学位論文要旨



No 112455
著者(漢字) 大野,文彦
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,フミヒコ
標題(和) 高配位16族元素を有する新規なオキセタン化合物の合成、構造およびその反応
標題(洋) Syntheses,Structures,and Reactions of Novel Oxetanes Containing a Highly Coordinate Group 16 Element
報告番号 112455
報告番号 甲12455
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3235号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 小林,啓二
 東京大学 助教授 村田,道雄
内容要旨

 近年、第3周期以降のヘテロ元素化学における、超原子価(hypervalent)化合物についての研究の発展は著しい。これら高配位化学種は、一般には反応活性中間体あるいは遷移状態であるが、適切な配位子を用いることにより、新規な構造、反応性を有する安定な化合物として合成されてきた。筆者は修士課程において、有機合成化学上重要なオレフィン合成反応であるWittig反応の中間体、5配位1,2-オキサホスフェタンの16族元素類縁体、4配位1,2-オキサチエタン1およびセレネタン2の合成・単離に初めて合成に成功し、それらが熱分解反応において、対応するオレフィンを全く与えず、4員環上の置換基によっては、対応するオキシランを与えることを見いだした。この反応性は、硫黄イリドとカルボニル化合物の反応によりオキシランを与えるCorey-Chaykovsky反応との関連から興味深いものであった。本研究では、この新規なオキセタンの中心元素の配位数、あるいはスピロ環の環構造の変化に伴う、構造および反応性の変化について検討を行った。

 

1.5配位1,2-オキサチエタンの合成と反応

 4配位1,2-オキサチエタン1を酸化して、5配位1,2-オキサチエタン3を合成し、中心元素の配位数による反応性の変化を検討した。3はオキソスルホニウムイリドを用いたCorey-Chaykovsky反応の中間体とも考えられる化合物であり、その反応性に興味が持たれた。3は1をリン酸水素二ナトリウム存在下、メタクロロ過安息香酸を用いて酸化することにより、低収率(9〜18%)ながら合成することができた。3a〜cは空気中室温で安定な無色結晶であった。これらはいずれも、Martinリガンドの硫黄のオルト位のプロトンがかなり低磁場(8.7〜8.9)に観測された。これは、アピカルの硫黄-酸素結合の影響を受けたものであり、化合物3a〜cはいずれも三方両錐構造であると考えられたが、最終的には3aのX線結晶構造解析を行い、構造を確定した。前駆体である1aのX線結晶構造解析の結果との比較により、3aは1aの非共有電子対が酸素に置き換わった非常に類似した構造を持ち、酸化の前後で硫黄周りの立体配置は保持されていることがわかった。また、3bと3cの立体配置については、差NOE実験により、3位のメチンプロトンと4位炭素上のフェニル基のオルトプロトンにNOEが観測されたものを3b、観測されなかったものを3cと決定した。3a〜cを重クロロホルム溶液とし、脱気封管中熱分解を行ったところ、対応する1より低温、短時間、高収率で対応するオキシランを与えることがわかった。興味深いことに、4位の置換基が非等価な3b、3cは、それぞれ4員環の立体配置を保持したオキシラン4b、4cのみを与えた。これは、オキシラン生成反応が、硫黄と酸素の強い相互作用を保ったまま協奏的に進行していることを示唆している。さらに、5モル当量の臭化リチウム共存下で熱分解を検討したところ、3bおよび3cは、対応するオキシラン4bおよび4cを、それぞれ17:7あるいは2:16の混合物として与えた。これは、酸素がリチウムカチオンに配位し、酸素と中心元素との結合が切断された後に炭素-炭素結合が回転し、酸素が背面攻撃する機構が混ざってきたことによると考えられる。

 

Table1.Oxirane Formation from 1,2-Oxathietane 3

 

 したがって、3からのオキシラン生成反応は、アンチ-ベタインからオキシランを与える機構とは、全く異なる機構で進行していることがわかった。従来、Corey-Chaykovsky反応および類似のオキシラン合成反応は、4員環を経由しない機構でのみ説明されてきたが、3の熱分解反応およびその塩効果の検討により、いったん4貝環を生成してから反応が進行している可能性があると考えられる。

2.4配位スピロビ〔1,2-オキサセレネタン〕の合成と反応

 化合物1および2は、5員環と4員環のスピロ環化合物であった。そこで、スピロ環の双方を4員環とした、より対称性の高い分子である4配位スピロビ[1,2-オキサカルコゲネタン]を合成し、環の員数による反応性の変化を検討することとした。これらは、分子内に4員環を2つ有していることから、2分子のオキシランあるいはオレフィン生成が考えられる興味深い化合物である。

 中心元素としては、NMRによる直接観測が容易なセレンを用いた。前駆体であるビス(-ヒドロキシアルキルセレニド)5をトリエチルアミン存在下、臭素を用いて酸化したところ、続く環化反応により3種のスピロビ[1,2-オキサセレネタン〕trans-trans-6a、trans-cis-6aおよびtrans-trans-6bを無色結晶として合成・単離することに成功した。環化前後の77SeNMRのシフト値において、セレニド領域からセレヌラン(4配位セレン化合物)領域への大きな低磁場シフトが観測され、目的化合物の生成が確認された。6の構造は、X線結晶構造解析の結果から構造が確定している2との各種NMRスペクトルの比較により、類似した擬三方両錐構造であると考えられた。また、対称性の検討により、各種NMRで2つの4員環が等価に観測されたものをtrans-trans体、非等価に観測されたものをtrans-cis体と同定し、その前駆体をそれぞれdl体およびmeso体に決定した。

 

 スピロビ[1,2-オキサセレネタン]6を、脱気封管中下表に示すような条件で加熱したところ、対応するオキシランを最高収率200%として換算して、それぞれ143%(trans-trans-6a)、165%(trans-cis-6a)、61%(trans-trans-6b)という収率で与えた。trans-trans-6bは熱にも加水分解に対しても非常に安定であり、適切な置換基を用いれば、4員環を2つ有するセレヌランも安定に合成できることがわかった。またセレンの隣接炭素にフェニルチオ基を有する6aからは、1分子から2分子のオキシランを与えるとともに、中心原子であるセレンが脱離するという、これまでのセレヌラン化合物には見られなかった興味深い反応性を見いだした。

 

審査要旨

 本論文は、7章からなっている。第1章は序論であり、第2-6章において、16族元素を含む高配位化合物である新規オキセタン類の合成、構造および反応について研究した結果について述べている。

 第1章では、近年著しい発展を遂げている、第3周期以降のヘテロ元素化学における、超原子価(hypervalent)化合物およびヘテロオキセタン類についての研究を総括し、本研究の適切な位置付けを行なっている。

 第2章では、第3、4章で合成する5配位オキセタンの原科となる4配位オキセタンの合成について述べている。

 第3章では、4配位1,2-オキサチエタン1を酸化して、5配位1,2-オキサチエタン3を合成し、その構造について研究した。3はオキソスルホニウムイリドを用いたCorey-Chaykovsky反応の中間体とも考えられる化合物であり、その反応性に興味が持たれた。3a-cは1a-cをリン酸水素二ナトリウム存在下、メタクロロ過安息香酸を用いて酸化することにより合成した。3aの構造はX線結晶構造解析により決定した。前駆体である1aのX線結晶構造解析の結果との比較により、3aは1aの非共有電子対が酸素に置き換わった非常に類似した構造を持ち、酸化の前後で硫黄周りの立体配置は保持されていることがわかった。また、3bと3cの立体配置については、差NOE実験により、3位のメチンプロトンと4位炭素上のフェニル基のオルトプロトンにNOEが観測されたものを3b、観測されなかったものを3cと決定した。

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 第4章では、3の反応性を1の反応性と比較検討した。3a-cを重クロロホルム溶液とし、脱気封管中熱分解を行ったところ、対応する1より低温、短時間、高収率で対応するオキシランを与えることがわかった。興味深いことに、4位の置換基が非等価な3b、3cは、それぞれ4員環の立体配置を保持したオキシラン4b、4cのみを与えた。この事実は、オキシラン生成反応が、硫黄と酸素の強い相互作用を保ったまま協奏的に進行していることを示唆した。さらに、5モル当量の臭化リチウム共存下で熱分解を検討したところ、3bおよび3cは、対応するオキシラン4bおよび4cを、それぞれ17:7あるいは2:16の混合物として与えた。これは、酸素がリチウムカチオンに配位し、酸素と中心元素との結合が切断された後に炭素-炭素結合が回転し、酸素が背面攻撃する機構が混ざってきたことによると結論された。

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 したがって、3からのオキシラン生成反応は、アンチ-ベタインからオキシランを与える機構とは、全く異なる機構で進行していることがわかった。従来、Corey-Chaykovsky反応および類似のオキシラン合成反応は、4員環を経由しない機構でのみ説明されてきたが、3の熱分解反応およびその塩効果の検討により、いったん4員環を生成してから反応が進行している可能性が存在することを示した。

 第5-7章では、スピロ環の双方を4員環とした、より対称性の高い分子である4配位スピロビ[1,2-オキサセレネタン]およびチエタンを合成し、環の員数による反応性の変化を検討した。これらは、分子内に4員環を2つ有していることから、2分子のオキシランあるいはオレフィン生成が考えられる興味深い化合物である。

 第5章では、スピロビ[1,2-オキサセレネタン]の合成と構造について検討した。前駆体であるビス(-ヒドロキシアルキルセレニド)5をトリエチルアミン存在下、臭素を用いて酸化し、3種のスピロビ[1,2-オキサセレネタン]trans-trans-6a、trans-cis-6aおよびtrans-trans-6bを無色結晶として合成した。6の構造は、X線結晶構造解析の結果から構造が確定している2との各種NMRスペクトルの比較により、類似した擬三方両錐構造であると結論した。また、対称性の検討により、各種NMRで2つの4員環が等価に観測されたものをtrans-trans体、非等価に観測されたものをtrans-cis体と同定し、その前駆体をそれぞれdl体およびmeso体と決定した。

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 第6章では、スピロビ[1,2-オキサセレネタン]6の反応性を検討した。6を、脱気封管中加熱したところ、対応するオキシランを最高収率200%として換算して、それぞれ143%(trans-trans-6a)、165%(trans-cis-6a)、61%(trans-trans-6b)という収率で与えた。

 trans-trans-6bは熱にも加水分解に対しても非常に安定であり、適切な置換基を用いれば、4員環を2つ有するセレヌランも安定に合成できることがわかった。またセレンの隣接炭素にフェニルチオ基を有する6aからは、1分子から2分子のオキシランを与えるとともに、中心原子であるセレンが脱離するという、これまでのセレヌラン化合物には見られなかった興味深い反応性を見いだした。

 第7章では、スピロビ[1,2-オキサチエタン]の合成の試みについて述べている。

 なお、本論文の第3章は岡崎廉治氏、川島隆幸氏、第6章は岡崎廉治氏、川島隆幸氏、池田博隆氏、稲垣都士氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって合成、構造解析、反応性の検討を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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