学位論文要旨



No 112450
著者(漢字) 須藤,重人
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,シゲト
標題(和) 大気中の臭化メチルおよび塩化メチル、ヨウ化メチル等の濃度測定に関する研究
標題(洋)
報告番号 112450
報告番号 甲12450
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3230号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 脇田,宏
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 助教授 菅原,正雄
 東京大学 助教授 松尾,基之
内容要旨

 大気中のハロゲン化メチル(臭化メチルおよび塩化メチル、ヨウ化メチル)等の濃度測定方法を開発し、測定装置を新たに製作、さらに、バックグラウンドレベルの大気試料の分析を試み、いくつかの知見を得た。

 第1章では、ハロゲン化メチルの大気中分布、挙動について現状の紹介を行い、特に、臭化メチルの人間活動による増加分について言及、これによる成層圏オゾンの破壊について説明し、本研究において、これらの化学種の高精度分析を行うことの意義を述べた。

 ハロゲン化メチルは主として海洋に発生源があると考えられており、その他バイオマス燃焼等による放出も指摘されている。一方、臭化メチルは、農業における土壌殺菌や農産物の検疫燻蒸、建築物の屋内燻蒸など、近年使用が増加しており、成層圏オゾン破壊能が1995年末で先進国における製造が全廃されたCFCにが匹敵する物質として規制が検討され、大気中挙動の解明が急がれている化学種であるが、大気中濃度がバックグラウンド濃度で約10pptvと極めて低く、これまで高精度な測定がなされているとはいえない。また、臭化メチルの天然における生成の過程に深い関わりがあると考えられている塩化メチル、ヨウ化メチルについても濃度が低く、測定が困難なことから大気中濃度、挙動等の知見が著しく不足している。

 本研究では、これらハロゲン化メチルの大気中濃度測定を主とし、CFC類、N2O、SF6等の同時測定も行うことによりこれら大気中微量成分の分布、変動並びに挙動を解明することを目的として、分析装置を新たに製作し、さらに北半球中緯度を中心に大気中微量成分の分析を試みた。

 第2章では、バックグラウンド濃度レベルのハロゲン化メチル等の濃度分析方法、および今回新たに製作した装置について説明した。低温濃縮法と2本のパックドカラムの使用により、比較的大きな試料量を短時間に脱水を行わずにガスクロマトグラフ(GC)へ導入し、前段のカラムで、脱水および無機ガス類の除去をし、続く後段カラムでハロカーボン類のきめ細かい分離を達成した。

 第3章では、分析方法を開発していく上で、従来問題となっていた点を解決した過程を説明し、さらに分析精度を向上させることによって初めて明らかとなった採取試料の保存に関する問題や、コンディショニングの問題等についても言及した。

 CFC類に比較して、濃度、感度の点ではるかにECD応答が小さいハロゲン化メチルの濃度分析には電子捕獲型検出器を有するガスクロマトグラフ(GC/ECD)を用いるが、1000倍以上大きなピークを示すCFC類との十分な分離が定量には不可欠である。3種のハロゲン化メチルの分離はいずれも困難であったが、とりわけ臭化メチルは沸点の接近するCFC-114aやCFC-11との分離が非常に難しく、精密なカラム温度設定を要した。実際の分離には、2本のPorapak Q充填カラムを使用し、これらを別々に温度調節することによって分離を可能にした。さらに、塩化メチル、ヨウ化メチルの分離も同時に可能にするために、条件の調整を行い、3成分の同時分離の最適条件を達成した。比較的ECD感度の低い塩化メチル、臭化メチルの感度増大効果を期待して、検出器温度の変化や、キャリヤーガスへの酸素等の添加による効果も検討した。塩化メチルでは比較的大きな酸素添加効果が観測されたものの、臭化メチルでは有意な効果は認められなかった。一方、これらハロゲン化メチルのECD感度は、分析系内の微量な不純物の影響を受けやすいことが明らかとなり、コンディショニング(焼出し条件)の厳密化をはかることで、大きく精度が向上した。さらに、これらハロゲン化メチルは全金属製の試料容器中で、保存期間が長くなるにつれて濃度に変動が起きることが判明した。CFC等の保存では見られなかった問題であり、原因について検討している。

 第4章では、北半球中緯度(日本周辺)及び南半球高緯度(南極昭和基地)の大気試料の分析結果について述べた。試料採取地は、北海道の都市から離れた海岸域、南極昭和基地、千葉県房総海岸域、東京都心部である。また、三陸において打ち上げた大気球により採取された成層圏試料についても分析を行った。

 北海道試料では試料間のばらつきは小さく、またハロゲン化メチル相互の濃度変化に共通する傾向が見られ、天然における発生に関わりあいのあることが示唆された。また、同時に測定したCFC類とは全く相関がなく、この地域がバックグラウンド濃度に近いことも示されたが、臭化メチルでは、他のグループが報告した北半球濃度平均より2〜3pptv大きいことから、産業の発達した地域の多い北半球中緯度が最も臭化メチルの人工的な放出量が多いことを反映しているものと思われる。

 一方、南極昭和基地の試料は、臭化メチルについては、ほぼ他のグループの南半球の平均濃度と一致した。これは、南半球では臭化メチルの人工的な消費量が少ないために、緯度勾配が少ないからと考える。また塩化メチルは、南北両半球ともほぼ同じ濃度レベルを示した。これは塩化メチルの発生源が地球上に一様に存在し、かつ、その発生源が専ら天然であることを示すものとみられる。南極におけるヨウ化メチル濃度が極めて低濃度となったのは、ヨウ化メチルの大気中寿命が短く(約1週間)、かつ、この地域における海洋生物活動が低緯度地域より少なく、かつ、ヨウ化メチルも天然起源であるためと解釈した。

 また、房総海岸域において、海岸線に沿って、連続的な大気中ハロゲン化メチルの分布を観測した。各成分ともに連続的な濃度分布がみられ、個々の捕集容器の信頼性が確認された。また、ハロゲン化メチル相互の濃度分布に共通な変動傾向も見られたが、風向きなど海洋との直接の相関は見られなかった。また農業使用によると思われる臭化メチルが極めて高濃度な観測点もあった。

 さらに、東京都心部における約40日間の連続的な濃度変動観測を行なった。ハロゲン化メチル共通の傾向として、風の弱い日や、湿度が高く特に降雨の直前などに高濃度を示すなど、気象条件との関係が認められた。逆にCFC類で見られるような平日、休日の濃度差は見られなかった。臭化メチルは、時折、他のハロゲン化メチルとは無関係に高濃度を示す時があり、都市部または近郊における人工的使用によるものと思われる。

 塩化メチル、臭化メチルについては、大気球による採取試料の分析によって、成層圏に至る高度分布も検討した。高度の上昇にともない、紫外光による解離によって、CFCと同様に臭化メチル、塩化メチルも下部成層圏で急激に混合比の減少が観測された。しかし、さらに上の25〜35kmで逆に混合比の増加傾向が見られ、CFC類とは異なる挙動を示した。

 以上のような知見を第5章でまとめて記した。

審査要旨

 本論文では、測定がきわめて困難な大気中のハロゲン化メチル(臭化メチルおよび塩化メチル、ヨウ化メチル)等の濃度測定方法を開発し、装置を新たに製作し、さらに、バックグラウンドレベルの大気試料の分析を試みている。

 第1章では、ハロゲン化メチルの大気中分布、挙動について現状の紹介を行い、特に、臭化メチルの人間活動による増加分について言及、これによる成層圏オゾンの破壊について説明し、本研究において、これらの化合物の高精度分析を行うことの意義を述べている。ハロゲン化メチルは主として海洋に発生源があると考えられており、その他バイオマス燃焼等による放出も指摘されている。一方、臭化メチルは、農業における土壌殺菌や農産物の検疫燻蒸、建築物の屋内燻蒸など、近年使用が増加しており、成層圏オゾン破壊能がCFCに匹敵する物質として規制が検討され、大気中挙動の解明が急がれている化合物であるが、大気中濃度が極めて低く、これまで精度の高い測定がなされていない。また、臭化メチルの天然における生成の過程に深い関わりがあると考えられている塩化メチル、ヨウ化メチルについても、濃度が低く測定が困難なことから、大気中濃度や挙動等の知見が著しく不足している。

 第2章では、バックグラウンド濃度レベルのハロゲン化メチル等の濃度分析方法、および今回新たに製作した装置について説明している。低温濃縮法と2本のパックドカラムの使用により、比較的大きな試料量を短時間に脱水を行わずにガスクロマトグラフへ導入し、前段のカラムで、脱水および無機ガス類除去を行い、続く後段カラムでハロカーボン類のきめ細かい分離を達成している。

 第3章では、分析方法を開発していく上で従来問題となっていた点を解決した過程を説明し、さらに分析精度を向上させることによって初めて明らかとなった採取試料の保存に関する問題や、コンディショニングの問題等についても言及した。CFC類に比較して、濃度、感度の点ではるかにECD応答が小さいハロゲン化メチルの濃度測定にECDガスクロマトグラフ(GC/ECD)を用いる場合には、1000倍以上大きなピークを示すCFC類との十分な分離が定量には不可欠であった。3種のハロゲン化メチルの分離はいずれも困難であり、精密なカラムの選定と分離操作条件の選定が重要であったが、初めて3成分の完全な同時分離を達成した。さらに検出器の高感度化や、妨害成分の除去による測定の高精度化、全金属製の容器中における大気試料保存中の濃度変化等についても詳細に検討した。

 第4章では、日本周辺及び南極で採取された大気試料の分析結果が報告されている。千葉県房総海岸域、東京都心部でも採取・測定し、さらに大気球により採取された成層圏試料についても分析を行っている。北海道試料では、天然における発生に関わりあいのあることが示唆された。臭化メチルについては、先進国の多い北半球中緯度がグローバルには最も人工的な放出量が多く濃度が高くなっている可能性が示された。塩化メチルは南北両半球ともほぼ同じ濃度レベルを示し、発生源が地球上に一様に存在し、発生源が専ら天然であることを示した。南極におけるヨウ化メチル濃度は極めて低濃度となった。房総海岸域における連続的な大気中ハロゲン化メチルの分布の観測から、個々の大気採取容器の信頼性が確認され、農業使用によると思われる高い臭化メチル濃度も検出された。東京都心部における約40日間の継続的な濃度変動観測では、気象条件により高濃度を示す一方、都市部または近郊での人工臭化メチルの使用によると思われる他のハロゲン化メチルとは無関係な臭化メチルの高濃度が観測された。大気球により採取された成層圏大気試料の分析によって調べた高度分布は、臭化メチルと塩化メチルが上空25〜35kmにおいて異常な混合比の増加傾向を示し、その原因を考察した。

 第5章で以上の知見をまとめている。

 なお、第4章で述べられている北海道における大気試料の採取は申請者を含めた研究室メンバーによるものであり、南極の大気試料は南極観測隊員により採取され、成層圏大気試料は宇宙科学研究所で開発された液体ヘリウムクライオジェニックサンプラーを用いて同研究所および東北大学理学部との共同研究で得られたものであるが、他の試料採取と測定・解析はすべて論文提出者が行った。

 これらのことから、本論文における論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54563