学位論文要旨



No 112449
著者(漢字) 魏,東平
著者(英字)
著者(カナ) ウィ,ドンピン
標題(和) ユーラシアプレートにおけるプレート内部応力の擬似3次元球殻モデル化 : プレートダイナミクスに対する意味
標題(洋) Pseudo-3-D Spherical Modeling of the Intraplate Stresses of the Eurasian Plate : Implications to Plate Dynamics
報告番号 112449
報告番号 甲12449
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3229号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山野,誠
 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 助教授 加藤,照之
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 助教授 藤本,博巳
内容要旨

 プレート内部応力は、プレートに働く様々な力の産物であるから、プレートダイナミクスの重要な情報を含んでいる。本研究では、ユーラシアプレート内部応力に関してモデルからの計算結果と観測されたものを比較することにより、プレートに働いている様々な力の役割を解明する。ユーラシアプレートに働く力には、リッジ押し力、大陸の衝突による力、スラブ引っ張りまたはスラブサクション力、そしてマントルドラッグ力が含まれる。我々はこれらの力によって決まる差応力場を後述する擬似3次元球殻有限要素法を用いて計算し、観測データと比較した。

データ

 本研究では観測データとして、2814個の応力指標を用いた。これらのほとんどはZoback(1992)の世界応力地図計画(WSMP)のデータベースからとったものである。今回はそのうち良質なA-Dの類のもののみ用いている。ユーラシアプレートを584の要素に分け、各要素は約340kmの空間的広がりを持つ。Hmaxの情報を持つ要素は279であり、そのうち241の要素が応力型(断層の型)の情報を持っている。

広義のリッジ押し力

 先ず、プレートの底に働く広義のリッジ押し力を計算した。これはプレートの底に及ぼされるアセノスフェアからの静水圧であり、プレートの傾斜と、地殻・リソスフェアの密度/温度構造で決まる。ユーラシアプレートを有限の要素を持つ2次元球殻とモデル化することによって、この力による水平方向の力を計算できる。媒質はヤング率を1.62×1011Pa、ポアソン比を0.282の弾性体であるとした。その後、鉛直力を水平力から引くことにより差応力場を形成した(よって擬似3次元である)。この差応力場はほとんどが伸長場であることから、我々はユーラシアプレートの内部応力をモデル化する為には、他の種類の力が必要であることを見出した。

現実的なモデル

 モデルをより現実的なものとする為、大陸の衝突による力をイベリアからヒマラヤ迄及びサハリンから日本海東縁迄に、スラブ引っ張り又はスラブサクション力をスマトラから南海トラフに与えた。方向のテスト(|Hmax,obs-Hmax,pred|<20°)及び応力型のテストを通った数を様々なモデルに対して比べた結果、ユーラシアプレートの内部応力(図1)パターンに最も大きな影響を与えているのは衝突による力とそれにつり合うマントルドラッグであることがわかった。プレート内の応力型は、Hmaxの方向よりも境界に働く力を敏感に反映する。よって、こちらをイベリア半島-サハリン島に働く力の大きさと範囲をもっともらしく決定するための拘束条件として用いることができた。計算された応力パターンと観測されたパターンとの比較によって得られた,衝突による力の大きさは以下の通りである。地中海で1.0〜3.0×1013N/m,中東で1.5〜4.0×1013N/m,ヒマラヤで4.0〜10.0×1013N/m,日本海で1.0〜3.0×1013N/mである。スラブ引っ張り或はスラブサクション力は、スマトラから台湾にかけては-1.0〜3.0×1013N/m,琉球-南海トラフでは-1.0〜2.0×1013NN/mの範囲にある。

考察

 図2はモデルTN-Cによってプレート境界に働く力,計算された差応力,Hmax,応力型を表している。モデルTN-Cに於いて、全てのプレート境界に働く力によるトルク極は(14°N,319°E)であり、これは主としてインドプレートとの衝突によるものである。これはAM1-2[Minster and Jordan,1978]によるユーラシアプレートの絶対運動の極(0.7°N,336.8°E)に近いが、HS2-NUVEL1[Gripp and Gordon,1992]による極(-44.8°N,58.1°E)からは離れている。もしAM1-2の絶対運動が正しければインドプレートの大陸衝突による力がユーラシアプレートを駆動しているが、ユーラシアプレートの絶対速度が精度良く求まっていないため現段階でこのことを受け入れるのは難しい。我々が結論できるのは、このプレートを駆動しているのは衝突による力かマントルドラッグによる力かどちらかであり、スラブ引っ張り或はまたはスラブサクションによる力はたいした働きをしていないということである。

 上述のモデルでは、バイカルリフトで圧縮場、スカンジナビアで伸長場となってしまうが、このことは前者で伸長・後者で横ずれが観測されていることに反する。バイカルリフトではアセノスフェアの上昇の為、プレートの底が4km薄く、スカンジナビアではかつて存在した氷床の為に2kmプレートが押し下げられているとすることにより、計算された応力と観測された応力との食い違いを説明することが出来る。

図1.モデルとテストを通過した要素の数,(a)様々なモデルにおけるプレート境界に働く力.(b)様々なモデルにおけるHmaxの方向と応力型のテストを通過した要素の数。図2.モデルTN-Cの結果.(a)境界に働く力,(b)計算された差応力の分布,(c)方向のテスト:Hmaxのデータを持つ279の要素のうち,92の要素(太線のHmax)のHmaxが通過した。(d)応力型のテスト:応力型のデータを持つ241の要素のうち、98の要素(O印)が通過した。
審査要旨

 プレートの内部応力は、プレートに働く各種の力の産物であるから、プレートのダイナミクスに関する重要な情報を含んでいる。本論文は、ユーラシアプレートの内部応力に関して、モデル計算の結果と観測を比較することにより、プレートに働く各種の力の役割を解明することを目指したものである。このために、論文提出者は、ユーラシアプレートに働く力(広義のリッジ押し力、大陸の衝突による力、スラブ引っ張りまたはスラブサクション力、マントルドラッグ力)によって決まる差応力場を、擬似3次元球殻有限要素法を用いて計算し、観測データと定量的に比較している。

 本論文は7章からなり、以下のような構成になっている。第1章では、プレートに働く力の平衡とプレート内部応力に関して、過去になされた研究をふりかえり、本論文の研究目的を示している。従来の研究では、観測データと計算モデルとの定量的な比較が行われていなかったなどの問題点を指摘し、本論文の方向性を明示している。

 第2章では、ユーラシアプレートの内部応力に関連する様々な力を紹介している。特に、プレート全体の底と境界に働く広義のリッジ押し力が厳密に定義され、併せてその物理的意味合いが論じられている。広義のリッジ押し力の厳密な定義とモデル化がなされたのは、本研究が初めてである。

 第3章では、Zoback(1992)による世界の応力データベースを観測データとして採用した。ユーラシアプレートを584の要素に分け、統計的処理を行って要素ごとの平均的なHmaxと応力型(断層の型)を計算している。特に要素ごとのHmaxについては、異なる精度を持つ応力データに相対的な重み係数を掛けて処理を行っている。

 第4章では、大陸プレートは3層、海洋プレートは2層とした3次元成層構造を仮定し、プレート内の鉛直応力と広義のリッジ押し力を計算している。その鉛直応力を水平応力から引くという擬似3次元的手法により、差応力場が求められる。

 第5章では、球殻有限要素法(FEM)モデルの原理を簡単に紹介している。本論文では要素ごとの曲げ特性を考え、簡単な計算例を示しながら球殻FEMプログラムの妥当性を検証している。

 第6章では、その球殻FEMを用い、ユーラシアプレートに働く力の様々な組み合わせについて、内部応力の分布を計算している。まず、ユーラシアプレートの底と境界に働く広義のリッジ押し力だけを用いた場合、ほぼ全域で計算される差応力場が伸長場となることから、観測データを説明するには他の種類の力が必要であることを示した。次に、大陸の衝突による力、スラブ引っ張り又はスラブサクション力を加えると、計算結果が観測データとよりよく一致することを明らかにした。モデル計算の結果と観測デー果と観測データの比較評価を客観的に行うために、水平主応力方向及び差応力の型を定量的に統計分析したことは、本論文の特徴の一つである。

 最後の第7章では、モデル計算の結果に基づいて、ユーラシアプレートの内部応力場から、イベリア半島からサハリン島までのプレート境界に働く力の大きさを推定している。さらに、プレート内の応力場の複雑性やプレートを駆動するメカニズムなどについても議論している。

 以上のように本論文は、広義のリッジ押し力の厳密な評価、擬似3次元的手法による差応力場の計算、及びモデリング結果の定量的な統計分析方法を新しく提唱するとともに、ユーラシアプレートを駆動し、その内部応力パターンに最も大きな影響を与えているのは衝突による力とそれにつり合うマントルドラッグであることを示したものである。この業績は大きく、地球惑星物理学とりわけプレートダイナミクス研究の進歩に貢献するものである。

 よって、本審査委員会は全員一致で、本論文により博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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