学位論文要旨



No 112454
著者(漢字) 井上,朋也
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,トモヤ
標題(和) Pt-X異種接合の高選択的反応への応用に関する研究
標題(洋) The Applications of Pt-X Hetero junction to Advanced Selective Reactions
報告番号 112454
報告番号 甲12454
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3234号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 田隅,三生
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 近藤,保
 東京大学 教授 尾中,篤
内容要旨

 人間の生活環境を保持していくうえで、触媒はいくつかの方法で寄与することができる。化学工業はその代表的なプロセスであり、生活のなかで排出される汚染物質を無害なものに転換するプロセスにおいても、触媒は重要な役割を担うことが少なくない。これらの反応で求められる触媒性能は、時代の要請に従って変化するが、通常、従来の触媒では為しえなかった触媒機能が要求される。これは触媒設計のうえでブレークスルーを促し、新たな触媒化学を生み出す重要な動機ともなる。低級アルカンのプロセス資源化、即ち有用物質への変換プロセスは前者のプロセスであり、一方、窒素酸化物の除去プロセスの開発はまさに後者に貢献するプロセスである。

 窒素酸化物の主要な発生源に自動車があり、従来この窒素酸化物の除去は、三元触媒と呼ばれるPt-Pd-Rhを高分散させて調製した触媒により除去されてきた。近年、自動車エンジンの高効率化に伴って、空燃比の高い条件下でのエンジン運転を指向する動きがある。従来の三元触媒では、空気の比率の高い条件下で、NOxの除去効率が著しく低下するため、酸化雰囲気下で高いNOx除去能を持つ触媒の開発が望まれている。他の共存ガスに対する耐久性等の観点から、Ptを適当な担体に担持した触媒はその有力な候補となっている。しかし、Ptを担持した触媒ではN2Oの副生が起こるため、この発生をいかにして防ぎ、N2への転換を図るかが問題となる。

 一方、これまで石油化学における化成品の合成はアルケンを出発物質として行われてきており、低級アルカンはほとんど燃料とみなされてきた。石油資源の限界が徐々に現実味を帯びつつあるなかで、出発原料をアルケンからアルカンへ転換する動きがあるものの、これまでの広範な物質探索にもかかわらず、有効な触媒の開発がなかなか進まないことが現状である。これは、従来の触媒において、アルケンよりも相互作用しにくいアルカンを活性化するためには反応条件を厳しくしなければならないが、活性化された反応中間体を高い選択性で目的生成物に導くには、反応条件がある程度穏和でなければならないためと考えられる。従って、アルカンを高効率的に目的生成物に転換するには、穏和な条件下でアルカン分子を活性化できる、新しいかたちの活性点を創製することが必要となっている。

 これらの課題はいずれも、難度の高い反応に対して、いかに高選択的な反応サイトを構築するかといった問題である。私はそこで、NOxの還元反応に対しては、Pt表面にNOの解離を促進するバイメタルアンサンブルを構築することでこの実現を図った。また、NO還元反応を研究する途上で、NOによる炭化水素の不飽和ニトリルへの高選択的な転換反応を見いだしこの反応がアルカンの有用物質への選択的な転換に有効であることを見いだした。このことから、Ptの持つ高い脱水素能を活用することでアルカンの選択酸化が実現できないかと考え、金属酸化物の界面における格子酸素の活性化をもあわせて利用した、選択酸化反応を開発することを検討した。これは格子酸素特有の反応に対する選択性と、金属との界面形成による反応性の向上を組み合わせることを意図したもので、このような試みはこれまでなかったものである。

1.選択的CVD法により調製したPt-Sn/SiO2触媒によるNOの選択還元反応

 PtのNO吸着能と、Snの酸素とのほど良い親和性から、Pt微粒子表面にPt-Snバイメタルアンサンブルを構築したときに、これがNOの解離に有効にはたらくのではないかと期待した。触媒調製では、微粒子表面の構造制御を系統的に行う観点から、Sn(CH3)4の蒸気とPt微粒子表面との選択的な反応を用いて調製した。(選択的CVD法)このようにして調製したPt-SnバイメタルアンサンブルはNOを室温程度でも速やかに解離するような高活性を持つことがわかった。また、微粒子表面のキャラクタリゼーションをSn K-EXAFSをはじめとした手法で行い、図1のような構造を持つことを明らかにした。

 図1のような表面構造を持つPt-Sn触媒を用いてNOの炭化水素による還元反応を検討したところ、Snの添加によりN2への選択性の向上が見られ特にプロパンを還元剤として用いた場合には100%のN2選択性を得た。反応条件下でのXAFS等による検討から、この選択性の発現にはSnの還元状態が密接にかかわっており、とくにSnが還元的に保たれている条件では、Pt上で生成したN2OからN2への還元が速やかに起こることで、高いN2への選択性を実現していることがわかった。

図1:Pt-Snバイメタルアンサンブルの構造
2.炭化水素のNOによる不飽和ニトリルへの転換反応

 一方、NO-C3H6反応を試みたところ、反応条件によってはアクリロニトリルを80%近くもの高い選択性で合成できることを見いだした(ニトロ酸化反応)。NOは、有機化合物へ窒素官能基を導入する最も簡単な窒素化剤として、有機化学への応用が期待されている側面も持つことから、バイメタルアンサンブルの有機合成への応用例として興味を持った。

 Sn添加量依存性を検討したところ、バイメタルアンサンブルの完成とともにアクリロニトリル生成が促進されたことから、このニトロ酸化反応がバイメタルアンサンブルの構造に強く依存することがわかった。また、各種炭化水素について同様の反応を検討した結果、アリル型酸化反応が可能な場合に不飽和ニトリル合成が実現できi-C4H10のようなアルカンにも有効であることがわかった。(図2)

 反応条件下でのXAFS測定等から、アンサンブル構造が反応中保持されていることがわかった。また、特定の炭化水素に対して不飽和ニトリル合成を促進することから、バイメタルアンサンブルの役割はNOの解離によるNの供給と、炭化水素からの穏やかな脱水素による炭化水素中間体の安定化にあることを明らかにした。イソブタンのニトロ酸化反応の進行スキームを図3に示す。

 現在、炭化水素を用いたニトリル合成は、炭化水素をアンモニアととの混合雰囲気で酸化するアンモ酸化法により製造されている。このバイメタル触媒を用いてプロパンのアンモ酸化を検討したところ、アクリロニトリルを得ることは難しく、しかもアンモニア単独の酸化が専ら進んだ結果となった。これは触媒表面において、プロパンとの相互作用がアンモニアの共存により著しく阻害されてしまったためと考えられる。Ptは高いアンモニア酸化能を持つことから、アンモ酸化においてPtによる促進効果を狙ううえではさらに高次の触媒設計が必要と考えられる。

図2:各種炭化水素に対するニトロ酸化反応の評価図3:イソブタンのニトロ酸化反応スキーム
3.Pt/SbOx触媒を用いたi-C4H10酸化によるメタクロレイン(MAL)合成反応

 2.のニトロ酸化反応の結果を受けて、Ptの炭化水素に対する脱水素能を生かしつつ、酸化物の格子酸素を活性化できないかと考え、アンチモン酸化物(SbOx)を担体に用いたPt/SbOx触媒を調製し、種々の選択酸化反応を検討した。この触媒では、SbOxの反応性をPtによって高めることを意図した。SbOxは、酸化物単独による反応性は低いものの、炭化水素の選択酸化反応を担うV-Sb-O,Fe-Sb-O,Sn-Sb-O,U-Sb-O系などといった複合酸化物触媒について、高い選択性を実現する重要な要素であるといわれている。従って、Ptとの界面形成によるSbOxの活性化がもくろみ通りに進めば、高性能のアルカン選択酸化プロセスに貢献できると考えた。

 SbOxにPtをアセトン溶液の含浸により添加したPt/SbOx触媒を用いて、i-C4H10の酸化によるメタクロレイン(MAL)の合成を検討した。Ptを添加しないSbOx触媒ではi-C4H10酸化反応が進まなかったのに対し、Ptを添加することでアルカンの酸化活性を生じた。特に、Ptの担持量が少ない(0.2〜0.5wt%)場合MALが60〜80%と高選択的に生成した。(図4)

 この反応についてi-C4H10およびO2の分圧依存性、およびi-C4H8からMALへの酸化反応に対するPtの効果の検討から、i-C4H10酸化反応においてPtはi-C4H8への脱水素活性点としてはたらくこと、酸化反応はi-C4H8を介して進み、i-C4H8の酸化反応もPtによって促進されることがわかった。

 さらに、反応の過程でMALへの高選択性が実現することから、Ptが何らかの修飾を受けていると示唆された。

図4:イソブタン酸化によるMAL合成に対するPt添加効果

 そこで、触媒の焼成後、反応後など種々の段階でPtに対するキャラクタリゼーションを行ったところ、Ptは焼成後、および反応中を通して金属微粒子であるものの、反応中にPt微粒子は表面からSbによって修飾されMALへの高選択性が発現していることがわかった。

 一方、担体のSbOxは焼成後Sb6O13の欠陥型パイロクロア相を形成し、この相はイソブタン酸化反応中に保たれていた。イソブテン酸化反応中も、イソブテンの濃度が低く、雰囲気が酸化的なときは保たれていた。それに対しイソブテン濃度が高くなると酸素の欠損が進んだ-Sb2O4相が生成し、a-Sb2O4相の生成に伴ってメタクロレインへの選択性は低下した。また、イソブテンのみをSbOx及びPt/SbOx触媒と反応させるとメタクロレインが選択的に生成し、Ptの添加により反応して生成物中に取り込まれる酸素量が増加した。これらの結果より、担体のSb6O13相中の格子酸素が選択酸化反応に寄与しており、Ptによる反応性の促進がMAL収率の向上につながったと考えられる。

 以上、Ptの脱水素能を活用しつつ、Pt-酸化物界面における格子酸素の活性化をi-C4H10酸化によるMAL合成に応用できた。格子酸素の反応選択性を活用しつつ反応性を促進するこの方法は、既存の酸化物の複合化の手法と融合することで、高性能のアルカン触媒反応の開発に貢献できると期待している。また、界面における酸素不足をN2への選択還元に応用する反応を開発した。今後も金属酸化物の界面の性質を巧みに利用することで、さらに難度の高い触媒反応の開発が期待できる。

審査要旨

 本論文は、Ptと酸化物の接合面を利用したNOxの窒素への選択還元、及びアルカンの活性化のための新しい触媒の開発とその触媒作用の解明を行ったものである。これらの反応はいずれも、固体触媒のブレークスルーにつながる魅力的な問題である。NOxの還元において重要な問題の一つに、いかに窒素への選択性を高めるという点がある。一方、アルカンを活性化し、有用な化学物質を得る反応は従来複合酸化物系で行われてきたが、このような手法では限界があり、新たな手法が模索されている。本論文では、これらの反応に対し、脱水素活性や酸化活性に優れたPtを取り上げ、酸化物によって修飾することで望ましい触媒作用を実現し、高選択性を担う要因を解明することを目的としている。本論文は8章からなる。

 第1章では、本論文と各研究と関連の深い環境触媒や複合酸化物によるアルカンの部分酸化反応に関するこれまでの研究を概観している。まず、自動車排ガス触媒で有名な3元触媒について述べ、それの現状と問題点を概観している。次に、MoBi複合酸化物触媒のメカニズムとそれを理解するうえで重要なドナー・アクセプターの概念の記述を行っている。そして、貴金属(特にPt)と典型元素(特にSnやSb)といったものを組み合わせたバイメタリックシステムにおいて、新しい活性点の創出と界面形成による格子酸素の活性化等の新しい触媒概念を提示し、本研究の特徴を述べている。

 第2章では、本論文で用いた調製法、触媒活性試験法、触媒のキャラクタリゼーション法についてまとめて述べてある。

 第3章では、Sn(CH3)4の蒸気を用いた選択的CVD法により調製したPt-Sn/SiO2触媒によるNOの選択還元反応を取り上げ、このときの担持Pt微粒子のキャラクタリゼーションを行い、表面でPtダイマーがSnに取り囲まれ、孤立化した活性点構造を持つことを明らかにした。このような表面構造を持つPt-Sn触媒を用いてNOの炭化水素による還元反応を検討し、Snの添加によるN2への選択性の向上を見いだした。また、in-situ EXAFSによって、このような窒素への選択性はSnの酸化状態に依存することを明らかにした。

 第4章ではPt-Snのアンサンブルによる、炭化水素のNOを用いた不飽和ニトリルへの転換反応の研究について述べている。第3章で述べたPt-Snバイメタルアンサンブルの形成に呼応して、プロペンのアクリロニトリルへの合成が促進されることを見いだした。さらに、イソブタンのニトロ酸化反応では70%もの高選択性でメタクリロニトリルを合成できることを見いだした。そして、このときのバイメタルアンサンブルの役割が、炭化水素中間体のアリルの安定化とNOの解離の促進にあることを見いだしている。

 第5章では、Pt/SbOx触媒のイソブタン酸化によるメタクロレイン合成反応の速度論的研究を行い、Pt/SbOxが60〜80%という、通常Pt触媒による低級炭化水素の酸化反応では考えられない高選択性でメタクロレインを生成することを見いだした。さらに、イソブテンの酸化反応においてもPt/SbOxは高い活性と選択性を持っていることが見いだされ、PtがSbOxにより修飾を受け、水素引き抜き能のみを発現するとともに、SbOxの格子酸素を活性化していることを示した。

 第6章では、水素やCOなどのガス吸着の実験、XRD,TEM,XAFSによるPt/SbOxのキャラクタリゼーションを試み、反応中部分還元されたSbOxがPt上に移動し、Pt表面を効果的に修飾するとともに高い選択性を示していることを見いだしている。また、選択酸化を担うSbOxはSb6O13の格子酸素であることをつきとめた。

 第7章では、格子酸素の活性を速度論的に検討し、Ptの存在による格子酸素の活性化メカニズムを検討している。すなわち、PtとSbOxとの界面で反応中に生じるSbOxの酸素欠損が安定化され、そこが新たな酸素解離サイトになるというアルカン部分酸化に対するPt/SbOxの反応スキームを提案している。

 第8章では、こうした金属と酸化物界面が新しい触媒活性点として今後研究を進めていく価値があることを述べ、本論文全体を通しての結論としている。

 以上、本論文は金属と酸化物界面で生じるPt-X異種接合での高選択的反応とその機構を分子論的立場から検討したもので、本分野において新しい化学の概念を提供し、触媒の本質の理解に対する貢献は大である。また、本論文の研究は本著者が主体となって考え実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認められる。よって、井上朋也氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判断する。

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