学位論文要旨



No 112456
著者(漢字) 奥村,和
著者(英字) Okumura,Kazu
著者(カナ) オクムラ,カズ
標題(和) ゲルマニウム酸化物薄層の特性とそれを担体として用いた担持Rh触媒の構造と触媒作用
標題(洋) The Characteristic Properties of GeO2 Monolayer on SiO2,and the Structure and Performance of the Monolayer-Supported Rh Catalyst
報告番号 112456
報告番号 甲12456
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3236号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 田隅,三生
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 近藤,保
 東京大学 教授 尾中,篤
内容要旨

 通常触媒は金属を高表面積無機酸化物担体に高分散した担持金属として使用されるが、その役割は金属の高分散状態を保ち機械的強度を増大させるなどの弱い相互作用に基づくもののみならず、活性低下を抑えたり、SMSI effectに見られるように部分的に還元された担体が金属表面に移動するような担体表面の大きな構造変化を伴いながら触媒反応に関わる場合が有る。しかし、通常の担持金属触媒で担体表面構造の変化を調べるには表面とは無関係な担体内部の存在のため困難であると考えられる。そこで担体を薄層化することで、担体表面の構造変化を分光学的に容易に捉えることが可能になるであろう。

 しかしながら、薄層酸化物はバルク酸化物にはない触媒反応での特性を示すことがある。たとえば、バルクのチタンやニオブの酸化物に白金を担持して高温還元すると担体側が部分的に還元されることが知られているが、それをシリカ上に薄層とした場合、チタンやニオブの還元が起こらず、酸化還元に対しその構造が安定化することが知られている。そこでこれらの酸化物に比べ、はるかに容易に還元されうる酸化ゲルマニウムを薄層としてシリカ上に担持し(GeO2/SiO2)、その表面上での還元や酸化に伴う薄層やRhの構造変化を調べ、その触媒作用との関わりを検討した。本研究ではまず最初にシリカ上に酸化ゲルマニウムをCVD法により担持し、そのキャラクタリゼーションを行った。続いてRhをそこに担持し、酸化や還元処理に伴うRhやGeの挙動を主にXAFSスペクトルにより調べた。最後にRhカルボニルクラスター(Rh6(CO)16)を前駆体とした場合に酸化ゲルマニウム薄層上で還元温度の上昇に伴う構造変化を調べ、さらにそこで酢酸エチルの水素化反応を行い、活性な構造を調べることによりGeO2/SiO2担体表面の触媒反応への関わりについて検討した。

 GeO2/SiO2の調製は排気、前処理を行った担体のシリカに気相からGe(OMe)4をCVD法により反応させ、排気焼成して行った。飽和量のゲルマニウムメトキシドとシリカの反応により7.4wt%のゲルマニウムが最大担持されるが、これ以上の担持量のものについてはこの操作を繰り返して調製を行った。Rhの担持にはダイマー錯体[Rh(C5Me5)Me]2(-CH2)2、カルボニル錯体Rh6(CO)16という2種類の前駆体を使用し,担持量2wt%とした。触媒のRhあるいはGe周囲の配位状態は、XAFSスペクトル測定により調べ、カーブフィッティング法により解析した。またFTIR、蛍光X線分析、粉末X線回折、閉鎖循環系反応装置による触媒反応を行った。

 GeO2/SiO2についてシリカ及び酸化ゲルマニウムの状態をFTIRスペクトルの測定により調べると、SiO2及びGeO2上の水酸基がそれぞれ3745cm-1、3676cm-1に現れた。その強度をGe/SiO2重量比に対してプロットすると、図1のように7.4wt%まではシリカ上の水酸基のリニアな減少と、酸化ゲルマニウム上の水酸基の増大が見られ、また粉末X線回折では回折線が現れずゲルマニウムメトキシドとシリカ上の水酸基との反応によるモノレイヤー成長が示された。さらにEXAFSスペクトルについてバルク酸化ゲルマニウムと比較するとGe-O-Ge結合による早い振動がほとんど消失しておりモノレイヤー成長を反映しているものと考えられる。酸化ゲルマニウムはhexagonal、tetragonalという2種の結晶形が存在するが、GeO2/SiO2ではゲルマニウム酸素結合のカーブフィッティングの結果より下地のシリカに類似したhexagonal型に近い局所構造を持っていことが分かった。

