本論文は6章からなっている。第1章は序論で、第2-6章において、いくつかの特定の発色団配列に固定したポリメチン色素の合成、吸収スペクトル、エネルギー準位について研究した結果について述べている。 第1章では、従来のポリメチン色素会合体に」関する研究を総括し、本研究の位置づけを適切に行っている。 第2章では、ストレプトシアニン色素オリゴマーの合成とその性質について検討している。直線的モデルとして1及びトリマー2を、サンドイッチ状に重なったモデルとして3を、また、直交モデルとして4を合成した。1及び2は各々モノマー(5)よりも長波長シフトした吸収を、3は短波長シフトした吸収を与えた。直交モデル(4)では遷移双極子間相互作用が存在しないためモノマーと同様の吸収帯を示すと予想されたが、実際には溶液中において可視吸収帯の分裂を示した。この分裂は各ポリメチン部分のHOMO同士の相互作用(spiro-conjugation)によりHOMOの縮退が解消し、励起状態が分裂するためであることが分子軌道計算より示唆された。 1及び2の酸化還元電位は隣接するカチオンとのクーロン相互作用によりモノマーと比較して正の方向にシフトしたが、3及び4についてはクーロン相互作用と軌道間相互作用により酸化電位は負の方向に、還元電位は正の方向にシフトした。 第3章では、1,8-ナフチレンビスシアニン色素の合成とその性質について検討している。ナフタレン1、8-位にピリジンチアシアニン色素を連結したビス型色素(6)を合成した。メトキシ基を有する6aは対応するモノ型色素(7a)よりも短波長シフトした吸収を与え、一方、スルホナト基を有する6bは7bよりも長波長シフトした吸収を与えた。このシフトの違いは2つのシアニン色素部位の相対配置の違い(6aはsyn体、6bはanti体で存在、図1)に基づくことがX線結晶構造解析及びNMR測定よりわかった。6aの蛍光スペクトルのストークスシフトは6bよりも大きいことから遷移双極子間相互作用に基づく励起状態の分裂が示唆された。以上の結果からsyn体はポリメチン色素のH-会合体、anti体はJ-会合体のモデルとして適切であることがわかった。6a及び6bの還元電位は各々7a及び7bと比較して正の方向にシフトし、これは発色団間のクーロン相互作用及び軌道間相互作用に基づくものと解釈された。 (図1)回転異性体の構造 第4章では、色素間の連結距離を大きくした場合の発色団の配列とその性質の関係を明らかにするため4,5-キサンテニレンビスシアニン色素(8a)を合成し、還元電位の測定によりその性質を明らかにした。 第5章では、形式的に電荷を持っていない発色団であるメロシアニン色素会合体の性質を明らかにする目的で、1,8-ナフチレンビスメロシアニン色素(6c)を合成し、その性質を検討した。6cは溶媒極性の違いに応じた発色団配列の変化に基づくソルバトクロミズムを示した。6cの還元電位は7cよりも正の方向にシフトしたが、酸化電位は負の方向にシフトした。また、そのシフトの程度はCH3CN中のほうCH2Cl2中よりも大きく、これはsyn体における発色団間の軌道間相互作用のほうがanti体よりも大きいためと解釈された。 第6章では、第2-5章で検討した結果に基づき、ポリメチン色素会合体における分子間相互作用の性質について、総括的に議論した。本研究における連結型ポリメチン色素に関する実験結果及び仮想的色素会合体の分子軌道計算に基づき、ポリメチン色素会合体における分子間相互作用を電荷に基づくクーロン相互作用、発色団同士の軌道間相互作用及び遷移双極子間相互作用の3種類に分類した。それらを総合的に考察することにより、ポリメチン色素会合体における分子間相互作用が軌道のエネルギー準位及び吸収スペクトルに及ぼす影響を定量的に見積り、その相互作用は発色団の相対的な配列と関係づけことができることを明らかにした。 なお、本論文の第2-6章は、稲垣由夫氏、小川恵三氏、岡崎廉治氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって合成、構造解析、理論計算、反応性の検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |