学位論文要旨



No 112458
著者(漢字) 斉木,利幸
著者(英字)
著者(カナ) サイキ,トシユキ
標題(和) 架橋カリックス[6]アレーン骨格に基づく新規な反応場の構築と高反応性化学種の安定化への応用
標題(洋) Construction of Novel Reaction Environments Based on Bridged Calix[6]arene Frameworks and Their Application to the Stabilization of Highly Reactive Species
報告番号 112458
報告番号 甲12458
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3238号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 友田,修司
内容要旨

 カリックスアレーンは合成および化学修飾が容易な大環状化合物であり様々な機能性ホスト分子の基本骨格として近年注目を集めている。一方、この分子の有する空孔を官能基に対して特異な環境を提供する反応場としてとらえ、その内部に官能基を固定した分子を構築すれば、その分子構造を調節することにより官能基の安定性、反応性を制御することが可能になると考えられる。そこで、本研究では分子内に比較的大きな空間を持ち、その内部に官能基を固定することができる1,4-架橋カリックス[6]アレーンを設計し、さらにこの分子骨格の剛直化により立体配座の明確な架橋カリックス[6]アレーン反応場を開発するとともに、高反応性化学種であるスルフェン酸、およびこれまで単離例のないセレネン酸の安定化への応用について検討を行った。

1.1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用した新規な反応場の開発とその配座変換の抑制による骨格の剛直化

 カリックス[6]アレーンと2-位に臭素官能基を有する1,3-ビス(プロモメチル)ベンゼン誘導体を塩基性条件下で反応させたところ、橋上に臭素官能基を有する1,4-架橋カリックス[6]アレーン1が良好な収率で得られ、さらにメチル化することによりテトラメチル体2に変換することができた。2の構造に関しては、結晶中では橋上の官能基が空孔内に入っておりカリックス[6]アレーン骨格が1,2,3-alternate型である配座をとるが、溶液中ではカリックス[6]アレーン部位の4つのベンゼン環の回転が起こっており、骨格が完全には剛直化されていないことを明らかにした。

 

 この骨格を反応場として活用するためには、配座変換をいかに抑制して、より立体配座の明確な分子を構築するかが最重要課題であると考えられる。そこで、1のヒドロキシル基に対してよりかさ高いベンジル基を導入したところ、カリックス[6]アレーン部位がそれぞれcone型、1,2,3-alternate型の配座をとる2種類の配座異性体3a,bが得られ、シリカゲルクロマトグラフィーにより単離できた。

 

 cone型異性体3aに関してはX線構造解析をおこない、その結晶中における構造を決定した。また、3a,bの1H NMRスペクトルは、CDCl2CDCl2中で130℃まで昇温してもほとんど変化せず、さらに120℃で24時間加熱しても他の配座異性体への変換をおこさないことから、3a,bは"laboratory time scale"で配座が固定された剛直な構造をとることが明らかになった。カリックス[6]アレーンにおいて、配座が完全に固定された異性体が単離されたのはこれが初めての例である。

2.1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用したスルフェン酸の安定化

 次に、この1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格の反応場、立体保護場としての特質を評価するために、非常に脱水二量化をおこしやすい高反応性化学種スルフェン酸をスルホキシドの熱分解により空孔内に発生させ、その安定性、反応性を検討した。前駆体としては、穏やかな条件で分解してスルフェン酸を与えると期待されるt-ブチルスルフィニル基を有するスルホキシド4を用いることとした。

 

 4のトルエン溶液を封管中80℃で4時間加熱することにより、スルフェン酸5を良好な収率で得た。5は空気および湿気に対して安定であり、シリカゲルクロマトグラフィーにより単離精製することができた。5はX線構造解析により、芳香族スルフェン酸としては初めてその結晶構造を明らかにすることができた。その結果、5は結晶中では1,2,3-alternate配座をとることがわかったが、1H NMRスペクトルにより5は溶液中室温ではNMRのタイムスケールで配座変換を起こしていることが明らかになった。IRスペクトルでは、3479(m),3282(m)cm-1にヒドロキシル基の吸収が観測されたが、前者は水素結合していないSOH基に、後者は骨格内の酸素と分子内水素結合したSOH基に由来すると考えられる。なお、2,6-ビス(フェノキシメチル)フェニル基を有するスルホキシドを用いた対照実験では単離可能なスルフェン酸は得られないことから、5の高い安定性は酸素との水素結合ではなく架橋カリックス[6]アレーン骨格による立体保護効果に由来することが示された。

 スルフェン酸5をプロピオール酸メチルと反応させたところ、付加体である6が得られた。この結果から、5では架橋カリックス[6]アレーン環がSOH基の周囲を取り囲むことにより安定化してはいるものの、反応試剤となる小分子が入り込めるだけの間隙を残していることが示された。

3.1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用したセレネン酸の安定化

 セレネン酸は生体反応を含む種々の反応の重要な中間体でありながら極めて反応性が高く、溶液中でスペクトル観測例はあるものの、単離に成功した例はない。そこで、架橋カリックス[6]アレーン骨格を用いたセレネン酸の安定化について検討した。発生方法としては穏やかな条件で反応が進行するセレノキシドの-脱離反応を用いることとし、前駆体として異なる構造を持つセレニド7a,b,cを合成した。

 

 セレニド7a,b,cをそれぞれmCPBAを用いて酸化した後トルエン中80℃で2時間加熱し、シリカゲルクロマトグラフィーにより分離精製を行ったところ、セレネン酸8a,b,cをそれぞれ空気中で安定な固体として単離することに成功した。これは、セレネン酸の初めての単離例である。カリックス[6]アレーン環の配座については、1H NMRスペクトルから8aでは配座変換が起こっているが、8b,cではそれぞれcone型および1,2,3-alternate型に固定されていることがわかった。8bについてはX線結晶構造解析により結晶中での構造を決定した。その結果、8bのSeOH基がcone配座のカリックス[6]アレーン環が形成するbowl型骨格により効果的に保護されていることが明らかになった。また、IRスペクトルにおいて1,2,3-alternate型の8cではSeOH基の分子内水素結合が観測されたがcone型の8bではそのような相互作用はみられなかった。一方で、配座の自由度の大きい8aは、分子内水素結合している配座としていない配座との平衡混合物として観測された。また、77SeNMRを測定したところ、8b,cではそれぞれ1本のシグナルが、8aでは8b,cに対応する位置に2本のシグナルが観測された。また、8a,b,cをブタンチオールと反応させたところ、8a,bはセレネニルスルフィドを与えたが8cでは50℃で12時間加熱した後もセレネニルスルフィドは生成しなかった。これらの結果は、架橋カリックス[6]アレーン骨格の分子構造を調節することによりSeOH基に対して異なった環境を提供できることを示している。

審査要旨

 本論文は、6章からなっている。第1章は序論であり、第2-6章において架橋カリックス[6]アレーン類の合成、構造と高反応性化学種安定化への応用について研究した結果について述べている。

 第1章では、カリックスアレーン類に関する従来の研究を総括し、高反応性化学種の安定化との関連も含め、本研究の位置付けを適切に行なっている。

 第2-4章では、1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用した新規な反応場の開発とその配座変換の抑制による骨格の剛直化について、系統的研究を行なっている。第2章では、カリックス[6]アレーンと2-位に臭素官能基を有する1,3-ビス(ブロモメチル)ベンゼン誘導体の塩基性条件下での反応により、橋上に臭素官能基を有する1,4-架橋カリックス[6]アレーン1を合成し、その構造的特徴を検討した。第3章では1をメチル化することによりテトラメチル体2を合成し、NMRスペクトル、X線結晶解析、分子力場計算などにより、2は結晶中では橋上の官能基が空孔内に入っておりカリックス[6]アレーン骨格が1,2,3-alternate型である配座をとるが、溶液中ではカリックス[6]アレーン部位の4つのベンゼン環の回転が起こっており、骨格が完全には剛直化されていないことを明らかにした。

 112458f05.gif

 第4章では、この骨格を反応場として活用するための配座変換の抑制について検討した。1のヒドロキシル基に対してよりかさ高いベンジル基を導入したところ、カリックス[6]アレーン部位がそれぞれcone型、1,2,3-alternate型の配座をとる2種類の配座異性体3a,bが得られ、シリカゲルクロマトグラフィーにより単離できた。cone型異性体3aに関してはX線構造解析をおこない、その結晶中における構造を決定した。また、3a,bの1H NMRスペクトルは、CDCl2CDCl2中で130℃まで昇温してもほとんど変化せず、さらに120℃で24時間加熱しても他の配座異性体への変換をおこさないことから、3a,bは"laboratory time scale"で配座が固定された剛直な構造をとることを明らかにした。これは、カリックス[6]アレーンにおいて、配座が完全に固定された異性体が単離されたのはこれが初めての例である。

 112458f06.gif

 第5章では、第3、4章で得られたメトキシ体、ベンジル体を用い1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用したスルフェン酸の安定化について検討した。4のトルエン溶液を封管中80℃で4時間加熱することにより、スルフェン酸5を良好な収率で得た。5は空気および湿気に対して安定であり、シリカゲルクロマトグラフィーにより単離精製した。5のX線構造解析を行ない、芳香族スルフェン酸としては初めてその結晶構造を明らかにした。その結果、5は結晶中では1,2,3-alternate配座をとることがわかったが、1H NMRスペクトルにより5は溶液中室温ではNMRのタイムスケールで配座変換を起こしていることが明らかにされた。IRスペクトルでは、3479(m),3282(m)cm-1にヒドロキシル基の吸収が観測されたが、前者は水素結合していないSOH基に、後者は骨格内の酸素と分子内水素結合したSOH基に由来すると考えられた。スルフェン酸5をプロピオール酸メチルと反応させたところ、付加体である6が得られた。この結果から、5では架橋カリックス[6]アレーン環がSOH基の周囲を取り囲むことにより安定化してはいるものの、反応試剤となる小分子が入り込めるだけの間隙を残していることが示された。

 112458f07.gif

 第6章では、1,4-架橋カリックス[6]アレーン骨格を利用したセレネン酸の安定化について検討した。セレネン酸は生体反応を含む種々の反応の重要な中間体でありながら極めて反応性が高く、溶液中でスペクトル観測例はあるものの、単離に成功した例がなかった。セレニド7a,b,cをそれぞれmCPBAを用いて酸化した後トルエン中80℃で2時間加熱し、シリカゲルクロマトグラフィーにより分離精製を行い、セレネン酸8a,b,cをそれぞれ空気中で安定な固体として単離した。これは、セレネン酸の初めての単離例である。カリックス[6]アレーン環の配座については、1H NMRスペクトルから8aでは配座変換が起こっているが、8b,cではそれぞれcone型および1,2,3-alternate型に固定されていることがわかった。8bについてはX線結晶構造解析により結晶中での構造を決定した。その結果、8bのSeOH基がcone配座のカリックス[6]アレーン環が形成するbowl型骨格により効果的に保護されていることが明らかになった。また、IRスペクトルにおいて1,2,3-alternate型の8cではSeOH基の分子内水素結合が観測されたがcone型の8bではそのような相互作用はみられなかった。8a,b,cをブタンチオールと反応させたところ、8a,bはセレネニルスルフィドを与えたが8cでは50℃で12時間加熱した後もセレネニルスルフィドは生成しなかった。これらの結果は、架橋カリックス[6]アレーン骨格の分子構造を調節することによりSeOH基に対して異なった環境を提供できることを示している。

 112458f08.gif

 なお、本論文の第2、3章は岡崎廉治氏、時任宣博氏、後藤敬氏、後藤みどり氏、第45章は岡崎廉治氏、時任宣博氏、後藤敬氏、第6章は岡崎廉治氏、後藤敬氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって合成、構造解析、反応性の検討を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク