本論文は、第1章Introduction,第2章Experimental,第3章Mechanism for the off-normal emission of N2 in desorption-mediated reaction of NO on Pd(110),第4章Spatial distribution of N2,N2O and NO desorbing from Pd(211),第5章Spatial distribution of N2 and NO desorbing from Rh(533),第6章STM observation of NO induced structures on Pd(110),第7章 Oscillatory behaviour of the NO+H2 reaction over Rh(533),第8章Summary and Outlook、の8章から構成されている。 第1章は本研究の目的及び本研究で用いた主要な手法である脱離分子の角度分布測定実験の意義にと歴史的な発展について述べられている。 第2章では、本実験の目的に合わせて設計した実験装置の詳細及び具体的な実験手法が述べられている。 第3章は本研究の最も重要な部分であり、Pd(110)表面に吸着たNO分子が約490Kで脱離する際に同時的にN2及びN2Oを生成する現象に注目し、それぞれの脱離分子の空間分布を測定結果がまとめられている。特に注目すべき結果は、これらの脱離分子の中で、N2分子のみが<001>方向に表面垂直から37°傾いてcos46(±37)で記述できる鋭い空間分布をもっていると言う全く新しい現象を発見したことである。同じ温度で同時的に脱離するNO及びN2O分子の空間分布は、表面垂直方向に最大となるcosnで記述できる通常の分布となり、nの値はそれぞれ1及び2であった。 また、この章では表面垂直から37°傾いた方向に脱離するN2の生成機構を解明する実験が行なわれた。即ち、15Nの同位元素を予め吸着させたPd(110)表面に14NOを室温で吸着さ昇温脱離を行ない、脱離してくる15N2と14N15N分子の空間分布を測定したところ、表面垂直から37°傾いた方向に脱離してくるN2分子の殆どが14N15Nであることを明かにした。それに対し15N2分子はcos6で表せる表面に垂直方向に最大になる空間分布をしていることが示された。この同位元素を用いた実験から、490Kで生成するN2分子の生成機構は、NO分子の脱離に伴ってその一部がNとOに解離し、さらにN原子は(i)N+NO→N2+O及び(ii)N+N→N2の2つの反応経路を経てN2として脱離することが示された。同位元素を用いた実験から、この2つの反応機構のうち(i)の反応機構によって生成するN2分子のみが37°傾いた方向に鋭い空間分布をもって放出されることが示され、(ii)のN原子の再結合により生成するN2分子は表面に垂直方向に飛び出してくるが熱平衡にはなっていないことが示唆された。このように生成分子の空間分布を同位元素を用いて測定することによって、(i)と(ii)の反応機構を実験的に区別できることを示した。 さらに、NO+CO(H2)→1/2N2+CO2(H2O)触媒反応で生成するN2及びCO2の空間分布をin-situで測定し、触媒反応で生成脱離するN2分子はcosに従った空間分布を示し完全に熱平衡になっているのに対し、昇温脱離でN+N→N2反応により生成するN2分子とは異なることが示された。また、触媒反応で生成脱離してくるCO2分子はcos4に従うことが示され、生成分子によって熱平衡からのずれが異なることが示唆された。 第4章は第3章の結果を踏まえてPd(211)[3(111)x(100)]表面、(100)ステップと(111)テラスから成る表面で同様の実験を行なった。この表面は、文献からNOの吸着量が小さい時にはNO分子は(111)テラスに優先的に吸着し、(100)ステップは空いていることが分かっている。NO分子がテラスに吸着しているPd(211)表面を昇温すると、Pd(110)での昇温脱離と同様にNOの脱離と同時にN2とN2Oが脱離してくるが、N2分子はNOが吸着していない(100)ステップ面に垂直方向に鋭い空間分布をもって脱離することが示された。15N同位元素を用いた実験から、NO分子が(111)テラスをマイグレイトし、(100)ステップ面に達しN+NO→N2+O反応によってN2が生成してくることが示された。 第5章では触媒反応として進行するNO+H2→N2,NH3,H2O反応が振動することが既に知られているRh(533)[4(111)x(100)]表面、(111)テラスと(100)ステップから成る表面、に対してこの手法の適用を試みた結果をまとめている。昇温脱離するNOとN2分子の脱離スペクトルはRh(111)表面の脱離スペクトルと非常に似ているが、脱離N2分子は(111)テラスにも(100)ステップにも垂直でなく、両面の境界から垂直方向に脱離していることを見つけ、この表面では反応サイトと脱離サイトが異なることが示唆された。しかし、この場合もNO分子の脱離は結晶表面に垂直方向に分布することが分かった。 第6章では分子状吸着しているNO分子が脱離する際にN+NO→N2+O反応によってN2分子が表面垂直から37°傾いた方向に脱離する原因を明かにするためにPd(110)表面の構造を走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて調べ、分子状で吸着したNO分子が(2x1)配列構造に配列しているのを見ることに成功した。またN+NO→N2+O反応で生成するO原子は表面でp(3x1)構造をつくるのが確認された。 第7章は第5章で調べたRh(533)表面で、直接NO+H2反応の振動現象を調べ、振動反応が進行している表面の状態を表面のAES分析と昇温脱離実験から推定した。 最後に、第8章にこれまでの結果をまとめ、脱離分子の空間分布測定から得られる表面での化学反応機構について総括している。 