プレートの内部応力は、プレートに働く各種の力の産物であるから、プレートのダイナミクスに関する重要な情報を含んでいる。本論文は、ユーラシアプレートの内部応力に関して、モデル計算の結果と観測を比較することにより、プレートに働く各種の力の役割を解明することを目指したものである。このために、論文提出者は、ユーラシアプレートに働く力(広義のリッジ押し力、大陸の衝突による力、スラブ引っ張りまたはスラブサクション力、マントルドラッグ力)によって決まる差応力場を、擬似3次元球殻有限要素法を用いて計算し、観測データと定量的に比較している。 本論文は7章からなり、以下のような構成になっている。第1章では、プレートに働く力の平衡とプレート内部応力に関して、過去になされた研究をふりかえり、本論文の研究目的を示している。従来の研究では、観測データと計算モデルとの定量的な比較が行われていなかったなどの問題点を指摘し、本論文の方向性を明示している。 第2章では、ユーラシアプレートの内部応力に関連する様々な力を紹介している。特に、プレート全体の底と境界に働く広義のリッジ押し力が厳密に定義され、併せてその物理的意味合いが論じられている。広義のリッジ押し力の厳密な定義とモデル化がなされたのは、本研究が初めてである。 第3章では、Zoback(1992)による世界の応力データベースを観測データとして採用した。ユーラシアプレートを584の要素に分け、統計的処理を行って要素ごとの平均的なHmaxと応力型(断層の型)を計算している。特に要素ごとのHmaxについては、異なる精度を持つ応力データに相対的な重み係数を掛けて処理を行っている。 第4章では、大陸プレートは3層、海洋プレートは2層とした3次元成層構造を仮定し、プレート内の鉛直応力と広義のリッジ押し力を計算している。その鉛直応力を水平応力から引くという擬似3次元的手法により、差応力場が求められる。 第5章では、球殻有限要素法(FEM)モデルの原理を簡単に紹介している。本論文では要素ごとの曲げ特性を考え、簡単な計算例を示しながら球殻FEMプログラムの妥当性を検証している。 第6章では、その球殻FEMを用い、ユーラシアプレートに働く力の様々な組み合わせについて、内部応力の分布を計算している。まず、ユーラシアプレートの底と境界に働く広義のリッジ押し力だけを用いた場合、ほぼ全域で計算される差応力場が伸長場となることから、観測データを説明するには他の種類の力が必要であることを示した。次に、大陸の衝突による力、スラブ引っ張り又はスラブサクション力を加えると、計算結果が観測データとよりよく一致することを明らかにした。モデル計算の結果と観測デー果と観測データの比較評価を客観的に行うために、水平主応力方向及び差応力の型を定量的に統計分析したことは、本論文の特徴の一つである。 最後の第7章では、モデル計算の結果に基づいて、ユーラシアプレートの内部応力場から、イベリア半島からサハリン島までのプレート境界に働く力の大きさを推定している。さらに、プレート内の応力場の複雑性やプレートを駆動するメカニズムなどについても議論している。 以上のように本論文は、広義のリッジ押し力の厳密な評価、擬似3次元的手法による差応力場の計算、及びモデリング結果の定量的な統計分析方法を新しく提唱するとともに、ユーラシアプレートを駆動し、その内部応力パターンに最も大きな影響を与えているのは衝突による力とそれにつり合うマントルドラッグであることを示したものである。この業績は大きく、地球惑星物理学とりわけプレートダイナミクス研究の進歩に貢献するものである。 よって、本審査委員会は全員一致で、本論文により博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |