異を決めている一因であると考えられる。

図4:波形比較例(OBS#11):実線が観測波形、点線が計算波形。
審査要旨

 本論文は5章からなり、第1章は、研究対象とした南海トラフの固体地球物理学的な背景と研究の目的、第2章は、南海トラフで実施した海底地震観測実験、第3章は、実験で得られたデータの走時インバージョン解析とその結果、第4章は、前章の結果をもとにした差分法による理論計算に基づく波形データの非線形インバージョン解析とその結果、そして第5章は結果の議論と結論について述べられている。

 研究対象とした南海トラフはトラフ沿いに巨大地震を繰り返し発生させることで知られている。1944年東南海地震(M7.9)と1946年南海道地震(M8.0)が最近の紀伊半島沖周辺のイベントである。歴史上少なくとも7世紀より100〜200年間隔で同じ断層面がスリップしてきたことが推定されている。破壊は、ほとんどの場合隣り合った2大ペア地震として発生し、その境界は紀伊半島沖に位置する潮岬海底谷と一致するように見える。地震破壊断層の幅がなぜこの位置に決まるのか、地殻構造の不均質性との因果関係を調べるのが本論文の主要な目的である。

 この目的のための地震データを得るために、1994年秋に海底地震計(OBS)を用いた地殻構造観測実験が行われた。データは断層の幅方向となるトラフ軸に平行な東西測線上19台に記録されたエアガン及び爆破の記録である。海底地形および地殻最上部の堆積層の不均質による影響は独立に得た反射法探査データを用いて除去した。次に各OBS-エアガンデータにつき一次元インバージョンによる地殻浅部構造を求めた。タウサムインバージョンと呼ばれる方法を発展させ、エンベロープ波形を利用してSN比の改善を図った。さらにタイムターム法により簡便な2次元の速度層構造を求めた。次に、波線追跡法によるフォワードモデリングと初動読み取り走時を合わせる線形2次元P波インバージョンを交互に用いてモデルの地殻全体の構築と収束を図った。さらに、非線形の2次元P波インバージョンを用いて、走時残差をさらに改善させた。このようなステップを踏むのは、波形全体の一括インバージョンにはまだ、計算機能力向上、非線形アルゴリズム開発の余地が大きくあることがひとつの理由である。ここでとられた方法は、構造の解像度を1次元から2次元へ、浅い構造から深い構造へと進めており理にかなっている。2次元インバージョン解析方法は独自の開発である。

 得られた構造の特徴は、陸側プレートに属する浅い部分では、測線西端から20-50kmの範囲に厚さ4km程度に堆積層が厚くなっていることである。沈み込むフィリピン海の地殻モホ面がほぼ潮岬海底谷直下で東に1kmほど深くなるのが、深い方の特徴である。地殻全体では、この厚さ急変部付近に周りより低速度の岩石が見られる。この結果を独立に支持するものとして、重力異常データがある。

 得られた最終モデルは、インバージョンとフォワードモデリングの混合であること、後続波を含めて波形振幅の説明はこの段階では行っていないこと、などから、その妥当性のチェックが必要となる。これを実現するために、有限差分法による波形計算手法を開発している。ここでの工夫として、数の圧倒的に多いショット数(震源)と数の少ないOBS(受震器)をレシプロシティ則を適用して震源、受震部の役割を交換させた計算として計算時間の大幅な短縮を実現した。従来ほとんどのモデリングは、振幅挙動の定性的説明にとどまっていたが、ここでは震源波形の詳細な評価、非弾性の影響の補正、海底面散乱の影響の補正、点震源補正、そしてOBS周波数特性補正を行い、従来より正確な波形計算を試みた。最終モデルを用いた計算結果との比較は全体的によい一致をみせている。ただし、この評価は定性的なものであり、部分的にはモデル改善の余地が示されたところもある。

 以上のあたらしい解析手法の応用による結果は、従来のOBSデータ解析より解像度の高い、かつ信頼性の高いモデルの構築が行われたことを示している。また、トラフ軸沿いにはおおむね均質であるという一般的理解とは異なり、大きな不均質が、それもプレート間地震断層の幅方向の端部に存在することがわかった。この不均質が地震活動を制約するとして、破壊を止めるものなのか、スタートさせるものなのかは、今後の研究に待たれる。

 なお、本論文第2章は、笠原順三、佐藤利典、日野亮太、篠原雅尚らとの共同研究であるが、論文提出者が主体の一人となって海底地震観測実験を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53952