以上、本研究はこれで"Auto-catalytic Reaction"或いは"Exprosive Reaction"のようなあいまいな表現で説明されてきた「NO分子が金属表面から脱離する際にN2を生成する」現象が"Auto-catalytic Reaction"或いは"Exprosive Reaction"ではないく、N+NO→N2+O反応であることを実験的に証明し、Pd(110)表面でこの反応機構で生成するN2分子は表面垂直から37°傾いた方向に鋭い空間分布をもって飛び出してくると言う極めて特異な現象を初めて見つけた。また、本研究では吸着分子や原子が昇温に伴って脱離する際の空間分布と、定常的に進行する触媒反応で生成する分子の空間分布を比較する実験を初めて行った。これまで、気相にガスが存在するin-situの条件で定常反応として生成している分子の空間分布を測定した例はなく、本研究で初めて触媒反応として生成するN2分子の空間分布と昇温脱離で真空中に脱離するN2分子の空間分布を比較する実験が行なわれ、両反応機構により空間分布が異なることが実証された。 以上、金属表面での吸着原子の再結合、吸着原子と吸着分子間の反応さらに触媒反応について反応機構や脱離機構と脱離分子の空間分布の関係および脱離分子の空間分布が持つ物理的な意味を実験的に明かにした本研究は、この分野の研究に極めて重要な影響を与えると判断される。 なお、本論文の第3章の一部は賀泓、平野栄樹、向井孝三、C.Borroni-Bird,等との共同研究であり、また第7章はB.E.Nieuwenhuys,N.M.H.Janssen,A.R.Cholach,P.Cobdenとの共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行なった研究であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 本論文は三章からなり,金属酸化剤および光電子移動による一電子酸化反応によってラジカル種を生成させ,これらを反応活性種として用いる炭素-炭素結合生成反応の開発について検討した結果を述べている。 第一章では,光一電子移動反応による効率的なカップリング反応の開発について述べている。これまで多くの光電子移動反応が知られているが,一般に収率や選択性が悪く有機合成反応への利用は極めて限られている。筆者はスズ-炭素結合の結合エネルギーが小さなことに注目し,-スタンニルスルフィドを光一電子酸化すれば生成したカチオンラジカルからスタンニル基が脱離し-アルキルチオラジカルが効率よく生成すると考え,電子不足オレフィン存在下-スタンニルスルフィドの光電子移動反応を検討した。-スタンニルスルフィド1と2-シクロヘキセノンをメタノール中で光照射すると,フェニルチオメチルラジカルがオレフィンに付加した生成物2が得られる(式1)。対応する-シリルスルフィドを用いると反応はほとんど進行しないことから,炭素-スズ結合の切断の容易さが,反応の進行に大きな役割をしていることがわかる。この反応は,種々の-スタンニルスルフィドやジチオアセタールでも反応が進行し,分子内環化反応も,光増感剤として1,4-ナフタレンジカルボニトリルを用いると効率よく進行する。 第二章では,光増感剤である1,4-ベンゼンジカルボニトリル類の置換基効果について検討した結果を述べている。著者の研究室では,式2に示すような光増感剤を用いるアセタール3からケトエステル4へのアセトニトリル-メタノール中での光開環反応が,1,4-ベンゼンジカルボニトリル(DCB)を光増感剤とするよりも,酸化力の弱い2-メチル-DCBや2,5-ジメチル-DCBを用いた方が,反応の量子収率が高いことを見出している。筆者は,この一見常識に反する置換基効果の原因を詳細に検討した。 各増感剤を用いた反応の量子収率の決定,増感剤のアセタールによる消光定数や励起寿命などを詳細に測定し,以下の結論を導いた。すなわち,メタノール中でDCBを増感剤に用いると,メタノールからも励起されたDCBへ一部電子移動がおこるが,メチル基を導入するに従いこの電子移動が抑制される。従って,アルコール中の光増感反応では,DCBよりもメチル置換DCBの方が良い増感剤となることを明らかにした。この結果は,今後の光増感剤の開発に貴重な知見を与えるものである。 第三章では,アルキルホウ素アート錯体を一電子酸化し,アルキルラジカルの生成とそのオレフィン類への付加反応について検討した結果が述べられている。アルキル金属化合物をアルキルラジカルに変換しオレフィンとの分子間付加反応を効率よく行わせることができれば合成上有用であが,アルキル金属化合物は溶媒中で会合しているので酸化すると通常自己二量化してしまう。筆者は,アルキル金属化合物をホウ素のアート錯体に変換した後酸化すれば,遊離のアルキルラジカルが生じ,オレフィンへの付加反応が進行すると考えた。アルキルトリフェニルボラート5にオレフィン類の存在下硝酸アンモニウムセリウム(IV)を作用させると,アルキルラジカルのオレフィンへの付加体6が収率良く得られることを見出した(式3)。広い一般性をもち,種々の電子豊富オレフィンや電子不足オレフィンで反応が進行する。 以上,第一章では,これまでこれまで困難であった光電子移動反応による炭素骨格形成が,有機スズ化合物を利用すると効率よく進行することを明らかにした。つづいて,これまで酸化力の大きな光増感剤を用いると反応効率が向上すると一般に考えられていたが,アルコール中の光増感反応では適当な酸化力を持つ光増感剤の選択が,反応収率の向上に必須であることを示した。これらの成果は,従来有機合成への利用に大きな制約のある,光電子移動反応の応用に糸口を与えるものである。第三章ではアルキルアニオン種の酸化による簡便なラジカル生成法を開発している。これらの業績は,有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお,本研究は数名による共同研究であるが論文提出者が主体となって研究開発を行なったものであり,論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って,博士(理学)を授与できると認める。 |