図1.FTIRスペクトルにおける孤立水酸基強度とGe/SiO2重量比の関係

 次にこの酸化ゲルマニウム薄層(Ge:7.4wt%)に[Rh(C5Me5)Me]2(-CH2)2を担持し、還元や酸化処理に伴うRh及びGeの挙動を調べた。Rhを担持焼成後、723Kで還元しRh側からXAFSスペクトルを測定すると、その振動強度が減少し、包絡線の様子も変化する。カーブフィッティング解析の結果からこれは0.241±0.003nmに結合距離をもつRhGe合金の生成によることが分かった。一方、担体のGe側からXAFSスペクトルを測定すると、723Kでの還元に伴いそのフーリエ変換スペクトルに新たなピークが現れる。解析を行った結果Rh側から見た場合とほぼ等しい0.240nmにRhが現れていることが分かりRhGe合金生成が確認された。GeO2/SiO2を還元した場合には全く変化が見られないことからRhからスピルオーバーした水素により担体の一部が還元され、Rhと合金を生成したものと考えられる。

 さらに合金を生成した状態から673Kで酸化した状態について担体のGe側から調べるとRh-Ge結合が消え、Ge-O結合強度が回復しており還元前とよく似た状態に戻りバルク状の酸化物の生成は見られず、一旦Rhと合金を生成したGeが酸化物薄層としてシリカ上に戻ってきているものと考えられた。この原因として合金の酸化の過程で蒸気圧を持った2価の酸化ゲルマニウムが一旦生成し、高表面積のシリカ上に再分散したものと考えられる。

図2.GeO2/SiO2上における可逆的なRhGe合金、GeO2薄層生成

 さらにRhGe合金を酸化後に再び723Kで還元すると再びRhGe合金が生成し、GeO2/SiO2上でのRhGe合金の生成は可逆的であることが分かった。このような可逆的な挙動は吸着COのFTIRによる測定、TEMによる粒径分布測定からも示された。以上の結果を模式図として図2に示した。

 一方バルクGeO2を担体とした場合についてCO下でFTIR測定を行ったところ、423KではリニアCO吸着種が見られるが、523K以上での還元に伴い消失した。またGeO2/SiO2を使用した結果とは異なり酸化、再還元を行ってもRhは再生せず、その挙動は不可逆的である。Ge-OHの挙動からもこの結果はGe酸化物表面が低温で還元を受けRhが埋め込まれるためであると考えられる。XAFS測定の結果から高温での還元に伴いRhGe合金が還元により生成した金属Geに覆われている状態であることが分かった。このようなバルクGeO2と薄層GeO2間でのRhの挙動の相違は、後者ではGe-O-Siという担体表面との結合が有るためにその還元が抑制されることが原因となっているものと考えられる。

 次にGeO2/SiO2上でのRh6(CO)16の還元温度の上昇に伴う構造変化をXAFS測定によって調べ、そこで酢酸エチルの水素化反応を行い活性な構造を調べた。この反応には通常、銅クロマイト化合物が使用され、6-20MPaという高圧条件が必要である。また最近ではRhSn合金触媒において検討がなされている。

 Rh6(CO)16のGeO2/SiO2上での構造を、423Kから723Kの間で還元温度を変えRh側からのEXAFSスペクトル測定により検討した結果、担持直後ではクラスターの構造が保たれているが、423Kでの還元に伴いCOが一部脱離し、Rhメタルが生成する。また623Kでの還元よりRhGe合金の生成が開始し、723Kでの還元ではさらに合金生成が進行しRhGe合金微粒子が生成していることが分かった。このように還元温度はRhクラスターの構造と対応付けられることが分かる。

図3.Rh/GeO2/SiO2での酢酸エチル水素化反応

 さらにこの触媒上での酢酸エチルの水素化反応活性及びエタノールへの選択性と触媒の還元前処理温度との関係を調べたところ、合金を生成する以前の473Kで還元した時点がメタノール生成に最も高活性であり、その選択率も67%と最も高い。これらの結果は合金ではなくRhメタルが酸化ゲルマニウム薄層に担持されている状態が最もエタノール生成に有利であることを示している。同様の実験をバルクGeO2及びSiO2を担体とした場合について行ったところ、Rh/バルク-GeO2は全く不活性であり、またRh/SiO2はエタンやメタンへの水素化分解が起こるのみであり、GeO2/SiO2を担体とした場合のみエタノール生成活性が見られた。そこでの触媒反応は数kPaという従来の触媒に比べ非常に低圧下で進行した。その反応機構について考えるため、酢酸エチルを酸化ゲルマニウム薄層、及びシリカに曝しそのIRスペクトルを測定した。酸化ゲルマニウム簿層では吸着温度の上昇に伴い酢酸エチルがエトキシとユニデンテートのアセテートに解離して吸着し、水素下では急速に減少する。一方、エタノール生成に不活性なシリカ上にはとんど吸着しない。この結果は酸化ゲルマニウム薄層体上に吸着した酢酸エチルが反応に関わっていることを示している。その反応は図3に示した様に酢酸エチルが担体上に吸着したエトキシとユニデンテートのアセテートがRhよりスピルオーバーしてきた水素によって還元されエタノールが生成しているものと考えられる。

 本研究により酸化ゲルマニウム薄層上において可逆的なRhGe合金生成、GeO2薄層再生といった担体表面の動的な挙動をとらえることができ、さらに薄層触媒という新しいタイプの触媒材料への可能性が示された。

審査要旨

 本論文は、SiO2上のGeO2酸化物薄層の特質とそれをRhの担体として用いた場合の触媒特性について論じたものである。触媒は通常高表面積を持つ無機酸化物担体上に貴金属を担持して用いられることが多い。これは、貴金属を高分散させ、活性点を有効に表面に露出させることが目的である。一方で、担体と貴金属は電子的にも相互作用を起こし、触媒特性を変化させることが知られている。しかし、担体と貴金属との相互作用とりわけ、相互作用の結果生じる担体表面の構造や電子状態の変化といったことはほとんどわかっていない。本論文では、担体表面の構造や電子状態の変化を直接分光学的にとらえることを目的に、GeO2超薄層酸化物触媒を調製し、その表面にRhの超微粒子を担持して動的な変化を追跡したものである。本論文は5章からなる。

 第1章では、超薄層酸化物のこれまでの研究例が要約され、その中でIR,NMR,XAFSといった分光的手法が超薄層の構造決定に果たしてきた役割について論じてある。さらに、担体と金属との相互作用について議論を進め、特に有名なSMSI(Strong metal support interaction)現象を詳しく述べている。第1章の最後では、Rh/GeO2/SiO2で発見された可逆的合金形成現象と関連して、Bimetallicシステムの特徴、特にGeを含む合金触媒についてのこれまでの研究がまとめられている。

 第2章では、Ge(OCH3)4を用いたGeO2超薄層の合成法やGe酸化物の表面での構造に関しての議論が展開されている。特に表面OH基とGe(OCH3)4との反応や薄層上に生成するGe-OH基に関するFT-IRを用いた研究結果の詳細が述べられている。触媒特性を支配する因子の一つであるOH基が超薄層に生成する例はこれまでにあまり知られていない。次に、XAFSを用いた超薄層のキャラクタリゼーションが行われ、六方晶タイプのGeO2超薄層がSiO2上に存在することが明らかにされた。また、GeO2超薄層は水蒸気に対して不安定で、すぐに、結晶性のGeO2微粒子に変化することを見いだしている。

 第3章では、GeO2超薄層に[Rh(C5Me5)〕2(-CH2)2を担持し、還元や酸化処理に伴うRhやGeの挙動を調べた結果が述べられている。この系では、還元後RhGe合金微粒子が形成され、XAFSの測定結果のRh-Ge結合距離が0.240nmと決定された。このRhGe合金は酸化処理を行うと再び、GeO2の超薄層がSiO2上に再生することが示された。この変化は酸化還元処理に対応して可逆に起こるものである。一方、RhをGeO2バルクに担持するとRhGeの合金微粒子が形成されるが、その変化は不可逆である。

 第4章では、Rh6(CO)16を用いてGeO2/SiO2超薄層上にRhの超微粒子を担持した場合について論じている。第3章で扱った前[Rh(C5Me5)〕2(-CH2)2と同様にRh6(CO)16とGeO2を高温で還元するとRhGe合金微粒子が形成する。このRh/GeO2/SiO2を低温で還元し、エチルアセテートの水素化分解を追跡したところ、通常は高圧条件下でしか生成しないエタノールが、1気圧以下の低圧条件下でも生成するという新規触媒作用を発見している。この触媒の構造をXAFS等で検討したところ、Rh超微粒子が超薄層GeO2に担持されて存在することがわかった。IRの結果から、Rhに解離吸着した水素がエチルアセテートの吸着しているGeO2超薄膜表面へとスピルオーバし、エタノール反応活性を示すというユニークな反応スキームを提案した。

 第5章では、GeO2超薄層の特性をまとめ、本論文全体を通しての結論としている。

 以上、本論文の新規性は,GeO2超薄層を用いて、ふつうでは観測することのできない担体の表面の変化を分光学的に直接とらえたという点にある。又、GeO2はこれまでの超薄層触媒とは異なり、表面上でRhなどの貴金属と相互作用をして構造を変化させるという特徴を持つ事が明らかにされた。さらに、Rh/GeO2/SiO2という常圧下で作動する新しいタイプのエチルアセテート水素化分解触媒開発の可能性を示した点にも本論文の特徴がある。こうした成果の触媒化学等の分野に対する貢献は大であり、また、本論文の研究は本著者が主体となって考え実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認める。よって、奥村和氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54564